身近な自然にひそむ危険 〜実例編〜

 恐怖のアニサキス!

 このコンテンツは,「小橋家の自然観察的道楽生活」の,ミラーとなっています。
 (Thanksこばしさん&ボンさん)
 ボンさんからの体験レポートは共通していますが,コメントは別々につけてみました。
 ぜひ,小橋家のコメントもお読みください。

…それでは,実体験レポートを御紹介しましょう。

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 5〜6年前の春先のことでした。夫が会社帰りに生鮮市場に立ち寄って、大好きな魚屋さんへ。「おっ、ソイがある」。ソイは北海道ではメジャーな魚ですが、いつもあるわけではなく、わりと『とっておき』と言うムードのあるちょっとだけお高い魚です。引き締まったプリップリの白身で、刺身、煮付け、揚げ物にもします。「これ、刺身になる?」と聞いたところ、おじさんは人さし指で魚をプニプニして「大丈夫」と言ったので、お造りにしてもらったのでした。

 午後6時。夫は晩酌しながらそのお造りを,午後9時,私は残しておいたソイを肴に熱燗で2〜3杯の日本酒をいただきました。
 午後11時。入浴。顔も洗わず湯船につかって一息。「あれ?お腹がちょっと変?」
 と、思う間もなく胃は激痛へと移り行く。朝から一度も直していないハゲた化粧だけでも落とそうと思うが、もう尋常ではない痛みに耐えられず、裸のびしょぬれのまま這って居間へ。憎しみを込めて雑巾をしぼりあげるような、ペンチでつまみあげられるような、経験したことのない激痛のなかをたださまようだけ。夫の「今、救急車が来たからな」の声にちょっとだけ我に帰り「せめてパンツだけでもはかせて」とお願いしました。

 救急隊の人は、多分セオリー通りだと思うけど「内科ですか婦人科ですか」と聞いてきました。私はなぜかその瞬間に「虫です!!お刺身に!!」と断言。横に乗っていた夫は「まさか〜〜」と言っていました。

 最寄りの総合病院に着きました。
 「たぶん間違いなくアニサキスでしょうけど、今は胃に内容物があるのでカメラを飲めません。明日の朝取りましょう。今晩は、痛み止めの注射をしておいてあげます」と言うようなことを言われて、痛い痛い注射を打たれ、「一泊しますか?」の誘いを断ってタクシーで帰宅。夜中、まだ寒さの厳しい北海道の春、ノーパンのうえにジャージ一枚の私と、パジャマ姿にジャケットを着た夫がタクシーを待つ姿は悲しいものがあったことでしょう。

 注射が効いて、少し眠れた私は約束どおり9時に病院へ。すぐに呼ばれて胃カメラの準備。胃カメラを飲むのは3回目の私ですが、昨夜から疲れ果てており正にまな板の鯉ってな感じで、抵抗する気力もなくすんなりとIN。先生はカメラを覗きながら管をグリグリ回してアニをさがす。「わあ〜〜胃の中血で真っ赤だわ〜〜」などといいながら。そして一匹目をゲット。カメラの管に、先に小さなピンセットが着いているようなのを通し(きっと長いマジックハンド)虫をはさんで取り出すと、50歳くらいの元気の良い看護婦さんが白いガーゼにそれをのせて、青く横たわった私の目の前にグイとさしだして「これこれ!!」と見せてくれました、トホホ。「もう一つ」と、二匹目。もうすでにカメラを入れっぱなしで30分が経っています。苦しい感覚も消えかけて、涙もかれたころ、「もういません、終わりました」の声。長い戦いは終わったのです。看護婦さんが、まだ動いている髪の毛くらいの太さの白いうずまきのモノを小さなびんに入れて「持って帰りますか?」とにこやかに問うので驚いて「いりません」というと向こうも驚いたように「あら、たいていみんなもって帰りますよ〜」と言っていました。気を聞かせ虫をびんに入れてくれた看護婦さん、ごめんなさい私それ全然欲しくないんです。しかし「みんな」とは?そんなにアニを食べる人は多いのか?

会計は、夜間料金と手術料(手術なのか!)などで2万円とちょっとだったと思います。

この時えた知識としましては、

1、アニサキスは胃の中でどんなに長くても4日しか生きていられないから、痛みにたえ抜くことができれば取り出さなくてよい。
2、マイナス20度以下で丸一日冷凍すれば死ぬ。家庭用冷蔵庫はマイナス5度くらいしかないのでダメ。
3、酢でしめても死にません。生きの良いシメサバは危険。
4、釣りたての今まで生きていたような魚のアニサキスは内臓にいるので、お刺身にしてもわりと平気。危険なのは、死んで1〜2日置いて内臓に居たアニが筋肉のほうへ移動してきたもの。しかし、お刺身としてはこちらのほうが美味しい。
5、アニが小腸のほうまで入ってしまった場合は、緊急に開腹手術となる。

私はあまりデリケートな方ではありませんが、その後1年半、アニサキスのいるかも知れないものはひとくちも食べることができませんでした。妹は「一年半で食べられるようになるほうがどうかしてる!」と言いますが。

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 ……アニサキス症の話,多いですね。
 病院に担ぎ込まれた症例だけでも,日本では年間2000件ぐらいあるそうです。

 刺身を食べる習慣がある以上は,生魚からの感染症のリスクは,ゼロにはなりません。そういった意味ではアニサキスなんかも,食習慣に由来する病気だと言えますね。

 アニサキスはもともと,アザラシ,イルカなどの海産哺乳類の寄生虫で,回虫の仲間です。彼らの胃や小腸で成熟したアニサキスは卵を産み,海水中で幼虫になり,オキアミなどの小型甲殻類に取り込まれます。さらにそれを食べた魚類やイカなどのお腹の中で,海獣類に感染する形の幼虫にまで育ちます。アニサキスの感染が確認された魚介類の種類数は多く,なかでも人への感染源となったものとしては,サバ,イワシ,アジ,サケ,スケソウダラ,スルメイカなどが多く,これらの生食が主要な原因となっているようです。また,人の感染とは直接関係ありませんが,魚を食べる野鳥類(トビなどの魚食性猛禽や海鳥,サギなど)にもアニサキス感染例があります。

 アニサキスは魚のどの辺に潜んでいるのか。たいていは,内臓の表面やそれに接する腹壁の内面などにいます。数mmの透明な嚢胞(袋状のもの)に,とぐろを巻いて入っている状態で見つかることが多いと思います。タラコ(スケソウダラの卵嚢)の表面の被膜上に,とぐろを巻いた虫が見つかることもあります。もちろん,白子にも見つかることがありますから,要チェックです。イカの場合も,内臓を引っ張り出すと虫が出てきたり,内臓と接している筋肉面に虫がいることがあります。ところがこの虫は,魚が死ぬと,筋肉内に潜り込んだりします。そうすると,もっとも手近なのは腹部の筋肉。刺身で「トロ」として扱われる部分です。サケの「はらす」も,腹部の筋肉ですから,魚が死んでから時間が経つと,高級な刺身の部分から,リスクが上がるわけです。アニサキスの子虫そのものは,肉眼で見える大きさなので,タラコの表面にいる虫などは,手作業で取り除けば問題ないのですが,筋肉内に潜り込んだ虫を見つけるのは,ちょっと大変です。

 そこで,アニサキスの息の根を止めてしまえば,たとえ虫を食べてしまっても大丈夫。その,いちばん確実な対策は,加熱と冷凍です。加熱の場合,魚の身の奥のほうまで60度以上になるようにします。刺身は加熱できませんから,冷凍します。-20度以下で死にますから,家庭用の冷凍庫(通常,冷凍庫内の温度は-18度を保証)だと,冷却が不十分になる可能性が高いので,刺身に関しては,冷凍品の購入が,もっとも確実です。酢では死にません。しめ鯖を食べる場合,注意が必要です。

 不幸にしてアニサキスに感染した場合,虫は,本来の宿主ではない胃袋に入れられてしまったわけで,より居心地の良い場所を求めて動き出します。そして,胃壁に穴をあけて頭を突っ込みます。このときに激痛が走ります。この状態のときには,胃袋に引っかかっている虫を内視鏡で取り出すことが出来ます。まれに小腸壁に頭を突っ込む虫もいるのですが,これは内視鏡が届かないので,開腹手術しないと取り出せません。
 アニサキスは人のお腹の中では,数日で死んでしまいます。つまり,激痛は1,2日で何とかなってしまう場合が多い。しかし一方で,アニサキスがアレルゲンとなっていると言う研究報告もあり,しめ鯖による蕁麻疹の原因となったアレルゲンが,実はサバではなく,アニサキスの虫体だったと言う話もありますので,取れるものなら虫は取り除いておくほうがいいと思います。アニサキスが延命して消化管を破って徘徊する可能性も,まったくゼロではないと言う話もありますし。

 結論として,魚介類からのアニサキス感染予防のためのチェック事項としては,
・内臓や腹部周辺の筋肉のチェック
・処理方法のチェック(冷凍や加熱は十分か)
・鮮度のチェック(古いと筋肉内に虫が移動している確率が高い)

……こんなところでしょうか。

 参考までに,東北地方では日本海側で水揚げされるマダラ,スケソウ,さけます類などからの感染例が多く,西日本では瀬戸内など,近海で鮮度の高い生のサバから作る寿司やしめ鯖が感染源になりやすい,なんていう話もあります。遠洋ものは冷凍輸送だから,大丈夫なんでしょうかね。


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