「あ〜もう〜!!」

少女は走っていた。

降りしきる雨の中、傘もささずに住宅街を走り抜ける。

途中、すれちがう通行人の目が少し痛かった。

「迂闊だったわ……こんな日に限って傘を忘れるなんて……」

そう、すっかり失念してしまっていたのだ。

今日が『雨の日』だということを。

おとといの夜までは完全に覚えてたというのに!!

「とにかくダァ〜ッシュ!!」

およそ年頃の女の子らしからぬ雄叫びをあげながら尚も走りつづける。

脚力には少し自信があるのだった。

 

 

 

「到着っ……っていってもこんだけ濡れちゃったら意味無いじゃない!!ぶう!!」

ボリュームの大きい独り言を言う少女は和風の佇まいをした玄関の前で

さながら動物のように頭をぶんぶんと振り、髪にまとわりついた水滴を払っていた。

「どうせお兄ちゃんもまだ帰ってきてないんだろうし……って、何あれ?」

目に入ったのは本当に偶然だった。

首を振った拍子に目線が家の軒先へと向いたのだが、そこに異質な『もの』があった。

いや、ものというよりは……

「人?」

何でこんなところに人がいるのか?

しかも、何でその人影は地べたにうずくまっていて動く気配を見せないのか?。

っていうかこれは不法侵入じゃないのか?

つまり、あれは犯罪者?言い方を変えれば悪者?

いろんな疑問が少女の頭の中を横切ったが、することは決まっていた。

(直接確かめる)

普通の女の子なら気味悪がって近寄ることもしないのだろうが、

そんな様子は少しも見せずにずんずんとその怪しい人影に近づいていく。

こういう神経の座ったところが彼女の彼女たる所以であろう。

物好き、と友人には言われていたが。

「ちょっとあんた」

声をかける。

どうやら意識はあるらしく、その声に反応した人影が、伏せていた顔を上げる。

男……らしい。というよりは少年か。お、結構美形。

まあ、お兄ちゃんほどじゃないけど。

元一郎よりは上かも。

うわ……髪の毛が銀色だ。もしかして不良だったりして。

「私の家で一体何してるのよ」

「家?」

何か弱弱しい声だったが、一応返事は返ってきた。

その事に気を良くした少女は話を続ける。

「そう、ここは私の家。軒先。そしてあなたは不法侵入者。犯罪者。変質者。悪者」

ちょっと言いすぎかもしれない。

まあ、気にはしないが。

「あ〜……そうなのか……それはまずいよな」

間延びした声で答えるその不審人物は、ゆっくりと立ち上がり

一言だけ小さな声で「悪かった」と言うと

ふらふらとおぼつかない足取りで、雨の中を傘も差さずに歩き出した。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……で、何で数メートルも進まないうちに倒れるのよ」

「何でだろーねぇ」

自分のことなのに他人事のように話すその不審人物は

再び立ち上がろうとしてまた倒れ、立ち上がろうとしてまた倒れるという行動を

何回か繰り返して――――そして動かなくなった。

「……ちょっと大丈夫?」

「目眩がして、尚且つ体に力が全く入らない状態を大丈夫というのなら大丈夫だと思う」

それは結構ヤバイ状態なのではないか?

ていうか病気?

「救急車――――」

呼んであげようか、と言おうとした少女の言葉は

どこからか不意に発せられた不気味な音にかき消されてしまった。

 

ぐううううううう〜〜〜。

 

「……」

「多分考えている通り、腹の音かと」

「……」

「ええそうです。自分は空腹で動けなかったりするんです」

「……」

「というわけで、何でもいいから食べ物プリーズ」

「……」

「すいません、冗談です。何でもいいから胃に入るものを恵んで下さいませ」

「……」

「いや本当に。このままだったらちょっとヤバ目なんです

明日の朝刊の三面記事を飾るのは確実かと」

「……昨夜の残り物でいいんだったら」

「面目ない」

少女はこの予期せぬ客人に対して、深く深く溜め息をついた。

雨は、まだ降り続いている。

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

              外伝 第2話   

           Falling 『Rain』

 

 

 

 

「ふう、ご馳走さん」

目の前の客人は、お椀の上に丁寧に箸をそろえて置いた後そう言った。

「……まあ、よくも遠慮もせずにこれだけ食べられるものね」

「誉め言葉?」

「違うわよ!!」

和風な佇まいをみせるその部屋の机の上には、何枚ものお皿が重ねられている。

もちろん、その上には何も残されてはいない。全て平らげられてしまったのだ。

この目の前の少年が。

「いやいや、見た目は幼いのに大した料理の腕で」

平らげた張本人はというと、今は落ち着いた様子で食後のお茶を飲んでいた。

「まあそう言われると悪い気はしないけど……ってそうじゃなくて!!」

肝心な事を失念していた少女は、その少年に詰め寄るようにして問いかけた。

「肝心なところをまだ聞いてないわよ。何でウチの軒先で倒れてたのよ?

 っていうかあんた誰?名前は?」

「おお、見てみろよ。茶柱が立ってる。珍しいこともあるもんだ」

「もしかして泥棒とかじゃないでしょうね?だとしたら警察呼ぶわよ」

「しかしいいお茶っ葉使ってるな。玉露か?」

「ひ・と・の・は・な・し・を・き・き・な・さ・い!!」

今にも掴みかかってきそうな少女の気迫に気圧されてか

さすがに少年も話をはぐらかすのをやめ、質問に少しづつ答え始めた。

「分かってる。順を追って説明するって……でも、その前に君の名前は?」

「人に名前を聞く時は自分から名乗りなさい」

むしろ言わないとただじゃおかない、という様子だったが。

「わかった、わかったよ……。俺の名前はミス――――」

「ミス?」

「……」

「…ミス、何よ?」

「み……ミスター・エックス」

「一回死ぬ?」

少女がどこからか持ち出した包丁を見て、さすがに少年も引いた。

「冗談だってば。俺の名前は…カザマ……そう、風間 御雷(カザマ ミカヅチ)だよ」

「ふうん…みかづち、ね……変わった名前」

「そうかな。これでも、一生懸命考えたんだが」

「それって偽名ってことじゃない!!」

「ははははは、嘘だ。冗談」

「……」

「ちなみに『ず』じゃなくて『づ』なのがポイントだ」

「誰も聞いてないわよそんなこと」

「親しみを込めて『みかちゃん』と呼んでくれ」

「却下」

「ノリの悪いやつめ」

ミカヅチと名乗った少年は少し残念そうな顔をしたが、すぐに話を続ける。

「で、君は?」

「……ユキナよ。白鳥 ユキナ」

「へえ、なかなかいい名前じゃないか」

「それはどうも」

良い名前と言われて悪い気はしないのか、少女はちょっと誇らしげに胸を張る。

案外、自分の名前が気に入っているのかもしれない。

「じゃあ、親しみを込めて君のことはユッキーと――」

「呼ばなくていい」

「……そうか」

 

閑話休題。

「話を戻すわよ」

「料理が旨いってところか?」

「違う!戻りすぎ!あんたがあそこにいた理由よ!!」

「あ〜、それか」

「最初っからそれを聞いているんじゃない!!」

「そうだったか?」

そう言うと少年――ミカヅチは腕を組み、真面目な顔をして語り始めた。

「とはいえなあ……直接的な理由といえば、やっぱり輸血だろうか」

「は?ゆ、ゆけつ?」

「うん。多分、前に撃たれた時に輸血をされたんだと思うんだよ。

 おそらくはその時に体内に不純物が混じったからイメージにノイズが入ったんだ」

「ねえ、ちょっと?」

「だもんだから、システムにデータが正確に伝わらなくて

 跳躍に予想以上の負荷がかかっちゃったんだよ。

 まあ、それが主に肉体的負担として発現したんだろうな。

 おかげでこっちに着いた途端に空腹で動けなくなるし、ほら…髪だって色が抜けて

銀色になっちゃってるし」

「もしも〜し」

「まあ、そのおかげで…ようやく鎖が解けたんだからいいとしましょうかね」

「……」

「とにかく、そんな状態の時に雨なんか降ってきちゃったものだから大慌て。

 とっさに屋根のあるところに非難したんだけど、それが限界。

 しばらく意識が朦朧としててさ」

「…」

「とまあ、こちらの事情は大体こんなところだけど――――理解できた?」

「ぷすぷすぷすぷす……」

少女――ユキナは頭から煙を吹いていた。

「まあ、そうだろうけど」

少年の方も確信犯ではあったが。

 

 

「とにかく、事情は解ったわ!!」

「解ったのか?」

さりげなくミカヅチがつっこみを入れるが、ユキナに睨まれてすぐにひっこむ。

「こういう時は解ったことにしておくものなのよ。

 と・に・か・く、あなたは行き倒れで不審人物で大飯食らいで変質者で悪者なのよ」

「最後の2つは断固として違う」

大飯くらいは否定しなかった。

「私がいいって言うまで喋らない!!

 とにかく、以上の観察結果をもって私が導き出した答えは――」

「答えは?」

「ふん縛って軍に突き出す」

「めちゃくちゃ短絡的だな、おい」

しかも警察じゃなくて、わざわざ軍ときたもんだ。

どうしてなのか、ミカヅチは一応ユキナに尋ねてみた。

「ふふん!私のお兄ちゃんは軍の、しかもあの『優人部隊』の一員なのよ!!」

「ゆーじんぶたい?」

「知らないの?木連男児の憧れの的。

軍の中でも実力のある精鋭しか入ることの出来ないという

 正真正銘のエリート部隊よ」

「なるほどねえ」

「ふふん、あんたなんかお兄ちゃんが帰ってきたらギタギタのボッコボコに

 されちゃうんだから」

どうやら、ミカヅチがこの場から逃げ出すという選択肢は無いようだった。

ミカヅチの脳裏にはユキナをそのまま男にしたような青年に

ボコボコにされている自分の姿が浮かぶ。

「君の血縁だからなあ」

「……どういう意味よ」

「いや、思ったままを言っただけだが」

ユキナがちゃぶ台を越えてミカヅチに掴みかかろうとした時

「ただいま〜」と、玄関のほうから若い青年の声が聞こえてくる。

「お兄さんか?」

「そうよ!覚悟しときなさい!!

 あんたなんか簀巻きにして海の底に沈められちゃうんだから!!」

「マジかい」

少しTVの見過ぎだ、とも思ったがあえて口にはしない。

そんな間にユキナは部屋から出て、こちらに向かっているらしい『兄』に

事情(おそらくかなりの脚色が加えられている)を説明しているようだった。

 

 

 

……で、結果はというと。

「行くところが無いんだってね。それなら今日は遠慮しないでウチに泊まっていくといい。

 なに、そんなに狭い家じゃないから客が1人来たところで困りはしないよ」

「すいません、助かります」

「食事はもう…済ませたみたいだね。どうだった?」

「はい、美味しく頂きました。いやはや、お若いのに腕の達者な妹さんで」

「ははは、そうだろう?二親が早くからいないのと私が仕事で忙しいのがあって

 すっかり家事が上手くなったらしくてね。特に料理はいつ嫁に出しても

 おかしくないほどだ。おかげで家ではすっかり頭が上がらなくなってしまったよ」

「「あはははははははは」」

ユキナの兄――九十九というらしい青年と一緒に朗らかに笑うミカヅチ。

すっかり打ち解けていた。

「って違ーう!!」

その光景を呆然と見ていたユキナが思わず叫んだ。

「「何が?」」

それを真顔で返す男2人。

 

つまりはこういう事である。

ユキナは兄である九十九に、ミカヅチのことを『怪しい奴』と

大なり小なり(主に大)の脚色をつけて説明したのだが

九十九の方はその情報から必要なこと――つまり子供(ミカヅチのこと)が空腹で

家の前で行き倒れていたということだけを正確に読み取り

それなら家で休んでいくといい、とミカヅチに提案したのである。

(しかし…兄妹の付き合いの長さがなせる業っていうのかな。

 あれだけの脚色の中からしっかりと事実を把握できるとはなぁ

 エリートっていうのも伊達じゃあ無いみたいだ)

……単に慣れともいうが。

まあ、妹の性格をちゃんと把握していればこそのものではあろうが。

その後もユキナはいろいろと反対していたようだったが、九十九の

「困っている人をみかけたら助ける。人として当然だろう」

という鶴の一声によって、渋々と承諾したのであった。

九十九は「自分は妹には弱い」と言っていたが、どうやらこの少女も兄には弱いらしい。

「まあ、僕も人のことはいえないけどさ」

「?、何か言った?」

「いや何でも」

 

 

 

こうして白鳥家に風のように現れたいかにも怪しげな少年、ミカヅチ。

果たして美少女ユキナは彼の魔手から兄を守りきることができるのだろうか!?

次回、真の黒幕 現る!の巻。

 

「自分で自分を美少女っていうのはどうかと思いますが」

「兄さんもそう思うぞ」

「いちいちうるさいわね……」

 

 

 

 

 

――――――to be continued next stage

 

 

あとがき

 

てなわけで、外伝第2話をお送りします。

本文中ではあえて触れてはいませんが、この話、木連が舞台です。

主人公は……まあ、バレバレですね。名乗ってはいませんが。

 

ところで気づいた方はいますでしょうか?この作品のタイトルに規則性があることを。

まあ、だから何だと言われればそれまでなんですけどね。

つまり……

本編 カイト編 → TV版のナデシコ風

本編 デルタ編 → 二字熟語(?)

外伝 カイト編 → 英単語

 

というわけです、今のところは。本当にどうでもいいんですけどね。

まあ読むときの目安にして頂ければ。

 

 

 

それでは今回はこんなところで。

言うまでもないですが、感想は随時募集中です。

ではでは。

 

 

 

 

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