花束を君に
10
昼前の静かな時間。長い金髪を一本に結わって前に垂らすという独特のヘアースタイルをした青年ルー・シモンズはさくら亭で紅茶を飲みながら趣味であり、日課でもあるタロット占いをしていた。
「…正義の逆位置、厄介な問題に巻きこまれる。か…」
「どうしたのルー、浮かない顔してるけど?」
さくら亭の看板娘パティがカウンターにいるルーに声をかけた。
「フム、悪いがここにいると厄介事に巻きこまれるらしい」
「はあ?厄介事って…」
パティが更に話を聞こうとした時、さくら亭の扉が豪快に開けられた。
入ってきたのは白い髪に茶色いバンダナをした青年アレフだった。
「パティ!追われてるんだ、匿ってくれ!!」
「ちょっとアレフ!そんな開け方したら扉が壊れるでしょう!!」
「あああ、ゴメン,後でいくらでも謝るからとりあえず匿ってくれ!」
アレフはカウンターの下に隠れた。
「ちょっとアンタ勝手に!!」
その時またもさくら亭の扉が豪快に開けられた!
「アレフはどこ?」
「アレフ君また逃げて〜!!」
「匿ってたら唯じゃおかないわよ!」
若い女の子達が入ってきてパティにいっきにまくし立てる!
「もう〜!なんなのよ一体!?」
結局原因はまたも、というか今度はトリプルブッキングをしたらしい。
「アレフは勝手口から逃げた」
といったとたん彼女達は勝手口から走り去って行った。
「今日こそハッキリしてもらうわよ〜!」
という叫び声を残して…
「いや〜、助かったよパティ」
先程までカウンターの下で子犬のようにブルブルと振るえていた男と同一人物とは思えないほどさわやかで、なおかつ晴れやかな笑顔でアレフはお礼を言った。
「…ルー、厄介事ってこれ?」
パティはアレフを軽く睨んだだけで溜息まじりにルーに話し掛けた。
「いや、パティの今日の運勢は吊された男の逆位置、親切心がアダとなるらしい」
「えっ!?それって今の…」
その時またもさくら亭の扉が開いた。
「あ〜っ!!やっぱりここにいた!」
「どうして逃げるのよアレフ君!」
「もう逃がさないわよ!」
「ゲェッ!!」
先程の女の子3人が再びさくら亭にやってきた。
最後の呻き声は当然アレフである。
「ちょっと、うちの店で騒がないでよ!」
たまらずパティが注意するが…
「なによ!」
「そういえばさっきアレフ君を匿ったわね!」
「まさか…あなたもライバル?!」
アレフのガールフレンド3人がパティを睨む
「えっ!?ちょと、冗談じゃないわよ!」
「そうだよな、パティには心に決めた人がいるもんな」
アレフが場を和やかにする為にチャチャを入れるが…
「あんたは黙ってて!!」
「…す、すみません」
逆効果だった。
「ほう…」
むしろその言葉にルーが反応した。そしてタロットカードをテーブルに並べて何かを占い始めた。
…結局、何故かパティを巻きこんだ5人の話し合いは30分続き、アレフが3人とそれぞれ別の日にデートのやり直し。その時誰と付き合うかハッキリ決めるということで話し合いは終った。
「いやあパティ、災難だったな。お詫びに今度デートでもどうだい?」
まったく懲りないアレフがパティをナンパした。
「あんたねぇ!!はぁ…バカバカしい、あんた匿って酷い目にあったわ。ルー、もうこれ以上酷い事はないわよね?」
「ああ、パティはこの後…」
「オーッス!!」
「ルーさんいる?」
その時新たな客がさくら亭にやって来た。真っ赤な髪に好奇心に満ちた大きな瞳の少年、ピートとローラであった。
11
「…と、いうわけでセリーヌさんの居所をルーさんに占って貰いたいの」
ローラの説明を掻い摘んで言うと『セリーヌが昨日の昼頃から帰ってこない。迷子はいつもの事だが珍しく行先も言わなかったので心配だから彼女がどこにいるか占って欲しい』ということだった。
「でもローラ、心配しすぎじゃないの?セリーヌの迷子はいつもの事だし3日位帰ってこないのはしょっちゅうでしょう?」
パティの指摘は信じられない事に事実である。
「でもそれだけじゃないのよ!『先日迷子の時親切にして下さった人の所にお礼に行きます』って言ってアップルパイを作って持っていったのよ!?絶対男だわ!」
「?。何か問題があるの?」
「大問題よ!だってセリーヌさんなのよ?相手の名前を聞いても教えてくれないし場所も教えてくれないなんて…しかも理由は『何も言わない約束ですので言えないんです』って言ったのよ?ぜ〜ったい悪い男に騙されてるんだわ!!」
「う〜ん、そうかしら…」
パティはローラほど心配はしなかった。そう言った事にセリーヌが疎いというのもあるのだが彼女が本気をだせばそこいらの男等簡単に投げ飛ばせる力があるのだ。彼女の特技の一つがリンゴをそのまま握りつぶし、100%リンゴジュースを造る。であるから。
(ちなみに素手でリンゴを真っ二つに割る事も可能である)
「ねえ、ルーさんお願い占って!」
ローラが甘える声でお願いした。
「…まあいいだろう。男云々はともかく1日行方不明というのは事実だからな」
「きゃ〜。ありがとうルーさん♪」
ルーはテーブルにカードを並べ占いを始めた。
「そういえばピートは何でローラに付き合ってるんだ?」
興味なさそうに店の壁によりかかっていたピートにアレフが声をかけた。
「ああ、アレフ聞いてくれよ!どうせ暇なんだから付き合えって無理矢理引っ張られたんだぜ?オレ大武闘会見に行きたかったのに…」
「そーいえばお前予選でリオに負けたんだってな?」
「わあああっ!!それを言うなよアレフ!!」
「ちょっとアンタ達黙ってなさいよ!」
ルーはまるでトランプのダイヤのように4枚のカードを置き、2枚目のカードを捲った。
カードにはTHE HERMIT と書かれていた。
「…」
「ルーさんどう?」
「これは隠者のカードだ。闇を暗示する。そして隠者が住む所で、今闇に閉ざされている場所は…北の森だ」
ルーは言いながら3枚目、4枚目のカードを捲る。
「ええっ!?何であんな所に行るのよ!ピート行こう!」
「えっ、お、オウ!!」
「待てローラ、ピート!行くな」
ルーは走り出す2人を止めた。
「なんだよルー?なんで止めるんだよ?」
「今3枚目のカードを見た。森に行くとお前達まで事故や怪我の恐れがある…」
3枚目のカードにはDEATHと書かれていた。
「なんだよそれ!じゃあセリーヌは事故や怪我をしてるかもしれないじゃないか?」
ピートが怒りながら反論する。
「そうかもしれない。だが、お前達が森に行く事によって3人共確実に怪我をする…運が悪ければあるいは…」
「ちょっと、ルー本気で言ってるの?」
パティが青ざめた表情で言う。先程ルーの占いがピタリと当たったのを知っているので余計不安なのだ。
「そうだ。ここは行かない方がいい」
あまりの占いの結果にその場にいた誰もが口を開けなかった。
「ルーさんのバカ!!」
ローラが突然叫び出した。
「…ちょっと、ローラ」
パティがローラをなだめようと声をかけるが…
「なによそれ!セリーヌさん危険なんでしょ?怪我するかもしれないんでしょ?なんで助けにいっちゃ行けないのよ!」
「助けに行く事によって余計危険になる恐れがある。それもセリーヌだけではなく、助けに行った者にまで被害が及ぶとでている」
「わかんないよ、だからほっておくの?助けに行かないの?私は嫌!森に行ってくる!!」
ローラはさくら亭を飛び出した。
「あっ、待てよローラ!!」
ピートもローラを追い掛けて行った。
「…ふぅ、まったく人の話を聞かない奴らだ」
タロットカードを片付け始めたルーにアレフが話し掛けた。
「お前は言い方がわるいんだよ。実際はどうだったんだ?」
「事故や怪我を回避する方法を記したカードは恋人の逆位置。つまり若さに任せた行動をとると失敗とでていた。あいつらが行かなければ何も起こらない可能性が高かった」
溜息まじりにルーが答えた。
「だとしてもセリーヌが危険かもしれないんだ。あいつらなら行くさ。で、俺はどっちにすればいい?」
「子供の扱いは苦手だ。お前にまかせよう。俺はお人よしの所に行ってくる」
「わかった」
アレフはニヤリと笑う。
「ちょとアンタ達?さっきから何言ってるのよ?」
パティは訳がわからないといった表情で2人に声をかけた。
「若さに任せた行動をしなければいいんだろう?だったら俺があのお子様2人についていけばいいさ。デートもおじゃんになって暇だったしね」
アレフがウインクしながらパティに答えた。
「じゃあお人よしって?」
「…セリーヌが危険かもしれない。では自警団は動かないだろう?俺の占いは推測でしかないしな。それでも力をかしてくれる頼りになるお人よしを、俺は一人しか知らない」
カードを片付け終えたルーが立ち上がりながら答えた。
「あっ!?」
パティもその人間の顔が頭に浮かんだ。
「たしか武闘大会にでてるはずだ。このデート用に用意していたチケットを渡しておくよ」
「解った」
アレフはルーにチケットを渡した。
「パティにもあげるよ。迷惑かけたお詫びだ」
パティにもチケットを手渡す。
「えっ…ありがと。でも…」
「行った方がいい。先程パティを占ったが審判のカードが出た。これは復活、再会を意味する。場所のカードは力。今日力を見せ合う場所はコロシアム。つまりコロシアムに行けばパティの運命の相手との再会ができるということだ」
「ええっ!?それじゃ、あいつ帰ってきてるの!?」
パティは真っ赤になってルーを見る。
「なんだやっぱり待ってたんだ?」
「なっ!アレフうるさい!!」
「ハハ、じゃあルー後で落ち合おう」
「解った」
ルーとアレフはそれぞれコロシアムと北の森に向かって走り出した。
「まったく!!…でもあいつらがモテるのちょっと解った気がしたわ」
普段は他人にほとんど関心を示さず、冷たい印象しかなかったルー。ただのおちゃらけナンパ氏にしか見えないアレフ。2人とも変えられたのよね。コージともう1人は私の…。
12
「分散連撃!!」
瞬時に4つの拳がコージに迫った。
「くっ!」
2撃かわし、一撃を剣で防ぎ、最後の一撃は左腕を掠めた。
「やるじゃないかコージ」
分散連撃を放ったエルが髪をかき上げながら不適に笑う。
大武闘大会準々決勝1回戦、コージ対エルの試合はお互い決定打の無いままの長期戦となっていた。
『凄まじい試合です!コージ選手の剣技とエル選手の徒手空拳。お互い実力迫中互角の戦い。勝者がどちらになるのかまったくわかりません!!』
解説の闘う審判さんのボルテージも最高潮に達していた。
「互角?違うね」
試合を観戦していたリサが冷静に呟く。
「ああ、パワー、スピード共にエルの方が勝っている。それでも試合になっているのはコージの戦闘経験(キャリア)…といいたいところだが、素手と剣を持っている差だろうな」
同じく試合を観戦していたアルベルトがリサの呟きに答えた。
「得物の差ってのは無いだろう。剣を使いこなしているからこそ闘っているんだ。逆にエルの奴が剣を持っていたらエルの負けだね。素手が最も闘いやすい得物なのさ。だからこの場合はキャリア…まあ戦闘テクニックか?それが唯一勝っているからこそまだ負けてないんだね」
「…負けてない、ね」
リサもアルベルトも思わず溜息をついてしまった。今は互角に見えてもエルが有利に試合を進めているのは技量のある者からみれば明らかだったからだ。アルベルトはコージを倒す為、リサはアルベルトを弱らせ、コージと互角の勝負ができるように仕向ける事が大武闘大会参加の目的であったからここでコージが負けてしまうと本末転倒になってしまう。
2人が見たところエルの技量はパワーならアルベルトが上、スピードならリサが上といったところだった。では総合なら?もしかしたらコージは今大会最も強い相手とベスト8で当たっていたのかもしれなかった。
ここでリサにある疑問が生じる。
「そういえばエルのやつはどうして大武闘会に参加したんだい?」
「あん?そういえば何でだ?」
アルベルトに解るわけが無い。その答えは闘技場にいるエルにしか解らないであろうから。
「エル強いなあ…俺が勝つとしたら大技の時僅かにスキが出来るからその時エルの懐に飛びこんで一撃でケリを付ける。…他に方法は無いな」
闘技場でエルと一定の距離を保ち剣を構えているコージは勝つ為の方法を冷静に分析していた。リサが指摘したテクニック以外にもエルに勝っているモノがあった。冷静な判断力と分析力。それがコージの最大の武器と言えるかもしれない。
「悪いけどアタシは今回負けられないんでね。そろそろ決めさせてもらうよ」
エルがポキポキと拳を鳴らしながらコージを見据えた。
「(あれ?)そういえばエルは何で大会に参加したんだ?いつもは興味なさそうなのに」
ふと疑問に思いエルに訪ねる。
「うっ!べ、別にコージには関係ないだろ!!」
エルは何故か真っ赤になって怒り出した。
「えっ?そりゃあそうだけど…なんでそんなに怒るんだ?」
エルの意外な過剰反応にコージは思わずたじろぐ。
「ア、アタシの参加理由なんてどうだっていいんだ!!」
そう言いながらエルは解説者席にいるトリーシャをチラッと見てしまった。
コージも当然その行動を見る。そしてエルの参加理由に気付いてしまった。
「エル!お前まさか!?」
「な、なんだコージ!アタシは別にトリ−シャのキスを狙ってとか、そんな…」
エルは更に赤くなりながらもしどろもどろに喋り出す。
「トリーシャのキス!?エル、お前やっぱり…」
「だ、だから違うって言ってるだろ!アタシはトリ−シャのキスが賞品だから参加したわけじゃないんだ!!」
動揺し、言わなくてもいい反論をしてしまうエル。思わず本音を言ってしまうのはさすがに純情である。
「そうか!やっぱりエルも…」
「あああ、やめろ!言うな!!」
「トリーシャに頼まれたんだな!」
……………
「はい?」
コロシアムの歓声とはうってかわって静まり返った闘技場にいたエルはコージの予想外の発言に対し、限りなくマヌケな返事をしてしまった。
「だからエルもトリ−シャに頼まれたんだろ?知らない人にキスされるのは嫌だから大会に参加して優勝してくれって?」
コージの思いっきり勘違いであった…
「…(知らない人にキスされるのは嫌だから大会に出るように頼まれた?コージが?それって…)」
エルは目の前が真っ暗になった。
「トリーシャも結構したたかだな、エルにも頼んでたなんて。そうか、だから珍しく武闘大会に参加したのか」
コージはエルの状態に気付きもせず楽しげに話し続けた。もちろん嫌味等ではなく、同じ頼み事をされた仲間といった意味合いであったが。
「トリーシャ…」
エルは試合の事などすっかり忘れて解説者席にいるトリーシャを見つめた。
『?』
闘技場から突然振り向いて自分を見つめるエルに対しトリーシャは
(えっなに?)といったきょとんとした表情で答えた。
「…トリーシャはコージのこと…そうなのかトリーシャ?」
更に悲しげな瞳でトリーシャを見つめるエル。(…なんだか可哀相である)
『?。エル、周りがうるさくて聞こえないんだけど?』
幸い?な事に闘技場におけるコージとエルの会話は2人の白熱した試合で盛り上がっていた観客の歓声によって他の誰にも聞こえていなかった。だからこそコージはあんな発言をしたのだが…。
「あの、エル?どうしたんだ?」
試合中にも関わらず突然後ろを向き、何も喋らない(ボソボソと呟いていたようだが)エルを心配してコージが声をかけた。(エルなんだかブルブル振るえてないか?)と思いながら。
「…さい」
「えっ?」
「うるさいっていってるんだ!!」
ゾクッ!!
コージは恐ろしい程の寒気を感じた…。振り向いたエルは目を充血させながら怒りに震えているのである。
(なんだか殺気を感じるんですけど…)
「アタシはみとめないよ!」
恐ろしい程の殺気を滲ませながらエルがコージに近づいてきた。
「あの…エル…さん?」
あまりの殺気に思わずさん付けをしてしまうコージ。しかし間合いはしっかりととっている。
「これで決めてやる!!」
分散連撃!!
「…来た!!」
コージは剣を横に構え、刃の部分を上にして切先の方の剣腹に右掌を添えた。
ガシッ!ガシィ!ガシッ!…バシィィン!!
「なっ!」
分散連撃は横に同時の4撃である。その内の3撃をコージは剣の腹で受けたのだ!!四撃目が当たった時には既に剣を手放しており、その為剣は競技場外へ弾かれてしまった。
「コージは!?」
「ここだよっ!!」
エルの下から声。
「しまっ…」
連撃を放ち、右腕を突き出した状態で無防備のエルの懐に潜り込み、その右腕を掴んで柔道の一本背負いの要領でエルを投げ飛ばし競技場に叩きつけた!!
ズダァン!!
「…っう!」
したたかに背中を打ちつけてしまったエルが薄く目を開ける。
「…俺の勝ちでいいか?」
そのままエルの右腕を極められる状態でコージが声をかける。
「…フン、もうどうでもいいよ。アタシの負けで」
コージと目を合わさずエルは敗北を宣言した。
「お、終ったァ…」
エルの腕を放し、競技場にへたり込んだ。
「…そういえばなんで突然怒ったんだエルは?」
返事が無い。
「エル…?」
コージが立ち上がるとエルは既に闘技場から降りて控え室の方に向かっていた。
『…』
トリーシャはそれを心配そうにみつめていた。
『ねえ審判さん、ちょとエルを見てくるから席を外すね!』
トリーシャはそう告げると控え室に向かうエルを追い掛けて行った。
『え、ちょっとトリーシャさん!?…ま、まあいいか。只今の試合、勝者コージ選手!!』
ワァァァァァッ!!
素晴らしい試合に観客達も多いに盛り上がった。
「結構強いのねコージ君。さすがに今回は負けるかと思ったんだけど」
「ええ、さすがコージ様ですわ」
観戦していたヴァネッサとクレアも嬉しそうだ。
「クレアさん随分嬉しそうね?」
「ええ、コージ様のお優しいところが見れて嬉しいですわ」
「…優しい?何が?」
ヴァネッサは(何を言っているのこの子は?といった表情で)クレアに質問した。
「エル様の懐に潜り込んだ時、打撃を使わず1番傷つかない投げを使ったんですわ。試合でも女性を殴らない優しい方なんですわ」
「…そうね」
(あの場合は投げが
1番有効なんだけど…まあ、こんな嬉しそうな顔を曇らせる必要は無いわね)女学校で護身術を学んでいるクレアも解っているはずだが…愛は盲目である。
別の意味で喜んでいる女性もいた。リサである。
「フフ、フフフフ」
「なあリサ、ハッキリ言ってその笑い、気味が悪いんだが」
アルベルトが少しゾッとした表情で声をかける。
「フフ、失礼な奴だね。だって嬉しいじゃないか、コージは強いよ。私も闘ってみたくなった。元傭兵の血ってのかね?」
獲物を狙う目。今のリサの瞳を見て美しいと感じるか、恐怖を感じるかは相手の人間性しだいだろう。当然アルベルトは恐怖を感じたがアルベルトも負けるつもりは無い。
「悪いがリサ、コージと闘うのは俺だ!」
『さあ、準々決勝2回戦、アルベルト選手対リサ選手!闘技場へ上がってください!』
ワァァァァアッ!!
自警団1のパワーファイターと優勝候補のレオンを倒したリサ。まさに注目のカード。盛り上がって当然であった。
『試合開始!!』
13
「ねえエル、試合惜しかったね?」
トリーシャは控え室に通じる廊下でようやくエルに追いつき話し掛けた。
「…」
エルは下を向いて何も答えない。
「どうしたの?どこか怪我とかしたの?」
心配になりエルを見つめる子犬のようなトリーシャの瞳。
「…キスって…」
トリーシャの頭を撫でたい衝動を必死に耐え、エルは質問する。
「え?何」
「…コージに、優勝してってトリーシャが…」
「えっ!コージさんキス真似のこと喋ったの?困るなぁ」
トリーシャはバツの悪そうな表情をした。
「キス真似?」
「うんそうだよ。好きでもない人とキスしたくないからコージさんに優勝してキス真似してってお願いしたんだけど…困るなあ、審判さんにバレたら怒られるよ。エルも黙っててね」
「…そ、そうだったのか?じゃあなんでアタシに頼まなかったんだい?」
「ええっ、だってエル大会とか興味なさそうだし、コージさんなら優勝できるかなって思ってたし。まさかエルやリサさんやアルベルトさんまで出ると思わなかったからホントは今ヒヤヒヤしてるんだけどね」
苦笑まじりに頭のリボンをいじりながら話す。
「なんだそうか、そうだよな。じゃあコージ以外が優勝したらアタシがそいつをぶっ飛ばしてやるよ」
恐ろしい事をにこやかに話すエル。本当にやりかねない。
「…それよりエル、どこか痛い所とかあるんじゃないの?」
「なんで?」
「なんでって…」
ワアァァァァッ!!
その時コロシアムの方から大きな歓声が上がった。
「あっ次の試合始まっちゃったよ。ボクは解説者席いかなきゃいけないから、エル後でね!」
トリーシャは闘技場に向かって走り出した。
「なんだよコージの奴紛らわしいこと言いやがって!でもいいか、疲れたし控え室で寝るかな」
エルはすっかり機嫌を直して控え室に戻っていった。
14
「遅かったな」
「あっコージさんお疲れ様です」
「ルーにディアーナ!?何してんだ?」
コージが控え室に戻るとディアーナとルーがカードで遊んでいたのだ。
「タロット占いだが…見て解らないのか?」
「ルーさんの占いは良く当たるんですよ。知らないんですか?」
「いや、そうゆう事じゃなくてさ…」
とりあえずコージは椅子に腰掛ける。
「実はコージに聞いてもらいたいことがあってな。いいか?」
ルーはカードを片付けながらサクラ亭での1件を話した。
「なっ!大変じゃないか、今すぐ北の森に行かないと」
「そうですよ!のんびり占いをやっている時じゃないですよ」
コージとディアーナがすぐさま立ち上がった。
「俺の占い結果だぞ?事件であるという何の確証も無い」
ルーは冷めた目で言い放った。
「ルーの占いなんだろ?それに友達が危険かもしれないんだ。それだけで充分だよ」
「そうです!すぐに行きましょう」
解り切っていた反応。しかしそれがとても心地よいとルーは感じていた。
「そうか、では行こう」
「ああ」
コージが頷く。
「はいっ!!」
ディアーナも続く!
「「…」」
「2人共どうしたんですか、早く行きましょうよ?」
無言で自分を見つめるコージとルーに出発を促す。
「いやその…ディアーナは留守番してくれないか?」
コージが控えめにお願いする。
「ええ〜っ、どうしてですか?」
(足手まといだから)とは言えない。
「ディアーナは控え室に残りコージがそこにいるように振舞ってくれ。もしかしたら次の試合に間に合うかもしれないからな」
「あっ!そうですよ、試合はどうするんですか?」
ルーの言葉にディアーナがはっとする。
「その為に残ってくれ。いかな理由であれ今ここから抜け出したらコージは失格にされてしまう恐れがある」
「でもセリーヌさんやローラちゃんが危険かも知れないんですよ?」
「だから確証は無いんだ。なんでも無い可能性が高い。そうなったらすぐ戻って試合にでれるようにした方がいい」
「うっ…解りました。早く帰ってきて下さいね」
「ああ」
「じゃあ宜しく頼むぞディアーナ!」
コージ、ルーは北の森に向かって走り出した。
「間に合うと思う?」
「さあな。とりあえず飛空脚を使おう」
「なるほど!」
この時誰かによって作られたシナリオの歯車は微妙に狂い出す。
それが誰にとって幸運であるかはまだ解らない。