悪い?







些細な事で喧嘩なんてよくある事だ。まして毎日顔を突き合わせていれば
小さな事で衝突する。職場も一緒、生活空間だって隣り合わせ。
しかも相手が何考えてるのか分からなければ、いくらだってある。
でもその相手はちょっと特別な訳で…。

「だから、何で怒ってるのよ」

件の人物はそう言ってずっと自分の後ろを付いてくる。このまま歩いていたら
トイレにだって付いてきそうな勢いだ。
別に何があった訳じゃない。自分が子供なだけだって、わかってる。
わかってるけど、許せない。これの繰り返しで自分に嫌気がさしてくる。
まして好きな相手に八つ当たりなんて子供っぽい。

わかってるつもりだ。自分は彼女よりも年下で、一般から見ればまだ子供なんだと。
どれだけ背伸びをしたって、未成年であることにかわりない。
大体、身長だって殆どかわらない。…いや、だがこれはいい。自分はまだ成長期で、
いくらでも差を広げられる可能性はある。今度からトレーニング後に牛乳を追加しようと
考えながら、ひたすら歩く。後頭部には未だに彼女からの視線が突き刺さっていた。
何と言われようとも、頭を冷やすまでは口をきくつもりはない。

「原因が分からないと、謝りようもないわ」

原因は自分であって彼女の所為ではない。そう口にしてしまえばいいのだろうが、
ちっぽけなプライドがそうさせてくれない。彼女の前で自分を子供だと認めるなんて
ご免だ。少なくとも彼女の前でだけは駄目だ。

「…ねぇ、聞いてる?」

振り返ると少しだけ睨んでいた表情が和らいだ。
…その笑顔に弱いけど、ここは心を鬼にして努めて無表情に頷くだけに留める。
彼女の場合、いつまでも返事を返さなければひたすら付いてくるに違いないと
思ったからだ。

「あっ!」
「え?何?何?」

古来より伝わる相手の気の逸らし方。…いや、単なる子供騙しだが、彼女は
いとも簡単に引っ掛かってくれた。彼女が明後日の方向へ気を取られているうちに
その場を逃げようとした時だった。

「こら、そんな手に引っ掛かると思ったの?」

後ろから羽交い締めにされて、思わず降参と両手をあげる。敵はそんなに甘くなかった。
そのまま引きずられるように彼女の個室に連行され、椅子に座らされる。
ここで視線を合わせたら、完全に負けだ。あくまで視線を合わさないようにしていると
今度は両頬を挟まれ、顔の位置を固定される。

「ちゃんと目を見て」

…息が掛かりそうなくらい距離が近い。どうでもいいが、いくらなんでも距離が近過ぎだと
眉を顰める。眉を顰めれば、顰めるほど、その距離は近くなる。

「ちょ、ちょっと、!ストップ!」

そう叫んだ所でようやく彼女が距離を取る。後少しで唇と唇が触れ合うようなギリギリの
距離だった。五月蝿い心臓を落ち着かせながら、睨む。

「じゃあ、言う気になった?」

この問いには断じて否だ。ふいと横を向くと、すぐに彼女が顔の位置を戻す。

「言わないとちゅーしちゃうわよ」
「…それ、脅迫」
「あら、タキガワが大人しく話してくれれば、お姉さまからのちゅーはないわよ?」
「誰が」

些細な単語に腹が立つ。何がお姉さまだと思いながら再び視線を逸らした。
顔の位置は再び戻される。

「じゃあ、タキガワはして欲しいのね?」

ぐっと距離が近くなって、すぐ目の前に彼女がいる。ちょっと身を乗り出せば
唇と唇が触れ合うような、ゼロに近い距離。突如自分の中で何かがぷちんと
切れる音がした。両頬を固定していた手を掴むと、立ち上がりながら唇を重ねる。
流石の彼女も不意打ちだったのか何の抵抗もない。

「俺が年下だからって侮るなよ」

驚いた彼女はただ、ただこちらを見ているだけだった。

「悪い?俺だって男だよ。そんな風にされて黙っていられる訳ないだろ。大体アンタ
俺の事舐めすぎ。年下だからって、男には変わりないんだからな」

捨て台詞と共に彼女の部屋を出るとすぐ隣の自分の部屋へと入った。もちろん
ロックなんてされない部屋だ。いつだって怒鳴り込む事も出来る。

始まりは些細な事。だけど、彼女の態度に本気で怒っているのも確か。
まして自分を侮ったあんなやり方は許せない。
だけど…そんな彼女もやっぱり好きなのも確かな訳で…ベットにダイブしながら
今日も深いため息をついた。

好きだけど、嫌い。
年上だとか年下だとか関係ないけど、気になるのも確か。
ぐるぐる考えるだけの自分はもっと嫌いだ。

自分がもし同い年だったら、違っただろうか?
考えても仕方ない事がだけが頭の中をぐるぐる回る。
無性に腹が立つ。イライラする。そして…不意に思い出してしまったあの感触。

「あー、もう…。どうしてくれるんだよ…」

唇に手を当てながらそう呟く。柔らかい感触は、ちょっと癖になりそうだなんて
思った自分にため息をついた…。





<あとがき>
最近馬鹿ップルが続いていたので、こんな感じで。
タキガワがぐるぐると考えているのも可愛いですよね(笑)
年下には年下なりの悩みが、年上には年上なりの悩みがあると思います。