「アメリカス・カップ」について。 俺がアメリカス・カップに興味を持ったのは、とある雑誌の記事がきっかけ。
その雑誌には87年のアメリカス・カップの優勝者として、デニス・コナーなるヨットマンが、浅黒く日焼けした丸い顔に無精ひげを携え、満面に笑みを浮かべつつ銀杯を両手に大きく掲げている写真が載っていた。そして、その記事を読み進むうちにいやがおうにも興味をそそられていった。 83年のアメリカス・カップでアメリカは、アメリカス・カップ開催以来132年間保持し続けていたカップを失ったのである。これは海洋王国を自認して憚らないアメリカにとっては屈辱以外の何ものでもなかった。そして、その時のアメリカ艇のスキッパーがデニス・コナーだった。 デニス・コナーは数々のレースで輝かしい成績を残した素晴らしいヨットマンであったが、「ザ・カップ・ルーザー(定冠詞付き!)」という有り難くない称号を張り付けられる。また、所属していたニューヨーク・ヨット・クラブからも追放されてしまう。なにもかもカップを守りきれなかったことに起因する。 そして4年後。彼は再びレースに参加する。今までの防衛する側(ディフェンダー)ではなく挑戦者(チャレンジャー)として。しかも確執の残る古巣のクラブからではなく、自らが会長を勤めるサンディエゴ・ヨット・クラブから参加した。そして彼はやり遂げた。4年前、自ら奪われたカップを自らの手で奪い返したのである。 記者会見の後、チームは艇を、特にキールを公開することにした。レース中、このキールは彼らにとって非常に重要なものであった。それを守るためなら命を賭けてもいいほどだったろう。83年に「オーストラリア2」がウィング・キールを発表したときほどではないにしても、この秘密のキールを見た人たちにとっては大きな感動であったはずだ。なにしろ、キールそのものもさることながら、キール自体に「Budweiser
King of Beer」と書かれていたのだから。
これはどんな意味を持つのかというと、アメリカス・カップクラスのスポーツになると、その宣伝効果は非常に高いものとされる。スポンサーはその出資額に応じてセールなり船体なりに自らのロゴを書くのだが、キールに書くということは、優勝しなければ多くの人たちの目には止まらず、宣伝効果としてはまるで無いことになる。F1に例えるなら、車体の裏にロゴを書くようなものだ。それでも、バドはキールに書いた。デニス・コナーを信じて。ロマンじゃないかぁ〜!これを読んで俺は鳥肌たったね。優勝しなければ宣伝効果は無く、金を無駄にするようなものなのに、あえてそうした。アメリカという国の懐の大きさを知った瞬間だった。 もっとも、カップ奪還が決まった瞬間、スターズ&ストライプス号が揚げたスピンネーカーには、「Bud
King of Beer」の赤い文字が描かれていたが、注目度の高さとしてはキールの方が度肝を抜いたはずである。
|