観劇日記

天翔ける虹 −長州を破った男−  1999年11月 東京・明治座

  原作 南原幹雄  脚本 堀井康明  演出 増見利清
  キャスト 鴻池市兵衛・高橋英樹  おしずの方・杜けあき  日野・江原真二郎  およう・三浦布美子 
        浦部・大山克己  毛利吉元・青山良彦  お琴・岩崎良美  鴻池善右衛門・川辺久造
        清七・佐野圭亮  おさき・生稲晃子

 あらすじ
 1幕
花に浮かれる大坂、長州藩士達が鴻池市兵衛の姿を求めて走り回っている。
藩主・毛利吉元は参勤交代途中の京で江戸に出発出来ず立ち往生していた。36万石の長州藩も豪商・鴻池を頼らねば旅費も払えぬ財政状況。その鴻池に代え地元の淀屋を新しい蔵元にしようとする浦部の画策に市兵衛がへそを曲げたのだ。これまで通り鴻池を蔵元にと奔走した日野と鴻池当主・善右衛門の説得により、市兵衛は参勤交代の資金を出す約束をする。
費用を用意して京の長州藩邸に上がった市兵衛は、吉元と対面する。吉元は京に同行した側室おしずの方の京・大坂見物を市兵衛に依頼して、江戸へ出立していった。
おしずの方を花の盛りの清水寺で迎えた市兵衛は評判通りのおしずの美しさに心奪われる。おしずもまた、市兵衛の心を込めたもてなしと人柄に、今まで知らなかった新しい世界に出逢った思いだった。
大坂の鴻池別邸におしずの方を迎えた夜、おしずに惹かれる心を抑えきれない市兵衛は無理やり想いをとげてしまう。泣き崩れるおしずに「あなたに殺されても構わない、あなたが死ぬなら自分も死ぬ。後悔はしていない」と告げる。おしずも人を恋しく思う気持ちも知らない少女のまま側室となり「人形」のような暮らしだったこと、市兵衛と出逢って初めて人を思う気持ちを知ったこと、そして市兵衛と関係を持ってしまったことを悔やみもせず幸せすら感じている自分が哀れで泣くのだと語る。
しかし到底結ばれることは出来ない二人、この夜の思い出を「一生に一度の花」と心に秘めて別れていく。

 2幕
1年後の京。市兵衛は帰国する吉元と再会し、藩政建て直しの助言を求められる。困難の予測される鷺沼の新田開発を進言した市兵衛は多額の資金の調達も約束する。吉元は完成の暁には鴻池に新田を下げ渡すと約束する。そこには苦い顔の浦部がいた。
席上、吉元からおしずが男子を出産したと知らされる。市兵衛はもしや、と疑惑を抱くのだった。
市兵衛の唯一の安息の場所の茶屋の女将おようとはかつて恋仲だった。長州の罠かも知れない大事業の新田開発、そしておしずの産んだ子のことで苦悩する市兵衛。おようは市兵衛の日頃とは違う様子に不安を募らせた。
手代の清七だけを連れ長州に乗り込んだ市兵衛を鴻池の「主屋」達が陰ながら守っていた。
市兵衛の人使いの上手さで着々と新田の開発が進む。鴻池を長州の蔵元から外したい浦部は鴻池の出自が山中鹿之助であることを利用しようと大切な仏像を盗み出す。長州と敵対していた尼子家の武将、山中鹿之助が鴻池の先祖であることは堅く秘められていたのだった。
新田開発をねぎらう茶会で市兵衛とおしずは3年ぶりの再会を果たす。おしずは若君の松丸を市兵衛に対面させた。複雑な思いを胸に抱きながらただ見つめ合うことしか二人にはできなかった。
おしずは実は重臣達から江戸城修理の費用を更に鴻池に出させるよう口添えを求められていた。しかし市兵衛を利用する道具に使われることを拒否したおしずは何も言わず席を立ってしまう。
浦部から費用を出さなければ鴻池と手を切ると言われた市兵衛。鴻池を敵に回せば長州藩といえども日本中で米の商いをする事は出来ないと言い放つのだった。

 3幕
新田開発が完了する。その祝いの席上、市兵衛は吉元に褒美ののぞみを聞かれ「山中鹿之助の兜」を所望する。鴻池の出自を元に市兵衛を陥れようとする浦部に真っ向から立ち向かったのだ。その上浦部は地元の大百姓の倅庄作を使って市兵衛の命をねらおうとする。庄作は許嫁のおさきが市兵衛に心変わりしたと恨んでいたのだった。庄作の言動を心配したおさきのことばに、庄作は誤解を解く。しかし、更に刺客が市兵衛を襲う。
浦部の策略を立ち聞きした腰元お琴の知らせで、おしずが市兵衛の身を案じて新田の会所にやってくる。武家の世界の汚さに愛想が尽きたおしず、しかしその世界から出ては生きる力もない自分なのだと嘆く。市兵衛は自分がすべてをなげうってもおしずを受け入れる言う。大阪での別れの夜以来、初めて手を取り合う二人。しかし城にはおしずを必要とする若君がいる。おしずは市兵衛の言葉を若君と生きる支えにしようと決意する。
新田を鴻池から取り上げることが決定し、鴻池に討っ手がかけられる。責任を感じた日野は陰腹を切って市兵衛を訪れた。しかも清七は手傷を負って絶命。長州藩の理不尽なやり方に、市兵衛の怒りが爆発する。完成させた新田を元の沼地に戻して長州に返却する、それが市兵衛の決断だった。
元に戻った鷺沼で、市兵衛とおしずは最後の言葉を交わしていた。もう二度と会うことはないだろう二人、しかし各々に笑顔の別れだった。


 感激日記
原作と舞台は別物とよく言うけれど、これもそう。商人の市兵衛が自身の才覚で武士階級の横暴に一泡吹かせるという話の根幹は変わっていない。変わっていたのは毛利家の側室「おしずの方」の人物像と作品の中での役割。180度違ってました。杜さんファンとしては主役の市兵衛さんよりも杜さんの役柄の方に視点があるので(^^;)、杜さんの役柄が原作と違うとずいぶん印象が変わる。

まず作品として。原作は面白かった。けれど、これを舞台に乗せるのは難しいと感じた。決してスケールの小さな話ではない。しかし土台が商人と武家の経済戦争。多少の小競り合いはあるにしても華々しく斬り結ぶという話ではない。当時の大名家の経済状態や力を持つ商人との関係、さらには鴻池の出自である山中鹿之助と尼子氏、毛利家との中国地方での確執の因縁話。小説として読むのは面白いが舞台上で語られる説明台詞を集中して聞いていなければならないのは、少ししんどかった。
毛利・尼子と山中鹿之助の話は私は殆ど知識がない。原作を読んでそういえば大河ドラマでやってたな、と思いだした程度。高橋・杜コンビの初共演作の「忠臣蔵」が観客には周知の物語だったのとは違う。それともこれも殆どの観客はよく知っている物語だったのか。
1・2幕は大名屋敷や茶屋の座敷の場面が多く動きが少ない。その分花道や幕前を多用して、暗転を作らなかったのはとても良かった。1幕の花の清水寺、2幕の紅葉の庭が数少ない色のある場面で、きれいだった。

共演の俳優さん達は実力のある方達ばかり、その方達の芝居も楽しめた。
江原さんは少し恐いイメージがあったが、誠実な人柄を押さえた演技で見せてさわやか。大山さんの悪党ぶりもどこかおかしみがあるので憎めない。三浦さんの茶屋の女将は静かに市兵衛を思う心が伝わった。青山さんはまたお殿様。おしずを可愛く思う感じを鷹揚に表している。川辺さんは大旦那の風格には少しかける気がしたが、切れる商人。佐野さんの清七も若さがよい方向で出ていたし、岩崎良美さんも可愛かった。
母親替わりの女中頭のエピソードは不要。何でわざわざ入れたのかな。それとよく分からなかったのが生稲さん。庄作に市兵衛を裏切らせるために作られた役だが、言うことと芝居に一貫性がない。市兵衛に心を移して庄作を嫌っているそぶりだったのに、最後になって庄作が嫉妬してくれるのが嬉しかったからと言う。そうは見えなかった。3幕になってようやく芝居が動き出したのにテンション下がってしまった。そこそこ大きな役だけに、気になった。
高橋英樹さんの商人役は珍しい。だが原作にあるように武将のような美丈夫、と言うことで意外とはまっていた。武家にたてつく豪放さ沈着さ、茶目っ気も感じられた。台詞もハッキリとして良くとおる。ただ声のトーンがあまり変わらない。台詞にもう少し幅が出たら役の人間性の厚みも増すと思う。
それと3幕のおしず様と手を取り合う場面。市兵衛の手のぬくもりを感じて生きられたらと言うおしずの言葉に若君こそがおしずを必要としていると言う。これって市兵衛のキャラクターとしては「?」だった。すべてを捨ててもおしずを受け止めると言った「舌の根も乾かぬ内に」全く逆のことを言っている。ここまでの市兵衛なら若君もろともおしずをさらっていきそうじゃない。まあ、そんなストーリーになるとますます荒唐無稽になってしまうけど。脚本にちょっと疑問を感じた。

お待たせ、杜けあきさん。
「絵から抜け出たようにおきれいなお方」とか「天女のような」とか言われて、満場の観客が注目する中、花道からの登場。プレッシャーもあるでしょうが、気持ちいいだろうなと思った。そして言葉通りに本当に綺麗だった。薄いピンクの内着の上にサーモンピンクの打ち掛け、カツラも可愛く、まだ殿様の側に上がって年月の経っていない若い側室だった。清水の桜の舞台で、花のように可憐。
おしずの方は生まれ育ちが良く、美しい人で、36万石の大名の寵愛も深い。周りに仕える人々への心遣いがあり、語る言葉は率直で、美しい物を心で愛でる感受性がある。何も欠けているものはないように見える。それでいながら心に抱える空洞をさりげなく表現して、初登場の場面で既に美しいだけではないおしずの人間としての深みを見せた。
ファンが杜さんどうなっちゃうんだろうと不安と期待(^^;)を寄せていた市兵衛との濡れ場。強引に思いを遂げようとする市兵衛に抵抗するかりんちょさんの後ろ姿と手が健気でした。短い場面で障子越しということで、1部に「もっと見せろ!!」なんて声も。1部というのはセロリだけだったりして(爆)。続く場面の純白の夜着姿も清らかな色気があって。打ち掛けがないので女性らしい体の線の柔らかさが出ました。
2幕の野点の場面は紅葉の背景に黒と金の派手やかな打ち掛けが映える。あの打ち掛け、ポスターの時はあまり好きじゃなかったけど、あの場面では良かった。舞台上でお点前をしながら芝居するというのは大変でしょう。茶杓とか手に汗かくとくっついたりしますし。ここは市兵衛との不義の子(らしい)若君を市兵衛と対面させる場面。心に大きな秘密を抱えながらも人間として崩れず、毅然としたおしず様でした。
3幕はまるで花嫁衣装のような白い打ち掛け。市兵衛と手を取り合う場面、思わず目頭熱くなったりして。いかん、ここで涙したら杜さんの麗しい姿が見えなくなると無理矢理引っ込めた(笑)。
少女のまま側室に上がって「人形」のように生きていたおしずが市兵衛という「男」に愛され、自分も「男」を愛したことで人間として女として「生きる実感」を得る。「不義密通」の話なのに暗さや後ろめたさを感じない。
ラストシーンにおしず様が現れて市兵衛を見送るといのは、作品としてちょっと変じゃない?とは思う。干拓地の堤防を決壊させた荒れ地に命からがら逃げ延びた市兵衛の所に綺麗な格好のご側室がスッと現れるのはやっぱり変だよね。でも杜さんファンとしては嬉しいし美味しい。ジレンマです。
でも、素直に明治座さんありがとう、杜さんを大事にしてくれて。市兵衛は船に乗って花道を去っていく(あの船乗ってみたい…笑)。舞台に独り残る杜さんで幕。私、花道際の席だったので市兵衛さんすぐ横を去っていきました。でも申し訳ないと思いつつ目線は舞台の杜さんに。ゴメンね、英樹さん。

冷静に考えれば3幕の芝居のうち杜さんが出ている時間は決して多くない。でも印象が強烈なので出番が少ないという感じは余りしない。
美しい女優さんはたくさんいるけれど、杜さんのように内面の美しさや品格をにじみ出させる人はそういないと思う。あの舞台上で杜さんは柔らかな、高貴な光を発散しながら存在していた、そんな感じを受けた。ああいう舞台ではやはり綺麗でないと説得力がないと思うので綺麗が1番。そしてきちんとおしずの方の内面が伝わってきて、女になったなぁ〜(笑)なんて感慨深かった。初めて生舞台を見た名古屋の「犬神家の一族」から私は杜さんの女優に違和感がなかったけど、「あの場面」の後ろ姿なんて、守ってあげたいと思いましたね。この人が「背中に哀愁」のバリバリの男役だったとは…という感じ。
英樹さんがとても大柄なので、杜さんとのコンビのバランスが良い。また次の共演というのもあるだろうと思った。


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