Woerter und Unwoerter des Jahres 2000年


ことしの新語 ドイツ オーストリア リヒテンシュタイン(なし) スイス(なし)

ことしの変語 ドイツ オーストリア リヒテンシュタイン(なし) スイス(なし)


 

○ことしの新語

〈ドイツ〉

1.Schwarzgeldaffaere 不正献金疑惑

 1999年11月5日、キリスト教民主同盟(CDU)の元会計責任者キープ氏(*1)が検察庁の取り調べに応じた。彼は、武器商人シュライバー氏(*2)から受け取った多額の現金について申告せず、脱税しているとの容疑がかけられていたが、それは党への献金だと主張したのだった。そして、その後の捜査でCDUが数多くの秘密口座を持ち、不正献金をプールしていたことが判明したが、事はそれで収まらなかった。16年の長きにわたって首相の座にあり、ドイツ再統一の立役者でEU統合の強力な推進者であったコール氏が、CDU党首を務めていた93年から98年にかけて200万マルクもの献金を受け取りながら、法で定められた議会への報告を怠っていたことを認めつつも、献金者の名前を明らかにしようとしないのだった。さらに疑惑はショイブレCDU党首(*3)コッホ・ヘッセン州首相(*4)などに拡大し、国民の政治不信は高まる一方だった。

 *1 Walther Leisler Kiep

 *2 Karlheinz Schreiber

 *3 Wolfgang Schaeuble

 *4 Roland Koch

 

2.BSE-Krise BSE恐慌

 牛海綿状脳症(*1)は、1980年代半ばに英国で初めて確認された。ドイツは、89年6月に英国からの牛肉輸入は禁じたものの、国内的には特段の対策を講じてこなかった。ところが、2000年11月24日、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州生まれの牛がBSEに感染していることが確認されるや、26日には感染源と言われる肉骨粉のえさとしての使用を禁じ、さらには肉骨粉や乳・乳製品などの輸出も禁ずる法律を制定し(*2)、12月1日にはフィッシャー保健相(*3)の名前で30カ月齢以上の屠殺牛についてBSE検査を義務づける通達を発出するなど、矢継ぎ早に対策を発表。しかし、ドイツは安全であると言い続けてきた関係閣僚への風当たりは強まった。

 *1 BSE:Bovine Spongiforme Enzephalopathieschwammartige Hirnkrankheit des Rindes

 *2 Gesetz ueber das Verbot des Verfuetterns, des innergemeinschaftlichen Verbringens und der Ausfuhr bestimmter Futtermittel

 

3.Greencard グリーンカード(更新)

 IT見本市CeBITの開幕を翌日に控えた2月23日、開会あいさつを行ったシュレーダー首相は、IT分野での国際競争力向上のため、グリーンカードを導入してIT専門家の労働許可手続の簡素化を図る考えを表明した。しかし、国内に大量の失業者が存在することから、ドイツ労働組合連盟(*1)、野党キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟(CDU・CSU)及び与党ドイツ社会民主党(SPD)の一部が一斉に反発し、受け入れ人数を当初構想の3万人から最大2万人に削減する等の譲歩を余儀なくされた。そして、グリーンカードに関する省令(*2)は7月14日にようやく連邦参議院で可決、成立し、8月1日から施行されることになった。

 *1 DGB:Deutscher Gewerkschaftsbund

 *2 Verordnung ueber die Arbeitsgenehmigung fuer hoch qualifizierte auslaendische Fachkraefte der Informations- und Kommunikationstechnologie

 

4.gegen Rechts 反右翼(更新)

 ベルリンの壁が崩壊して東西再統一を果たし、何もかもがいい方向に進んでいくように思われた1990年代の初め。しかし、東西の経済格差はなかなか埋まらず、西側住民からお荷物扱いされる東側住民は不満を募らせていった。そして、再統一から10年ほどたった2000年、その鬱憤を晴らすかのように外国人を襲撃する事件が急増。シリー内相はディ・ヴォッヘ紙のインタビューで、同年1月から11月までの事件数は1万3753件に上り、前年同期の9456件をはるかに上回ること、東の加害者数が西の3倍であることを明らかにした(*1)

 この事態に対し、反右翼、反ファシズムを掲げる市民団体が次々と設立され、ネット上での呼びかけなどが活発に行われた。特に、11月9日(*2)にベルリンで開催されたデモ行進は、20万人を超える参加者を得た。

 *1 "Die Woche" 2001年2月9日。インタビュー時、12月の事件数はまだ集計されていなかった

 *2 ナチス政権下のドイツ全土でユダヤ人商店やシナゴーグが焼き討ちされた「水晶の夜」事件の日(1938年)

 

5.SMS (調査中)

6.Kampfhund (調査中)

7.brutalstmoeglich (調査中)

8.Leitkultur (調査中)

9.Big-Brother-Haus (調査中)

10basta (調査中)

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの新語

〈オーストリア〉

1.Sanktionen 制裁

 前年10月の総選挙において、自由党が第2党に躍進した。同党党首は極右と言われるハイダー氏(*1)で、EU拡大反対や外国人の雇用制限を訴えていたため、周辺諸国はその政権入りを懸念していたが、紆余曲折の末、2月4日に国民党と自由党の連立政権が成立。このことを受け、同日、EU14カ国は1月31日に既に発表されていた次の制裁措置を発動した(*2)

 (1)政治レベルでの二国間公的接触の制限

 (2)国際機関におけるオーストリア人立候補者の不支持

 (3)EU加盟国駐在オーストリア大使の接遇は実務レベルに限定

 制裁解除に向けたオーストリアの懸命の働きかけに、EU14カ国も変化を見せ始めた。ポルトガルのグテレス首相(*3)が6月29日に行った提案に基づき、7月12日、オーストリアにおける政治状況を審査する専門家3名が指名された(*4)。賢人会議と呼ばれるこの3名は精力的な調査と会合を重ね、9月8日、制裁解除を勧告する賢人報告を提出した(*5、6)。そして、同月12日、7カ月と10日ぶりに正式に制裁は解除された。

 なお、Sanktionには「承認」という意味もあるが、この件に限ってはそれがすっかり吹っ飛んでしまった。

 *1 Joerg Haider

 *2 Erklaerung im Namen von 14 Mitgliedsstaaten(EU加盟14カ国の名における声明)

 *3 Antonio Guterres

 *4 Martti Ahtisaari(アハティサーリ元フィンランド大統領)

    Jochen Frowein(マックスプランク研究所フロヴァイン教授)

    Marcelino Oreja(オレハ元スペイン外相)

 *5 Weisengruppe または Der Rat der Weissen(賢人会議)

 *6 Weisenbericht(賢人報告)

 

2.Nulldefizit (調査中)

3.Widerstand (調査中)

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの新語

〈リヒテンシュタイン〉

なし

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの新語

〈スイス〉

なし

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの変語

〈ドイツ〉

1.national befreite Zone (調査中)

2.ueberkapazitaere Mitarbeiter (調査中)

3.Separatorenfleisch (調査中)

4."Dreck weg!" (調査中)

5.(deutsche) Leitkultur (調査中)

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの変語

〈オーストリア〉

1.soziale Treffsicherheit / treffsicher (調査中)

2.Hump-dump (調査中)

3.vernadern / Vernaderung (調査中)

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの変語

〈リヒテンシュタイン〉

なし

《ページの先頭へ戻る》

 

○ことしの変語

〈スイス〉

なし

《ページの先頭へ戻る》

 

 

1999年へ  玄関  ことしの新語・変語トップ  2001年へ