花束を君に
24
辛い…息もあがってきた。フリルの付いたお気に入りのスカートは何度も木の枝に引っかかって所々破れている。
それでも少女は…ローラは走ることを止めなかった。
早くエンフィールドに戻らなければピートが、アレフ君が危ない。小屋にいた人達は明らかに危険だ。
「あっ!!」
盛り上がって地表に出ていた木の根に足を引っ掛けてしまう。
ローラは盛大に転んで…しまうことはなかった。
「いった〜〜くない?」
ローラは目を開く。
「ローラ?大丈夫か?」
ローラの目の前には自分を抱きとめているルーがいた。
「…ルーさん?」
あまりに意外なルーの登場にローラは不思議そうな表情でマヌケな質問をしてしまった。
「…ああそうだ。大丈夫かローラ?」
「うっ…うわ〜ん、ルーさーん!!」
ホッとしたのだろう。ローラはルーにしがみつき、大声で泣いてしまった。
「…そういった場合は普通主人公にぶつかるもんじゃないだろうか…」
ルーと共に森を走っていたコージが誰にともなく愚痴を言う。
「えっ?お兄ちゃんいたの?」
「…いたの?ってあんまりだよローラ…」
「あっ、そんなことより大変なのよ!ピートとアレフ君が!」
「そんな事って…」
ひとしきり泣いたローラはコージの発言を無視して2人に伝えなければならないことを話し始めた。
「山賊でも居着いたといったところか」
ルーは顎に手をあて意見を述べる。
「…ああ」
「ん?なにか気になることでもあるのか?」
ルーは曖昧な返事をいぶかしむようにコージの顔を覗きこんだ。
(この先にあるのは合成魔獣研究施設として利用された小屋だ。事件の後、取壊したはずだったが何故まだあるんだ?本当に山賊が住み付いただけなのか?)
「どっちにしろ2人を助けにいかなければいけないんだ。ルー、行こう!」
「…どうやらその必要は無くなったようだぞコージ」
ルーは険しい表情で正面を見詰めていた。つられて前を見るコージ。
「!!」
そこには全身黒尽くめで左腕にボウガンを持った男、ランディがいた。
25
マスクマンが一瞬で間合いを詰める!
「!!」
突っ込んできた筈のマスクマンが視界から消えた。
「…右だっ」
ガシィッ!
マスクマンのチョップを剣の腹で止める。
しかし怯む事無くマスクマンは
一撃!二撃!三撃!!
そのまま強烈なチョップを繰り返した!
たまらずチャンプが横にステップして下がる。その動きに合わせるかのようにマスクマンは体を沈め、下から突き上げるように顎めがけチョップを放った!
「うおっ」
チャンプが体を反らしかわす。
…チャンプに隙が出来た!
残った左腕でチャンプのボディめがけ振りかぶる!
「させるかぁっ!」
チャンプは反らした体の反動を利用してマスクマンに頭突きをくらわせた!
ゴキィ!!
「〜ッ!」
「ぐおっ!」
両者後ろに下がり、頭を押さえた。
「あ、頭が割れる!!」
「み、見事だチャンプ君。今のは頭突き以外防ぎようがなかっただろう」
そうは言ったがマスクマンも辛そうだった。
(…ってて、さてどうする?)
チャンプは剣を構えながら思考する。
お互い決めてが無い。このまま相手が消耗するまで闘い続ければ何時間かかるか解かったものではない。体力は…相手の方がありそうだな。
「チャンプ君」
「えっ?」
不意にマスクマンが声をかけた。
「このままではお互い決めての無いままの消耗戦になると思わないかね?」
「…ああ、そうだな(同じ事考えてやがる)」
「先ほどのファイナルストライクは見事だった。もう一度食らったら恐らく立ち上がれないだろう」
「そうかな?(何が言いたい?)」
「そこでお互い必殺技の打ち合いで決めないかね?勿論ノーガードで」
「…なるほど」
確かに消耗戦は無意味だし、実際戦っていてファイナルストライク以外でマスクマンを倒せる技は自分には無い。もう一度アレを食らってマスクマンが立ち上がるようなら自分に勝ち目は無いだろう。
しかしこの勝負を挑むということはマスクマンにはファイナルストライクに匹敵する、いやそれ以上の大技を持っていると言う事だ。
「どうかね?」
「…いいぜ、それでいこう」
ガシィッ!!
チャンプは剣を競技場に付き立てた。
『ああっとチャンプ選手、剣を競技場に付き立てました!これはいったい何を意味するのでしょうか?』
「コオオオオオオオッ!!」
マスクマンが独特の呼吸法を始めた。全身から達人にしか見えないであろう、燃え上がるオーラが沸き立っている。
「ハァアアアッ!」
チャンプも先程と同様独自の呼吸法を始める。
二人の呼吸が…止まった。
ジ・エンド・オブ・スレッド!!
ファイナル・ストライク!!
――――――――!
コロシアム全体が光りに包まれた。
…ような気がした。
『なっ何事でしょう、一瞬会場全体が光りに包まれたような気がしたんですが?って、ああっ!!マスクマン選手、チャンプ選手共に倒れております!これはいったい…』
静まり返る競技場…
『と、とりあえずカウントをとりましょう。ワン…ツー…ス…』
「そこまでだ」
『えっ、あっトーヤ先生!?』
闘う審判のカウントを止めたのは白衣を着た若者、街一番の名医トーヤ・クラウドだった。
『あの、どういうことでしょうか?って先生?!』
トーヤは既に競技場に登っていた。
「試合終了だ。両者気絶している。控え室に運ぶから手伝ってくれ」
『は、はい!っということは…』
審判は1度唾を飲み込んだあと
『試合終了!これは珍しい、両者ダブルノックアウトです!!』
…オオオオオオオオッ!!
意外な結果に1度は静まり返ったコロシアムも凄まじい歓声に変わった。
それだけ素晴らしい試合だったのだ。
26
タンカで運ばれる両選手に惜しみない拍手が送られていた。
「凄い試合だったわね。マスクマンと引き分ける選手がいるなんて」
観客席にいるヴァネッサも拍手をしていた。
「クレアさん?ってどうしたの顔色真っ青よ!」
返事のなかったクレアを心配して隣を見ると顔面蒼白になったクレアが小刻みに震えていた。
「あっ、あの…」
クレアもヴァネッサの方を見る。目には涙が溜まっていた。
「どうしたの、気分でも悪いの?」
ヴァネッサが心配そうにクレアの肩に手を起き、左手でクレアの頭を軽く撫でた。
「いえ、違うんです。私ちょっと行って参ります」
そう言うとクレアは立ち上がり、観客席から走り去って行った。
「えっちょっとクレアさん?行くってどこに…」
大観衆である。ヴァネッサの声はもはやクレアには届かなかった。
数分後、クレアは選手控え室の前にいた。多少息が上がっている。
観客席から控え室までたいした距離は無いはずであったが走りながら、しかも多くの観客の為なかなか前に進めなかったのが原因であった。
「5番。たしかここですわ」
クレアは扉をノックする。
「…はい?」
「えっ!?」
何故か部屋から女性の返事が返ってきた。
「あっ、あの、こちらはチャンプさまの控え室では…」
扉の前で質問する。
すると控え室の扉が開いた。
「あら?クレアさん何故ここに?」
扉を開けたのはイヴであった。
「イヴさま?どうしてチャンプさまの控え室にいらっしゃるんですか?」
困惑はクレアも同じであった。質問を質問で返してしまっている。
「わたしはドクターに頼まれて選手の治療中よ。クレアさんは何故ここに?」
「私、チャンプさまの知り合いなんです。先程の試合を見て心配になって…何かお手伝いできることはありませんか?」
「…どうぞ」
イヴは珍しく不思議そうな顔をした後クレアを控え室に通した。
「はい、失礼致します」
中に入ると体の所々に包帯を巻いたチャンプがベッドで眠っていた。治療の為だろう、覆面も外されており、額にも包帯が巻かれていた。
「治療自体は終っているわ。包帯が多いけどそれ程酷い怪我というわけではないわね。目が覚めるまではわたしが付きそうつもりだったわ」
「酷い怪我では無いんですね。良かったですわ」
クレアは心底ホッとした表情で大きく息を吐いた。
「…それにしても意外ね、クレアさんが彼と知り合いだったなんて。良くアルベルトさんが怒らないものだわ」
「?にいさまとチャンプさまは何か関係があるのですか?」
クレアが不思議そうにイヴを見つめる。
「クレアさん彼とアルベルトさんの関係を知らないの?」
「はい。実はチャンプさまとは今日お知り合いになったんです。色々相談にのって頂いて。あの、にいさまとチャンプさまの関係とはなんでしょうか?」
「…そう。そうね、まあ仲良しじゃないかしら」
『ケンカするほど仲が良い』等という言葉も存在する。あながち間違いでもないだろうとイヴは思う。
「クレアさん、彼を任せていいかしら?ドクターは今マスクマン選手の治療をしているのだけれど人手が足りないの。あなたが彼を見ていてくれると助かるのだけれど」
「はい。チャンプさまにはご恩がありますし、お手伝い致しますわ」
「そう、助かるわ。私とドクターは1番の控え室にいるからなにかあったらよんでちょうだい」
「はい、わかりましたわ」
イヴは控え室を出て行った。
「酷い怪我でなくて良かったですわ。試合を見ていてもしかしたら死んでしまったのではと思いましたもの」
クレアはベッド脇にあった椅子に腰掛けチャンプの顔を見つめる。
「それにしてもにいさまのお友達だったなんて。ますますコージさまと一緒ですわね」
クレアはクスッと小さく笑う。
「…うっ」
その時チャンプが小さくうめいた。
「チャンプさま?」
クレアがチャンプの顔を覗きこむ。苦しそうな表情、うなされているようだ。
「苦しそうですわ、何か汗を拭く物を」
ハンカチを取り出そうと自分のポケットに手を入れる。
「うわあっ!!」
「きゃあっ!」
チャンプは大声と共に突然上半身を起こした。いきなりの事にクレアも悲鳴を上げる。
「えっ?あれ?クレア?!」
ズキン!!
「…っつ!ってうわあっ」
「きゃああっ!!」
ドサアッ!!
チャンプは悲鳴が聞こえた方を見たとき、急に脇腹の痛みを感じて力が抜けてしまった。そして倒れこんでしまった方向にクレアがいた為彼女を下敷きにする形でベッドから落っこちてしまった。
「…ッ痛、クレア大丈夫か?」
「…んん」
「えっ!?」
チャンプが目を開けると目の前にクレアの顔があった。ポケットに手を入れていた為受身が取れなかったのだろう。倒れたショックでクレアは気絶してしまっていた。おまけに何か色っぽい呻き声まで言っている。
ゴクッ…
思わず唾を飲みこんでしまうチャンプ。
「しかしエンフィールドにこんなカワイイ子がいたんだなぁ…」
何故か動悸が早くなってしまう。
回りを見まわす。誰も見ていない。
「これは人工呼吸しかないよな…」(チャンプの得意技である)
誰に言い訳しているのかは謎であるがチャンプは覚悟を決めた。←なんの?
目を閉じ、クレアの唇に自分の唇を近づける。
距離はあと30cm、20cm、10cm…
「…コー…ジさま…」
「!!」
クレアの寝言(?)にチャンプは動きを止める。危ない所だった。クレアには大切な人がいるのだ。相談にのったというのにすっかり失念していた。
「ご免クレア、おまえに酷い事する所だったよ。それにしても羨ましい奴がいるな、こんな子に好かれるなんて…」
チャンプは気を失っているクレアの髪を優しく撫でる。
「あんた何してるのよ…」
―――――――――――――!!!
部屋全体の温度が氷点下まで下がる。今この状態で最も会いたくない女性の声が聞こえたからだ。
(ははは、何を馬鹿な。そんなギャグ漫画じゃあるまいし、こんな最悪のタイミングで最悪の相手が現れる確率なんてどれほどの数字だというのだ…)
頭では否定していてもとても声の聞こえた方を見る勇気は無かった。
「…」
(人の気配がする。気配というかコレは殺気だ。殺意ある気配とかいて殺気と読む。いやいや何を言う。別に疚しい事をした覚えは無い…筈(あれは人工呼吸だ!未遂だが)。何を恐れている?恐れる理由など無いじゃないか。そもそもさっきの声は幻聴じゃないのか?その証拠にあれ以来誰も何も喋っていないじゃないか…)
そう全ては幻聴、答えは出た。それでも頭を上げる勇気は出なかった。殺気が消えていないから。いやむしろ殺気が巨大化していったから。
「そう…答えられないことをしていたってことね」
「!!」
(最悪だった。現実逃避していたせいで事態は好転どころか悪化していた。何か、何か無いのか?俺の助かる希望は…)
「!」
(そうだ!俺は今チャンプなんだ!ジョートショップの青年では無いのだ。)
「だ、誰だね君は?」
覚悟を決めて顔を上げる。そこには自分の知っているパティという女性が過去最大級で怒った時の表情をはるかに凌駕した、むしろ般若といった方が正確であろう顔をした女性がいた。
(パティ…だよな?)
「…そう、以前キスを迫った相手の顔さえ覚えてないくらい浮気してたってことね…」
(あれ?)
自分の顔に手を当てる。マスクが…無い。
(殺気を超えた気配とはなんと言うのだろう?滅殺気?もはや殺す所ではすまないという気配がヒシヒシと伝わっていた。)
「い、いや違うんだパティ!コレには理由が…うっ!」
マスクマンと闘った時のダメージだろうか?脇腹が痛む。逃げる事さえ叶わない。
東の国には生け作りという生きたままの魚を料理に出すという食べ方があるらしい。
生きたまま食べられる魚はどんな気持ちであろうか?
何故かそんな事を考えながらチャンプは静かに目を閉じた。