観劇日記
| 屋根の上のヴァイオリン弾き 1998年8・9月 帝国劇場 原作 ショラム・アレイハム 台本 ジョセフ・スタイン 音楽 ジェリー・ボック 作詞 シェルドン・ハーニック オリジナル演出・振付 ジェローム・ロビンス 日本再演演出・振付 サミー・ベイス 演出 佐藤浩史 振付 坂上道之助 キャスト テビエ・西田敏行 ゴールデ・上月晃 ツァイテル・杜けあき ホーデル・本田美奈子 チャヴァ・小高恵美 モーテル・岸田智史 パーチック・福井貴一 イエンテ・今井和子 ラザール・上条恒彦 司祭・森塚敏 あらすじ < >内はミュージカル・ナンバー 1幕 1905年 ロシアの寒村アナテフカのユダヤ人村。村人はロシアの迫害を受けながら、古くからの「しきたり」を守って暮らしていた。<伝統(しきたり)の歌> 貧しいが働き者の酪農夫テビエは5人の娘があり、上の3人はお年頃。村の仲人婆イエンテの訪問に娘達は自分の結婚を夢見る。<すてきな人を見つけてね> イエンテの持ってきたのは長女ツァイテルの縁談。年は離れているが裕福な肉屋ラザールの後妻の話にテビエの妻ゴールデは乗り気になる。<金持ちなら> 安息日のテビエ家でゴールデはテビエにツァイテルの縁談の話をしようとするが、テビエはラザールと乳牛の取引をするのだと誤解して村の酒場に出かけてしまう。(安息日の祈り) 酒場でラザールと会ったテビエは、話がラザールとツァイテルの縁談だとわかり、最初は年が離れすぎていると反対する。しかし、裕福なラザールなら愛する娘を幸せに出来るのではと思い結婚を承諾する。<人生に乾杯> 娘の縁談を決めて上機嫌のテビエに、彼に好意を持つロシア人の巡査部長は近い家にユダヤ人地区で一暴れしなければならないと警告する。 ツァイテルが金持ちと結婚することにゴールデは大喜びするが、肝心のツァイテルはこの結婚だけは許して欲しいとテビエに泣いてすがる。ツァイテルには幼なじみの恋人モーテルがいて、二人は結婚の約束をしていたのだ。気の弱いモーテルはテビエに結婚の申し込みを出来ずにいたのだが、ツァイテルの縁談を知り大慌てでうち明ける。親に勝手に結婚を決めるなんてユダヤのしきたりにはないこと、しかも村で一番貧乏なモーテルが相手とは、とテビエは反対する。しかし愛し合う二人の眼差しに娘の本当の幸せを願い結婚を許す。<奇跡の中の奇跡> 若い二人に結婚の許しを与えたものの難関は妻ゴールデ。悩んだあげく夢のお告げの作り話を思いつく。ラザールの先妻が悪夢に表れ、ツァイテルが後妻に入ったら必ず不幸になる、ツァイテルの夫は仕立屋のモーテルの他にはないと告げたと。それを聞いて信心深いゴールデもツァイテルとモーテルの結婚を認める。<夢> 村人の祝福を受け二人は結婚式を挙げる。娘夫婦の幸せを願うテビエとゴールデ。<陽は昇りまた沈む> 楽しくにぎわう結婚式の夜、予告通りロシアの巡査が村を襲い、結婚の宴はメチャメチャに荒らされてしまう。 2幕 次女のホーデルはキエフから来て一家に住み着いた学生パーチックと愛し合っていたが、革命を目指すパーチックはキエフに戻り仲間の活動に参加する決心をする。別れの前に結婚を約束する二人。<すべてが今はこの手に> 結婚を宣言してキエフに去ったパーチックにテビエは嘆く。「昔は親に頼んだものだが、今は子どもが勝手に決めてしまう。」しかし愛する子ども達の幸せを願ってまたもテビエは許す。だが親が決めた自分たちの結婚はどうだったのだろうかとゴールデとの人生を振り返る。<愛してるかい> パーチックとホーデルの噂でもちきりの村にニュースが流れる。パーチックが捕まってシベリア送りに。<ゴシップ> パーチックを追ってシベリアへ発つ決心をしたホーデルをテビエが駅で送る。<愛する我が家をはなれて> ツァイテルには子供が産まれ、念願のミシンも買って平穏な日々。3女チャヴァがロシア人の青年フヨードカと愛し合い、家出する事件が起きる。抵抗を感じながらも娘のひたむきな想いと、恋しあう二人の幸せを願って娘の願いを聞き続けたテビエ。3女チャヴァの異教徒との恋だけはどうしても許すことが出来ない。<チャヴァよ> ロシア人によって住み慣れた故郷アナテフカをユダヤ人が追われる日がついにやってくる。母国を失った流浪の民ユダヤの安息の地を求めて、人々は又旅立っていく。テビエ一家はアメリカへ。ツァイテル達はポーランドへと。いつか再び家族が再会する日が来ることを約束して。<アナテフカ> 感激日記 私にとって「屋根の上のヴァイオリン弾き」の初見は映画。たぶんお正月映画として満員の映画館で立見で見た。「メリー・ボピンズ」を見て以来はじめて見た「大人の」ミュージカルで、長い映画だったが飽きずに見終えた。よほど印象的だったのか、映画でテビエを演じたトポルがミア・ファロー(映画「華麗なるギャツビー」のデイジー役の女優)と共演した他の作品も見た記憶がある。それから数年して森繁さんの「屋根の上〜」の大阪での初演を梅田コマ劇場で見た。今回の西田版「屋根の上〜」は私にとっては約20年ぶりの3つ目の「屋根の上のヴァイオリン弾き」だった。 帝政ロシアに住む「ユダヤ」の人たちを描いた作品。ブロードウェイ初演は1964年、日本初演が1967年。すでに30年以上の歴史がある。そういう意味では最近の歌とダンス、スペクタクルな舞台づくりで見せる作品とは違って古風かも知れない。だが音楽は耳になじみやすい名曲が多いし、派手さはないがテビエの悪夢やツァイテルの結婚式のシーンは楽しく美しい。ひたすら明るく楽しい作品が好きという方には余りお薦めできないが(^_^;)、30年繰り返し上演されるだけの名作ではある。それにテーマは重いけれど、私自身は世間で言われるほど「屋根の上のヴァイオリン弾き」を暗い作品として受け止めていない。故郷を追われて一家離散していく、そうあらすじを書いてしまえば本当に暗い話だが、別れの時にもいつか必ず再会しようという希望はあるから。 「しきたり」を守る古い価値観の親たちの世代と新しい時代を生きる娘達の「家族」の物語としてみれば、日本人にとっても理解しやすい。が、少しだけでも世界史的な知識とユダヤについて踏まえて観劇できたら、更に深いものがあると思う。アナテフカを追われた長女一家はアメリカへの旅費を稼ぐためにひとまずポーランドへ行く。第1次大戦後のヨーロッパでのナチスの台頭、アウシュビッツの悲劇はそれほど遠い先のことではない。恋人を追ってシベリアへ旅立ったホーデルの過酷な人生も、トルストイの「復活」やソ連時代のソルジェニツインの作品などから想像がつく。 ただ宗教的にかなり寛容な国民性である日本人には「信仰」の持つ重みというのは今1つ実感しにくい気はする。特に私は無信仰な親の元で育ったし。しきたりを重視し、親の思うようにならない娘達の新しい生き方を嘆きつつも、その意志に柔軟に対処するテビエ。親の決めた裕福な相手ではなく貧乏な仕立屋と結婚する長女も、自分たちの理解できない革命思想の青年を追っていく次女も許せたテビエが、どうしても異教徒と結婚する3女だけは認められない。終幕近くその3女に小さく「達者でな…」とつぶやくテビエではあっても、「神様は替えられない」。こういう点、ユダヤ教に限らず、堅固な信仰心を持つことは過酷だなと思う事がよくある。よく言われるように「お正月は神社に参り、結婚式はキリスト教、葬式は仏教」という日本人が民俗学的に特異な宗教観の持ち主なんだろうけど。 森繁テビエで見た時の印象は、良い意味でも悪い意味でも日本版「屋根の上〜」は森繁さんの作品だな、と言うことだった。今回、西田テビエを見て同様のことを少し感じた。森繁テビエが年頃の娘のお父さんにしては年齢が高かったのに比べ、西田さんの実年齢がテビエに近いのは良かった。上月ゴールデが年齢もキャリアも上な分存在感があって、ツァイテルの縁談を壊すため「悪夢」を作りあげるテビエの恐妻ぶりの右往左往にリアリティが出た。ただマスメディアで知られている人だけに、「テビエ」よりも「西田」の部分が勝っている気がする。これは観る側の意識にも問題があるのかも知れないが、もっと「テビエ」の顔で舞台に立てるようになって欲しい。 上月さんのゴールデは家長を立てながらもしっかり者の奥さん。見るまでは西田さんとのバランスが「?」だった。実際見てみると前述したように上月さんの存在感が西田テビエとのバランスをかえって良くしていた。それにしても数カ月後に突然の訃報。この公演の頃は既にかなり体調の悪い時期だったようだが、そんな事は微塵も感じられなかった。役者さんの舞台に賭ける精神力を思い知らされた。 次女・ホーデルの本田美奈子さん。大役をいろいろ経験している。歌はきれいな高音で聴かせたが、ホーデルがピッタリかと言えば私には疑問。少し幼い感じがした。本田さんは実際は30代らしいが、いかにも華奢な容姿。可愛いのだが、パーチック・福井貴一さんと組むと「かどわかされる子ども」(笑)のよう。ホーデルのイメージは「利発な女性」。大した教育は受けていないが、パーチックの思想も好きになる部分が見えればと思う。「愛するわが家を離れて」はホーデルの絶唱。家族の元を去りシベリアの恋人の後を追う困難な道を選ぶのだが、恋人の元へ行こうという希望が勝っていたはず。本田・ホーデルはかわいそうな女の子に見えてしまった。「ミス・サイゴン」のキム役を見逃したのは残念だと思う。 チャヴァ・小高恵美さんはおとなしい本好きの女の子の感じが出ていた。歌声も可愛い。だがまだ舞台で歌う声は出来ていない。チャヴァ役は既に経験済みのはず。本格的に声を作ることを考えて欲しいと思う。 ツァイテル・杜けあきさん。正直に言うとこの役をやると聞いた時なんで今更と思った。すいません(笑)。東京までわざわざ見に行く役かなぁと遠征するの迷った。歌は「すてきな人を見つけてね」だけ。しかも3人娘で歌うからソロはほとんどない。もったいない。でもそれ以上に「何で?」と思ったのは、記憶にある舞台版「屋根の上〜」で長女の印象が薄かったから。というか倍賞千恵子さんが演じたホーデルの印象だけがすごく強かった。今回見てびっくりした。「長女ってこんなにお芝居の部分があったの…」。改めて観ると2時間近くあった1幕は長女の結婚話がメイン。演じる人によっては決して印象の薄い役ではない。 いつも思うのだが「年齢不詳」の杜けあきさんはやはり「年齢不詳」。可愛かったし、幼なじみの恋人モーテル・岸田智史さんと恋しあう二人の雰囲気がとても良かった。気の弱いモーテルのお尻を叩きながら、何とかパパに結婚の許しを貰おうとするところとか、健気で。岸田さんもモーテルにハマっていた。お芝居がこんなに出来る人だと思わなかったが、いい味出していた。貧しいながらも愛し合って結ばれて、幸せな二人。結婚を許されたモーテルが歌う「奇跡の中の奇跡」は二人がデュエットすればもっと盛り上がると思うが、ブロードウェイ・ミュージカルは勝手な演出が出来ないのがつらいとこ。それと杜さんは宝塚で鍛えられた人だから舞台上での動きがきれい。3人娘が組んでちょっとした振りがあると、やはり杜さんだけ映える。 東京遠征迷ったけど結論として行って良かった。ミュージカルの場合は歌・踊りというところについ視点がいってしまいがちだが、役者の部分というのは大きいと改めて思った。「杜・ツァイテル」によって今回の「屋根の上〜」の深みが増した気がする。これは杜さんファンとしてだけじゃなく1観客としても感じたこと。私は「ミュージカル俳優」ではなく「ミュージカルも出来る俳優」の作品が好きだか、まさに杜さんが「ミュージカルも出来る俳優」として存在していた。 前から不思議に思っていたのだけれど、どうしてこの作品は恒例のように夏休みの頃に上演されるのだろう。1つの家族を描いた作品ではあるが、決して夏休みの子ども連れを目当てに上演される「ファミリー・ミュージカル」ではない。むしろある程度の年齢になって心に響く作品だと思う。そして若い恋人達よりも、親の世代になってこそ本当の意味の味わいがある作品といえる。 |