ご法度







幸せな瞬間があるかと聞かれたのは、食堂で遅い昼食をとっている時だった。
もうすぐ勤務交代になるかという一時間前の食堂は結構混み合っている。
現在勤務中のクルーと交代するクルーとが混ざるからだ。当直時間が異なる
マイケルと顔を合わせるのは久しぶりで、同じ艦内だというのに最後に顔を
合わせたのは都市船に入港していた5日前だ。
年齢が近い所為かよく話もしたし、喧嘩もする気兼ねない友達の一人である
マイケルの突然の言葉に首を傾げながら、最後の一口を放り込む。

「そりゃあ、幸せな瞬間ぐらいあるけど…。随分突然だな」
「そう?」
大きな目を輝かせながら実に美味しそうに食べ始めるマイケルに
神妙に頷き返す。
「幸せな瞬間って、たくさんあると思うんだけど、その中でもとりわけ…
一番幸せな瞬間って言ったら何が浮かぶかなって思ったんだ」
「一番?」
「うん、一番」
「そういうお前は?」
「僕?そうだなぁ…美味しいご飯を食べてる時っていうのも捨てがたいけど、
ハリーに褒められた時かな」
成る程ねと頷きながら、マイケルの視線を受けて自分はどうだろうと
考え始める。確かにマイケルのようにクリサリスやハリーに褒められると
嬉しいとは思うが、それが一番とは言えない気がした。かと言って父親や
母親に褒められてもそんなには嬉しくない。第一、父親はともかく母親には
褒められたことは殆どない気がする。
「タキガワは?」
「うーん…一番って言われてもなぁ…」
どれだけ考えても一番だと言い切れる幸せな瞬間なんて思いつかない。食べてる時も
幸せだし、学校で成績優秀者として展示飛行をする事に決まった時も確かに幸せで
嬉しかった。離陸する、空へ登るあの感覚は大好きだが、幸せというのとはまた
違う気がする。
するとご飯を食べながら回答を待っていたマイケルが突然何かを思いついたようだった。
嬉しそうに笑うと何故か自分の後ろを指差しながらこう答える。

「タキガワの場合は と居る時じゃない?ね、 もそうだよね?」
「はぁ!?」
「え?マイケル、何の話?」
マイケルの言葉に自分の声と配給食を持って何処で食べようかと迷っていた彼女の
声が重なる。
「あのね、幸せな瞬間て何?って聞いてたんだよ」
「幸せな瞬間?」
話しながら自分の隣に座ると首を傾げる に慌てて立ち上がる。このまま
ここに居たらどんな展開になるのかは目に見えていた。
「ちょっと…私が座ったら席を立つなんて感じ悪いよ」
「別に食べ終わったからトレーを返そうと思っただけだって」
早くこの場を脱出しなければと気だけが焦る。
「トレーなんてBALLSが片づけてくれるのに?」
こっちの意図が読めていないマイケルの言葉に思わず舌打ちをする。確かにその通り
なのだが、脱出する為の理由なんて他に何も思いつかなかったのだ。不吉にもアラートが
変わって戦闘配置になればいいのに、と思う程焦っていた。

「ほら、コーヒーが飲みたくてさ。ついでにトレーを返せばいいやって」
不審そうにこっちを見ている と目を合わせないように食堂の奥にある
アクアリウムの方を見ながら言うが、視線はずっと自分へ突き刺さったままだ。
「…わかったよ。座ってればいいんだろ」
こっそりとため息をつきながら、渋々座ると彼女は笑って食事と談話を楽しみ出す。
足元を転がるBALLSにコーヒーを持ってくるように頼むと肘をついて、彼女の方を
決してみないようにと姿勢を変えた。
「それで?さっき何の話してたの?」
「あ、うん。あのね、 って幸せな瞬間ある?タキガワに聞いたら一番って
言われてもわからないって言うから」
「一番?幸せな瞬間?」
「うん。何となく思いついただけなんだけど、そういう瞬間を思い出すといつでも
幸せになれそうじゃない?」
「確かに、思い出し笑いとかしてそうだけどね」
マイケルと の会話を聞きながら、再びため息。もうその話題からは
離れてくれればいいのにと思いながら、BALLSの持ってきたコーヒーをすする。
砂糖とミルクを入れるようにと言わなかったせいか、ブラックコーヒーだ。苦過ぎて
思わず顔を顰めた。
「タキガワ?…あー、もう格好つけてブラックなんか飲むから…」
こちらの様子に気付いた がBALLSに砂糖とミルクを持ってくるように
頼んでいる。強制的にコーヒーを取り上げられ、かわりに差し出された水を飲むと
笑顔でこちらを見ている2人に気まずくて、つい眉を顰めてしまう。

「いいよね。僕、羨ましいな」
突然のマイケルの言葉に は首を傾げ、自分は嫌な予感を覚えた。どうやら
自分が予測したあの展開が繰り広げられそうでますます眉は顰められる。
「僕も好きな人と一緒に居られたらそれだけでいいな。あ、そっか。タキガワが
一番なんてわからないっていうのは、いつも幸せだからなんだね!」
いつもならここで自分が立ち上がって口論になる所だが、今日ばかりは違った。
脱力すると共に、そーっと隣を盗み見る。案の定 はニコニコと笑っており、
こちらの視線に気付くと手が伸びてきた。
「ば、馬鹿!放せって!」
「嫌でーす」
「いいなぁ…」
後ろから抱きしめられながら、暴れるとますます強い力で引き寄せられる。椅子から
落ちないように、また彼女を傷つけない程度に暴れるがそんな手加減した状態では
逃れられない。
!」
「嫌だもーん。あのね、マイケル。私の場合の幸せな瞬間ってね」
「俺を無視して会話するなって!」
「うんうん、何?」
食堂に居るクルーたちの視線に耐えながら、何とか から逃れようともがく。
このままでは、見せ物だ。勘弁してくれと思いながら何とか彼女が次に言う言葉を
阻止しようと体の向きを変える。彼女の引き寄せる力に負けて、一瞬柔らかい何かに
顔を埋めた後、肩を掴みながら顔を上げた。
「それ以上喋ったら口きいてやらないからな」
「…何でよ」
口を尖らせて拗ねた様子の彼女に大きくため息をつくと、ふと彼女の胸元に視線が行く。
もしかしてさっきの感触は…と考え慌てて頭を左右に振る。余計な事はいい。
そんな事は後回しだ。
「大体、この前言っただろ。人前でこういうのはなしにしようって」
「人前じゃなかったらいい?」
「…それは置いておいて…だな!」
「二人だけだったら、いい?」
「それ以上喋るなって言ってるだろぉ〜!」
堂々巡りな会話に焦り、周りを見る。案の定視線は自分たちに向いており、気付くと
当直勤務の交代時間になっていた。彼女の手を掴むと強引に歩き出し、目指すは自分の
部屋だ。この続きは人の居ない所でないと決着がつきそうもない。
「タキガワのケチ!」
「ケチとかそんな問題じゃないだろ!」
「人の胸に顔埋めておいて、何よ!」
「事故だ!不慮の事故!」
「自分から体の向き変えたじゃない」
「大体、アンタがあんな所であんな事するから悪いんだろ!」
「あんな事って何よ。ちょっと抱きしめただけでしょ?」
「人前ですんなって言っただろ!」
食堂に残されたマイケルは口論というか、痴話喧嘩を見送りつつ席を立つと羨ましそうに
呟いた。
「いいなぁ、二人とも仲良くて」





<あとがき>
な、何か馬鹿ップルにまたなってるんですが。おかしいな。段々二人が
変な方向へ進んでいる気がします。次こそはまともな二人を書くぞ…(気合い)
年下くんは年上彼女がぎゅーしているのが好きなので、ついついこういう
事やってしまうんですよねぇ。ご先祖のCPの一つもこんな感じですし。
但し、ご先祖程彼女に絶対的な力がある訳ではないので、こっちはまだ
対等な方かなぁ。