「どもども、お仕事ご苦労様」

「ん?」

木連軍の下士官である黒岩直樹少尉は業務中、不意に子供に声をかけられ顔を上げた。

 

彼の仕事は佐官クラスの仕官への来客の案内や、情報の提示。

言うなら会社の受付のような役割である。

それ故に、来客も多種多様。子供に声をかけられるということも別段珍しいことではない。

(実際、優人部隊の白鳥少佐の妹も何度か訪れている)

 

しかし、さすがに今回は目を剥いた。

それもそうだろう。なぜなら――――目の前の子供は

自分の『上官』である証、木連の精鋭部隊・優人部隊の軍服を着ていたのだから。

「あのさ、ちょっと白鳥少佐に伝言を頼みたいんだけど」

その『上官』――徽章によると大尉――の少年は、まるで同年代の友人にでも

話しかけるようにそう言った。

木連では珍しい――というか、殆ど見る事の無い銀髪をしている。

と、黒岩少尉はその時、先日同僚と交わしたある会話を思い出していた。

 

 

 

『おい知ってるか直樹?最近、中将自らが優人部隊に抜擢した奴がいるらしいぜ』

『ああ、聞いた聞いた。なんでも史上最年少だって?』

『そうそう、まだ外見15にも満たない子供だと。

 まあ、といっても技術士官って話だけどな』

『へええ。となると、いわゆる天才ってやつか。凄い話もあったもんだなぁ』

『まあな。けど、これでまた我らの勝利に近づいたってわけだ――――』

 

 

 

(成る程、この少年が……)

おそらくその噂の『天才』なのだろう。少尉はそう納得した。するしかなかった。

となると、子供とはいえ目の前にいるのは大尉、上官だ。

木連の軍人たるもの、敬意を払って与えられた業務をこなさなければならない。

……正直、抵抗が全く無いわけではなかったが。

手元の端末からてきぱきとデータベースを開き、佐官のスケジュールを調べる。

「白鳥少佐なら部屋のほうにおられますが……」

「いや、ちょっと事情があってね。直接は会えないんだ。

 それに伝言って言っても、この手紙渡すだけでいいから。はいこれ」

そう言い、少年は茶封筒を一通渡してきた。

どうやら中に便箋が一枚入っているようだ。

「はあ、了解しました」

深く詮索はせずにそれを受け取る。

優人部隊の士官がやることだ。もしかしたら、公にはできない機密事項なのかもしれない。

「んじゃ、確かに渡したから。よっろしっくね〜!!」

それを終えると、少年は外の方へ元気よく駆け出していった。

(……?)

 

 

 

数分後。

「……黒岩君」

「?ああ、これは白鳥少佐。業務、ご苦労様です」

再び自分の仕事に戻っていた黒岩少尉の前に今度は当の白鳥少佐が姿を現した。

何故かキョロキョロと、妙に辺りを気にしている。

「いや敬礼はいい。それよりこの辺りに中学生くらいの子供が来なかったか?」

「子供、ですか」

そう聞かれると、思い当たるのは先刻の少年。

「はい来られましたよ。優人部隊の制服を着た方、ですよね」

「何!?それで、どこに行った!?」
すると突然、白鳥少佐はかなり切羽詰った様子で黒岩少尉を問い詰めた。
「い、いや……あいにく行き先までは……

 ああ、その方から白鳥少佐へ言付けを預かっておりますが」

「何、言付け?」

先ほど少年から預かった手紙を白鳥少佐に手渡す。

どうやら封はしていなかったらしく、少佐はその場ですぐにその中身を読み始める。

と、みるみるうちに少佐の顔が青く(赤くも見える)なっていくのが見て取れた。

 

「だああああああああっ!!

 彼はどうしてこう、人の話を聞かないんだああああっ!!」

 

「し、白鳥少佐!?」

突然叫び、そして走り去る白鳥少佐。

何となく泣いていたようにも見えた。

目の前の光景に、さすがに黒岩少尉も呆然としてしまう。

(あの冷静沈着な少佐があれほど取り乱すとは……あの手紙には一体何が!?)

そう気になっていると、偶然その手紙の内容が目に入ってしまった。

――どうやら少佐が落としていったらしい。

そこには、妙に達筆な毛筆で

『明日の仕込みがあるので早退します』

と書かれていた。

 

 

 

「……仕込み?」

 

 

 

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

              外伝 第4話   

            Who are 『You』?

 

 

 

 

 

 

いつもなら何の気兼ねも無く(当たり前だが)通る、自宅玄関の前。

そこでその家の住人の一人、白鳥ユキナは呆然と立ち止まっていた。

理由?

聞くまでも無い。

目の前、糸に吊るされた『縫い針』が揺れている。

視線が糸を辿って上へと向く。

「……」

自分の家、その2階の窓から『釣り竿』が伸びていた。

 

 

「何してんのよあんたは……」

「おう、ユッキー。おかえんなさい」

案の定、件の窓がある部屋には先日からこの家に居座っている

奇妙な居候――ミカヅチの姿があった。

その手には窓に伸びた釣り竿らしきもの。多分それで合ってる。

このコロニー内に釣りのできる場所は存在しないのでユキナ自身、写真ぐらいでしか

『釣り竿』を見た事が無かったのだが、形状などからして他に判断の仕様が無かった。

違うのなら何だというのだ。

「いやな、ちょいと気分転換に釣りなんぞをやってみようかなと思ったんだけど」

「家の2階から縫い針垂らして一体何を釣る気なのよアンタは」

そんな思惑とはかけ離れた返事を返す居候にユキナもさすがにげんなりする。

「むう、昔の資料に考え事をする時はこれが良いと描いてあったんだが」

「仕事はどうしたのよ?」

「ああ、今日は売れ行き好調でね。昼時のラッシュで完売したから早引きしたんだ」

さすがに飽きたのか、リールを巻いて糸を戻しながらミカヅチが言う。

「あ、そう」

ユキナは改めて、この家の新たな住人となったこの男に貸し与えられた

部屋を見渡してみた。

(何か変なもの持ち込んでいないでしょうね……爆弾とか)

帰ってみたら家が在りませんでした、では困る。

といっても物という物は殆ど無く、ただ中央に大きめな折りたたみ式の

机がひとつあるだけなのだが。

が、その机の上にはこれまた個性的なものが揃っていた。

 

近所の銀行の名前が書かれたボールペン。

(これって持って帰っちゃいけないはずじゃあ……)

 

何だか妙にデジタルな腕時計。

(何か未来映画に出てきそうなデザインね……)

 

超合金・ゲキガンガー人形。

(そういえば以前、お兄ちゃんが欲しがっていたっけ?)

 

『人を脱力させる108の方法』という本。

(………こいつは……)

 

調理油。

(確か今日は特売日だったわね……)

 

妙なカタツムリのようなものが大きく、そして細かく描かれた紙。

(うげ、気持ち悪い)

 

誰かの結婚式の招待状。

(……って誰のこれ?知らない名前……)

 

何も書かれていない、小さなお守り。

(中に紙が入ってる。まあ、当然か)

 

和同開珎。

(……は?)

 

「って、どこから揃えてくんのよこんなもの……」

「探せばあるところにはあるもんだよユッキー。成せば成る、ってね」

何故か遠い目をするミカヅチ。

「いや、全然納得できないんだけど……」

いや、まずそれ以前にこの男の存在自体が納得できないのだが。

ユキナは何となく、この男が正式に居候する事になった

10日前(ああ、もうそんなに経ったのか)の出来事を思い出していた。

 

 

 

「というわけで宜しく」

「え?」

「今日から家に居候する事になったミカヅチ君だ。まあ、仲良くなユキナ」

「は?」

「部屋は…昨日使わせてもらった部屋で?」

「何が?」

「うん、ああ、そうだな。そうしてもらえるかな」

「ちょっと?」

「分かりました。んじゃあお邪魔します、っと」

「もしも〜し」

 

 

 

「……何でいきなり殴られてるのかな、僕は」

まあ、片手で受け止めてはいたが。

「いや、思い出してたら妙に頭にきちゃって」

「さいですか」

「どうでもいいけど、まだ私はあんたの事認めたわけじゃないからね」

拳を突き出したままの体勢でユキナが呟く。

「はっはっは、嫌でも認めさせてやろう。そのうちな」

これまたその拳を受け止めた体勢のままミカヅチが言い返す。

どうでもいいが、聞き方次第では非常に危ない発言にもとれる。もちろん違うが。

「うふふふふふふふふふ」

「はははははははははは」

夕暮れ(コロニーの照明効果)に染まった部屋で2人の不気味な笑いが響いていた。

 

「……2人とも何をしているんだ?」

そして、その光景に息を呑む青年(言うまでも無く九十九)がひとり。

 

 

 

 

 

 

翌日、軍施設 白鳥九十九少佐の執務室。

「九十九ぉぉっ!!」

「元一郎?」

朝早く、息を上げながら部屋に押しかけてきたのは

昨日まで近隣のコロニーの視察に出ていた月臣元一郎だった。

「聞いたぞ!あの地球人を居候させているそうじゃないか!?」

「馬鹿!!……声が大きい!!」

慌てて元一郎の口を塞ごうとする九十九。

ミカヅチが実は『地球側の人間』であることは、一部の人間だけの極秘情報なのだ。

が、それでも元一郎は止まらない。

「……とにかく確認するぞ。その話は本当か!?」

「ああ、ま、まあそうだが」

元一郎の気迫に少々気圧されながらも答える。

「何を考えているのだ!!よりにもよって地球人を匿うなどと!!」

「しかし……彼はまだ子供だろう」

「そ、それはそうだが……」

木連男児の心構えの一つに『女・子供には誠実であれ』というものがある。

いくら怨敵である地球人であってもそれは変わらない。

当然のことながら軍のエリートである元一郎にとって「それ」は絶対規則であり

本能のレベルで刷り込まれているといっても過言ではない。

「それにこれは中将殿直々の決定だ。我々が口出しできることでもないだろう」

「くっ……しかし!!話に聞くと奴は与えられた業務もこなさずに

 遊び呆けているという話ではないか!!」

根が真面目な元一郎としては、それでも納得がいかないものがあるのだろう。

あくまでも彼、いや木連にとって地球人⇒敵でしかないのだ。

もっともそれは九十九にとっても同じだったのだが――――彼に会うまでは。

「まあ、私もそう思っていたんだが、な」

重要書類の棚に保管しておいたある『紙』を取り出す。

「これを見てみろ、元一郎」

「ん?」

受け取り、

「……これは!?」

「小型のブラックホールを単独で生成し、それを撃ち出す。

 ……いわゆる試作型・重力波レールガン、その設計図だ。サイズは少々大きいようだが」

「これを……あの子供が!?」

「ああ、今朝預かった」

事実、今日の朝に出掛けようとしたときに屋台を引いたミカヅチから

「これ、あげます」と言われて受け取ったものなのだ。(そしてその直後に逃げられた)

「……にわかには信じられんな。使えるのか、これは?」

元々は『敵』だった者が設計したものだ。納得できないのも分かる。

だが、九十九はその言葉を肯定した。

「一見して妙なところは見当たらない。充分実現可能だろうな。

 一応、今から開発部の人達に確認を取るつもりだが」

「む、むむ……」

さすがにこれには二の句が告げられない元一郎。

しっかりとやるべきことをされては文句の言い様が無いのだった。

(お……おのれ……)

 

 

 

 

 

 

その頃、ミカヅチはある扉の前にいた。

軍施設内。その扉には『機密区画 関係者以外の立ち入りを禁ず』という無骨な文字。

何となく基地内を散歩していたらこんなところに行き着いてしまったのだ。

(禁ず、って……そんなこと言われたらなあ)

躊躇いも無くその扉を開ける。

「あれ?」

あっさりと開く。鍵はかかっていなかったようだ。

(……ま、いいか)

不用心だな、とは思ったが、この場合は自分にとって都合がいいので

気にしないことにする。

「人の本能って怖いよね」

何気にそう呟き、口笛を吹きながら奥へと進んだ。

 

 

 

「で、まあこうなることも予測はしていたわけだが」

迷子になった。

「……なんでやねん」

 

 

 

「あれえ……?確かにこっちに道があったと思うんだけどな……」

再び行き止まりに来てしまい、ミカヅチは何度目かのため息をついた。

もしかしたら防犯対策の為、わざと迷いやすいように設計してあるのかもしれない。

「……別に迷子の自分を正当化してるわけじゃないよ?いや、ほんとに」

誰とも無く呟いて、来た道を引き返す。

かれこれ1時間ほどこうしてさまよっていた。

(エレベーターで地下に降りたとこまでは覚えてるんだけどな……)

そこから先がどうもわからない。

同じような風景がありすぎるのだ。

もっとも、コロニー内の施設で『地下』というのも変な気がしたが。

 

 

誰?

 

 

「ん?」

不意に、誰かに呼ばれたような気がして振り返る。

が、そこには誰もいない。

(……空耳って感じじゃ無かったな。むしろ今のは頭に直接――――)

 

 

あなたは、誰?

 

 

「……」

再び、声。

今度は間違いなかった。

「精神感応……か?チャンネルが大雑把で聞き取りにくいが……」

こんな事をしてくる相手を自分は2人しか知らない。

そして、1人はこの近辺にはいない。少なくともこの『領域』には。

と、なると

「ああ……そうか。『ここ』の、君か」

呟き、微笑む。

その笑顔は、求め続けていた半身を見つけたかのように、優しい。

「こんなところにいたんだ」

 

 

あなたは…

 

 

ミカヅチのその言葉に応えるように、再び声が響く。

もっともこちらはただの独り言なので相手に聞こえたわけではないのだろうが。

「呼んでるのかな……案内してくれるかい?」

 

 

私は、ここにいる

 

 

「そうかい。有難う」

そう応えて、再び歩き出す。

今までとは違い、明確な目的地を持って。

(大丈夫、すぐに会えるよ)

今度はしっかりと相手に返事を返す。すると、その相手も心なしか安心したようだった。

 

 

――君は、僕の知る君ではないのだろうけれど。

 

 

 

 

 

 

最後の扉を抜けると、一見して雰囲気が変わったことが見て取れる。

「……」

あちらこちらに設置された中身の無い巨大なカプセル。おそらくは、培養が目的の。

数あるその中から、ある一点だけを目指して歩を進める。

途中、駐在していたらしい一人の研究員に止められた。

「おや、君は誰だね?ここは機密区画だ。関係者以外立ち――――」

「はい邪魔」

どすっ

「がっ!?」

その男はこちらに何かを言おうとしていたらしい。

が、アウト・オブ・眼中なので首筋に一発、手刀を喰らわせて黙らせる。

その一撃で「山崎」と書かれた名札をつけた研究員は倒れ付した。

そして、

その背後に位置する培養カプセルの中。

 

『跳躍試験体 試作第一号』

 

そして

 

『跳躍試験体 試作第二号』

 

そこに、彼女と、彼は、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女は目覚める。

 

 

生まれて始めての、清々しいと表現できる目覚め。

 

 

「おはようございます。――――あなたは、誰ですか」

 

 

けれど、いつもの目覚めとは違う。研究員達が一人もいない。

あの、自分を『モノ』としか見ないヒトタチが。

 

 

目の前には見知らぬ少年。

 

 

彼女は、他人との必要以上のコミュニケーションを取ることを良しとされない。

――予定されている任務に支障をきたしてしまう恐れがあるから。

 

 

けど、この時、何故か彼女は自分からの接触を図った。

理由は、分からない。

ただ、そうしたいという『気持ち』があった。

疑問。

 

 

 

そして、少年の口が開かれる。

 

 

 

「おはよう、イツキ」

「……イツキ、とは?」

「君の名前だよ、イツキ=カザマ。それが君が君である証だ」

「イツキ……カザマ」

「気に入った?そうなら嬉しいんだけどね」

「あなたは?」

「ん」

「あなたの名は?」

「僕は、ミカヅチ。ミカヅチ=カザマだ。少なくとも今はね。

 みかちゃんと呼んでくれて結構」

「呼びません、多分」

「……そうか」

ひどく残念そうな顔。でも、本当にそうは呼びたくない。何故だろうか?

「お隣さんはまだ眠っているようだね」

「お隣……?」

彼の視線を追って横を向く。そこには私がいるのと同じ型の培養ポッド。

そして、その中には私の半身。

私自身ともいえる存在が眠っている。

「まあいいさ、時間はあるんだしね。けど、君にだけでも先に頼んでおこうかな」

「頼み?」

「ああ、そうだよ。強制はしない。これは『お願い』だ。

 するかしないかは君が決めていい」

「それは……」

ハジメテノ、ことだ。

自分で自分を決めるなどという、コトハ。

「そのお願い、っていうのはね」

 

その後。

その問いに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとつの『存在』、その救済を、手伝ってほしいんだ」

 

 

いったい、私は何と答えたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

 

あとがき

 

外伝第4話をお送りしました。

 

今回とうとう登場したナデシコのカイトSSには欠かせない存在、イツキ=カザマ。

彼女を中心にしてこの外伝は動いています。多分。

そして、その隣にいる謎の存在。

彼女は『自らの半身』と言っていましたが、その意は読者様に伝わったでしょうか?

まあ、SS版をやった人なら解ると思いますが……。

その通りです。でも『彼』のはずがないんです。

でないと、ある人物像それ自体が矛盾してしまいますから。

『矛盾』

この言葉が「TIME DIVER」という物語全体のテーマであるかもしれません。

 

 

……なんて、それっぽいことを言ってみたり。

まあ、大方は間違っていないとは思いますが、また所々で変わってくるかもしれないです。

それも文章力の稚拙さゆえに……精進します、はい。

 

では今回はこの辺で。

次は―――次も外伝かもしれません。

まあ、わかりませんけど。リクエストがあれば目次ページからのメールでどうぞ。

そろそろ何か別作品のSSも書いてみたいなぁ……。

 

 

 

                         H14、9、10 

 

 

 

 

 

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