さいしょを、まちがえて、今。
最初が肝心ってよく言うけれど、本当にそう。 だって、やっぱり最初にかけ間違えたボタンを後から直すのって大変だもの。 結局最初からやり直しになるくらいなら、ちゃんとしておけば良かったのよ。 「…で、これって何なのよ。何の冗談なの?」 自分の個室にやってきた黄色いジャンパーの眼鏡男はいつもと違う表情を浮かべて いる。ベットから体を起こそうとすると手が伸びてきた。 「だから何の冗談なのって聞いてるのよ」 「何が?」 相変わらず相手はにこやかにこちらを見るばかり。普段ならむっつりと黙り込むか ため息をつくかどちらかなのだ。優しげに微笑むことなんて最初から出来ないのでは ないかと思うくらいにそんな表情が張り付いていた筈である。とりあえず差し出された 手を無視しながら体を起こすとじっと見つめる。にこやかに微笑む相手から視線を 反らすとため息を吐き出す。何かの間違いだと思いたいほど居心地が悪い。 そんな風に迷っている間に相手はベットに腰かけ、自分の手を取りながらじっと こちらを見つめていた。 これは何?何の嫌がらせ? 私が何をしたって言うのよ。もしかしてこの前のことを根に持っているわけ? 本当に嫌みったらしい。こんな女々しい嫌がらせってないじゃない。 「随分機嫌が悪そうだな。寝ているところを起こしたからか?」 「…そういう事にしておいて」 何、この仕返し。最低だわ、男の癖にしつこいったらありゃしない。 大体いつもそう。この馬鹿眼鏡はどうしてこういう事しか出来ないのよ。 私はもっと普通に接したいのに。 ──やっぱり、最初が拙かったんだわ。 「?」 「……何」 「機嫌、直さないか」 「…どうして」 馬鹿みたいに突っ張って、意地を張って…素直になれないから、いつも愚にも つかない言い合いばかりして…それが私たちでしょ。 こんなの私たちらしくない。ねえ、わかってるんでしょ。 私たちは、絶対一緒にいられないってこと。 だから、距離を一定に保つって決めてるんでしょ。 そう決めたなら、その姿勢を崩さないでよ。 何よ、私を馬鹿にしてるの? そんな笑顔で私を見ないで。優しくするなんてらしくないわ。 今更、なかったことになんて出来ないのよ。 私がここに来たのは100年の平和を約束するためだって知ってる癖に。 呼んだのは自分の癖に。 「そう怒るな」 「…怒ってなんかない」 私は私の出来ることだけをして、ここを去るの。 だから、余計な思いを残したくない。 そう、これは『余計な思い』なのよ。そう、一時の気の迷いとも言うわね。 優しげに微笑んだその後、温かい手が頬を撫でる。視線を逸らしながら、胸を抑えた。 自分を戒めるために心の中で何度も期待しようとしている気持ちを押さえ込むために。 唇に触れた温もりに一瞬瞳を閉じ、そしてすぐ…顔を顰めた。 目の前に居るのは優しげに微笑んでいるその人だけ。 普段は眉間にしわを寄せ、口を開けば小言を言うようなそんな人物。 あり得ない今の彼がここに存在している理由がわかったから、眉間にしわを刻んだのだ。 そう、唇に触れた瞬間分かったのである。 「…?」 「…そう…。そういう事だったの…」 肩が、手が震えているのが分かった。真実を掴んだ自分は、声すら震わせて俯く。 「どうしたんだ、一体」 「……ふふ、どうしたんだ…ですって?」 顔を上げると笑顔を見せる。ほっと胸をなで下ろした相手を見ると、その瞳に自分が 映っていた。そして瞳の中の自分の笑顔が変化していく。 次の瞬間、士官個室201に大きな音が響いた。隣の士官個室202からはタキガワが顔を 出し、丁度通路を歩いていたアキと顔を見合わせて驚いている。そして数秒後、士官個室 201からが出て来た。 「、どうしたの?」 「何かあったのか?」 「どうもこうもないわよっ!!」 どすどすと凄い勢いで歩くに2人は顔を見合わせるとそっと士官個室201を 覗いた。彼らの目にはひび割れた眼鏡をかけた黄色いジャンパーの男が床に倒れて いる姿が映った。右の頬は赤く腫れ上がっており、それがの仕業なのだろう ということを無言で悟る。 「アキ、どうするんだよ」 「さっきしこたま飲ませたからな。どこに行ってたのかと思ったら…ここに居たのか」 「…いや、そんなこといいからさ。いくら何でも、このままにしておくのもなんだろ?」 「ま、BALLSたちに医務室へ運ばせるわ」 アキが足下を通ったBALLS達を呼び止め、医務室へ運ぶようにと指示を出す。すると あっという間にたくさんのBALLS達が集まり出した。頭上ではMAKIのアナウンスが 流れている。 「…それにしてもヤガミの奴、何やったんだろ?」 「さぁな。ま、当分触らぬ神にたたりなしってことで、その話題には触れない方が いいだろうな」 「だな。…それにしても、アキ」 「ん?」 アキを見上げながらタキガワが鼻をつまむ。手を振って空気をかき混ぜるような仕草を みせた。 「アンタ、酒臭い」 「だから、さっき言っただろう。しこたま飲ませたって」 「アンタも飲んだって事な」 「そういうこった。ま、お前にはまだ関係ない話さ」 「フン、どうせ俺はまだ未成年だよ」 拗ねたように口をとがらせると欠伸をかみ殺し部屋へと戻っていく。恐らくこれから 残りの休憩時間までまた寝るつもりなのだろう。アキもまた欠伸をかみ殺しながら 自室へと歩き出した…。 最初に決めたことを違えないで。 それが間違いだと言われても今更変えないで。 これが私たち。ねえ、そうでしょ? 一定の距離を保ったまま、平行線上に私たちはいる。 それを変えたいと思うこともあるけれど…今更なのよ。 今は今。もう変えられないの。 だから、私を迷わせないで。馬鹿なことして足を止めさせないで。 私は歩くしかない。前を向いて、ずっとずっと歩くしかないの。 でも……。 演技でも酔っぱらっていたとしても…忘れないから。 優しい笑顔は私に向けられていたってこと。 絶対、忘れないから。 だから、私は前だけを見て歩いていく。 私を見てくれている人がいることを胸に抱きながら。 <あとがき> 何故か見た夢を元ネタに久しぶりのヤガミとのお話でした。ちなみにこのお話、 タキガワバージョンも考えているのでそちらは彼とのカップリングでお楽しみ 下さいませ。 …さて、この2人の場合、いつも言い合いしているイメージです。素直になれなくて ケンカしているのでお互いがお互いに優しく微笑むことがないといいなぁと。 capriccioさまの三六五題より「さいしょを、まちがえて、今。」をお借りしました。 |