CLUMSY PRESENT
「何よ、ため息なんてらしくない」 エレベーターホールのソファーに腰を下ろしたその瞬間だった。 突然降ってきた言葉に顔を上げると輝かしい青の制服に身を 包んだ が立っていた。妙に瞳を輝かせた彼女は 笑うと隣に座る。 「らしくなくて悪かったな」 投げ捨てたような言葉も気にせず彼女は鼻で笑った。 その笑い方にムッとしながら立ち上がると黄色いジャンパーの 袖を引っ張られる。 「…何だ」 視線を落とすと先程までの笑みとは違う、華のような笑みを 浮かべた がそこに居た。くすりと笑った彼女は 小さな箱を取り出すと差し出してみせる。 「?」 意味が分からず首を傾げていると、何も言わずにそれを手に 握らせる。 「意味が分からないんだが…?」 「じゃあ、謎かけね。頑張って解いてみて」 そう言って立ち上がると再びくすくすと彼女が笑う。普段の彼女なら しないであろうその笑みのまま、まるでスキップでもするように トップデッキハッチから都市船へと降りていく後ろ姿を見送った。 眉を寄せ、手にある小さな箱をじっと見つめる。 一体この箱にどんな意味が込められているのか。 何故、謎かけなのか…皆目検討がつかない。 「何突っ立ってるんだよ」 「…アキか」 これから都市船に降りるのか機嫌の良さそうなアキが笑いながら エレベーターを降りてくる。妙にめざとく手の中にある小さな箱を 見つけると何故か納得顔で何度か頷いていた。 「気味の悪い奴だな。一人で頷いて」 「気味が悪くて悪かったな。どうせ、意味分からないんだろ?」 それ、と小さな箱を指さす。 「…どういう意味だ」 「どういう意味も何もそのままだ」 本人はポーカーフェイスを気取っているつもりだが、クルーの半数以上が 感情の読みとりやすい男だと思っている。ムッとした表情に笑いながら 答えるアキ。 「それの意味」 小さな箱を指差し からだろ?と付け加える。 「お前に何が分かると言うんだ」 「ま、少なくともお前よりはアイツの気持ちがわかるつもりさ」 アキの言葉に更に眉が顰められる。 何が『アイツの気持ちがわかる』だ。 あんな奴と分かりあえる奴は変人に決まっている。 似た者同士気が合うという所だろう。 眼鏡の奥で何を考えているのか、アキにはお見通しだった。 笑いながら手の中にある小さな箱を取り上げると赤いリボンを解き 中にあった小さなクリスマスツリーを出して見せる。 「成程な」 「何が成程だ、勝手に開けるな」 アキの手から小さなクリスマスツリーを取り上げると首を傾げる。 おもちゃのようなこのクリスマスツリーにどんな謎が詰まっているのか わからない。逆さにしてみたり、光に透かしてみるがこれは何処にでも ある小さな置物のような気がする。 「ほら見ろ、わからないんだろ?」 変人の考えることがわからないのは仕方ないが、気分が悪い。 特に謎を仕掛けたのが だと思うと尚更その気持ちは強い。 「自力で解きたいのは分かるが、そんな事してると、多分謎が 解けないまま都市船から出港する事になるぞ」 「…だからどうした」 「言っとくがそれの期限は今日中だ」 アキの言葉に更に眉を顰める。ますます胸くそ悪い。一言も今日中に 謎を解けとなんて言っていない。 「何故、お前に分かる」 「いや、分からないのは多分お前だけだぞ。夜明けの船のクルーなら 全員意味が分かるはずだからな」 「…夜明けの船のクルー全員?」 「ああ、そうだ。ま、全部教えられるの嫌だろ?だからヒントを 教えてやるよ。夜明けの船にもあるだろ、ツリー。行ってみな」 アキはそれだけ言うとじゃあな、と手を振って都市船へと降りて行った。 夜明けの船にあるツリーと言えば、食堂である。食堂にツリーを 置こうと言い出したのは だった。そして に 賛成したタキガワやエノラ達と言った年若いクルーたちの意見に エリザベスが根負けして設置したという経緯がある。 確かにあそこにならば何かヒントになるものがあるかもしれない。 エレベーターでD3フロアに降り立つと食堂へ行く。食堂の水槽の前には 皆で…主に年少者達が飾った飾り、また年配の者が彼らにと プレゼントを置いていた。電飾で飾られたツリーには何故か短冊まで ついている。おおよそタキガワ辺りに聞いた七夕の習慣を勘違いして 短冊に願い事を書いたのだろう。エステルの誤解は後でタキガワに 説教してから解くとして、今は の仕掛けた謎を解かねば ならない。そう考えているとピンク色の短冊の隣にもう一枚ブルーの 短冊がつけられていた。 「…回りくどいことをする」 その短冊には都市船の中心にある大きな広場の名前が書かれていた。 筆跡から察するに間違いなく のものであろう。 ため息をつくと今度はエレベーターでD1フロアへと戻る。都市船へと 降りてからは一直線にその広場へと向かった。 いつもと違い都市船の中心市街地は非常に混雑していた。クリスマスと なればこんなにも混むのか、と周りを観察しながら人混みの波を 泳ぐように歩く。 の指定する広場まではもう少しだ。 が、そう思った途端頭上で爆音が響く。 一斉に辺りがパニックに陥り、あちこちで悲鳴があがる。 「くそっ…何が起きてるんだ」 これが単なる事故ならばいいが、テロである可能性も捨てきれない。 レスキュー隊が駆け込んでくる間を縫ってその場を離れる。 少し離れて見てみるとどうやらテロではなくガスの爆発事故の ようだ。一先ず胸をなで下ろすと再び短冊に書かれた広場へと 向かう。先程の事件で目の前の通りは封鎖されているので少々遠回りには なるが、仕方ない。通りにある時計に表示されている時間を見れば すでに23時を回っていた。この辺りに着いてから2時間は経っている。 少し急ぐかと足早に広場へと歩き出した…。 「遅い!」 広場に着くと仁王立ちの が眉を吊り上げる。結局広場に 着いたのは日付が変わる10分前だ。 「…そもそもお前が謎かけなんかしなければ良かっただろう」 「何よ、乙女心のわかんない男ね」 「お前にそんな事を言われる筋合いはない」 普段と同じように言い合いを始めた2人に周りが心配そうな視線を送る。 クリスマスイブだというのに喧嘩を始めた2人を気にするギャラリー。 そしてそんな事もお構いなしに2人は更に語気を強めた。 「何が筋合いはない、よ。まったく可愛くないったら」 「男が可愛くてどうする」 夜明けの船の艦内ならこんな言い争いを始めるとアキやエステルたちが 2人を止めるのだが、生憎この広場にクルー達はいない。 「そういう所が可愛くないのよ。ちょっとはマイケルやタキガワたちを 見習ったら?素直で可愛いわよ?」 「悪かったな。だったら彼奴等と居ればいいだろう」 売り言葉に買い言葉。正にそんな表現がふさわしい言い合いだった。 睨む は時計に気付いて声をあげる。 「…おい、 …?」 「馬鹿!ヤガミが来るのが遅いから何にも出来ないじゃない!」 「馬鹿ってお前な…」 「誕生日あと3分しかないのに何をしろって言うのよ」 「…誕生日?」 の言葉に次の言葉が出てこない。ふとアキの 『いや、分からないのは多分お前だけだぞ。夜明けの船のクルーなら 全員意味が分かるはずだからな』という言葉を思い出す。 そうか、そういう意味か。 誕生日にはMAKIが祝いのアナウンスをする。よって夜明けの船に いるクルーは全員そのアナウンスで今日が誕生日だと知っている筈だ。 そして、 は誕生日を祝うつもりでこの広場に呼び出したのだ。 「祝うなら別に何処でも一緒だろう」 「本当に乙女心のわかんない男ね。折角都市船にいるのよ? 食事でもしてプレゼントでもあげようって思うのは別に変な事でも ないでしょ?」 「だが、それに拘る必要もないだろう?」 ツリーの側にある時計は23:59を示す。 そして一瞬消える街灯。辺りがざわめき、すぐに灯は灯った。 目の前には真っ赤な が驚いたように見つめている。 時計が0時を示し、24日が終わり25日が始まったことを告げた。 「俺はそれでいいさ。ほら、帰るぞ。出港まであと1時間だ」 何も言わない の手を取ると港へと歩き出す。 彼女を引き連れ、港に出た頃突然手を振りほどく 。 「…変態!」 「変態とはなんだ、変態とは!」 「普通はもっとムードってものがあるでしょ!」 「そんなもの求めるな、馬鹿らしい。10代の娘でもあるまいし」 「何よ、馬鹿眼鏡!」 再び言い合いを始めた2人に気付いた夜明けの船のクルーが 真っ赤になりながら回収する。 ちなみにこの後、艦内に噂が流れ女性クルーから総スカンを 食らうことになる。もちろん、噂を流したのは 。 彼女は友人であるカオリにこう漏らしたらしい。 あの馬鹿眼鏡、不意打ちしたのよ? 普段全然そんな素振りもないくせに、不意打ちよ? 信じられない。あの馬鹿、手が早過ぎよ。 女心がわかってないのよ。物事には順序ってものがあるでしょ? ね?私、別に間違ってないよね? ちょっとは言い訳でもすれば許してやってもいいけど、 あんな風に開き直るなんて最低! この噂は年を越しても続いたとか、続かなかったとか。 |