悪夢の夜




「いらっしゃいませ」

長い髪を大きなピンクのリボンでむすんだ女の子が元気にあいさつする。

ここはパン屋「幸せ屋」そしてリボンの女の子は紅若葉。

言わずと知れた看板娘である。

「はい、えーと800円になります」

「はい、ありがとうございました、またおこしください」

にっこりと微笑む。今日も店は繁盛している。その理由はパンの味ももちろんだが

若葉目当てのお客も多く、お客の途切れる時間は少ない。

「おーい若葉ちゃん、休憩していいよ。お昼まだだろう、ユウ君と食べておいで」

店の主人だ。若葉と俺の雇い主さん。

「はーい、あれ、ユウさんは?」

「表でまってるよ、早く行って上げなさい」店の主人がやさしく笑う。



誰もが若葉と接すると自然と優しい顔になる。かくゆう俺もその1人だ。

そういえば自己紹介が遅れた。俺の名前はユウ。若葉と一緒にパン屋で

アルバイトをしている。実はこの世界の住人ではないのだが

(えーと説明はゲームをやってね)わけあってこの世界に残ることになった。

まあこの世界ですることもなくて、若葉に付き合って一緒にパン屋で働いている

のが現状だ。最初は付き合いで働いていたんだが今はパン作りが楽しいし、

何よりいつも若葉と一緒にいられるというのは大きい。

もう一つ説明が遅れていた。俺と若葉の関係はえーと一応恋人同士・・かな。

お互い気持ちを確かめ合ってるんだけど仲間として一緒に冒険してた頃と

関係は変わってないようなきがする。俺としてはもうちょっと進展したいと

思っているんだけど、どうも若葉と接してるとそういう雰囲気じゃなくなるんだよなあ。



「ユウさん、どうかなさいましたか?」

いつのまにか若葉が側まで来ていて俺の顔を不思議そうに覗き込んでいた。

「え、ああ、なんでもないよ。お昼にしよう」

思わず赤面してしまった。タイミングがなあ。

「はい」

元気に返事をして一緒に公園のベンチに座った。遅い昼食なので公園も人通りが

少なく、とても静かだ。若葉は静かな落ち着く所が好きなので、お昼は大抵ここでとる。

「あーっ!」

「ど、どうした若葉?大声だして」

「すみません、お弁当箱に中身を入れるのを忘れてしまいました」

若葉はおっちょこちょいでかなり天然ボケな子である。こんなことはしょっちゅうで

別に驚くことでもないのだが、本人としては大失敗をしたと思っているようだ。

そんなところもカワイイのだけど(ちょっとノロケがはいっていた。すまん)

「あはは、ドジだなあ若葉。いいよ気にしなくて。どこか食べに行こう」

俺は笑顔で言った。若葉を慰めるためだけでなく実際にうれしいのだ。

若葉の弁当が食べられなくて。正直若葉の作る食べ物はチョット、いやかなり、

いやいや相当個性的な味で普通の人が食べたら「毒殺しようとしたのか?」

と疑ってしまう程の味なのだ。俺はまあ愛と勇気と根性で食べるけど。

「あの、すみませんでしたユウさん。楽しみにして頂いたお昼でしたのに、

私のせいでだいなしにしてしまって」

正直者の若葉は人を疑うことを知らないし、お世辞とかも気付かない。

全て善意に解釈する子なので俺が一度

「楽しみだなあ、あはは…」

と言った言葉をうのみにして毎日弁当を作ってくれるようになった。

気持ちはうれしいんだけど最初の一ヶ月は毎日腹痛に襲われたものだ。

現在は3日に一度くらいになったが、それは若葉の料理の腕が

あがったからではなく俺の胃袋が鍛えられたからだ。今なら多少の毒なら

平気な体になっている。

「なにかお詫びをしなくては…」

若葉は真剣に考え出した。別にいいのに。

「そうだ、今晩私の料理をご馳走いたします。ぜひ家に来て下さい」

(なにー!)

「きっとリリトも喜びますわ」

リリトとは若葉と同居している魔族の女の子だ。以前の冒険で若葉と知り合い、

今では一緒に暮らすほど仲が良い。先日いい胃薬を教えてくれ。と相談に来たから

あいつも相当若葉の料理に苦しんでいるのだろう。いやそんなことより今は

自分の心配をしなくては。

「そんな、いいよ若葉、俺は気にしてないしリリトにも悪いよ」

「いいえ、ご迷惑をおかけしたぶん、ちゃんとお詫びさせて下さい。リリトも

ユウさんを食事に呼ぼうと毎日言ってました」

俺の断りの返事は却下された。どうやら一日に一度は若葉の料理を食べる

義務が俺にはあるらしい。それにしてもリリトめ、あいつ俺を巻き添えに

するつもりだったな。今日は文句をいってやる。

「どうかなさいましたか?恐い顔をしてますけれど?」

「あ、いや、楽しみだなあと思ったら緊張しちゃって」

苦しい言い訳だ。

「そうなんですか、そこまで言って頂いたら私も腕によりをかけておもてなし

いたしますね」

若葉はとても気合が入ったようだ。本当にいい子だよなあ。

俺は幸せ者…なんだよな。俺は覚悟を決めた。

「おーい、込んできたからそろそろ戻ってきてくれ」

パン屋の主人が迎えに来た。どうやらお昼も逃してしまったらしい。

「お昼食べれませんでしたね。その分晩御飯に期待して下さいね」

若葉の天使の微笑み。俺も笑顔で

「楽しみにしてるよ」

と答えるしかなかった。






「ふぇぇ、重い…」

現在午後730分、仕事の後、若葉と夕食の材料を買いに行った。とりあえず

すごい量だ。両腕に一杯につまったビニールぶくろを4枚腕にかけて俺の身長位

ある紙袋を両手で抱えている。当然前は見えないので若葉に誘導してもらっている。

「もうしわけありませんユウさん、お買い物まで付き合わせてしまって、つい

楽しくて一杯買い込んでしまいました。大丈夫ですか」

「ああ、平気だよ。だけど随分買ったね。これ全部使うの」

「はい、おいしいものを作るにはいい材料を沢山つかわなくてはなりませんから」

「それにしても種類がバラバラすぎるなあ、何を作るんだろう」

「それはできてからのおたのしみですわ」

若葉がにこっと笑う。これだけでもう俺はなにもいらないけどね。



若葉の家は俺の家から歩いて20分のところにある小さな家だ。この家に住んでいた

人は引っ越すとかで若葉が安く譲ってもらったらしい。まあそれでも家を一軒

買ったのだから若葉の家庭は相当な金持ちらしい。本人は「普通の家ですよ」

と言っているが、おそらく俺とは感覚が違うんだろう。俺の方はパン屋の空き部屋

を貸してもらっている。住み込みというやつだ。



さて家の前についた。まず深呼吸する。胃薬は持ってきた。あとは覚悟を決めるだけだ。

「よう、ユウようやく来たか、早く入れよ」

リリトがドアを開けて手招きしている。

ニヤニヤしているところをみると(お前も苦しめ)と思っていることが一目瞭然だ。

とりあえずリリトをひと睨みして家にはいった。やっぱり女の子2人だけあって

全体的に可愛らしい。

「それではさっそく料理に取り掛かりますね。ユウさんはおかけになって

待っていて下さい」

若葉は台所に入っていった。俺は椅子に座る。するとリリトが俺の正面の椅子に座った。

「良く来たな、まあたらふく食べて行けよ」

嫌みな奴だ。

「お前なあ、俺を巻き添えにしやがって、明日も仕事早いんだぞ」

「しらないね、そもそもお前恋人なんだろ、なんとかしなよ」

「お前こそ親友なんだろ、若葉に料理とか教えてやれよ」

「あたしに料理なんかできるわけないだろ。あたしには若葉が料理うまくなるのを

待つしかないからな」

こんな言い方をしているがリリトは若葉の料理を残さず食べているらしい。

本当は食えないほどまずいのだが、まずいまずいといいながら全部食べてあげて

いるのだ。これはリリトが優しい子と言うわけではなく、若葉にだけあまいという

だけなのだ。まあ俺も似たようなもんかな。

「ところでさあ、あんた若葉のお兄さんの話聞いてる?」

リリトが突然真顔で聞いてきた。

「若葉のお兄さん?そう言えば最近聞かないなあ」

若葉は姉妹が大勢いるそうだがなかでも唯ひとりの兄に随分なついていて、

以前は週に一度は手紙を出していたほどだ。今もかな?思い出してみると

最近お兄さんの話を聞かなくなった。

「ここ1ヶ月ほど返事がこないらしい」

「えっ」

それは驚きだ、若葉の話しでは毎週返事が来ているといっていたし、若葉の話しを

聞く限りではものすごく真面目で几帳面な性格のはずだ。そのお兄さんが一ヶ月も

若葉に手紙を出さないというのは到底ありえないことだ。

「どうしてまた、喧嘩でもしたのかな」

言ってからあの若葉にかぎってそんなことはありえないないことを思い出した。

リリトは少し考えてから

「うん、ちょっとあったらしいよ」

と言った。

「ええっ、あの若葉がお兄さんと喧嘩?ありえないぜ」

お兄さんどころか若葉が誰かと喧嘩をするなんて考えられない。

若葉とはそういう子なのだ。

「原因はあんただよ」

リリトが俺を指差す。

え、喧嘩の原因が俺?そんな馬鹿な、俺は若葉のお兄さんに会ったこともないのだ。

そのことをリリトに話すと

「だから手紙であんたのことをしょっちゅう書いてたらしいんだ、ユウは優しい

とか、ユウはかっこいいとか」

リリトがさもくだらなそうに言う。

「若葉の兄はまああんたの名前が出てくるたびに怒ってたみたいなんだけど、

挙げ句の果てにはユウさんと付き合うことになりました、いま一緒に働いています。

なんて手紙がとどいたらそりゃあおこるわな」

「うーん、確かに」

若葉のお兄さんは相当若葉を可愛がっていたらしいし、それを会ったこともない

俺と付き合うことになった、なんて言われたら確かに怒るかもしれない。

「でも、だからといって若葉に手紙をださないなんてひどくないか?」

「ああ、そうなんだよな、若葉の話しを聞いてると、それで手紙を出さなくなる

ような人間とも思えないんだ。どちらかというと若葉を惑わした不届き者は

叩き切ってやる!とかいってこっちに向かってくるような感じだよな」

「ああ、そっちの方がピンとくる」

若葉の話しを聞いていると若葉のお兄さん像は優しくてカッコ良くて、強くて、

几帳面で真面目で、悪いことは絶対に許さない人間。というイメージが沸いてくる。

もっとも俺を成敗しにこられたら困るけど。(ん?ということは俺は若葉を

惑わした悪者になるのか?)

「でも俺そんなことちっとも知らなかったな、どうして若葉は話してくれなかった

んだろう」

正直結構つらい。悩み事を話せるほどまだ俺は信用がないんだろうか。一応恋人なのに。

「あんたが原因でお兄さんと喧嘩した。なんて若葉が言えるわけないだろ!」

リリトは本気で怒った。いつも何をするにも覚めているのに若葉の事になると

ムキになる。しかし今回は俺が悪い。そうだ若葉の性格からして絶対に俺には話さない。

「そうか、そうだなゴメン」

「フン」

リリトはプイッとそっぽを向いた。その時

「キャーー」



ガッシャン!!



若葉の悲鳴と、食器の割れる音が響いた。やれやれ、また台所は戦場になっている

頃だろう。

「リリト手伝ってあげれば?」

「駄目、あの子はあんたの為に一生懸命作ってるんだから手を貸すわけはいかないよ。

まあ割れた食器はかたづけなきゃね」

リリトが席をたった。

「あ、食器は俺がやるよ」

俺も立とうとした。

「いいからあんたは座ってな、その分しっかり食べてもらうからね」

リリトがにやりと笑う。俺は言い返そうと思ったがやめた。今回は分が悪いし

せっかく若葉が俺の為に頑張っているんだから俺が手伝うわけにもいかない。

そして1時間後楽しい食事の時間が始まった。

 





……楽しい…夕食……の…後、俺は若葉の家に泊る事になった。理由は食あたりに

よる強烈な腹痛の為で、もはや歩いて帰ることもできなかったからだ。

もちろん若葉に食あたりで動けないとは言えない。

「実は昨日から風邪ぎみで…」

と苦しい言い分けをしたところ

「それは大変です!今日は私が看病致します。早く良くなって下さい。」

となって現在客間で布団をしいて寝ている状態だ。若葉は俺の枕元に座り、

俺の顔を心配そうに見ている。リリトは

「駄目だ若葉、危険すぎる!せめてこいつを縛っておこう」

と物騒なことを言っていたが

「病人の方になんてひどい事をいうのリリト!」

と逆に叱られあっさり引き下がった。もっともリリトも強烈な腹痛の為余裕が

なかったのだろう。しかし部屋に帰る直前俺に、

「もし若葉に何かしたら殺すよ」

と耳元でささやいていたのはさすがだ。何故若葉だけ平気なのか不思議に思われる

かもしれないが、それは

「私は作っていただけでお腹いっぱいになってしまって、私の分も食べて下さい」

というセリフで理解出来ると思う…。



「あの、何かしてほしい事はありますか?」

「えっ…」思わず若葉と見詰め合う。

(キスをして欲しい)何て言ってしまったら嫌われるだろうか?

こんな時卑怯かな?でも…今なら自然に言えそうな…

「わ、若葉…」

「はい?なんでしょうか」

「俺と、その、キ、キ…」



ドゴン!!



「うわっ!?」「キャアッ!!」

突然家全体が揺れた。

「じ、地震でしょうか?」

「それにしては変な揺れ方というか…2階からすごい音が聞こえたような?」

「そ、そうですね、何だったんでしょう?」

しかし揺れは一瞬で収まった。俺はもう一度

「若葉!」

「は、はい、何でしょうか?」

「俺とキ、キスを…」



ズドゴン!!



「うわっ!?」「キャアッ!!」

またもや家が揺れた。しかも先程よりも激しく。

「…確実に2階から凄い音が聞こえたね」

「はい、そのようですね。…もしかしたらリリトが寝ぼけているのでしょうか?」

「そ、そうなのかな?(何か意図的なものを感じるんだけど)」

「私ちょっとリリトを見てきますね」

若葉はトテトテと2階に上がって行った。

「あっ、くぅっ!!せっかくのチャンスだったのに!!」



コンコン



「リリト?凄い音がしたけど大丈夫?入りますよ〜?」

「あっ若葉〜ん〜こっち来てぇ〜」(何か、妙に切なそうな声だなリリト)

微かに聞こえる2階の音を、声を殺して聞く。

「どうしたのリリト?まだ気分が悪いの?…ってキャアッ!?」



ドサッツ!!



(えっ?何が起こったんだ!?)

「ちょ、ちょっとリリト!?何をするの?」

(若葉の少し怯えた声。何だ?何をする気なんだリリトは?)

「え〜ん、若葉〜」

「キャッ!ダメ、リリト、そんな所触っては、アッ…」



ブッ!!



色っぽい若葉の声…は、鼻血が…

「ん、ダメ、リリト!…あんッ!ユウさんに聞こえちゃ…う、んっ!!」

(うおお、いったい若葉は何をされてるんだぁぁぁ!!!)

ドクドク…ぐおお、興奮して、ち、血が止まらん。

せめてティッシュを…ティッシュを取る為手を伸ばす。

あうう!!うつ伏せになったせいで血が…あうっ腹が痛くて動けなぃ、あああ、

血が減りすぎて、あ、頭がクラクラするぅ!!!

ヤバイ!!このままでは、死んでしまう!?

「わ、若葉ぁ〜…」最後の力を振り絞って声を出す。しかし…



「アアッ、ダメ、ダメェッ、リリトぉ〜ッ!!!」



ブシュゥゥゥゥッッ!!…部屋の壁全てがユウの血で染まった。



………



次の日



「きゃあああぁ!ユウさん、ユウさん!!リリト起きて!!大変、ユウさんが大量の血を流して倒れてるんです!!」

「へ〜♪」

リリトは何故か嬉しそうだ。

「私お医者様を呼んできます。リリト、ユウさんをお願いします」

若葉は家を飛び出して行った。

「ああ、ゆっくりいってきな♪」

「う、うう…」

まるで生ける屍のようなユウが僅かにうめいた。

「ん?なんだ生きてたんだ」

リリトが興味なさそうにユウを見る。

「…昨日若葉にチョッカイだそうとしただろ?その罰だからな」

「う…き、昨日…若葉に…な、何を…」

「さあねぇ♪ファアアアア、昨日眠れなかったんだ、アタシ寝るからね」



バタン!!



「ぐうう(リリト、何で寝てないんだ〜)」

また1人きりになる

…いかん、また意識が…今度寝てしまったら本当に死んでしまうかも…

 



そのころ若葉は…何故か森の中にいた。

「こ、ここはいったいどこなのでしょうか?」



がんばれ若葉、ユウの命は後少しだ!!




おしまい



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すいません、すいません!!(先に謝っときます)
2000ヒット記念のSS。エタメロの若葉ちゃんです、が・・・
あはは、ねえ。いや、なんだか思いつかなくって、ずっと前書いてたSS
なんですが(2年位前?)あまりにも書いてて恥ずかしくて途中で止めて
いたSSを掘り起こして書き足しました。いや〜恥ずかしいねぇ(笑)

後半は付け足し部分なんですがそっちの方が恥ずかしいですね。
本当はこの後若葉とユウがお兄さんに会いにウィザーズアカデミーに行く
お話だったんですが(途中でエタメロのメンバーと会って冒険したり)
前半の物語すっ飛ばしてHネタで終わりとは(最低)

う〜ん、たまたまエタメロのSSとか若葉ちゃんのSSを最近読みまして
エタメロ書きたいな〜とか思ったらこれがあったの思い出したんですね。
やっぱり若葉ちゃんはいいなぁ〜。ボクがmoo系にはまってしまった
根底の女の子ですね。

よかったら感想・・・怖いな(笑)下さい。

ではでは



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