差別温存のメカニズム 小林憲二「アメリカ文化のいま」他

 欧米の人文社会科学で、いま最もポピュラーなテーマは、人種・民族、ジェンダー(性)、階級の三つである。いずれも差別や不平等に関わる問題だが、それぞれ独立のものではなく、相互に絡み合う。これが最も典型的に現れるのは、現代の米国社会だろう。
 小林憲二著「アメリカ文化のいま」(ミネルヴァ書房・二八〇〇円)は、近年注目された事件や映画・文学作品を通して、「自由と民主主義を称揚しつつも、差別の体制がいつまでも温存されているというアメリカ合州国の最大の矛盾」を解き明かそうというもの。「人種・階級・ジェンダー」という副題がつく。
 たとえば日本でも話題を呼んだ、トーマス最高裁判事のセクハラ疑惑。差別に苦しみながら努力を重ね、法律家として最高の地位に就く矢先だった彼は、自分への告発は黒人差別だと反論する。
 疑惑は明らかなのに、黒人の多くはトーマスを支持した。彼は黒人でありながら特権階級に上り詰めようとする英雄、誰もが努力次第で特権階級になれるという米国的イデオロギーの体現者である。彼を告発したアニタ・ヒルは人種に対する忠誠心に欠けた悪女だというわけだ。階級構造の前に反人種差別と反女性差別が対立するのである。
 さらに著者は、これまでの映画や文学作品の多くが、米国的イデオロギーを無批判に称揚し、これと様々な不正や差別との間に適当な折り合いをつけてきたことを明らかにしていく。いわば、差別温存の文化的メカニズムである。差別問題を軸にすえた巻末の年表も大いに参考になる。
 それでは米国は、今でも機会の開かれた国なのか。佐々木毅著「現代アメリカの自画像」(日本放送出版協会・九五〇円)は、米国人によって近年書かれた様々な書物を通じて、貧富の格差が広がり、機会が閉ざされつつあること、政治秩序の基盤とされてきた中産階級が衰退しつつあることを明らかにしている。著者も指摘しているが、日本にとっても他人事ではない。

(1995.6月配信)

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