陣痛ってどんな痛みなのか。
「全身に矢がささったような痛み」「生理痛のひどいやつ」「腰がくだけそう」など、様々な形容を聞くにつけ、恐怖をあおられるけれど、実際自分がどう感じるのかはそのときになってみないとわからない。
なんとかしてこれを客観的かつ広く一般に理解して貰える表現で描写するべく、私は出産当日、分娩室にノートと鉛筆を携行。
子宮口がおそらく5センチ開大くらいまではリアルタイムで記録し、残りは出産直後に文章にまとめてみた。
お産の痛みは忘れるというが、私はこの記録を読み返すたびに思い出してしまう。それでもいつかは忘れてしまうのだろう。
確かに、傷口の縫合部の痛みが薄れるにつれ、出産当日の痛みも忘れつつある。
ただ初めてわが子を目にしたときの、赤い残像と、胸の上のもったりとした重みだけは、一生忘れないと思う。
9月12日、出産予定日を一日すぎた検診を受診した際に、医師から計画分娩をするかどうか尋ねられた。
はじめは、自然分娩で・・・と言ったのだけれど、40週をすぎると出産時や出産後1週間のベビーの死亡率が上がるといわれ、それならやはりと、翌日までに陣痛がこなければ夕方から入院して計画分娩することにする。
果たして翌朝、5時30分頃にタラリと出血(おしるし)があり、しばらく定期的な張りが続いて、これは陣痛か!と思ったものの、あっさり遠のいてしまい、夕方に予定通り入院。
夜のうちにラミナリアという子宮口を広げる海綿でできたものを挿入し、翌朝から薬を点滴してもらいお産に入ることになる。
しかし、実際には、以下のような経過で、私は麻酔も陣痛促進剤も打つことなく、自然分娩で出産してしまった。
陣痛の間中、これは事前処置の痛みであって、ホンモノの陣痛はもっと痛いに違いないと思い込んで我慢していたため、はからずも非常に詳細な記録を残すことが出来た・・・。
9月13日10:50PM
・・・これ陣痛なんでしょうか。
あまりに突然に痛みが来るので、ただただ驚愕するばかりなんですが
う、来たかな?
・・・はい。来ました。痛かったです。
なんとか、呼吸しないといかんというのと、体を固くしないでゆったりしないといかんというのとを意識するゆとりはあるという状況。
こりゃいかん。なんという痛さだろう。
立って歩いたりはもちろん、笑ってる余裕もないな・・・
いや、次にきたら、笑えるかどうか試してみよう。
痛みと痛みの間は、歌を歌ったり、腰をゆすったり、気楽なもんである。
痛みの感じとしては、今のところ、下から突き上げてくるような激痛で、
あ、来た
・・・いちおう、微笑みには成功。次はしゃべれるかどうかやってみよう。
うーん、痛みとしては、内臓的なものではなく、尾てい骨を中心に、ギリギリと痛む。
腰周辺は、痛みで全く動かせない。膝から下は、かろうじて動かせるが、ともすれば痛みによる緊張でぴんと張ってしまう。懸命に緩めようとする。
あれ、少し早いがまた来たようだ。
書き終わるまで待ってくれーい、ひいい
・・・今のは間隔が短かったせいか、軽かった。話も出来た。お腹をマッサージしたら楽になった。次に来るのはどうだろう?
ちなみに、今、痛みに集中しないで、書くほうに途中までしがみついていたから楽だったのかもしれない。ふむふむ、なるほど。
しかし、この調子で朝までもつのだろうか。眠れるようにと薬をいただいて飲んだけど、こう痛みが強くては眠れない。飲むんじゃなかったかな。あ、また来そうだ。
・・・今度は、歌にチャレンジしたがぜんぜんだめ。間隔が長かったせいか、すぐさま呼吸とマッサージに集中しないと耐えられなくなる。
何か楽しいことを考えれば少しはいいのだろうか。もう少し痛みが強くなったらその程度では効かなくなりそうだな。困った。
とりあえずクッションでも抱くか。
・・・クッションをとりに行っている間に来てしもた。
ベッドの上に横座りの状態でなんとか呼吸してやりすごす。なかなか壮絶な戦いになりそうだ。
この痛みときたらなんと形容すればいいのかなあ。
本当に波みたいに押し寄せる痛みだ。
鉄の太い棒で徐々に強く殴られているような、息が詰まるほどの痛みといおうか。
今はじめて、ああっと声をあげてしまった。こりゃ、声を出し始めるととまらないな。
思うに、今のところは痛みにのまれて身をよじったりすると余計に痛くしかも長引く。
無視して気のせいだというふりをして自然な呼吸をしようとしたほうがいい。
合間をぬってトイレに経つ。
ベッドに戻ろうとしたところで、次の波が来たので仕方なくベッドのふちにしがみついて必死で呼吸する。
挙動不審をモニターカメラで見咎めたのか、看護婦さんが様子を見に入ってきて下さる。
背中やお腹を、冷たくてやわらかい手でさすってもらうと少し楽になる。
いつでも呼んで下さいねと言い残して看護婦さんが立ち去ると再び孤独な戦いが始まる・・・
今晩は、ラミナリアを入れて子宮口を5cmくらいまで広げて、明日、陣痛促進剤を打ち、痛みがひどければ無痛分娩にし・・・
ということになっているが、私は今麻酔を打って欲しいよ。
時刻は午前0時をまわり、痛みの周期は10分どころか5,6分を切っている。
睡眠剤を飲んでいるのと疲れで、痛みが引くと、うとうとするが、そうすると痛みが徐々に押し寄せているのがわからず、いきなり激痛で目がさめるのでパニックになってしまい余計つらい。
できるだけ、数分でもうとうとしたほうがいいといわれたけれど、頭をはっきりさせておいたほうが、痛みに対処する準備が出来るからいい。
1時をすぎる。
この頃になると、痛みの間隔はもうムチャクチャで、2,3分おきになっている。体の向きを変える余裕も無い。
前の痛みの余波が治まったと思ったら次のが襲ってくる有様。
痛みの質は全く変わらない(腰のあたりから下腹部にかけて突き上げてくるような感じ。よく本に書いてあるような子宮がキューッという感じではない。むしろグワーンという痛みの波がせりあがってくるような感じ)が、より強く、長くなっている。
出来るだけゆっくり呼吸をしようとするが、痛みが頂点に達すると、呼吸は荒くなり、クッションや机の端をつかんだり、ベッドのマットレスをばしばし叩いたりして気を散らしたりする。
ただし、喘いだりのたうちまわったり、パニックになると余計に痛みがこたえるので、子宮に力を入れないようにとにかく大きく呼吸をする。
ヒッヒッフーは確かにやりやすく効率よく酸素が取れそうな呼吸法ではあるけれど、呼吸のテンポが速くなりすぎて、やはりこれもパニックを引き起こしやすい。
そうなるとつらいので、やはり私はゼーハーゼーハーと大きく息をする。息を吐くときに口をすぼめてフゥーッと吐くのもよい。
2時頃、またトイレに立つ。トイレに入ったとたんに波が来たので、台につかまってやり過ごす。
少しだけペーパーに血がついたのでナースコールをしようかなーと思いつつもう少し様子を見ることにする。
時間が経つことの遅いこと遅いこと。とにかく、5時になれば次の処置に入るのだから・・・とは思うが、この状態で、じっと点滴を受けたりしていられる自信が全くない。
妙に周期の短い痛みとさっきの出血のことでナースコールをするかどうか迷うが、ふと、廊下の向こうが騒がしくなり、人が行き来したり扉が開いたりする音が聞こえ始めた。
急なお産でも入ったのだろうか。今、呼んだら人手が足りなくなって困るだろうなと思い、こちらはもう少し頑張ってみることにする。
赤ちゃんは、モニモニ動いているので、元気なのがわかる。
しばらくして、また痛みが来たので呼吸して耐えていると、ポロリン、という感触があったので手で触ると、入れてもらったラミナリアが1本、出てきている。
さすがにこれはいかんと思い、ナースコールのボタンを押す。看護婦さんに状況を告げると、残りのラミナリアも抜いて診察してくれた。
抜くときが痛いときいていたけれど、ぬるぬるに濡れているので全く痛みなし。
内診の結果
「8センチ開いていますね」
「え、えええええ、うーーーそーーーー」
「やわらかくなっていたんでしょうね。・・・どうしましょう。もう、麻酔なしでこのままいきますか?」
「・・・8センチっていったら、もうすぐなんですよね(注.子宮口が10センチ開くと、子は生まれる)」
「そうですねえ」
というわけで、さっき、麻酔するなら今してほしい!と思っていたの、あれはもっともなことだったんだ。8センチまで我慢してしもた。
それにしても、このままお産に入るのだろうか。なんだか信じがたい。
「また、心音と張りのモニターつけても大丈夫ですか?」
ときかれた瞬間、また激痛と戦っていた私は、「あまり・・・自信ないです」とこたえたが、無論おとなしくベルトを装着され、120〜130/分くらいの拍数で意外とゆったりと打っている赤ちゃんの心音図を横目に見ながら、子宮口が更に広がるのを待つことになった。
看護婦さんが、ご主人を呼びますかと聞いてくださったので、お願いする。
眠っていて電話を取りそこなうといけないので義母の番号も伝えさせていただく。
まもなく、「ご主人すぐに出られましたよ!いらっしゃるそうです」と看護婦さんが明るい声で教えてくれた。
夫の声が聞こえて、病室に入ってきたのは20〜30分後くらいだろうか。痛みは更に強くなり、さすがにうめき声をあげる。
そのかわり、痛みの周期は長くなり、持続時間は短くなったような気もする。・・・慣れたのか?
痛みが来ると、夫が手を握ってくれる。
痛みがひどいときの様子も残しておこうとビデオをまわす。
しばらくすると義母と義妹も来てくれた。
直後、家族は一旦外に出され、診察が始まった。
子宮口あたりを触っていたと思うと、突然、ビシャーンとなまあたかい水がベッドの上にあふれ出した。
手で破膜をしたという。「痛みが少しきつくなると思いますけど・・・」
「きつくなる!!」
「はい。今までは膜に包まれた赤ちゃんの頭が押していたのが、直接になりますから」
そして、その後に来た痛みは、確かにこれまでのものに更にシャープさと残酷さが加わったものだった。
「ご家族、どうしますか?」ときかれ、とりあえず夫だけ呼んでもらう。
結局その後、義母と義妹にも入って貰い、痛みの合間に人工破膜をしてもらったことを話す。
痛みがくると、もう余裕なし。うめくか、うつろな目でかろうじて呼吸するか。
まもなく、家族は再び外に出され、今度は、いきみがはじまった。
看護婦さんが中に手を入れ、お腹をさする中、腹筋に力を入れるが、陣痛といきみが重なると、こ、こ、これが痛い!
痛みに耐えかねて腹筋に力を入れるのをやめても、痛みが全く引かず、固い何かが下腹部を苛み続けているのは、あれは、赤ちゃんの頭だったのだろうか。
仕方が無いから少しでもその痛みを押し出すべく、もういちどいきまないといけないのだけど、あまりの痛みに息を吸えず、んんうあああと絶望の声をあげるが、それじゃ何も解決しないので、あきらめて息を吸いなおしていきむ。
3回続けていきむと、もう体力と痛みの限界で、しばらく呼吸を整えないと何も出来ない。
もっと自分の腹筋の力でぐいぐい押せるものだと思っていたけれど、お産が進行しているのかどうか、全く実感できない。
しばらく奮闘したところで、看護婦さんが、「それでは、分娩台に移ります」という。
出せるんだろうか、これで??
再び夫が呼ばれ、立会いのための着替えの説明を受けている。
ストレッチャーが運び込まれ、私はゴロリンとそこに移動し、分娩室へ。
さて、それから後も、することは同じで、足にカバーをかけられ台に固定、手はレバーを握り、いきむときにはぐっと肘を体にひきつけるという。
ベッドの上部が起こされ、いきみ体勢が整うと、あとはひたすら下腹に力を入れて、形と居場所がはっきりしない赤ちゃんを押し出そうと試みるのみ。
なにしろ下腹といってもどこに集中すればいいのかわからないのがつらい。
やみくもに力を入れるが疲れるのみ。
ときどき、看護婦さんが、「そうそう」「いいですよ!」と声をかけてくれるので、これでいいのかと少し気分がよくなるが、変化は自分ではわからない。
時折、例の”痛みのかたまり”(たぶん赤ちゃんの頭)がズーンと出現して、このとき、看護婦さんの目が「いきめ!」とキラリと光るのだが、ここでいきむのが一番痛い。・・・でもここでふんばるのが一番効果があるのだろう。
「うーん、痛い・・・」とかすれるような声でいうと、「そうですね、今、赤ちゃんの頭が一番狭いところにありますから」といわれる。「わっ、それはいけませんね!」赤ちゃんも苦しいだろう。
心音のモニターを見る。とにかく、いたって安定している。なにしろ状況はよくわからないがその苦しいところから先に、早く出してあげなければならぬ。
しばらくしてやっと、「もう何もしなくても赤ちゃんの頭が少し見えている状態になりましたよ」といわれる。
もう何もしなくてもいいなら何もしたくないけど、だめ?
・・・頭が見えるようになったというのはうれしい。教えてもらえてよかった。でも、ということは、またしても赤ちゃんは早く先に進まないと苦しいだろうな。頑張らねば。
夫が入ってきて、背中を支えてくれる。時折、肩をさすってくれるので少し楽になる。
さすがに消耗してきて、いきみのタイミングもバラバラ、呼吸もみだれがちになり、いきみといきみの間には、ふっと、うとうとしてしまったりする。
小さなマスクが当てられる。酸素マスクか?ありがたく吸わせてもらう。
もはや、んぐうううと叫びながらのいきみ。1回、2回とうまく力が入ったなと思うと、看護婦さんの目がキラリと光り、期待を感じるのでサービスしてもう一回、力をふりしぼっていきむ。
有効打でないときは、なんとなくそういう空気が流れ、休め、という表情になるので休む。休みすぎると思わず寝そうになる・・・。
ようやく、「先生を呼んでください」という声が上がる。
もうすぐということか、それともサッパリ進まないので、先生の助けを借りるしかないということか、私にはわからない。
先生が現れるとまた雰囲気が変わり、よし頑張ろうという気になる。しかし今どのあたりなんだろう。
いきむ、出ない。いきむ、出ない。いきむ・・・そのうちに、あの痛みのかたまりがドワーンと感じられた。
ここでいきみたくない。痛いから。しかし、部屋中が、ここでいきめと言っている。
うぐうううう、どうかな?まだだめ?
ふぐううううう、の、う、のもひとつうううっ、どうだい!
これまでに聞いた、渾身の力でいきんだというお母さん方の話が脳裏をよぎる。こんなもんだったのかなあ。いや、私の腹筋は先輩諸氏のそれより弱いような気がするな・・・
「よおし、これでお産にしよう!」という先生の声が上がる。
ぐうううううるるるるのるうぐううっ
頭が出た。一呼吸置いて、多分肩が出た。肩が出たらもう後は・・・
ズッ、と何かが出たのを感じたような、その前にもう先生の手で持ち上げられた赤い形が視界に飛び込んできたような・・・
「おめでとうございます。男の子ですよ」
という声が聞こえて、胸の上に敷かれたシートの上に、もたーんと重たい赤ちゃんが置かれた。
げほっ、げほっと口にたまったものを吐き出したら、ゆっくりと産声を上げ始める。
わんわん泣きながら赤ちゃんは、看護婦さんに抱き上げられ、体を軽く拭いてもらってから再び私の胸の上に降ろされた。
「赤ちゃん・・・」
と、いつものように声をかける。「お父さんと、お母さんよ」
「赤ちゃん」
と、頭上から夫も呼びかける。
泣いていた赤ちゃんが次第に泣きやみ、静かに呼吸し始めた。
体重3130グラム、身長48センチ。分娩所要時間7時間42分。先生曰く、「物足りないくらいの安産」だそうだ。・・・我慢したんだからもすこし同情してくれい。これくらいじゃ、だめ?
<後日談>
ためしに鼻毛を抜いてみた。
以前は涙が出たけど、出なかったし、痛くなかった。
痛みに慣れたのか?
出産後も、傷口の縫合部は痛む、子宮が収縮して痛む、胸が張って痛む、お産で使った筋肉が痛む、子供を抱いて腕と腰が痛むなど、お産は痛いこと続きなのだ。
鼻毛くらいもうどうだっていいや。