「火星熱圏内、相転移エンジン、反応下がりま〜す」

ミナトさんの言葉と共に、ナデシコは火星の大気圏へと侵入を始めた。

「ん……何あれ?」

メグミさんが不思議そうに言ったのは、空の彼方に見えるキラキラと輝くモノのこと。

「ナノマシンの集合体だな」

「なの?」

ゴートさんが指摘するも、メグミさんは『ナノマシン』という言葉自体の知識が

無いようでした。首を傾げてます。

「ナノマシン。小さな自己増殖機械の呼称。

 火星の大気組成を地球の環境に近づける為に、ナノマシンを使ったんですね」

「ご名答、よくできました」

私が詳細を説明すると、何故かカイトさんに誉められました。

「ふ〜ん」

「そう、今でもああして、常に大気の状態を一定に保つと共に人体に有害な

 宇宙放射線を防いでいるのです。その恩恵を受けるものがいなくなっても……」

プロスペクターさんの言葉には、どこか懐かしそうな響きを感じた。

「ナノマシン第1層、通過」

私の声。

ほどなくして、ナデシコが少しづつ振動を始める。

これが火星での、地球で言う『大気圏突入』に近いものになります。

「……って、そんなのナデシコの中に入って大丈夫なんですか?」

メグミさんの心配そうな言葉。

確かに今、ナデシコの内部には、少しずつですがナノマシンが入りこんでいます。

「心配ないですよ。火星ではみんな、その空気を吸って生きていましたから」

「そうそう、基本的に無害です。おトイレで出ちゃいます」

カイトさんと艦長が順に説明する。

でも、おトイレって……。

「艦長、下品です」

「あ……いけない」

そう言って、少し顔を赤らめる艦長。

「そうか。艦長もカイトさんも、生まれは火星でしたなあ」

思い出したようにプロスペクターさんが言う。

あ、そういえばそうだったっけ。

テンカワさんも火星生まれだって言ってたし。その幼馴染ってことは……。

火星の事に詳しいのも、納得です。

「……そうなんだ」

私の横で小さく、メグミさんがぽつりと呟いた。

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

               第8話

             悪夢の『欠片』

 

 

 

 

「グラビティブラスト、スタンバイ!!」

今更だけど、こういう時の艦長の声はいつもよりもよく通る。

「いいけど……どうせなら宇宙で使えばよかったのに」

ミナトさんの言葉ももっとも。ナデシコに使われている相転移エンジンは宇宙ならともかく

大気圏内だと、主砲の撃てる臨界反応になるまでに時間がかかってしまうんです。

「前にカイトが言った通り、地上に第2陣がいるはずです。包囲される前に、撃破します!!」

確かに、宇宙からグラビティブラストを撃ってもさすがに地表までは届かない。

いつもながら、艦長の考えは筋が通っていた。

(これで、普段がまともだったらね)

ふと、そんなことを考えた。

「艦首、敵へ向けてください」

命令通り、艦首を地表へと向けるナデシコ。

当然ながら、既に火星圏内。もう重力が働いているので、前方に微かにGがかかる。

まあ、普段から艦内は格納庫等の外に繋がる区画を除いて重力制御されてますから

ブリッジへの直接の影響は少ないです。

「あ、格納庫の重力制御忘れてた」

「え?」

カイトさんがそう呟くと同時に、格納庫にいたらしいテンカワさん達から苦情が入る。

『『『こらあ!!ちゃんと重力制御しろー!!』』』

「あはははは、御免。すっかり忘れてた」

……あっちは「忘れてた」じゃすまない状態になってるっぽいですが……。

 

 

 

「て――っ!!」

発射と、共に歪む空間。そして無数の爆発。

地表に展開していた木星蜥蜴の第2陣は、母艦であるチューリップごと

最大出力のグラビティブラストの1発で完全に消滅した。

「敵影消滅。周囲30キロ圏内に木星蜥蜴の反応無し」

「相転移エンジン好調。運行に問題はないな」

私とカイトさんが、続けざまに状況を伝える。

こうして、無事にナデシコは火星へと到着した。

 

 

 

「これより揚陸艇『ひなぎく』にて地上に降りる」

フクベ提督がみんなに向けて言う。

ちなみに『ひなぎく』っていうのは、ナデシコ底部にとりつけられている小型艇のこと。

脱出艇として使うのが本来の用途らしいですけど、ナデシコでは行けないような場所を

移動するときなどに利用される事もあるらしいです。

しかも、ナデシコとは完全に独立した構造になっていて、相転移エンジンを搭載。

それ単体でも長時間の航行が可能となっています。

ミニナデシコって言ってもいいかもしれません。武装はないけど。

「しかし、何処に向かいますか?

 軌道上から見る限り、生き残っているコロニーは無さそうですが……」

アオイさんが口篭もりながら言う。

確かに、宇宙から見た火星のコロニーは、その全てが廃墟となっているように見えた。

「まずは、オリンポス山の研究施設に向かいます」

プロスペクターさんが答える。

「ネルガルの?」

「はい。我が社の研究所は一種のシェルターになっていましてね。

 一番生存確率が高いものですから……」

足下の映像がその研究所を映し出す。

他の建物と比べると、確かに損傷が少なく見えた。

「では、地上班メンバーを選出する」

「あ……あのっ!」

ゴートさんが名前を読み上げようとしたところを、テンカワさんが止めた。

「すいません、エステ貸してほしいんですけど」

「なんだと?」

訝しげに言うゴートさん。

テンカワさんは尚も続ける。

「ユートピアコロニーを……見に……」

「生まれ故郷の?」

艦長が付け加える。

確かにユートピアコロニー跡はここからそう離れてはいない。

充分にエステバリスで行ける距離……だけど……。

「あそこにはもう……何もありませんよ。チューリップの勢力圏です」

プロスペクターさんの言葉の通り、第1次火星会戦での被害によって

ユートピアコロニーは完全に廃墟となっている。

いや、『廃墟』というよりも『荒野』と言ったほうが近いかもしれない。

それほどの惨状だった。

「わかってます!!けど……ただ、見ておきたいんです!!」

「だから……」

尚も食い下がるテンカワさんをアオイさんがなだめる。

その時、

「行きたまえ」

「「「ええっ!?」」」

突然、フクベ提督がそう言った。

「し、しかし……」

「確かにお飾りだが、戦闘指揮権は私にあるはずだね。ゴート君。

 故郷を見る権利は誰にでもある。それが若者なら、尚更」

「は、はあ。提督がそう仰られるのなら……」

こうなると、ゴートさんも頷かざるをえない。

上官には絶対服従。

軍隊経験のあるゴートさんには、それが自然なことみたいです。

「あ、ありがとうございます!!」

テンカワさんが嬉しそうに頭を下げた。

 

 

 

それから約30分後。

「ひなぎく、行くよっ!!」

リョ―コさんの威勢の良い声が響く。

地上班のメンバーは、プロスペクターさんにゴートさん。

リョーコさん、ヒカルさん。そして、私。

あ、プロスペクターさんの勧めで、私も研究所に同行することになりました。

「カイトさん、しばらくオモイカネをよろしくお願いします」

私が通信でそう言うと、カイトさんはすまなそうな顔をして言った。

「ごめん、俺もちょっと野暮用でナデシコを空けるんだ」

「そうなんですか?」

「……ああ。まあ、別に何をするわけでもないからオモイカネに任せても大丈夫だろ」

「……それもそうですね。お気をつけて」

「ああ、そっちもな」

そして、通信を切る。

(野暮用?)

ふと、そのことが気になったが、教えてくれなかったということは

伝えたくないこと又は必要の無いこと、ということなのだろうと自分で結論付けて納得させる。

そんなことを考えていたせいか、私はカイトさんとの会話の中の

ふとした『違和感』に気付くのに、少しの時間がかかってしまった。

それが『何』なのかまではわからなかったけれども。

 

 

 

「ん……?」

テンカワ機の出撃の準備をしていたひとりの整備員がふと顔を上げると

カタパルトへ向かうテンカワ機・砲戦フレームの後ろを、一人の女性クルーが

追いかけているのを見つけ、慌てた。

「な、何するんだ!?あ、危ないよぉっ!!」

そう叫んだが、女性は止まらない。

制服の色からすると、ブリッジ用員のひとだろうか?

その人は、器用にテンカワ機に取りつくと

まだ開きっぱなしのコクピット部へとよじのぼっていった。

 

「アキトさん」

「へ?」

コクピットのコンソールで、始めて乗る砲戦フレームの調整をしていたアキトは

突然、真横から声を掛けられて振り向いた。

「メグミ……さん?」

そこにいたのは、ナデシコの通信士、メグミ=レイナードだった。

「あのう、私も一緒に行っちゃいけませんか?」

メグミからの突然の提案。

「え、何で」

『故郷を見に行く』という理由があるアキトと違って、

メグミにはコロニー跡地に行く理由が無い。

それに、確かメグミは地球生まれ。

知る限りでは、まったく理由は見当たらなかった。

けど、そんな考えもお構いなしに、メグミはあっさりと言ってのけた。

「故郷、見たいな」

 

「それ一人乗りだぞ!?」

再びコクピットに呼びかけるが、既にハッチを閉じてしまったらしく

中の者には聞こえていないようだった。

「なんで……何であいつばっかりなんだ!!ああん!?」

するといきなり、肩を怒らせて近づいてきたウリバタケ班長に襟首を掴まれてしまう。

「し、知りませんよ!!ほら、ああいう奴ほど意外と」

「うがあああああ〜!!悔しいぃ〜!!」

本音を言ったつもりだったが、火に油を注いでしまったようだった。

「あああああ、班長!!エ、エステの後ろに誰かが乗ってます!!」

「ああ!?また女の子か!!また女の子なのか!?くっそおおおおおお!!」

「班長、聞いてますか!?聞いてませんね!?」

「だあああああああ!!俺ももててええええええ!!」

「だ、誰か助けてえ!!」

そんな惨状はおかまいなしに、テンカワ機はさっさと発進して行った。

 

 

 

「うわ〜あ、気持ち良い〜!!」

「……」

メグミは今、走行しているエステバリスのコクピット上部から顔をだして

正面から風を受けていた。

ちなみに、エステバリスは一人乗り。

だから今、メグミはコクピットの背もたれに足を引っ掛けるようにして立っているのであり

当然、その下にはエステを操縦しながら顔を真っ赤にしているアキトがいた。

何故顔を赤くしているのか?

それは……。

「アキトさんが住んでたところって遠いんですか?」

「え、ってうわっ!?」

呼びかけられて、つい上を向きそうになり、慌てて止める。

ナデシコの女性クルーの制服は、基本的にスカートになっており(パイロットは別)

もちろん、今のメグミもスカートだ。

つまり位置的にアキトが上を向くと、その中が見えてしまうわけで……。

「……」

嬉しいような辛いような、複雑な気分だった。

 

 

 

「問題ですよね!?」

「……」

不満そうな声を隠そうともせずに呟くユリカ。

だが、それに応えるものもいない。

「ねえ!?」

その視線の先には、空席になっている通信士の席。

いくら天然のユリカでも、その席にいるはずの者が何処に行ったのかぐらいは予想がついた。

「いいんじゃないですか?敵さん来ないし。通信士ぐらいいなくっても」

「そ、それはそうだけど……う〜……」

ミナトに指摘されて反論もできず、ただただ唸るだけのユリカ。

(……って、敵が出ないんだったら私がいる必要も……無い?)

突然そうひらめく。

即断即決。さっそく実行する為に席を立った、が……。

「どちらへ、艦長?」

「へ?」

速攻でフクベ提督に見つかってしまう。

(こうなったら……作戦その2!!)

「あ〜……あ!!そうだ、ジュン君!!」

「何?」

副長の席にいたジュンに声を掛ける。

「艦長代理やっといてくんない?」

「だ、だめだよそんなの」

「ちぇ〜……」

作戦その2、失敗。

さすがに人の良いジュンでも、好きな女が他人とのドライブに行くのを手伝うはずがなかった。

(う……じゃあ、その3!!)

「カイト!!私の代わりに艦長やっといてくれない……ってあれ?」

声をかけた先には、だれもいなかった。

「カイト君ならさっき出かけたわよ。用がある、って言って」

「ええ〜っ!!」

その3、沈没。

というか、企画崩れだったが。

(むむ……ならばその4!!)

「あ、じゃあじゃあ、ここは一発オモイカネに頼んじゃおう。

 世界初のコンピューター艦長。よっ、カッコイイ。ひゅーひゅー」

<拒否>

<ダメ>

<NO>

<反対>

<否>

<×>

オモイカネの拒否のメッセージが、ユリカを囲むように無数に現れる。

「あ〜、もう。艦長命令でーす。誰か艦長やりなさ〜いっ!!」

そう叫ぶが、当然誰も応えなかった。

 

 

 

あっという間に到着したオリンポス山の研究所。

ネルガルが自慢するだけあって、あの戦火の中では見事なぐらいに残ってはいたけど……。

「ダメね。もう何ヶ月も人の気配が無いって感じ」

研究所の中はリョーコさんの言う通り、そこらじゅうに埃がかぶっていて

どう考えても人がいるようには見えなかった。

「当然といえばそうですけど……コンピューターシステムも動きません」

私がそう言うと、探索をしていたリョーコさん達がっくりと肩を落とすのが見える。

「やっぱ、とっくに逃げ出したんじゃないんですかあ?」

ヒカルさんの意見はあくまでも希望的観測だけれどもそういう可能性も一応は、ある。

ただ、わざわざ安全な場所から戦場へと向かうような人がいれば、だけど。

「だいたいさあ、こんな辺境で何研究してたわけ?」

「ナデシコですよ」

「「はい!?」」

リョーコさんが何ともなしに呟いた言葉に、

さっきからデスクの上の資料を漁っていたプロスペクターさんがポン、と答えた。

予想もしていなかった言葉に、素っ頓狂な声を出すリョーコさんとヒカルさん。

「ご覧になりますか?ナデシコの『はじまり』を……」

 

 

 

なんとか生き残っていた動力を利用して、地下に繋がるエレベーターを動かす。

しばらくの後、最下層へと到着し、ゆっくりと重々しい扉が開く。

その動きに合わせるようにゆっくりと、プロスペクターさんは語り出した

「火星に入植してから10年と申しますから……そうですなあ、

 今から30年ほど前になりますか。『これ』が発見されたのは……」

完全に扉が開き、前方の光景が徐々にはっきりとしてくる。

「「「……!?」」」

その光景に、私やリョーコさん、ヒカルさんは思わず息を飲む。

だって、これは……。

「チューリップかよ……これ……?」

リョーコさんが茫然と呟く。

損傷が激しく、あまり原型をとどめてはいなかったかれど

『それ』は間違い無く、私達が木星蜥蜴の母艦と認識している『チュ−リップ』だった。

「詳しい事は話せませんが、これが発見された事によりネルガルは急遽、火星に向けて

 スタッフを派遣。現地のスタッフと共に、これの解析を始めました」

「その結果がナデシコ、ですか?」

「その通りです」

プロスペクターさんは、私の答えに満足そうに頷く。

「プロフェッサー・デルタを中心とし、フレサンジュ博士やテンカワ博士。

 その他にも多くの優秀な科学者が『これ』の解析を進めていくうちに

 その、驚くべきオーバーテクノロジーに気付きました。

 それを少しずつながらも紐解いていき、その恩恵を得てネルガルはアジアの大企業へと

 発展し、やがて民間企業でありながらも、戦艦1隻を建造できるまでに

 至った、というわけです。その集大成ともいえるものが、ナデシコというわけですな」

「テンカワ……博士?」

私が不思議そうに言うと、プロスペクターさんはすぐに

「テンカワ=アキト君のお父上ですよ」

と、教えてくれた。

意外な繋がり。

テンカワさんがナデシコに乗る事になったのは偶然じゃない、ってことなんだろうか。

「今となってはその科学者達も無事ではいないでしょうが

 彼等の意思がナデシコに受け継がれていると思うと、

 何か不思議な縁というものを感じざるをえないですなあ……」

感慨深げに言うプロスペクターさん。

私達は何も答えることができず、ただただ黙って、物言わぬチューリップを見上げていた。

 

 

 

「……」

アキトは足下に落ちていた、ぼろぼろになった軍用のヘルメットを拾い上げた。

(ほんとに……なんにも残ってないんだな……)

周りを見回す。

そこには、通ってきた荒野とほとんど変わらない光景が広がっている。

ようやく着いたユートピアコロニー跡地には、本当に何も残されてはいなかった。

ここが、自分の『故郷』だと言われても、なにかピンとこない。

目の前には、大きなクレーターと、その中心に突き刺さっているチューリップ。

これだけが、記憶の中の光景と変わってはいなかった。

「あの……聞いてもいいですか?」

「ん」

さっきから、周りを物珍しそうに眺めていたメグミがこちらに向き直ってそう言う。

「艦長の家と、仲、良かったんですか?」

「ああ……」

そのことか、と思い納得する。

「向こうは家系軍人で、こっちはただの学者だったし」

大して親同士が仲が良い、というわけではなかった。

「でも、子供なら関係ないですよね、そんなの」

「そう……だね」

確かに、そんな大人の事情なんか関係無く、家が近いというだけで

自分とユリカ、そしてカイトは当然のように仲がよくなっていった。

「大抵は、ユリカが無茶をやって、その後始末を俺とカイトがやるって感じだったんだけど

 ……それでも、子供心には楽しかったんだ」

「……」

メグミは黙ってこちらの話に耳を傾けている。

「そんなある日さ、たまたまカイトが熱を出して……ユリカと二人で遊びに言った時……」

「?」

そこまで言って、視界の隅に倒れているクレーン車に目をやる。

「……」

 

 

 

『いけないんだぞユリカ、そんなことしたら!!』

クレーン車に乗ろうとするユリカを咎める自分。

『大丈夫だよぉ!いけぇ!はっし〜ん!!』

そんなこともおかまいなしに、シートに座って遊び始めるユリカ。

 

そして、突然起動し、暴走を始めるクレーン車。

 

『うわあああああん!!』

『どうしたんだよ!?……くそう!!』

なんとか座席部分によじのぼり、車を止めようとする自分。

けど、IFSでの操作が普通である火星では、例えまぐれであっても

子供がどうにかできるものではない。

奮闘空しく、クレーン車は尚も暴走を続ける。

 

 

 

「……結局、マシンを動かしたのは俺のせいになっちゃったけど

 それは別に、ただマシンをコントロールできなかった俺が悔しくて……」

右手をかざして、その甲を見る。

そこには、銀色に輝く、IFSの紋様。

「それで、こいつをつけちゃったのかな……」

後悔をしているわけではない。

でも、地球での生活で、これが一番の弊害になっていたことも事実だった。

「コックさんは」

「へ?」

突然、話を変えられて返事に窮する。

「なんでコックさんになったんですか?」

「ああ、それは……」

 

「火星のメシがまずいから、だってさ」

 

答えようとすると、いきなり予想外の場所から先に言われてしまった。

「「え?」」

驚いて振り向いた先には、当然のような顔をしてカイトが立っていた。

「いつの間に……」

「エステの背中にへばりついてたんだよ。気付かなかったのか?」

「メグミちゃん?」

隣で呆然としているメグミに尋ねるが、黙って首を横に振るだけだった。

どうやらこっちも気付かなかったらしい。

「……まあ、いいけどな。んで、さっきの話の続きだけど……」

そう言って、足下の土を少しだけすくいあげるカイト。

「見てみなよ」

言われた通り、その土を覗きこむメグミ。

「うえぇっ……」

そこには、数匹の、白い、小さなイモムシみたいなモノがうごめいていた。

「……ってこれってなんなの?」

「ナノマシンさ」

「ナノマシン……って、さっきのお空に浮かんでた、あれ?」

「そ」

楽しそうに言うカイトを見ながら、話を引き継ぐ。

「そいつらのおかげで、空気はまともになったけど……土まで良くなる

 わきゃないしさ。野菜、まずいんだ」

「本当に。地球で出すと社会問題になるくらい」

「それはおおげさだけど……」

カイトの冗談に苦笑いしながらも、話を続ける。

「でも、コックさんの手にかかれば美味しくなる。……なんか、魔法みたいで。それで……」

「それで、僕もコックさんになるぞ、ですか?」

メグミの言葉に、顔を少し赤くしながらも頷く。

「うん、まあ……」

「あはっ、可愛い♪」

「か、かわ?」

想像もしなかった返事に、すこしたじろぐ。

「可愛い、なんてもんじゃないですよメグミさん。

 実験台にされつづけた俺の立場になってもくださいよ」

カイトが疲れたように抗議する。

「カイト君が味見してたの?」

「ええ、家が近かったんで仕方が無く」

「よく言うよ。料理作るたびに何かと理由つけてウチに遊びに来たくせに」

「食費が浮くからそれはそれで良し!!」

「威張って言う事じゃないんじゃ……」

メグミが苦笑いをするが、カイトは自分の持論を曲げる気はないらしい。

「でも……今はパイロットなんですね?」

「え、ああ、まあ……」

同意を求めたつもりだったらしいが、何故か口篭もってしまうアキト。

「ごめん。なんか中途半端だよね、どれも……」

若干、気を落とした声で言う。

その姿を見てか、突然メグミが立ちあがった。

「そんなことないです!!アキトさん、頑張ってますよ!!」

「メグミ……ちゃん?」

「自信持ってくださいよ。ナデシコがここまで来れたのも、アキトさんのおかげ

 じゃないですか」

「そうそう。アキトは自分の力を過小評価しすぎなんじゃないか?」

「カイトまで……そんなことは無いよ。俺は……」

 

そこまで言った直後、突然足下が揺れ始める。

「な、なんだ、地震か!?」

「え、え、何?」

突然の出来事に慌てふためくアキトとメグミ。

だが、そんな二人に反して、カイトは凄く落ち着いた様子で地面を見ていた。

「な、何が起こってるんだカイト!?」

「ん、ああ……多分なあ……」

溜め息をつきながら話すカイト。

「「何!?」」

「さっき、メグミさんが立ちあがったショックで、真下の地盤が崩れて」

「「……」」

「陥没するんじゃないかと」

「「早く言えよ!!(言ってくださいよ!!)」」

後の祭。

3人は穴の開いた地面に、まっさかさまに落ちていった。

 

 

 

「いつつつつつ……」

「大丈夫ですか、メグミさん?」

他の二人とは違って、ちゃっかりと自分は上手く着地をしている。

「うんカイト君。なんとか……って、アキトさんは?」

「下」

そういって、メグミの下を指す。

「え?って……きゃあああ、アキトさん!?」

アキトはメグミの尻の下敷きになっていた。

「お、重……」

何気なく、失礼なことを言ってる気もするが……。

(さてと……ここはどこだ……?)

上を見ると、そう高くから落ちたわけではないらしい。

辺りを見ると鉄製の廊下に『2−B区画』の文字。

どうやらここは、ユートピアコロニーのシェルターらしかった。

その時、

 

「ようこそ火星へ」

 

「「「!?」」」

突然、背後から声をかけられて振り向く。

そこには、身体をマントのようなもので包んだ、一人の女性が立っていた。

(……!!!!、この、ひとは……)

「あんた、一体誰だ……?」

アキトが呆然とつぶやく。ちなみに、まだメグミの尻の下で。

「歓迎すべきか、せざるべきか……。何はともあれ、コーヒーぐらいはご馳走しよう……」

その女性は、目もとのバイザーを光らせながら、怪しく呟く。

(生きて……、生きていてくれたのか……)

だが、カイトはその言葉は耳に入らず、ただそんなことだけを考えていた――――。

 

 

 

 

「つまり……とっとと帰れと、そういうことかな?」

フクベ提督が、多少、不満気な声で言った。

「ええ、『私達』は火星に残ります」

だが、それをものともせずに『火星都市の生き残り』の代表である女の人はそう言った。

研究所での探索を終えて、私達はテンカワさんが生き残りを見つけたと言う

ユートピアコロニー跡地へとナデシコで来ていた。

けど、その助けられるべき人達の代表のこの言葉。

普通、困惑します。

「第一……助けに来たとか言っといて戦艦一隻だなんて、ほんとにおめでたい人達ね」

その言葉に、珍しくゴートさんが口をはさんだ。

「お言葉だがレディ。我々は木星蜥蜴との戦闘には常に勝利してきた。

 だから、我々は今までとは―――――」

「何が違う。相転移エンジンか?それともグラビティブラスト?」

「な……」

驚くゴートさん。でも、それは当然の事。

まさか、火星にいる人がナデシコの事を知っているはずがないから。

「あなたは……ドクター・フレサンジュ!?」

突然、プロスペクターさんが声を上げた。

あれ?

フレサンジュ、って確か……さっき聞いた……

「ディストーション・フィールドとグラビティブラストの開発者?」

「あら、よく知ってたわね、おちびちゃん。私が、イネス=フレサンジュよ」

……おちびちゃん……。

「と、いうことは……ネルガルの人?」

「ええ、そうよ。ナデシコの基本設計をして、地球に送り出したのは私達。

 だから、私には分かる……」

そこまで言って、イネスと名乗った人はさらに語気を強めた。

「この艦では、木星蜥蜴には勝てない!!そんな艦に乗る気にはなれないわ!!」

「だけどよぉ、俺達は現に!!」

尚も食い下がろうとするヤマダさんを突き放すように、イネスさんは続ける。

「いいこと?貴方達は木星蜥蜴について何を知ってるというの。

 あれだけの高度な無人兵器がどうして創られたか、目的は、火星を占拠した理由は?」

「信じてくれないんですか!!俺達を!!」

さすがに耐え兼ねたのか、テンカワさんが叫ぶ。

けど、イネスさんはその言葉をも、あっさりと受け流す。

「君の心、解説してあげようか」

……このひと、まさか説明好き?

「少しばかり戦いに勝って、可愛い女の子とデートして、俺はなんでもできる……」

「なっ!?」

「若いってだけでなんでもできると思ったら大間違いよ。

 誰でも英雄になれるわけじゃ――――」

「フレサンジュさん!!」

艦長の声。

無言で、イネスさんのほうを見てます。

けど、イネスさんも怯まずに、ただ見つめ返す。

そんな沈黙が続く中に……

「……当の敵さんのお出まし、か」

「敵襲!!」

敵は現れた。

 

 

 

「大型戦艦5、小型戦艦30」

「後方40キロにもチューリップの姿を確認!!」

私とカイトさんの声が響く。

「グラビティブラスト、フルパワー!!」

「了解、グラビティブラスト・フルパワーOK」

艦長の号令に、ミナトさんが復唱する。

「てーっ!!」

掛け声と共に発射されるナデシコのグラビティブラスト。

真っ直ぐに空間を裂き、敵艦隊へと突き刺さる。

これで終わるはずだった。……今までは。

「やった!!……って、ええ〜っ!?」

「グラビティブラストを……持ちこたえた!?」

呆然と呟く艦長。

グラビティブラストは敵艦隊に直撃したものの、その数を減らせてはいなかった。

「敵もディストーションフィールドを使用している。お互い、一撃必殺とはいかないわね」

「40キロ前方、敵チューリップより敵戦艦、尚も増大中」

イネスさんの言葉に、私の声が重なる。

ブリッジのスクリーンには、チューリップの中から続々と敵戦艦が出現する様が

映し出されている。

「なっ、なによあれ?何であんなに入ってるの?」

愕然、といったかんじでミナトさんが言う。

「入ってるんじゃない、出てくるのよ。途切れる事無く。

 あの沢山の戦艦は、きっとどこか、別の宇宙から送り込まれてくるのよ」

別の宇宙から……?

けど、考える暇も無く敵はどんどん迫ってくる。

「敵、尚も増大中!!姉さんっ!!」

「敵のフィールドも無敵ではない。連続攻撃だ!!」

「はっ、はい!グラビティーブラスト、スタンバイ!!」

カイトさんとゴートさんの声で我に帰った艦長が、続けてグラビティブラストの発射を促す。

が……。

「む、無理よ!」

「え!?」

「無理よ、ここは真空ではないから。

 グラビティーブラストを連射するには相転移エンジンの反応が悪すぎる」

私が話す前に、イネスさんが艦長にむかって説明した。

「どうするよ……?」

「私達が出ても……ひき肉にされちゃうよねぇ」

リョーコさんとヒカルさんの言葉は、もうエステバリス程度の戦力ではどうにも

ならないことを示していた。

「ディストーションフィールド!!」

「まて!」

艦長の言葉を、イネスさんが慌てて止めた。続けてメグミさんも。

「待って!!今フィールドを発生させたら、艦の真下の地面が沈んじゃうじゃないですか!!

 そこには、イネスさんの仲間が!!生き残りの人達がいるんです!」

その言葉を聞いてから、さすがの艦長も焦りを隠せなくなってきていた。

「た、直ちにフィールドを張りつつ上昇!!」

「ゴメン!一度着陸しちゃった以上、離陸にはちょっと時間がかかるの!」

ミナトさんがすまなそうに言う。

「敵艦、上方に周り込みつつあります」

「……!!」

「チューリップからも……、尚も敵艦増大中!!」

「フィールドを張るか、敵の攻撃をこのまま受けるか……?」

イネスさんの提示した2つしか、選択肢は無い。

でも、フィールドを張ったら、まず下にいる人達は助からない。

とはいえ、あれだけの敵艦隊の攻撃を、フィールド無しで受け止めて

ナデシコが無事でいられるとはとうてい考えられなかった。

「アキトさん、約束したんです!!

 絶対に助けるって、絶対に連れて帰るって、皆に約束したんですよ!!」

メグミさんの叫び。

「アキト……」

艦長の呟き。

テンカワさんは無言で、何か覚悟を決めた眼差しで、艦長を見つめていた。

「「「「「……」」」」」

他の皆も、黙って艦長の指示を待つ。

 

『……オモイカネ、フィールド展開』

<了解>

 

(……!?)

唐突に、おそらくオモイカネと繋がっている私だけに聞こえた、オモイカネと、誰かの声。

空耳かと思って横を見ると……。

(カイトさん……?)

カイトさんが、唇をかみ締めて、IFSのパネルに、手をついていた。

その直後、艦長が口を開く。

「―――――――――――――――――」

 

 

 

展開する、ナデシコのディストーションフィールド。

その重力波の煽りを受け、陥没する地面。

降り注ぐ、光の雨にも見える、敵艦隊の砲撃。

いくつかの攻撃が、フィールドを貫いて、ナデシコに被弾する。

 

 

 

「フィールドを張っていなくてもこの砲撃……

 どちらにしても、木星蜥蜴が火星に攻めてきたあの日……、

 あのときから既に、私達の運命は決まっていたのかもしれない……」

イネスさんが淡々と、呟く。

正面のモニターには、展開したディストーションフィールドに弾かれた敵の攻撃が

今も雨のように降り注いでいた。

「まあ、どちらにせよ……あなたたちは英雄にはなれなかった、というわけね」

ワタシタチハ、エイユウニハ、ナレナカッタ……。

「……うっ!!!!!」

艦長が突然、口元を押さえる。

「砲撃がやんだら、フィールドをはりつつ後退してください……

 それから……それから……――――――」

 

 

 

しばらくの後、艦長はアオイさんの勧めでしばらく休むように言われ

それに従って、素直にブリッジを出て行った。

「……くそ……」

それに続くように、カイトさんも、顔をうなだれたまま、静かにブリッジを後にした。

 

 

 

「ミナトさん」

「なぁに、ルリルリ?」

「ちょっと、後よろしくお願いします」

「……わかった。……カイト君をよろしくね」

「……はい」

 

 

 

「カイトさん」

「…………ん、何?」

私は、休憩室にうなだれたまま座り込んでいるカイトさんに声をかけた。

「何で、艦長に言われるより先に……フィールドを展開したんですか?」

「……見てたのか」

「はい」

そう聞くと、カイトさんは顔に自嘲の笑みを浮かべる。

「……間違ってると、思うかい?」

「……いえ、あの方法以外に、道はありませんでした」

「そうか……」

「……」

「そうだと、いいんだけどね……」

 

 

 

「寒いな」

 

 

「そう、ですね」

 

 

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

 

あとがき

 

はうあっ、長えし!!

やっぱり、あの話を1話分に詰め込むのはちょっと無理があったかもしれません。

書きたかったところもけっこう省いてるし……。

まあ、それだけ書きがいがあったのは確かです。

存分に読んでください。っていうか読め(笑)。

 

次回は、ナデシコ脱出。老兵はただ、去りゆくのみ……。

そして、彼の、決断の日。

多分、次回もかなり長くなります。

ではでは〜。

 

                             H13、9、30

 

 

SSトップに戻る HPに戻る