観劇日記
| 妻たちの季節 2000年2月 名古屋・名鉄ホール 原作 向田邦子(「眠り人形」) 脚本 佐々木 猛 演出 釜 紹人 キャスト 矢島(守屋)真佐子・杜 けあき 園部(守屋)三輪子・大空 眞弓 守屋周一・綿引勝彦 矢島武男(真佐子の夫)・江藤潤 園部友彦(三輪子の夫)・堀内正美 あらすじ 1幕 昭和31年の大晦日。守屋家の近くの公園で三輪子が妹のピアノ教師・友彦と話している。友彦は3歳年上の三輪子に愛をうち明けていのだった。偶然通りかかった三輪子の妹・真佐子は2人の親密な様子に衝撃を受け泣き崩れた。 昭和38年正月の矢島家。いとこの武男と結婚間もない真佐子が一人実家に帰ってくる。成城育ちの真佐子と麻布十番の小さな酒店の矢島家では日々の暮らし方が何もかも違っている。兄嫁に姑との小さな衝突のあれこれをイッキにまくしたてる真佐子だった。驚いた姑と夫が迎えにやってきて、兄嫁の助言もあり真佐子はもう一度やり直す決心をする。友彦と結婚し裕福に暮らす三輪子も夫妻でやってくる。そんな中、真佐子の妊娠がわかり一同は喜ぶが、三輪子は深く傷つき飛び出していく。実は三輪子は子どもが出来ず悩んでいたのだった。小さい頃から努力してどんなことでも妹に勝ってきたのに、子どもだけは負けたと悔しがる。友彦はそんな三輪子を慰める。 昭和38年の夏。矢島家では真佐子の出産予定日も近づき子供の誕生を家族で心待ちにしている。武男は子どもの将来も考えて酒店をアメリカ式のスーパーマーケットにしたいと母かね子に告げる。しかし昔ながらの酒店にこだわる母に反対され言い争いになってしまう。けれど武男はこの夢は諦めない、と真佐子に誓うのだった。 そんな矢島家に三輪子が訪ねてくる。父にかわいがられて育った何でも出来る姉に子どもの頃からコンプレックスを感じていた真佐子だったが、妊娠して初めて姉の持っていない物を手に入れたと感じていた。お互いに複雑な思いの姉妹。突然、姑のかね子が倒れ、そのショックで真佐子が産気ずく。慌てる三輪子。 昭和49年正月の守屋家。一人娘の洋子が友達の家に泊まるとうそをついて交際相手と外泊していた。しかも相手は高校生の洋子の担任教師だったとわかり夫妻はうろたえる。 真佐子夫妻が年始にやってくる。亡くなった母の貯金を元手に始めたスーパーが成功し、今は数軒の店を持つ羽振りの良さ。息子の正男は正月から受験のための塾通いだった。三輪子は一人やってきて、友彦の会社の倒産を伝える。今や姉妹の運命は逆転。 そんな最中に誰からとも告げず鰻重が届けられる、不審に思う一同。その上玄関にはバケツに入ったフナと手紙が。読んでみると武男の不倫相手からの別れの挨拶だった。10年ものあいだ隠れて夫が不倫していたと知り真佐子の怒りが爆発する。 2幕 守屋家近くの公園、三輪子と友彦夫妻が切迫した面もちでいる。友彦が会社のために操作した不正経理が発覚しそうになり、2000万という大金が必要なのだが、そんなアテはなかった。いきづまった2人は心中の相談。 守屋家は娘の結婚準備のために妻と娘が出かけ、家に残る周一と真佐子がいる。真佐子の夫はまた浮気をして今度こそは離婚の覚悟。まとまった金をバッグに詰め込み実家に戻ったのだ。しばらく家に置いて欲しいと真佐子が周一に話していると三輪子がやってくる。三輪子は周一に金の相談をするが、サラリーマンの周一に都合のつく額ではない。姉妹にそれぞれ相談してみては、と周一は進めるが、2人は姉だけには、妹には知られたくないのだという。 届け物の配達料金を出そうとしてふと真佐子のバッグを覗いた三輪子は中の大金に気づく。三輪子は思わず自分のバッグにそのお金を詰め込んでしまう。そこに来合わせた真佐子は「子どもの頃の眠り人形じゃないのよ!」と叫ぶ。子どもの頃から大好きな物をいつも三輪子に取られていた真佐子だった。 周一の娘の洋子が帰り、その場をとりつくろう3人。真佐子と三輪子は結婚の祝いを言う。そんな2人に周一は洋子が気に入らない相手と出来ちゃった結婚をするのだと告げる。「恥を見せ合うのが兄弟だろう」。そして武男の浮気と友彦の夫の金銭問題で、姉妹がそれぞれ苦しんでいることを明かす。お互いのことを心配し会う2人。 かつての自分の部屋で夢多かった娘時代を思う三輪子。周一は真佐子が金を用立てると三輪子に伝える。しかし三輪子は素直にその金を受け取らない。そんな三輪子に真佐子は高校生の頃、友彦を愛していたことをうち明ける。そして私も恥をかいたのだからと、お金や指輪などを三輪子のバッグに詰め込む。それでも強情を張る三輪子。死も決意している様子に周一は自分が真佐子に借金して三輪子に金を貸すという。そんな兄と姉に真佐子は泣きながら言うのだった。「どっちでもいいでしょう。私たちは兄弟なんだから」。三輪子は真佐子と周一に日々の暮らしにもう疲れてしまったのだと初めて弱音を吐く。 友彦が守屋家を訪れ、ばったり出逢った武男に相談して金の心配がなくなったと三輪子に告げる。ほっとして喜ぶ一同。武男もやって来る。浮気を詫びる武男に礼を言い、これからはもっと武男に甘えると真佐子は宣言する。 お互いのトラブルも解決してようやく素直に向かいあう三輪子と真佐子だった。 感激日記 2月6日と26日(千秋楽)、名古屋・名鉄ホールでの杜さんの主演公演を見た。 向田邦子さんがテレビの1時間ドラマ用に書いた「眠り人形」を原作に、その原作部分が2幕目、原作に書き込まれた背景は1幕目。1幕では20年近くの歳月が流れ、2幕ではある1日の数時間がリアルタイムに表現される面白い作り。 杜さんが名鉄で出演した4作品の脚本はすべて今回の佐々木猛さんのもの。初登場の「犬神家の一族」は良く出来ていたが、その他の2本はドタバタ風。今回また脚本・佐々木と聞いてどうなるかと思った。1時間ドラマの原作を2幕にふくらませるにはどうするのかという興味もあった。が、あまり余計なことは加えなかったことが成功している。事前に読んだチラシのあらすじとは変わり、と言うより原作に近くなってスッキリし、本作品の方が良かった。それはとりもなおさず向田さんの原作にきっちりと背景部分が書き込まれていたから。舞台では当然ながらクローズアップとかの映像処理は出来ないのだが、真佐子が「友彦さんの細くて長い指」と言うたびに、眼の中に男の人の手が浮かんで見えた。眠り人形とか指とか、象徴的に投げ込まれた言葉がとても利いていた。 演出はミュージカルを手がけている若い演出家の釜紹人さん。回り舞台や幕前を使った舞台転換がスピーディー。商業演劇の舞台は何故か暗転が長い。前述した「犬神家」など、脚本は良かったのだが暗転の長さに閉口した。ラストシーンで盆が廻ったときは「回り舞台があるなら最初から使え!!」と思ったくらいだった。 今回の作品は女学生の真佐子が親密そうな姉と友彦を目撃してしまう場面から数年後の守屋家で義姉が幼い娘に「マッチ売りの少女」を読み聞かせている場面を初めとして、2幕の守屋家内の転換などスマートだった。音楽もしゃれた選曲。開幕の大晦日場面で流れていたのはアッレグーリの「ミゼレーレ」という宗教曲(多分ね)。後はムスタキの「私の孤独」とか、他にもフランス語らしき(^^;)曲が流れていた。エンディングはドビュッシーの曲(宝塚時代の杜さんオンディーヌに使用された)とか。 舞台は何でも出来て美しい姉・三輪子(大空真弓さん)と姉の陰でコンプレックスを持って生きてきた妹・真佐子(杜さん)を軸に、二人の緩衝剤の茫洋とした兄(綿引克彦さん)の3人の兄妹・夫婦・家族の葛藤を描いている。原題の「眠り人形」は妹の大切な物を要領よく奪ってしまう姉を象徴的にあらわしたもの。幼い頃すきだった眠り人形を取られたように、妹は恋する男性をスッと姉にさらわれてしまう。育ちの良いエリート「長い指」のまるでアシュレのような義兄・友彦が堀内正美さん、杜さんの結婚する義兄とは正反対のタイプ「ずんぐり指」の夫・武男が江藤潤さん。 今回はとにかく役者さん達がそれぞれ実力発揮だった。 大空さんの舞台は初めてだったが、上手い女優さんだと思った。これまではテレビの人という印象。1幕の最初のお嬢さん時代は私が最前列の席だったと言うこともあって厳しかった(^_^;)。まぁね、これは仕方ないか。結婚してからも良家の奥様風とはちょっと違った気もする。が、言葉は悪いかも知れないが押し出しの良さが感じられた。良いなと思ったのは2幕になって落剥してから。役的には姉の方が美味しいかなと思った。妹はマイナーな部分があるとはいえ若い時は貧しくても順調に成功して子どもも得る。それに比べ姉の方が人生の落差が激しくドラマがあるし、渇望した子どもに恵まれなかったという決定的な欠落感がある。その分真佐子の長セリフなどで杜さん座長のバランスをとったという感じだろうか。 杜さんと大空さんが芝居している場面で、ふと気づくと大空さんの方に神経が行っていることがあった。これは決して杜さんの芝居がどうこうというわけではない。前の「天駆ける虹」の様な作品なら、杜さんが誰と芝居していようと私の目は杜さんに集中していた。しかし今回はそういうタイプの作品ではないと言うことだ。話の中にスッと入って行けたから、杜さんと大空さんの芝居ではなく、真佐子と三輪子のリアルタイムで起こっている話として受け止められたのだろう。それほどに舞台上のコンビネーションがうまく行っていたのだと思う。 綿引さんは、気性のきつい2人の妹がいる長男てこんな感じだろうと思えた演技だった。正に緩衝剤。器用に上手いというタイプの人ではないと思うけれど、2人の妹が長年の積もる思いを吐き出して和解した後、2人を残して部屋を出ていく眼差しに愛があふれていた。演技にしろああいう目を出来る人というのはステキだなと思った。 杜けあきさん。1幕では女学生から小さな酒店の新婚の若妻、臨月の妊婦、スーパーのチェーン店の経営者の奥様と変身していく。場面ごとに数年ずつ経っていくわけだが、その時々の年齢の表現というのが上手いなぁと感心した。これは今回初めて感じた事ではないのだが、さすがに「年齢不詳」の杜さん。女学生はとてつもなく可愛かったし、新婚間もない若妻もお姑さんに武男さんと「もてない同士の結婚」なんて言われるのが納得できなかった(笑)。事業に成功してからのゴージャスな晴れ着姿は流石に美しく、ちょっと貫禄だった。かえってそれから数年経った2幕の着物姿の方がしっくりして若く見えた。ただし2幕の着物は替わったようで、千秋楽では少し落ち着いた錆ローズの小紋になっていた。 幕開きの台本8頁の長セリフは圧巻。その兄嫁のセリフじゃないけど、「お疲れさま」だった。7〜8分の長さだったらしいが、私は杜さんのセリフ回しがとても好きなので楽しかったし、それ程長いとは感じなかった。ただ6日と千秋楽では長セリフの場面の印象が少し違ったように思う。1つは声が千秋楽はほとんど地声だったのではないかと言うこと。もう1つは初回には真佐子さんが兄嫁に語っている感じだったが、千秋楽にはこの長セリフを観客に伝える意識が強くなっていたと感じたこと。これはあくまでも私が持った印象に過ぎないし、どちらの演技が良い悪いではない。それだけ杜さんに余裕が出たと言うことなのかも知れない。それとも見ていた私に余裕が出たのか(笑)。2回の観劇とはいっても間に20日も開いてしまっているから自信はないけれど。 姉のすべてにコンプレックスをもって生きてきた妹という役、杜さんには珍しいタイプの役だと思う。姉の言動のことごとくに反撥を感じている様子が、一瞬一瞬の表情に込められていた。子どもの出来ない姉に大きくなったお腹をさりげなく、しかしこれ見よがしに突き出してみたり、かなり嫌みなところも良く出ていた(笑)。夫の浮気が露見すると顔を真っ赤にして夫にミカンを投げつけていた。武男さんにはマジで当たっていたから、これを何10回もやられてお気の毒だった。ただし杜さん自身の持ち味は明るいので、「僻んで育った人」という陰湿さはない。陰湿さを感じたら、コメディー仕立てとはいえ観客は笑えない。 杜さんは本当に「元宝塚のトップスター」という肩書きは必要ない女優になった。浮気発覚の場面では美人女優をかなぐり捨ててお寿司やウナギを頬張っていた。が、カーテンコールでは美人女優にしっかり戻り、大空さん綿引さんに挟まれて真ん中に立つ姿は充実感にあふれ美しかった。 今回の作品で、こういう何気ない日常を舞台に乗せるというのは難しいものだとつくづく感じた。セリフだけではなく日常的な動作の1つ1つが計算されて身に付いていないといけないし、テンポだとか間だとか、時代もののように様式で見せる作品とは違う。もちろん時代物には時代物の難しさがあり、日舞の素養がないと様にならなかったりして年季がいるのだが、その両方にすんなりと収まってしまう杜さんが、さらに活躍の場を広げられそうな予感を感じさせた2月公演だった。 顔を合わせば反発しあう姉妹がお互いの胸の内をさらけ出し、3人兄妹がそれぞれの弱みを見せることで、兄妹・夫婦・家族の絆に気づき許し合っていく。姉の苦境を知って自分の失恋の話をうち明けるあたり、血の通った同士、普通の人間の強さと優しさを感じた。このまま芸術座に乗せられる作品だと思う。 千秋楽のカーテンコールでは杜さんと大空さんが抱き合って、舞台の成功を喜び合っていた。 |