相も変わらずのナデシコブリッジ。

そこではちょっとした騒ぎが起こっていた。

「これが確か15歳の時。で、こっちが高校を卒業した時かな?」

「うわぁ〜、若いですねえ」

「ホントに、人って歳をとると変わっちゃうんですね」

「ルリちゃん、それはちょっと失礼かも……」

「雰囲気はあんまり変わってないようですけど」

「ん〜、確かにそんな感じはするわね」

「そんなこたあ無いぞ?今はあれでも昔は結構……」

 

「何をしているのかしら?」

 

「「「「「……」」」」」

一瞬、空気が凍る。

声がした方向を恐る恐る見てみると、そこに立っていたのは……。

「あはははは、私アキトのところに行ってこよ〜っと」

「あ、艦長抜け駆け!?私も行きます!!」

「あ〜……お化粧なおしてこよっかなあ……」

上から順に艦長、メグミさん、ミナトさん、戦線離脱。

残ったのは、騒ぎの張本人であるナデシコの戦術指揮官、

デルタ=フレサンジュさんと私だけだった。

「おや、どうした娘よそんなに怖い顔をして?

 何かあったのか?」

デルタさんはそう言って振り返り、改めてブリッジの入り口を見る。

そこには彼の娘……ナデシコ医療班及び解析班担当のイネスさんが

険しい表情を浮かべて仁王立ちしていた。

「何か、じゃない!!」

つかつかと歩いてきてデルタさんに詰め寄る。

「人の子供のころの写真引っ張り出して鑑賞してるんじゃないわよ!」

そう、騒ぎの種はデルタさんが持っていた、イネスさんの昔の写真だったんです。

まあ、そりゃ怒るわよね。

「だって見せてくれって皆に頼まれたし」

「断りなさいよ!!」

「別にいいじゃないか。減るもんじゃ無しに」

「本人の許可ぐらい取れっていってるのよ私は!!」

「まあまあ、そう怒るな。あんまり怒鳴るとシワが増えるぞ」

 

 

ぷちっ

 

 

「あ、切れた」

 

 

……数分後。

「ふむ、気が短いのは相変わらずだな」

「そうなんですか?」

「そうなのだよルリ君。あれだけは昔から変わっていない」

「はあ」

あの後、イネスさんからしこたま殴られ、蹴られたはずのデルタさんは

何も無かったような顔をしてむくっと立ちあがった。

顔とかもしこたま殴られたはずなのに何故か無傷です。

……白衣についた靴の跡は消えてないみたいですが。

「それにしても、本当に親子だったんですね」

「ん、まあね。といっても義理の、だが」

親子。

話によると、イネスさんは8歳からそれ以前の記憶が全く無いらしい。

20年前に火星の砂漠で一人で泣いているところをネルガルの人達に拾われたそうです。

で、その身柄を引き取ったのが、当時研究員としてネルガルの研究所にいた

デルタさんだったらしい。

「と、いうことは……」

20年前に火星の研究所で働いていた、ということはおそらくそのころには

既に成人していたんだろう、きっと。

ゴートさんの先輩って話だから、少なくともゴートさんよりは年上だろうし。

だったら少なくとも今の年齢は40過ぎ……

「ルリ君」

「はい?」

私の思考はそこで中断された。

ふとみると、デルタさんは険しい顔でこちらを見ていた。

「大人の年齢について考えるのは無粋というものだよ」

「……何で分かったんですか?」

「長年の勘だ」

その言葉自体がデルタさんの年齢を物語っている気もしましたが

私はあえて深く突っ込まないことにした。

「私は永遠に20代なのさ……」

何故か遠い目をして呟くデルタさん。

確かに外見だけは20代に見えない事もありませんが。

……まあ、いいけどね。

 

 

それから半刻も経った頃、デルタさんが口を開いた。

「ふむ、そろそろか。ルリ君、主要クルーに呼集をかけてくれ」

「はい」

オモイカネに接続し、コミュニケを通して通信を送る。

これで、誰かが遅刻でもしない限りはすぐにブリッジに人が集まる。

ま、本当はメグミさんの仕事なんですけどね。

「見えてきたぞ、ルリ君。あれが今回の作戦ポイント――――」

ブリッジの正面モニターには、まだはっきりとは映っていなかったが

明らかに今までとは違った景色が映し出されていた。

「クルスク工業地帯だ」

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

               第12話

               『行軍』

 

 

 

 

「では、ブリーフィングを始める」

デルタさんの言葉に続けてムネタケ提督が説明を始めた。

「クルスク工業地帯。私達の生まれるずっと昔は軍事産業、

 とりわけ陸戦兵器の開発で盛りあがっていた土地よ。

 このクルスク工業地帯を木星蜥蜴が占拠したの。

 しかも奴等ったら、今まで何処の戦線でも使われた事の無い新型兵器を配備したのよ」

「その新兵器の破壊が今度の任務ですね、教授」

黙ってムネタケ提督の説明を聞いていた艦長は

同意を求めて横に立っているデルタさんに話しかけた。

「そうだ。司令部ではこの兵器を『ナナフシ』と呼称している。

 一応、今まで軍の特殊部隊が3回、派遣されてはいるんだが……」

「結果は?」

「3回とも全滅」

「うあ……」

それを聞いたプロスペクターが、頭を悩ませながらそろばんもどきの電卓を弄ってる。

「なんと、不経済な…」

「全くだ」

同意するデルタさん。何となくこの二人って似てます。

雰囲気っていうか、そんな感じが。

「まあ元々廃棄されていた土地だから、今更いくら蜥蜴どもがのさばろうが

 無視するところなんだが、新兵器が出てきたとあったら話は別でな。

 得体の知れない兵器を好き勝手にさせておくっていうわけにもいかないらしい。

 軍にも体裁ってものがあるからな。

 かといって、これ以上戦力を割くわけにもいかない。

 他に優先すべき戦場はいくらでもある。

 と、いうわけで独立愚連隊である我々に出番が回ってきたというわけだ」

「独立愚連隊……」

アオイさんが苦笑いをしながら呟く。

でも、今のナデシコは確かにそんな状態です。

言い得て妙でした。

「この『ナナフシ』は、今までの情報から長距離爆撃を目的とした

 巨大砲台だということが確認されている。

 大抵の戦力じゃあ、その姿を見る前にドカン、というわけだ」

「そこで、ナデシコのグラビティブラストで決まり!!」

艦長が名案、とばかりに叫ぶ。

「そうか、遠距離射撃か」

その言葉にゴートさんが頷いた。

「その通りだ。前線の状況からしても、あちら側に

 ナデシコのグラビティブラスト以上の射程を持つ兵器があるとは思えない。

 よって、オモイカネの導き出したナナフシの射程ギリギリまで接近、主砲を発射。

 これを撃破する」

敵の射程外からの攻撃、これは昔から艦隊戦の基本でもある。

だが、あまりにも平凡な作戦内容にエリナは思わず呟いた。

「安全策かしら……?」

「経済的な側面からも賛同しますよ」

それを聞いてプロスペクターは嬉しそうに賛成する。

「ああ、それにこの方法だとエステバリス隊の出撃の必要も無いので

 無駄にパイロットの命を矢面に出す必要も無いからな。

 安全第一、ってわけだ」

デルタさんのその言葉に、リョーコさんが言葉を漏らした。

「へえ、優しいじゃねえか」

「連隊としての初陣にするにしてはリスクが大きすぎるからな」

あくまでも飄々として言うデルタさん。

「それって、俺達の力を信用してないってことか?」

「馬鹿な。火星から戦艦たった一隻で戻ってきた君たちを過小評価したりはせんよ。

 私の気持ちの問題だ」

「……」

「まあ良いじゃないのリョーコ君。僕達の出番が減るにこしたことはないんじゃないかな?」

不満そうなリョーコさんをアカツキさんが諌めた。

ま、シンプル・イズ・ベストって言葉もあるしね。

「と、いうわけだ。艦長」

一通り話す事は終わったのか、デルタさんが艦長に話しかける。

「はい」

艦長は少しの間目をつぶって、落ち着いた声で言った。

「直ちに作戦を、開始します」

 

 

 

「で、こんなところでくつろいでる、ってわけですか?」

「まあまあ、良い若いもんがそう固い事言いなさんな」

デルタは医務室のベッドに腰掛けながら手の中の缶コーヒーを弄んだ。

その正面にあるデスクでは、椅子に腰掛けたナデシコ専属の

女医であるシノハラ=カザミが同じようにコーヒーを飲んでいた。

ちなみにこっちは缶コーヒーではなく、しっかりと豆から作ったものだ。

「どうせ作戦ポイントまではあと1時間はかかるだろうし、

 それまでただブリッジにいるっていうのも何かつまらんからな」

「ここは休憩所じゃないんですけど……」

カザミは苦笑いをしながらコーヒーを口に含んだ。

「それに、だ」

「?」

「私の服装はこういう場所が似合っているらしい」

「……成る程」

この言葉にカザミは素直に納得した。

確かに、デルタの服装はいつも黒のTシャツにズボン、その上に白衣という

いでたちなので、こういう場所が似合っている。

他にも、どこかの研究所とかも似合うかもしれない。

「プロスぺクターさんはいいかげん制服を着てくれないと困るって言ってましたが?」

「聞こえな〜い」

「子供じゃないんですから……」

再び、苦笑い。

正直な所、カザミはこの怠惰な戦術指揮官のことを嫌いではなかった。

あのイネスの父親、ということだから既に結構な歳なのだろうが

その姿からは全くそれを感じさせないし(むしろ同年代にすら見える)

歳に似合わぬ子供っぽい言動もどこかにくめないものになっている。

そして何より……

(美形だしね)

意外と自分って面食いなんだな、とカザミは思った。

まあ、今まで暇を持て余していたから話し相手ができるというのは悪くない。

「まあ、いいか」

「あ?」

「いえいえ、こっちの話です」

 

 

「父さん、いる?」

30分程だろうか?

デルタとカザミが話しこんでいると、イネスが医務室に入ってきた。

「イネスさん?」

「おお、ここにいるぞ」

意外な人物の来訪に驚くカザミと、相変わらずの調子で手を振るデルタ。

普段、イネスは研究室に篭っているので医務室に顔を出すのは結構珍しい。

「ああ、やっぱりいた」

「どうかしたのか?」

イネスは随分と急いできたのか、僅かに息が上がっているように見えた。

その右手には数枚の書類。

「軍からのデータを参考にして、ナナフシの性能を洗いなおしてみたんだけど……」

それを受け取ってさっと目を通すデルタ。

「ふむ」

その顔が、みるみるうちに苦渋に満ちた表情に変わっていく。

「……うあ、やばいなこりゃ」

「でしょ?」

状況がわからないカザミがデルタに問いかけた。

「……どういう意味、ですか?」

「あ〜、はっきり言うと、だな」

顔に苦笑いを浮かべながら、言いにくそうにデルタは呟いた。

その言葉は……

「このままだと沈むな。このナデシコ」

「……は?」

洒落になっていないものだった。

 

 

 

『まあ、つまるところナナフシの正体っていうのが自走式の重力波レールガンでな』

「はあ」

デルタの通信に気の抜けた返事で返すユリカ。

ブリッジは作戦前ながらも、作戦の内容が内容なので

のんびりとした空気包まれていた……のだが。

『あんな大きさだが、一応移動が可能らしい』

「ええと……つまり、どういうことでしょうか」

『ふむ、だからだな……』

とても、とても言いにくそうにデルタは口を開いた。

『敵の射程外のつもりが、いつのまにかおもいっきり射程内に侵入していたりする』

「……は?」

その瞬間、ナデシコを激しい振動が襲った。

 

「敵の砲撃が左舷エンジンブロックに被弾!!」

「ディストーションフィールド、消失!!」

ゴートの怒号とメグミの悲鳴。

「被害は18ブロックに及んでいます」

こんな状況でも相変わらずの、ルリの冷静な声。

「相転移エンジン、停止!操舵不能、墜落します!!」

ミナトの焦りを隠せない叫び

「補助エンジン、全開」

ルリのその言葉の直後、ナデシコは山肌を滑るように不時着した。

突っ込んだ、とも言う。

『……威力は凄いが、マイクロブラックホールの精製には時間がかかるから

 まあ、しばらくは安全だな』

自分の艦が沈みかけたというのに、この飄々とした態度。

肝が据わっているのか天然なのかは知らないが、緊張したブリッジのクルーは一気に脱力した。

「き、貴重なご意見、ありがとうございます……」

艦長席にへたりこみながらも、ユリカは何とかそう返した。

 

 

 

「でも、これからどうしよう……」

ブリッジの下層、作戦区域が大きく表示されたモニターの前でユリカは呟いた。

「やっぱり、エステバリスの出番かな?」

「対空攻撃システム、軍の先発隊は全てこれに全滅させられているのよ」

ジュンの言葉をムネタケが否定する。

「つまり、現在の我々の位置でも向こう側からは攻撃可能、ってわけだ」

デルタはとんでもないことを事も無げに言う。

「そんな大事な事、早く言ってくださいよ!!」

さすがにそのユリカの言葉ももっともだった。

「まあそう言うな、今回の作戦自体は悪くなかったんだ。ただ……」

「敵の移動能力が盲点、だったんですね」

「ま、そういうことだ」

ルリの言葉に頷くデルタ。

実際、今回の作戦はナナフシが従来の位置にあってこそ成立するものだったのだ。

移動可能、というデータがこれまでなかった以上、こればかりはどうしようもない。

「とにかく、空からエステバリスを向かわせても同じ、ってわけですね」

今までの話をまとめると、ジュンの言う通りだった。

「経済的な面を考えると……頭が痛い」

「パイロットは痛いじゃすみませんよ?」

「全くだ」

プロスペクターの言葉に対するエリナの突っ込みに、ゴートが同意する。

確かに、今は経済どころか命が危うい。

「むう……空からも駄目かぁ」

「どうしたもんかねぇ」

立案担当のユリカとデルタが悩んでいると……

『ナナフシがマイクロブラックホールの精製にかかる時間は12時間』

突然、イネスがブリッジに通信を送ってきた。

『17時に攻撃を受けたから、次の攻撃までには少なくとも明朝5時。

 ぐずぐずしていられないわ。今すぐにでもエステバリス隊を――――』

「は、はいはい。貴重なご意見どうも〜!!」

いつもの如く説明が長くなりそうだったので、慌てて通信を切るユリカ。

「制限時間ができましたね」

「困ったもんだ」

その横ではデルタとルリが、全然困ってない様子で呟いていた。

 

 

 

「作戦を改めて説明する」

格納庫に集められたアキト達パイロットに向かってデルタは話し始めた。

「今回、ナデシコがこのような状況なので

 我々エステバリス隊が単独で行動、ナナフシ破壊の任務を請け負う事になった。

 まあ、楽な事はできないってことだな」

溜息をつきながら肩を落とす。

その様子は本当に残念そうだった。

「具体的な策としては、砲戦フレーム2機をもってナナフシに突貫をしかけることになる。

 他4機のエステバリスは陸戦フレームそれぞれ2機ずつのチームに分かれて

 砲戦エステを護衛、余裕があるならナナフシ攻撃に参加、と、

 まあ大体こんなところだ」

面々の正面に表示されたモニターに、ナナフシに至るまでのコースが

事細かに書かれていた。

そこに表示されている道は全て陸路である。

「砲戦が2機で、陸戦が4機ってことは……あれ?」

ふと、ヒカルが不思議に思ったのか疑問を口にした。

「おい?アンタは出撃しないのかよ」

リョーコもその事に気付いたらしい。

出撃するのは6機。パイロットの数は7人。

つまり、デルタが残るということなのだ。

「出撃したいのは山々なんだがな」

「残念だが、残っているエステは6機しかねえんだよ」

「セイヤさん?」

デルタの背後から現れたウリバタケに驚くアキト。

「本当なら、この任務が終わった際の補給で私のエステが補充されるはずだったんだが、

 まあ結果はこの通りだ。今回は君達に頼るほかないんだよ」

「はあ、成る程」

「団子、食う、行動……たんど、く、こうどう……クックックッ」

一瞬、イズミのギャグかどうかも判断しがたい言葉に格納庫中が冷めかけたが

全く意に介さない様子でデルタだけが話を進めた。

「敵の通信傍受を最低限に抑えるため、ナデシコからの指揮、というわけにもいかないから

 今回、チームリーダーはアカツキ君に勤めてもらう」

「そう?じゃ、みんなよろしく〜」

「何だ、俺じゃないのかよ」

ヤマダが何か不満そうだったが、あまり気にしない。

「アカツキ君に砲戦を頼むとして、もう一機は……アキト君に頼もう」

「え?」

急に話を振られたからか、アキトは少し驚いたようだった。

「俺っすか?」

「ああ、この中で1番経験が浅いのは君だからな。護衛の任務は何かと弊害があろう。

 その分、砲戦は撃つだけだから安心だ」

「まあ、そういうことなら」

少し納得しがたいものがあるようだったが、一応承諾してくれたようだ。

「よし、作戦開始は1時間後。各員、準備に入れ」

「「「「「「了解」」」」」」

 

こうして――

エステバリス隊のナナフシ攻略作戦が始まった。

 

 

 

「……で、この有様は何なんだ」

「新手のコスプレかね?」

デルタやゴート達がブリッジに戻ってくると、何故かナデシコのブリッジクルーは

旧態依然とした軍服に身を包んでいた。

それに反するナデシコの最新式の外観も加わって何とも言えない雰囲気をかもし出している。

「はい、ウリバタケさんがこれを着たほうが作戦司令部らしいって」

「コレクションから持ってきたそうです」

何故か口で「びしっ」といいながら敬礼するユリカ達。

それを見て、エリナが何故かうっとりとしている。

プロスペクターは頭を抱えていたが。

「まあいい。イネス、そっちの状況は?」

デルタがコミュニケでそう話しかけると、ブリッジに研究室の光景が大きく映し出された。

『今、観測衛星から送られてきている最新データを解析中よ。

 結果が出るのにはまだちょっと時間がかかるわね』

「そか、頑張れよ」

『どうも』

通信を終えると、未だにユリカ達は敬礼をしたポーズのまま固まっていた。

「エステバリス隊、ナデシコのエネルギー供給範囲内より離脱します」

「……」

「……、何ですか?デルタさん」

「いや、何で一人だけ武者の格好してんのかなって思って」

少しの間、沈黙。

「あの〜、もしかして本当は嫌だったりする?」

その様子を見たジュンが、恐る恐る声をかけた。

「いえ、大人ですから」

ただ、ルリはそう応えた。

(……で、結局どうしてなんだ?)

 

 

 

「メグミ君、ちょっといいかな?」

「はい、何でしょう」

デルタは何となく暇そうに通信士の席に座っていたメグミに話しかけた。

「補給物資を載せた輸送部隊が今どこまで来ているか調べてくれないかな?」

「はい、わかりました。ルリちゃん、座標の特定お願い」

「了解」

――――で、数分後。

「座標出ました。ナナフシの後方、約18000」

「ナデシコのちょうど反対側ですな」

プロスペクターがそう呟く。

「通信、繋ぎますか?」

「ん、そうだな。繋いで」

その言葉の後、ブリッジの正面モニターに女性の顔が大きく映し出された。

おそらくは輸送部隊の通信士だろう。

ナデシコの制服とは違って連合軍の軍服を着ている。

『こちら連合宇宙軍第34輸送部隊です』

「ようカタシロ、元気か?」

『中佐?』

デルタの顔を見た輸送部隊の通信士はあからさまに驚いた様子だった。

『ナデシコに乗ってるのってやっぱり中佐だったんですか』

「?、どういう意味だ」

『あんなものを使おうと考えるのって中佐ぐらいですから』

「そりゃどうも」

どうやらデルタと相手の通信士は知り合いらしい。

様子を見る限り、軍にいたころの上官と部下というところだろうか。

「そっちの様子はどうだ?」

『どうも何も、ナナフシがいるから迂闊に動けない状況です。

 とりあえず、そちらの動きに合わせてはいますが』

「ふむ、助かる。また何かあったら連絡する」

『どうも』

通信が途切れる。

「お知り合いだったんですか?」

メグミが先程から聞きたかったことを口にする。

「ああ、昔ちょっと世話になってな」

ただ、デルタはそう答えた。

 

 

 

ブリッジは騒然とした雰囲気に包まれた。

作戦行動中のエステバリス隊から『敵襲』の知らせが入ったのだ。

『おう、そういうわけで、敵さんの映像送るぜ』

リョーコのその言葉とともにブリッジに映し出されたものは――――

『車を洗う……それは洗車。クックックッ……』

「「戦車?」」

見慣れないものだからか、ユリカ、ジュンの若輩士官コンビは不思議そうな声を上げた。

「君達の世代では知らないのも無理はないが、二世代前の陸戦主力兵器だ」

『そう、ハイカラに言えばHMV!!』

ゴートの説明に、通信でウリバタケがいらん解説を加えた。

「成る程……戦車で地上の守りとは考えたわね」

「現地調達、有効利用、敵も経済的な戦いをする。我々も見習いたいものですなあ」

ムネタケ、プロスペクターがそれぞれの意見を述べる。

「いくら旧式とはいえ、数が揃えば脅威に値する」

ゴートの言葉を聞いて、デルタがエステバリス隊に通信を送る。

「こちらデルタ。エステ全機に通達。

 戦車とまともにやりあうな。無駄弾を使うだけだぞ」

だが、返事をするアカツキの声は渋いものだった。

『あ〜、すいません。もう遅いかと』

「?」

『テンカワ君が暴走を』

「は?」

『うりゃああああああああああっ!!』

アカツキ機から送られてきた映像は、見境無しに戦車に弾を撃ちまくるテンカワ機と

それを必死に抑えようとしているヤマダ機が映っていた。

「……あの馬鹿」

「馬鹿ばっか」

デルタとルリが同時に溜息をつくと、その直後にイネスから通信が入った。

『艦長、悪い知らせよ』

「はい?」

『予定より早いけど……ナナフシが動き出したわ』

「へっ?」

大ピンチだった。

 

 

 

『前回の攻撃は宇宙に飛び出してから自然蒸発したので被害は最小限で済んだけど

 今回は間違いなく、大気中で蒸発するわ。

 最悪、ナデシコごと消滅ってことも有り得るわね』

事実、ブラックホールが大気中で蒸発すると、その程度じゃあ済まないのだが。

「その根拠は?」

『敵も馬鹿じゃあないからよ』

デルタの問いに、不敵な笑みを浮かべて答えるイネス。

「アカツキ君、作戦パターンはAからDへ移行」

即座に作戦の変更をエステバリス隊に伝える。

『了解』

「アキト君、落ち着いたかね?」

『……はい』

そしてアカツキ機とテンカワ機は、消費した分のバッテリーを他の4機から受け取り

単独でナナフシへと向かって行った。

「オモイカネ、作戦の成功確率は?」

<現時点では48、45%>

5割を切っていた。

(仕方あるまい……背に腹は変えられん)

そう心の中で考え、行動する。

「こちらナデシコ。カタシロ、聞こえるか?」

『こちら第34輸送部隊。何ですか、中佐』

「ナナフシが動き出した。標的はナデシコにロックされている。そっちは安全だ。

 だから全速力でナナフシ方面にむかってくれ」

『は?』

突拍子も無い言葉に目を丸くする通信士。

「何をするつもりですか、先輩?」

ゴートも不思議そうに問いかけてくる。

だが長年の付き合いからか、相手の通信士はそれ以上詮索せずに『了解』とだけ答えた。

「さてと、艦長。私は少しここを離れる」

「はあ、で、どちらに?」

「後で分かる。で、これだけは言っておこう」

「?」

何だろう、ときょとんとした顔をするユリカ。

当然周りの人間も聞いているわけで、なんとなくブリッジ内は静かになる。

「信じろ。それが君の仕事だ」

……沈黙。

デルタの言葉をここにいる誰もが聞いていた。

しばらくして、ユリカが口を開く。

「何か久しぶりですね。教授の口からその言葉を聞くのって」

「……そうだったか?」

「そうですよ」

さも懐かしそうに語り合う二人。

「で、やっぱり返事もいつもの通りか?」

「はい!!」

ユリカははっきりと、いつもの元気な、底抜けに明るい声で答えた。

 

「そんなの、当たり前じゃないですか!!」

 

 

 

 

 

「くそっ、あそこで無駄弾を使っていなければ!!」

アキトは後悔していた。

自分が意地を張ったばかりに、テンカワ機に積まれていた

残りの弾薬全てをもってしてもナナフシはその活動を止めようとはしなかったのだ。

(このままじゃあ、ナデシコが……!!)

そう思った時、

『ほ〜ら言わんこっちゃない。だから言ったでしょう、無駄弾を使っちゃ駄目だって!!』

後方で、敵の巨大戦車を足止めしていたアカツキ達が合流した。

全弾発射するアカツキの砲戦フレーム。

『何……!?』

「そんな……」

しかし、それだけの攻撃をもってしても、ナナフシは止まらなかった。

徐々に拡大されるナナフシの重力波反応。

万事窮す。

その場にいる誰もがそう思った時……。

 

 

ナナフシに、隕石が、落ちた。

 

「「「「「「……は?」」」」」」

 

 

正確には『隕石のような何か』だったのだが、その場にいる面々には隕石にしか見えなかった。

しかし、記憶に思い当たるものがあったのか、リョーコ、ヒカル、イズミの3名が

「あ!」と声を上げた。

「え、何々?」

『どうしたんだ?これは一体……』

『ゲキガンガーでも来たってのか?」

状況が掴めていない男衆はうろたえるばかりだったが、その隕石らしきものの

おかげでナナフシが活動を停止している事に気付き、胸を撫で下ろした。

『で、スバル君。結局これは何なんだい?』

当然の質問を投げかけるアカツキ。

それに答えるリョーコは少し不満そうだった。

『教官だよ。あいつのエステだ』

『デルタ指揮官の?』

『ああ』

一番良い所持っていきやがって、とリョーコは毒づいたが

その顔はどこか晴れ晴れとしたものも含んでいた。

 

 

 

身を起こす。

機体はほとんどナナフシの上部にめりこんでいたがそこは耐久力抜群のこの機体。

どこにも異常は見られなかった。

「さてと……ちょいと無理したかな。腹減った」

コックピットに座っているデルタはいつもの私服のままだった。

「帰ったら、ホウメイさんの料理でも、たらふく食うとしますかね」

そうひとりごちて、機体を地表に下ろした。

 

 

 

(どういうこと……)

エリナは困惑していた。

いつも、全く反応を示さない計器の反応が、つい数分前に

突然反応をみせたのだ。

その対象は……『ボソン』

(いったい今、ナデシコで何が起こったっていうの?)

思わず、身体に鳥肌が走る。

それはけして、恐怖から来るものなどではなく……。

(面白いわ……この艦)

研究者としての、高揚からくるものだった。

 

 

 

 

 

ナナフシから一機のエステバリスが降り立つ。

その姿は紅い。

スバル機も赤いが、それとはまた色合いが全く違う。

『赤』ではない『紅』。

むしろ『黒』に近いその色は、まるで――――。

 

 

 

……血の色だった。

 

 

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

 

あとがき

 

久方ぶりです。えでんです。

個人的な用事があり、いろいろとゴタゴタとしてて今まで書く暇がなかったんですが

ようやく第12話をお送りする事ができました。

気が付いたら1ヶ月以上も過ぎてたんですね〜。反省。

待っていてくれた人達には本当に申し訳ないです。

だから、というわけではないですが、今回はちょいと長めになっております。

 

で、内容について。

予告通り、今回はナナフシです。

新たな主人公、デルタ=フレサンジュはどないでしょうか?

前回の後書きである程度プロフィールを載せましたが

誤解があるようなので注意。

あくまでも『自称』29歳なんです。

イネスの父親(義理ですが)で20代のわけないですから。

本当の歳?……聞かないお約束です。

ちなみに今作品では、イネス=フレサンジュという名は

『本名』では無いということにしています。

『イネス』は原作上そのままですが、『フレサンジュ』というのはデルタがイネスを

引き取った際に与えた仮の家名、ということにしています。

覚えといて下さいまし。

 

そして、久しぶりに登場の女医シノハラ=カザミ。

このキャラ、デルタとのからみを増やすつもりです。

まあ、どう転ぶかはまだ分かりませんが。

 

変わって世間話。

そろそろ冬こみが近いですね。

自分も行く気ではいたんですが、何か最近不穏になっております。

大丈夫かなぁ……。

そういえば、自分はまだ同人とは縁の無い生活を送っているんですが

小説とかを書いている同人誌もあるんだそうで。

……この『TIME DIVER』も、製本して同人誌にしたら少しは売れるんだろうか?

そんなことを何となく考えたりしてます。

不毛ですなぁ。

 

 

 

それでは今回はこんなところで。

次回はオモイカネ話。

今回はルリの出番少なかったけど、次回は多いっすよ〜。

ではでは。

 

                         H13、12、15

 

 

 

 

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