キミにとびきりを
男子禁制と書かれた張り紙に食堂の入り口で数名が首を傾げる。都市船に 入港した途端、主な女性クルーが閉じこもったきり出て来ないのである。 しかもこの張り紙だ。何事かとヤガミが駆けつけるも厨房から現れた を 始めとした女性クルーに睨まれただけで何をしているのやらさっぱりだった。 食堂が使用できないためカフェで昼食をとりながら何をしているのだろうかと 話しているとポー教授とタフト大統領が笑いながら会話に混ざってくる。 席に着いた2人は理不尽さに怒っているヤガミ、何をしているのか気になる アキやタキガワにまぁまぁと言いながら笑う。 「君らは気付かんかったのかね?」 「何に、ですか?」 若干刺々しいヤガミの言葉にポー教授が苦笑いをする。 「匂いだよ。厨房から漏れてただろう」 「匂い?ん、まぁそう言えば何か甘い匂いがしてたような…」 「あ、アキも思った?俺も」 「何だ、気付いていたならすぐに分かるだろう。今日は何日か、 そう考えたらすぐに分かる筈だがね」 ヤガミが眉間に皺を寄せ、タキガワが首を傾げたところでアキが大きく頷く。 「何だ、バレンタインか」 食事が終わった後、誰も居ないハンガーで自機にもたれかかるタキガワ。 通りかかるBALLS達を見ながら自然と顔が笑う。頭の中はすっかりチョコ 一色である。別に自惚れる訳ではないが、貰える自信はあった。少なくとも1つ。 しかも義理チョコじゃない自信がある。目の前の希望号を見ては笑い、1人で 照れて髪の毛を混ぜ返した。 ──どうでもいいが、1人で笑っているのは少し不気味である。 そんな不気味なタキガワとは対照的に食堂で鋭い指示を飛ばす 。 今回の女子クルーによる手作りチョコ作戦の立案・指揮は彼女である。料理上手な 或いは常識的なクルーはともかくとして恐ろしい事を平気でやってのける女子 クルーが多いのである。指導役である も流石に苦笑いしか出来ない状況だ。 それでも彼女らに丁寧に指導し、様々なチョコを仕上げていく。 「エステル!それストップ!」 「はい?」 おもむろにチョコをお湯の中に入れようとするエステルへと駆け寄るも、既に お湯の中に茶色い物体は浮いていた。脱力する にエステルが不思議そうに 首を傾げる。 「あの、溶かすんですよね?」 「うん、そうなんだけど湯煎っていってね…」 流石の彼女も疲れの色が濃く、行動に精彩を欠いていた。それもその筈普段は 大人しいエステルを初めとして、何をやらかすかわからないサーラ、料理は一応 出来るのに元の性格か大ざっぱなネリ、何故か調理器具を壊してしまうカオリと 問題児揃いなのである。それでも彼女らのチョコ作りに手を貸し、全てのチョコを 作り終わると片づけの指示を出し椅子へと腰を下ろす。ついついその口からは ため息が漏れ、自然と顔が笑う。笑うと言っても楽しい、嬉しいという感情よりも 自嘲気味なものだ。自らの提案によるものの結果な為、誰かに愚痴を零すのも おかしな話である。よって安易な提案をした自分を笑っているのだ。 すっかり片づいた食堂に1人残った は食堂に張られた男子禁制の張り紙を 外し、自室へと戻る。倒れ込むようにベットに入ると数秒もしないうちに 意識を手放した…。 艦内を見るとチョコを渡す人、チョコを貰う人だらけ。その中をタキガワは 歩きながら人を探す。ちなみに彼の手にはいかにも義理チョコだと 主張するような小さい包みがいくつかある。彼の手にはまだ本命チョコはない。 そもそも本命チョコをくれるであろう人がいないのだ。だから彼は人を探している。 きょろきょろと辺りを伺っているとマイケルが笑いながら声をかけてきた。 「どうしたの、タキガワ」 「ん、 を探してるんだけどさ」 「 ?さっきD1でチョコ配ってたよ。勤務中の人から配ってるみたい」 タキガワの現在地はD3。マイケルの言葉に従うと艦橋メンバーから配って いるのならその内D3フロアにも降りてくるに違いない。当直メンバーの後は 現在休息時間のメンバーの筈だからだ。それならば安易にここから動かない方が いいのかもしれない。 マイケルと別れ、厨房でコーヒーを淹れようと歩き出す。 そして厨房の前に立った所でタキガワは一枚の張り紙を見つけた。張り紙には 『入室禁止!特にタキガワは入るべからず!』と書いてある。 「はぁ?」 これでは数時間前の食堂と同じだ。いや、人物を指定して入るなという点で言えば、 もっと酷い。しかも何で自分なんだと眉を顰める。どう考えてもこれを貼ったのは だ。彼女に避けられるような事があったろうかと自分の行動を思い出して 見るが、心当たりはない。 「MAKI、これロックされてんの?」 『いいえ。ですが、あなたが入室する場合にはロックがかかります』 「それ、 の指示?」 『はい』 入るべからずどころか入らせないの間違いじゃないのかと張り紙を睨む。 「じゃあ、中で は何やってんの?」 『その質問に答えないようにと指示が出ています』 MAKIの答えにため息をつくと足元を歩くBALLSに義理チョコを自室へと届けるように 指示すると大きく息を吸い込む。 「 !」 通路に居たサーラや恵たちが振り向いたが、タキガワは気にしない。 「居るんだろ?」 ロックされたそれを叩きながら張り紙を外す。個人名での締め出しは卑怯だ。 コーヒーぐらい自由に飲ましてくれたっていい筈だ。そもそも夜明けの船は の ものではないし、入室禁止なんて酷過ぎる。そんな事を考えながら中に呼びかけていると 流石の も恥ずかしいのか怒ったような声が返ってくる。 「居るわよ!張り紙見たんでしょ?今は駄目!」 「何でだよっ!」 「駄目ったら駄目!」 「意味わかんないだろ、そんなんじゃ!」 大声で怒鳴り合う2人しびれを切らせたのはその場に居合わせたカオリだった。 MAKIに からの指示を放棄させるとタキガワを後ろから小突き(カオリの 感覚での小突くは常人の殴るである)厨房へ放り込む。 「起き抜けに大声は響くんだよ。痴話げんかなら公衆の面前ですんなよな」 不機嫌そうにそう に言うと食堂へと消えるカオリ。 余談だが、夜明けの船には寝起きの悪い人物は2人おり、その片割れがカオリである。 後頭部をさすりながらタキガワが身を起こすと目の前にはエプロン姿の が そこに居た。厨房の中は甘い匂いが充満している。 「…もうっ…」 怒ったような照れたような表情で手を差し出されきょとんとする。どうやら手を貸して くれようとしているのだと気付くと慌てて手をとり立ち上がる。視界に広がったのは 大量の刻まれたチョコ。 おかしい、チョコならさっき食堂と厨房を閉鎖した時に作った筈だ。現にマイケルを 含め当直のメンバーは彼女からチョコを受け取っている。そんな事を考えながら 首を傾げていると が頬を膨らませた。時々見せる子供っぽい表情は 大抵照れている時にするという事をタキガワは知っている。 「あの、さ?」 「だって、だって…皆の面倒見てたらすっかり自分の分は作った気になってたんだもの」 真っ赤になってそっぽを向くと一心不乱にチョコを刻み出す。 「そりゃあ、義理チョコは簡単に作れるからすぐに出来たわよ?でも、それだけ じゃ終われないの。普通のチョコからケーキまで一杯、一杯作りたいの」 剥れた表情のままでレシピカードをいくつも並べる。言葉通り、単なるチョコだけでなく クッキーやらケーキにプリンも作りたいらしい。 「だって一個だけなんて義理チョコと変わらないじゃない。どうせなら出来る物 全部上げたいの」 何処まで作る気なんだという程大量のレシピカード。 「えーっと…つまり俺の分、作ってんの?」 「他に誰が居るのよ!」 振り向いた が包丁も一緒に構えたので怖い。思わず手を上げて降参の ポーズをとりながら、落ち着いてよと気を静めさせる。ついでにコーヒーメーカーから コーヒーを淹れると砂糖とミルクをたっぷり入れて手渡す。熱いコーヒーを冷ましながら 飲む が落ち着いた所で笑いかける。 「ありがと、俺嬉しい」 「…まだ上げてない」 「うん、だけどこれから作ってくれるんだろ?」 「そうだけど…あ、ちょっと待ってすぐに作れるのが一つあるの」 てきぱきと が動き、出来上がったものをマグカップに入れると先程までの 剥れた表情とは全く正反対の笑顔でそれをタキガワに差し出した。 「はい、チョコレートドリンク。少し洋酒入ってるけど香りづけだから大丈夫よ」 「へぇ、飲むチョコなんてあるんだ」 「うん、身体が温まっていいのよ」 いただきますと言うとチョコレートドリンクを飲む。確かに甘いのだが、甘過ぎない という絶妙な加減。作っている工程を見る限り難しそうなことはしてないのに何処かで 調整してるのかと首を傾げる。 「なぁに、何か変?」 すっかりいつも に戻ったのか笑いながらタキガワを見ている。 「いや、凄いなって。甘過ぎないように何かした?」 「チョコのブレンドね。あとは洋酒とか色々」 互いに笑顔を向けるとBALLSに指示を出すタキガワ。自分が座る椅子を用意させ その場で出来上がったものを食べる気らしい。 もまたBALLSを呼ぶと 外に新しい張り紙をと指示を出す。 ──この後、厨房は都市船出港準備まで2人によって占拠されることになる。 <あとがき> 体調さえ良ければ当日までには間に合ったと思うのですが(苦笑) 段々この2人が馬鹿ップルになってきました。おかしいな。 こんな筈じゃなかったのに。 実はこの後の展開で洋酒に弱いタキガワがフラフラになる話もあったんですが とりあえずお蔵入りっぽいですねぇ。 |