観劇日記

不死鳥よ波涛を越えて  2000年11月 大阪・梅田コマ劇場

  脚本・植田紳爾 演出・水谷幹夫 音楽・寺田瀧雄・吉田優子 琵琶・上原まり 振付・藤間勘吉郎・謝珠栄
  キャスト  平知盛・松平健  妻藤原雅子/金国王女紫蘭・杜けあき 楊乾龍・浜畑賢吉
         宰相武完・大山克己 平通盛・川合伸旺 師の尼・浅利香津代 景山高次・遠藤太津朗
         陽炎・衣通真由美 ケレイト・紫城いずみ 蓮花・鳩笛真希 衛紹王・松岡富美
         義澄・園田裕久 利正・篠塚勝

  あらすじ
1幕
栄華を誇った平家も源氏の台頭により都を追われる。混乱の中、平氏の武将・知盛は愛する妻・雅子と離ればなれになってしまう。雅子は荒廃した都で知盛の姿を追い求めるのだった。
壇ノ浦の合戦に敗れ碇を抱いて海に沈んだ知盛だったが、旧知の宋の水軍の将・楊乾龍に助けられ屋島の地で乳母・師の尼の手厚い看護を受けていた。共に生き延びた平通盛は狂っていたが、世俗とは離れた世界に遊ぶ通盛を羨ましく思う知盛だった。知盛は別れた雅子の面影を忘れられなかった。
室津の浜辺に雅子の姿があった。知盛とはぐれ生きるすべも知らない雅子は、通盛の愛妾・陽炎と共に宿屋の主人に助けられていた。しかしその主人は雅子を気に入ったお大尽の思われ者になるように強要していた。新中納言・平知盛の妻として、雅子には受け入れられないことだった。あわやという時、雅子を助ける男が現れる。知盛の家臣、義澄だった。知盛の無事を知った雅子は義澄に伴われ知盛の元へと急ぐ。二人を宿屋の主人が追う。主人は実は源氏の武士で平氏の落ち武者狩りの命を受けていた。遊女に身を落としていた陽炎は、雅子の幸せを願い一命を賭して追っ手の行く手を阻むのだった。
知盛と雅子は再会。雅子を再び得たことで生きる気力を取り戻す知盛だった。しかし追っ手は迫っていた。知盛一行は正気を取り戻した通盛に助けられ、更に落ちていく。知盛のために船をよこすという楊乾龍の約束を頼りに。
再会以来一月、唐戸の浜で知盛と雅子は師の尼達と共に楊乾龍の船を待っている。ふと気弱になる知盛も雅子の言葉に励まされ明るさを取り戻していた。そんな時ようやく宋の船がやってくる。喜ぶ一同。だが宋の船に女は乗せられないと水夫達が騒ぐ。親代わりの乳母や命よりも大切な雅子を置いては行けぬと知盛は船出を拒む。その知盛の言葉に困惑する雅子だった。
乳母や義澄は雅子に知盛を船に乗せるようにと言葉を尽くす。それは知盛と雅子の別れを意味していた。知盛の身を思いつつ雅子はどうしても自分の口から別れを言うことは出来なかった。
知盛の前に美しく着飾った雅子が現れる。一時の慰めにと舞う雅子。雅子の大切な笛を渡された知盛はいぶかしむ。「我が君様は不死鳥のようなお方。生きてください、強者らしく」。そう言い置くと雅子は海に飛びこむ。荒れる海に向かい雅子の姿を求めて知盛はむなしく叫ぶばかりだった。

2幕
1年後の金の都ローラン。知盛一行と乾龍は目指す宋まで後一息となり、衛紹王の宮廷に挨拶に訪れる。日本と作法の異なる金国に戸惑う知盛を金の宰相武完はなじる。それを救ったのは王の姉姫・紫蘭だった。紫蘭は亡き妻・雅子に面差しの似た美しい人だった。紫蘭は初めてあった知盛の男らしい魅力に熱い眼差しを注いでいた。
武完は紫蘭の厚遇を受ける知盛を快く思っていなかった。武完は先王の決めた紫蘭姫の許嫁だったのだ。だが面白みのない武完を紫蘭は嫌い、知盛にひかれていた。
宋への通行許可を得る手助けをすると言う紫蘭の言葉に、知盛は紫蘭の居室を尋ねる。紫蘭は知盛への思いをうち明けるが、雅子への想いを胸に抱き続ける知盛にはどうしても受け入れられないことだった。生まれて初めて思い通りにならないことに出会った紫蘭は激怒し、武完に知盛の暗殺を命じる。知盛を殺してでも自分のものにしてしまいたい、激しい思いだった。そのためなら武完のどんな願いも聞くと紫蘭は約束する。
表向きは紫蘭の願いを拒絶した武完だが、実は願ってもないことだった。平氏に取って代わった源氏の意向は重要だった。知盛を殺して日宋貿易の手助けをすることで宋と金の友好関係を維持するためにも。武完は宋の将・楊乾龍に事をわけて話し、知盛暗殺の了解を得る。乾龍は宋の国の国益のため心ならずも承知するのだった。しかし、せめて友の命は自分の手で、と武完に苦衷の決断を告げる。
武完の陰謀を知った衛紹王と蓮花姫は金の宮廷を頼った知盛の命を奪うことは出来ないと反対するが、武完は蓮花姫の制止を振り切って殺してしまう。衛紹王は一人知盛の元へと急ぐのだった。
武完に知盛暗殺を命じた紫蘭は自室で一人毒薬を手にしていた。殺してでも手に入れたかった知盛はもうすぐ自分だけのものになる。だが知盛亡きあと生きていられる紫蘭ではなかった。
衛紹王の話に全てを悟った知盛は、楊乾龍の苦しい胸中を想い、金国の平和を願って乾龍の刃に討たれることを決意する。
乾龍は知盛を斬ると約束したものの何とかして知盛を生き延びさせたいと願っていた。しかし決闘の場に二人が向かいあった時、二人を取り囲む金国の軍勢に乾龍は愕然とする。知盛は、あなたが逃がそうとしてももうどうすることも出来ないのだからと戦いを挑んでゆく。幾度めかの剣を交えたとき、知盛は自らの身を乾龍の剣に投げ出していた。
知盛を失った楊乾龍は、知盛の家臣と共に宋の国を捨てて新たな生き方を選ぶ決意をするのだった。


 感激日記
杜さんファンならお解りの通り『この恋は雲の涯まで』にそっくり。と言うよりそのまま。知盛様は義経様のセリフを喋っていたと思ってください(-_-;)。公演チラシを読んだ時、「このまま上演してええんかな」と思ったんですが…。
どちらにしろこの作品は宝塚を、杜さんの義経を知ってる観客とそうでない観客では印象も評価も全く違ったものになるだろうと思う。回りの一般のお客様の反応は「良かったね」と素直に楽しんだ声が多かった。ただ杜さんファンは作品に関しては賛否両論なのでは…。

さて脚本。『この恋〜』は義経北行説や義経・ジンギスカン説に基づいたものだが、その根本には血で血を洗う兄弟の争いで義経を死なせたくなかった民衆の思いがあった。義経が生き延びて大陸に渡ったとすることで兄に殺された義経の怨念を浄化したのだと思う。
知盛と義経では置かれている状況が違う。平知盛の戦うべき相手は源氏であって、勇猛で知られた武将の魅力を引き出すなら正真正銘の敵に対して戦いを挑むべき。知盛の人物像も「?」。知盛と義経は武将としてのタイプが違う。平家の滅亡を覚悟して碇を担ぎ海に飛びこんだ勇猛な知盛と、口を開けば「雅子、雅子」と奥方の名前ばかり呼んでいる『不死鳥〜』の知盛ではイメージの落差に私は戸惑った。『この恋〜』をそのまま知盛に焼き直す脚本は無理がある。登場人物が口々に何で知盛を助けたいか、何で殺したいか、何で自分は進んで殺されるのか、と説明するが、私の脳は昏睡状態(笑)。衛紹王や王の姉・蓮花が初めて逢った知盛を命をかけて守るのが分からない。知盛って一体何者? 『この恋〜』では義経がモンゴルの民と共にモンゴル統一を図っていくあたりが描かれて、金国が義経に脅威を感じるのは理解できたのだが。その上、紫蘭様も一目惚れの知盛に拒絶されて可愛さあまって憎さが100倍、知盛暗殺を命じながら(これって「例えオスカルを殺してでも…」のアンドレの心境?)、相手の死を確かめもせずに先に自殺。これで知盛さんに生き残られたらたまりまへん。
脚本はほぼ『この恋』を踏襲しているが知盛と義経は生きる方向性が逆。幾たび静と離れても義経は「新しい天地で生きたい」と語る。ところが知盛は自分らしく死ねる場所を求めている。1幕最後に雅子は「生きてください、強者らしく」と言って身を犠牲にするのに。『自分らしく生きる』『自分らしく死ぬ』…結局は同じ事なのかも知れないが、望みが「死」だと語られると観客の心は浮き立たない。
また金の都ローランを通らないと宋には行けない、と言う設定は歴史的・地理的整合性に欠けているのではないか。ローランと言う地名のエキゾチックな響きに惹かれて2幕を設定するなら、金や宋という実在の国名にこだわる必要はなかった。元々が荒唐無稽なストーリーであるのだから。
私としては『不死鳥〜』で『この恋〜』の脚本の矛盾点を解消して欲しかった。が、更に矛盾は広がっている気がした。

演出は宝塚の手法を強く意識。カーテンコールではトップ男役・トップ娘役が大階段で歌っちゃう。「松平健、タカラヅカやります!」という感じ(笑)。
舞台の左右の櫓のようなセットと中央の大(中?)階段を使った装置が効果的に使われている。1幕は和やかな都の風景が一変して戦乱となり、知盛の碇を担いでの見得までたたみかける。ただそれ以外の場面は比較的に淡々と進み今ひとつ余韻に欠ける。2幕は宮廷の場面から紫蘭の居室まではスムーズだし、ドラマチックに感じる部分もある。だが、知盛暗殺に話が進むと冗漫。知盛の説を家臣が並んで聞いている場面は長かった。その他、気になったのはメインキャスト以外の役者さんの動かし方。戦乱の場面や2幕始めの宮廷の宴会?など限られた場面以外はほとんど出番がない。紫蘭様の部屋には侍女が何人もいるのに、衛紹王や蓮花様は常に単独行動。遊牧民も少女だけ。セリフのない役者さんたちの動かし方で、舞台に厚みを出せると思う。
趣向を凝らしたという知盛の死後のスペクタクル(笑)は「……!?」でした。サークラインなんて説があり、私にはゴージャスな金魚すくいに見えた(爆)。『不死鳥〜』というタイトルから鳥関係のものを想像した私の発想が貧困すぎるのか(笑)。もっと普通で良かったんじゃないの。

音楽はきれいな曲が多いし印象的なものもある。が、大きさ、重さに物足りなさを感じる。もう1曲何かドン!とした曲が欲しい感じ。それと1幕で知盛と雅子が再会して歌うデュエットはちょっと異質な感じがした。いろんな曲調があって良いとは思うけれど、少年少女の恋の歌風というか「小さな恋のメロディー」というか(笑)。もっと大人の愛の物語を感じさせて欲しかった。

知盛の松平健さん。知盛の役柄自体は健さんの個性に本来ならあっていると思う。ただ前述したように義経用の脚本を焼き直したものであったために松平健さんの魅力を充分に引き出せていたかと言えば疑問だ。源平戦乱の場面と楊乾龍との対決場面くらいしか颯爽とした姿を披露できないのは勿体ない気がする。
雅子とのラブラブ場面は雅子の髪を撫でる手に知盛の優しさ、雅子への愛が見えて楽しい場面ではあった。逆に2幕の紫蘭様に誘惑される場面で知盛は毅然とはねつけるが、雅子様に瓜二つの女性にあれだけ迫られたら、少しぐらい心揺れる部分があっても良いんじゃないか。女性に対して不器用そうな知盛というのもツボではあったが。
ミュージカル好きでタカラヅカファンの健さん、これやりたかったのね(笑)とよく分かった。声の調子も明治座の時より良かったと思う。まぁ、歌は決してお上手とは言いませんが(^_^;)。
見終わって、海外雄飛する日本の武将の物語をタカラヅカ的に舞台化するなら、外部の脚本家でタカラヅカの演出家を起用すれば、松平健さんのための新しい作品が出来たのではないかと思った。

浜畑賢吉さんは2枚目の宋の貴人。『出雲の阿国』の伝助とは違い背筋の伸びた役(笑)。誠実な人柄で知盛との決闘場面が見せ場かな。ミュージカルの舞台の経験も豊富な方なので浜畑さんの歌も聴いてみたかった。
知盛の乳母の浅利香津代さん、知盛と雅子の再会をあれほど喜んでいたのに宋の船が女人禁制と分かるやいなや手のひら返す(笑)。初見の時にはあんまりなおっしゃりようと思ったけど、2度目に観劇した時に注意してみると「思い定めて」という演技もしてらっしゃいました。結局私が杜さんしか見てないから回りの芝居を見逃してるのかも(笑)。そう言う「心を鬼にして」のニュアンスがもう少し伝わればと思う。
武完の大山克己さん、私、この人の悪役好きです。なんか憎めないんですよね、ヤな奴なんだけど(笑)。今回も紫蘭様にヒドイ言われようで、お気の毒と思いながら笑ってしまった。
白拍子・陽炎、衛紹王、蓮花姫、遊牧民の少女ケレイトの主要な役をタカラヅカOGで占めている。ケレイトの紫城さんはきれいな歌声で歌の面でも目だつ。ただ少女という設定はちとツライ(笑)。大人の女性で良かったのでは?
知盛の従者は今回しどころ無し。

お待たせしました、杜けあきさん
この公演の輪郭がチラシでわかった時に、これは作品的にどうこうよりも(その割に色々書きましたが…^_^;)、杜さんファンとしては杜さんの2役を楽しむことに徹する舞台だなと思った。
1幕は知盛の正妻・藤原雅子。はじめは当初の役柄の白拍子若狭のままの方が良かったのではないかと思った。『この恋〜』静御前の1幕の芝居のしどころ、物狂いの場面が『不死鳥〜』では平通盛に持って行かれている。せめて白拍子姿で颯爽と踊ったら目先が変わるし、ファンとしては杜さんの水干姿も見てみたかった。ところが、杜さんの雅子の演技を見て考えが変わった。雅子の第1声「我が君様、生きておわすか…?」のセリフ回しで、ストンと私の中に雅子様が入ってしまった。私のようなのを簡単なファンと言うんでしょう(笑)。
雅子は誰かの庇護がなければ生きられない。生活力の無さ、操を守り通す(^_^;)潔癖さ。義経への愛ゆえに女奴隷に身を落とし男達の中で生きぬく静御前の生き方(『不死鳥〜』では陽炎さん担当)とは違う。「我が君様」への愛の深さは変わらないけれど。杜さんの雅子には命の清廉さを感じた。お姫様育ちの可愛さ素直さがあった。知盛を見つめる瞳に何の翳りもない。それでいながら死を決意した雅子には毅然とした強さがあり、知盛を包み込む大きさがあった。たおやか、でも強い女人像。
印象的だったのは戦乱の中で知盛とはぐれた雅子が知盛の姿を探し求める姿。その中に知盛を思うだけではなく、栄華を誇った平氏の滅亡と源氏の台頭、時代の移り変わりを見つめる視線があった。『不死鳥〜』という作品で『平家物語』の「無常観」を感じた唯一の場面だった。
2幕、紫蘭様。知盛を誘惑しまくる姫君というと『迷宮伝説』の真名子とダブル部分があるけれど、タイプは違う。紫蘭様も文字通りお姫様育ち、「いい男みっけ!」と思ったらコワイ物無し!(笑)。タカピーです。が発散するものが強いだけで 自分の気持ちに素直という点では雅子様と通ずるものがある。その無防備さが女性の目で見ると可愛い人だと思う。知盛に拒絶された紫蘭が知盛を殺してでも自分のものにしたいと武完に知盛暗殺をねだるところはゾクゾクした。あれだけ侮辱した武完にすがると言うのは普通は屈辱的だと思うが、紫蘭様は自分の欲望に正直なだけだから卑屈な感じを与えない。これは流石だなと思った。すがりつつも誇り高い女の妖気がある。無理やり武完に抱かれそうになって「無礼者!」と思わず言ってしまうところに紫蘭という女性の潔癖さが見えた。唐突とも言える紫蘭の死。脚本に無理を感じるけれど、初めて持った知盛への強い執着、自分の愛に殉じる想い、どうしても受け入れられない武完を完全に拒絶する気持ち、そんなものが短い場面に表現されていた。やっぱり杜さんは並の役者じゃありません。
カーテンコールの大階段は雅子様復活。最後は『不死鳥〜』のヒロイン雅子様で良かったと思う。その杜さん、大階段で女優さん達に周りを囲まれて歌う姿に『この恋〜』のフィナーレの幻を見た思い(笑)。セロリは初めて大階段に立つ杜さんを見た。欲を言えば紫蘭様エトワールで最初に降りてきて最後に雅子様だったらカーテンコールとしては完璧。そんなの忙しすぎる!と杜さんはすぐ却下するでしょうけど(笑)。
今回の作品で特筆すべきは杜さんの歌。高音のファルセットがとてもきれいに余裕で出るようになっている。迷宮の時は正直まだ苦しい部分があると思った。今回は安心していい気持ちで楽しめた。豊かな歌声。1幕最後の「別れても〜」の歌は初見では杜さんだと気づかなかったくらい。高音なので。
公演中に2001年帝劇の『風と共に去りぬ』のメラニー役に出演というニュースが入った。これからの楽しみが大きくなった。

あれこれ注文を付けつつも杜さんをたっぷり楽しんだ舞台だったのは確か。セロリって本当にお馬鹿なファン、というのも重々承知(^_^;)。だが杜さんが梅コマの大きな舞台で自然に豊かに存在していることを楽しめた。そして歌の魅力を更に増していることを発見できた。それは嬉しいことだった。この才能を生かしきってくれる作品を待ちたい。
今夜は『この恋は雲の涯まで』をまた見ようかなぁ。


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