観劇日記


風の砦  2002年3月 東京・明治座

  原作・原田康子(「風の砦」より) 
  脚本・小松幹生  演出・大河内日出雄  美術・古賀宏一
  キャスト 古島香織/西郷輝彦  ゆう/杜けあき
         ショルラ/鈴木ほのか 菊/渡辺典子 松村彦四郎/青山良彦 センケ/川辺久造
        亘理運平/細見大輔 シセク/藤本隆宏 勝藏/西田良
         助川惣三郎/浜畑賢吉

 あらすじ
1幕

南下するロシアに脅威を感じる幕府は秋田藩に蝦夷地の警備を命じる。新婚の秋田藩士・古島香織は妻を残し親友の亘理運平と共に蝦夷地行きを志願する。その船上で女が船に乗るのは不吉だと、ならず者の勝藏に絡まれている武家の女を助ける。女は一子良太郎と共に幕府宗谷出張所長・助川惣三郎の元に向かうゆうだった。「女として蝦夷地に参ります」と覚悟を語るゆう。各々の事情を抱えて船は北へと向かう。香織は新婚の妻に他に好きな男があると告白された苦しさを抱えていた。蝦夷地に渡る香織に菊は詫びたが香織はそんな妻を振り捨ててきていた。

秋田陣屋完成の祝いの日、和人に酒の相手をと囲まれていたアイヌ娘ショルラを運平はかばう。ショルラやショルラの従兄弟シセクは和人に両親を殺され和人を憎んでいた。しかし、ショルラの弟テケバセは年頃の似た良太郎と直ぐに仲良くなってしまう。和人とアイヌ、幕府と秋田藩…宗谷は各々の思惑が重なり複雑な土地だった。
その日、助川と共に祝いの席に招かれたアイヌの長老センケは遂に現れなかった。心を痛め「私がセンケ殿を迎えに…」と切り出すゆうを助川は「余計なことを」と一喝し、先に役所に帰っていく。テケバセと遊びに出た良太郎を迎えに香織に同道したゆうはセンケを訪ねる。センケは和人とアイヌの確執に心を悩ませる日々だったが、良太郎とテケバセの睦まじい様子に心和ませるのだった。

初めての蝦夷地での冬は厳しく野菜不足の秋田陣屋では次々と病人が出る。秋田陣屋で剣術を学ぶ良太郎を迎えに来たゆうは野菜を持参し病人の看病を手伝う。秋田陣屋の様子を見に訪れた助川は秋田藩の不用意を非難し、立ち働くゆうに「幕府役所ならいざ知らず、お前のするべき事ではない」と連れ戻そうとする。夫の言葉に迷いながらも「帰るわけには行かない」とゆうは自分の意思で看病を続けるのだった。そのゆうの姿に香織は感銘を受けていた。

 2幕
翌年の夏、蝦夷地の奥に探索に出た香織は蝦夷地を探索して歩く松村彦四郎に出会う。自分の進むべき道に迷う香織は各地を放浪し見聞の広い松村の話に深い興味を感じる。そこへシセクが和人に追われてやってくる。シセクは賃金も与えられずにきつい仕事をさせられその代償に毛皮を奪って追われていたのだった。香織と松村はシセクをかばい毛皮の代金を払うが、それはシセクの誇りを更に傷つけることだった。香織は松村に西洋の暖房器具クワヒルの図面を譲られる。次の冬に病人を出さないためにクワヒルを作らせようと考えるのだった。

海を見下ろす砲台に運平の姿がある。ショルラは和人を憎んでいたが、運平の優しさ明るさに心を開き好意を感じていた。秋が来れば宗谷を去る運平、二人の心は揺れる。ショルラを愛するシセクはそんな二人の親しげな様子に苛立っていた。
奥地から戻った香織を求めて、ゆうもまた砲台を訪れていた。ゆうは「あなたの声が聞きたくて、姿が見たくここに来ました」と告白する。「あなたの気持ちを聞きたい」と迫るゆうに香織は何も応えることが出来なかった。

香織と運平はクワヒルを作るアイヌの職人ケシヌカラを訪ねた。香織とゆうの様子を心配する運平に香織は菊に祝言の夜にうち明けられた夫婦の事情を初めて吐き出す。そんなとき助川と良太郎が不在の幕府役所に不穏な気配がする。女ばかりの役所を勝藏たちが襲おうとしていた。異変に気づいた香織と運平が駆けつけ勝藏達を追い払う。懐剣を手にしたゆうの姿に香織は思わずゆうを抱きしめてしまう。どうしようもない香織への思いを語り、砲台でのことを「おさげすみなのでしょう…」と恥じるゆうに香織は「旅の間中思うのはあなたのことばかりだった。ほとんど憎んでいた」と告白する。ただその言葉がうれしいゆうだった。つかの間しかない二人の時…。

アイヌの祭りの日、踊りの輪の中に運平とショルラがいる。夫や良太郎と共にゆうもまた祭りの賑わいの中にいた。その賑わいの中にいても香織とゆうはお互いの姿を求め合っていた。人目を忍ぶ二人の時間はわずかだった。そんなとき突然に香織の妻菊が姿を現す。手紙にも応えない香織を追って蝦夷地にやってきたのだった。そしてゆうには良太郎がいた…。

 3幕
突然、蝦夷地まで追いかけてきた菊に香織は戸惑っていた。菊は祝言の日のいきさつを香織に話す。菊が香織の他にひかれたのは運平だった。香織は愕然とするが、菊はあれは子どもっぽい勘違いの恋だったのだと詫びる。
一方運平は武士を捨てショルラと共に蝦夷地で行きようと決心していた。

再び訪れた冬の一日、幕府の役宅では遠出する助川がゆうに自分の思いを話していた。1年前の冬の日の秋田陣屋でのゆうに妻の優しさを初めて知り、自分という人間を知ったと。一緒に蝦夷地に来て良かったという夫の思いがけない言葉にゆうは戸惑う。
香織の妻菊がゆうと話したいとやって来る。菊にはゆうの他にこの地で相談できる話し相手はいなかった。香織との夫婦仲を元通りにしたいのだと無邪気にゆうを頼る菊にゆうは心の動揺を抑えることが出来なかった。
助川も菊も去った役宅を香織が訪ねてくる。「来てしまった…」。ゆうは菊の来訪を告げ、まだ決心はできないでいるけれど、別れなければと泣き崩れる。夫と菊と二人の心情にゆうは二重の打撃を受けていた。
心乱れる二人に更に追い打ちをかける出来事が起きる。勝藏とシセクが良太郎とテケバセをさらって雪山に連れ去ったのだ。運平とショルラ、香織とゆうが雪山に向かっていく。

二人を助けに来た雪山で香織とゆうは運平と良太郎が自分達にとってどれほど大きい存在かを感じていた。
ショルラは良太郎とテケバセの身代わりに人質になり、運平は一人勝藏たちを相手に戦う。香織は運平を助けに山にはいるが、運平はショルラをかばって命を落としてしまう。

春、ショルラの腕には運平の忘れ形見が抱かれている。香織は菊と共に宗谷を去り秋田に帰ろうとしていた。ゆうもまた夫に従い良太郎と共に樺太に渡る決意をしている。
香織とゆうは別れのときを迎える。ゆうにとって香織は若い夢に待ち続けた人だった。「あなたと出会った時、この人だと悲しかった。もっと早くお会いしたかった。でも泣かずにお別れします」と微笑みながら去っていく。香織はゆうを見送りながら蝦夷地の砦で心に吹いた風の声を聞いていた。

 (感激日記)
(3/23・24)
杜さんの舞台出演が決まると待ち遠しくて原作を読んでしまう。でも原作とは舞台は別物で、先に自分が結んだイメージと実際の舞台作品のギャップにもどかしい思いをする事がある。これからは原作で予習をするのは止めようと決心した。『風の砦』。そう決心する前に読んでしまっていた(^_^;)。
原作を読んだ時、西郷さんと杜さんの二人で主演と聞くけれど、この「ゆう」という女性は、はたして主演たりえるのだろうか?と疑問だった。『風の砦』は幕末の北海道という珍しい背景の物語で面白く読めた。ただし、女性作家の作ではあるけれど、女性を描いた物語ではなく、あくまで男性側の作品だと思った。原作の「ゆう」は周りの状況には殆ど関わらない。ただ香織との出逢いのためだけに北海道にやってきた人という感じだった。

明治座3月公演『風の砦』。北の砦で出会った人々。各々の心の中に風が吹き抜け、人々はその後の生き方を決めていく。和人とアイヌ人・幕府と藩の確執、緊迫する北辺の守り、交錯する様々な愛etc、盛りだくさんな物語を脚本・演出は上手くまとめて、しっとりとした情感のある爽やかな作品になっていた。
気になった事を。その1、暗転が長〜〜〜〜〜い。どのくらい長かったかは「〜」の数でご想像下さい(^_^;)。明治座の舞台が回っているのを最後に見たのはいつの日か?たぶん『出雲の阿国』の時。経費節減?それでも『長州を破った男』は花道や幕前を使って暗転を無くす工夫をしていた。折角の良い場面も見る側の気持ちが散漫になって勿体なかった。その2、明治座の舞台に出現するはずの(と思った)広大な北海道の自然は遂に出現しなかった。楽しみにしていた舞台装置は平凡。照明を工夫して印象的な場面作りは目指されてましたが。その3、アイヌの人達のお化粧に統一感がなかった。男優さんは役替わりで和人とアイヌ人を兼ねるためか。女優さんは和人役は幕府と秋田藩関係の3人だけだから、もっと思い切ったメイクをされても良かった様な。

杜けあきさんの「ゆう」。この役で主演?と疑問だった「ゆう」の役柄は脚本ではかなり膨らませてくれていた。
蝦夷地に渡る船上での香織との出逢いの時、「ゆう」は「女として蝦夷地に参ります」「人には各々言うに言えないわけがあります」と自分の思いを語る。原作にはなかったセリフで、「ゆう」が覚悟を秘めて夫の任地に向かっているのだと印象づける。ただし、その後、脚本は「ゆう」が女として蝦夷地に渡る事にどんな意味があるのか、どんなわけが「ゆう」にあったのかは語っていない。余りに説明しすぎの脚本はウザイけど、「ゆう」に関しては今回はちょっと説明不足じゃないかな。そこを杜さんが埋めている感じ。周囲に対して情のうすい、妻の心情に無頓着な夫との仲を新天地で修復したかったのかな、従順なだけの女ではなく自分の意思も出して生きようと思ったのかしらとか、勝手に想像。
「ゆう」は良き妻であり、優しい母であり、そして恋する「女」。色香溢れてました。真名子・紫蘭と「誘惑する女」の役は今までにもあったわけで、「色っぽいなぁ」「女やなぁ」と思ったんですけど、今回の「ゆうさま」、ホント「お・ん・な…」です。大人、でも自分の思いに対して純粋で真っ直ぐでかなり大胆。始まりはためらいや後ろめたさを感じさせない。香織さんに出会った後、「夢に見たのは、この人だ」と知った「ゆう」の眼や耳は、どんな時も香織さんの姿を求めてしまう。思いを込めて香織さんを見つめる横顔、綺麗。香織さんを求め誘う白い手のなまめかしさ。愛しい息子、思いがけない旦那様の心情、無邪気に頼る菊、初めて自分の行いに恐れを感じた時、別れを思いながらも混乱しふるえる肩。良太郎を捜す雪山で、口紅を落とした顔の清らかな美しさ。「(夢見た人に)出会って悲しかった」「もっと早くお会いしたかった」。別れていく時の憑き物が落ちたような清々しい眼差し。思いは残しながらも微笑んで…。1度は香織さんに出会わないと自分でも忘れてしまっていた「夢の人」への思いを引きずったまま、どこか満たされないで生きる人だったのかも。不倫ですから香織さんに出逢えて良かったね、と言うのも変だけど。
今回は視覚的に比較的地味な舞台だが「ゆう」さんの衣装が場面毎に替わるのが楽しかった。いつもは割と淡い色の衣装の杜さんが好きだけれど、今回は最初の緑のや旦那様との場面の紺地の着物みたいな濃い色のが綺麗だった。杜さんの皮膚(はだ)、特に白い手の動きの綺麗さを際だたせて、しばしば眼が吸い寄せられた。 原作では最初は男姿で蝦夷地にやってくる。もしかして杜さんで『風の砦』をやるのはこれもあってかなと思った。が、舞台ではなし。元男役の男装が売りの女優さんではないんだもの、これで良い(←ちょっと強がり。ホントは見てみたかったりして…。…そうでもないか…)。
観劇中は「きれい…色っぽい」と、ため息つつきつつ見ている。見終わって日を追う毎に杜さんが息づかせた「ゆう」の魅力が私の中に深まってくる気がする。

古島香織の西郷輝彦さん。西郷さんの舞台は初めて拝見した。癖のないセリフで嫌味のない素直な芝居をする方だと思った。不倫劇でありながら爽やかだったのは杜さんは勿論、西郷さんの醸し出す部分も大きいだろう。
香織は原作では「ゆう」より少し年下で、人妻である「ゆう」に導かれるように愛し合う。香織さんは決して軟弱でも根暗でもないけれど、少し繊細で内省的なイメージがあった。原作の「ゆう」と「香織」の恋は「男女の機微に未熟な年下の男性を人妻が情熱的にリードして…」というシチュエーションが私としては超個人的なツボだったのだが、今回は西郷さんと言う事でイメージが変わっている。香織さんは原作よりは貫禄があり朴訥な感じ。真面目な好人物。香織の親友・運平の細見さんが若いので運平の敬愛する兄貴・上司。「ゆう」は香織さんとの出逢いと別れがあって人生を変えていくけど(表面的には元の鞘なんだけど)、香織さんはどうなんだろう。香織さんのその後にとってはむしろ運平の行き方・死に方の影響が大きい感じ。それが男同士ってもんかも。
今回の『風の砦』で香織さんがそこはかとなく笑いを取るキャラになっていたのは意外だった。真面目だから可笑しいんでしょうが。菊との喧嘩の場面なんて夫婦漫才みたい。ただ、夫不在中の「ゆう」を「来てしまった……」と訪れる場面で客席から笑いが起きたのは計算外では?二重の打撃を受けて「ゆう」の苦悩が深い場面だったので、あそこで笑いが起きたのは残念で、「なんでかなぁ…」と思った。運平さんがちょこちょこ笑いを取っていたし、杜さんが終始まじめに(笑)繊細に演じていたので香織さんはシリアスな方が…。西郷さん自身もあそこで笑いが起きたのは「?」だっただろうが。

「ゆう」の夫・助川惣三郎の浜畑賢吉さん。杜さんとの夫婦の場面の空気が素晴らしかった。杜さんと浜畑さんは既に『出雲の阿国』と言う素敵な作品を生みだしたコンビ。今回は全く違った役どころ。妻の優しさを発見した時、自分という人間が分かり、妻の孤独・自分の孤独に気がつく。浜畑さんの静かな語り口の中に助川惣三郎という人がくっきりと描き出された。「旦那様に愛されてるやん、ゆう様…」(笑)。静かに流れる何げない日常の時間、お互いの心情をさりげなく見せて心にしみた。今回の『風の砦』の中で空気が1番しっくりしていた場面。きっとこのお二人は演技の質の深いところに共通したものがあるのだろう。表面的な技術の問題ではなく。浜畑さんと杜さんで新しい作品が観てみたいと思った。

今回は明治座ではなじみの方ばかりではなく色んなジャンルから若い俳優さんが参加している。
運平の細見大輔さん。爽やかな青年で美味しい役柄。原作ではある種身勝手なところもあるように感じた香織さんより、運平の方が真っ直ぐで好きだった。細見さんはセリフがはっきりして心地よいし、ちょこちょこと笑いを取る間がよく、やり過ぎないところに好感を持った。ちょっと一本調子な気がしないでもなかったが、運平さんはそう言う人柄でもあるし。小劇場の方だが普段はどんな芝居をなさっているのか知らない。明治座の舞台に違和感なく、ショルラの鈴木ほのかさんと共に重くなりかねない作品を軽やかに仕上げる一任を果たしていたと思う。鈴木ほのかさん、シセクの藤本隆宏さんはミュージカル畑の出身。セリフが聞きやすいのは気持ちが良かった。シセクは表情に一工夫とも思うが、いつも怒っている役だから…。渡辺典子さんも姿も声も可愛くて、勝ち気で真っ直ぐな菊さんだった。旦那様(許婚)がいながら他の男性に心ひかれる、考えてみれば「ゆう」様とパラレルな女性。タイプは全く違うけど。
その他明治座おなじみのベテラン青山さん、川辺さん、西田さん等々、今回は役者さんが各々はまっているので安心して舞台を見ていられた。

杜さんは女優10年目。『風の砦』は結果として女優の杜さんがこれまで歩いてきた道の1つの集大成の舞台になったと思う。明治座で演じてきた、しとやかで聡明で健気な耐える女性の系譜。そして恋する女のパッションも鮮やかに感じさせた。だがあくまでも「1つの集大成」。舞台上で明るく溌剌と大暴れしている元気印の杜さんを見てみたい。そう言う役柄も杜さんの魅力と思う。そんな思いが最近はとても強くなっている。いつもいつも杜さんの別の顔を私は見続けていたい。制作者側への要望として…。


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