魔女の契約






ぼんやりと街を眺めると小さくため息をついた。脳裏に浮かんだ一人の男に
頬を膨らませると頭を振る。脳裏に浮かんだその男が何故か笑ったからだ。薔薇色に
染まった頬を両手で包み込むと口を尖らせて再び街並みへと視線を注ぐ。
そこで生活する様々な知類たちを眺めながらベンチへと腰かけ再びため息をついた。

「ため息なんてついてどうしたんだ?」
声に振り返ると見慣れた青い制服が視界に飛び込んできた。見上げれば優しく
笑ったがそこにいる。
「あなたでしたか…いえ、何でもありません」
「何でもない…か。ふーん、まぁいいけど」
隣に座ったは納得してはいないようだった。彼の方へと体を向けると息を
吸い込む。自分の決断を聞いて貰うならば今だと判断したからだ。

「知恵者が言っていました。汝は選ぶ、と」

唐突な言葉には首を傾げるとこちらをじっと見ていた。手を差し出すと
瞳をじっと見つめ返す。彼がこの手をとってくれるようにと心の中で祈りながら。
大きな手が自分の小さな手をとるといつものような調子のいい彼でなく、何処か
遠くを見ている達観したような彼が静かに口を開いた。

「何を、選んだ?」
「太陽系とネーバルウイッチだったら迷わなかったと思います」

時折、は普段とは全く違う表情を見せることがあった。カオリやタキガワ、
ヤガミたちに言わせればそれが本当の姿だと言うが、自分には理解出来なかった。
その彼が本当の姿だというなら、普段の彼は何だと言うのか。
本当の姿だとか、仮初めの姿だとか…関係ない。それらを含めて全部がなのだ。

──だから、決めた。

強く手を握り返すと彼の瞳に映る自分を見て頷いた。待てども言葉を紡がない
自分にはもう一度答えを催促してくる。

「だから、何を選んだ?」

──驚かないで聞いて下さいね。

「あなたを」

夜明けの船に乗ってから、一番の笑顔を見せると立ち上がり彼を振り返った。
「艦に戻ります。ネーバルウイッチの居場所は、船以外にないから」
そう言葉を残すと走り出す。行き先は当然、夜明けの船だ。
走りながら、薔薇色に染まっているであろう頬を押さえては胸の内にある
くすぐったさに笑った。

ねぇ、
私は決めたんです。あなたを、選ぶって。
だから、大事にして下さいね。あなたは今、私と契約したんですよ。

あの握手は魔女の契約。
故郷でもない他のものを選んだ私との契約。

あなたの意思は無視か、ですか?
あら、だって私は魔女ですよ。魔女の契約に相手の意向は関係ありません。

驚かなくてもいいんですよ。
だって、私たちの契約はあなた達の『誓い』に似ていると思います。
ほら…そう思えば平気でしょう?

だから、居させて下さい。

私の居場所は夜明けの船、そして……。
あなたの隣、ですから。




<あとがき>
サイト6周年記念企画のトップバッターはエステルとのお話でした。
自作お題より「新たなスタート」からこのお話に。彼女のこのイベントは
やっぱり男PCで見た方がしっくりしますよね。もちろん女子PCでも
見ましたが、男PCの方がよりしっくりときていいと思うんですよ。