植物雑記
     vol.3 栽培用土について  '05年02月7日
              ('08/02追記)   



<土か砂か> 
 
 どんな土で植物を育てるか。少しキャリアのある栽培家なら、みな自分なりの経験のなかでそれぞれの植物にフィットした用土の配合を工夫していることと思います。私がサボテン類の栽培をはじめた約30年前から現在までのあいだに、栽培技術は格段に進歩しましたが、そのなかでもっとも重要な技術革新が栽培用土をめぐるものでした。それは、多くの先輩栽培家の研究努力の成果です。以下に、今後のサボテン栽培技術の向上にほんの少しでも貢献できればとの思いで、雑文をしたためる次第です。
 
 サボテンは「砂」で育てるもの…30年くらいまえの常識でした。どの栽培書でも、川砂を主としてこれに腐葉土や蛎殻石灰などを加えたものが標準用土として推奨されていました。この"川砂標準用土"のルーツは、日本サボテン栽培の基礎をつくった津田宗直氏だと言われます。もちろん川砂を基本にした用土がダメというわけではありません。津田氏は砂主体の用土で殆どすべてのサボテンを美しく育てたと語り継がれています。けれどそれは類い希な観察眼、栽培技術があってこそだったのでしょう。いま日本では、大半の栽培家が赤玉土、鹿沼土など「土」を主体にした用土を使っています。かつて実生育成は不可能のように言われていた牡丹類、太平丸などを美しく立派な完成球に育てられるようになった大きな理由は、この「土」の利用と、高温維持が可能なビニールハウスの普及にあると思います。
 では、なぜ土主体の用土が、川砂主体の用土よりも良い成績を生むのでしょうか。それは「土」のほうが「砂」よりも、植物の生育に適した"物理的・化学的条件"を維持管理しやすいことに理由があります。赤玉や鹿沼などはそもそも堆積した古い火山灰であり、多孔質の団粒構造を持っています。このため、水分、肥料分などを吸収し、保持する性質があります。また、土中温度の変化も「砂」の場合より緩やかです。言い換えると、水にしろ肥料にしろ、やりすぎたときは吸収してくれるし、逆に急速に不足することを防いでくれるのです。用土の物理的・化学的性質が、急激な変化を起こしにくいということは、植物の生育、とりわけ鉢植え植物の栽培にはたいへん大きなメリットなのです。
 反対に「砂」の場合はどうか。かつて「砂」が推奨されていた理由は、用土が乾きやすく、根腐れが起きにくいから、というものでした。しかし過湿が起きにくいはその通りですが、適湿の時間も長く続かないため、灌水の間合いは実はかえって難しくなるのです。また「砂」は吸着性が乏しいため、灌水による土中成分の流出が著しくなります。結果、必須肥料分や微量要素が短期間に不足したり用土のpHバランスも変化しやすくなります。つまり用土じたいがもつ「蓄えの幅」が小さいため、管理が難しいのです。昔の本には、春と秋の二回植え替えろ、などと書かれていたものですが、それは前述のように「砂」用土が肥料切れや欠乏症、pHバランスの悪化などを起こしやすいからだったのでしょう。こうした「砂」用土の特徴は、ある意味水耕栽培に似たところがあります。しかし水耕栽培のように計量的な管理を徹底することも難しいため、用土の物理的・化学的条件に許容幅の狭い植物を栽培する場合はたいへん苦労します。そんなわけで、私も栽培場でも、難物サボテンから森林性サボテンまで、用土の基本は「土」です。


<アルカリ性よりも弱酸性>

 サボテン類の栽培で、用土のpH管理はたいへん重要です。pH(水素イオン(H+)の濃度)とは、簡単に言えば溶液の酸・アルカリの度合いをあらわす数値です。pH7をまんなか(中性)に、それより数値が大きくなるほどアルカリ性が強く、また反対に数値が小さくなるほど酸性が強くなります。一般に言って日本の栽培家は用土のpH値に関してものすごくアバウトです。それでも栽培がうまくいくのは、日本のだいたいの地域の土が微酸性であるからです。上に書いた「土」系用土の利点をもうひとつあげるとすれば、それは用土が弱酸性〜中性で安定しやすいということでもあるのです。対して、欧米の栽培家はpH管理に敏感です。大陸には石灰質の土壌を持つ地域が多く、そうした場所の土を使った場合、放っておくと強アルカリの栽培用土になってしまうからでしょう。実際、欧米ではサボテン培養土に酸性が強いピートモスを混ぜることが普通に行われています。日本では考えにくいことです。
 ここまで読んで、サボテンは石灰岩の山に生えているから、強いアルカリ性を好む植物なのではないか?と思われた方も多いかも知れません。それは事実で、北米(アメリカ・メキシコ)産のサボテンの多くは、石灰岩の山に生えています。こうした場所の土壌はpH7.5からときにはpH8を超えるアルカリ性を示すこともあります。このため多くの栽培書には、用土に石灰分を補いアルカリ性を保つよう述べられています。実際、後述の北米難物種のように、高pHを維持しないと根痛みを起こしやすい種類もあります。しかし、南米サボテンのかなりの種類は、反対に酸性〜中性土壌に自生しています。そして栽培下では、南米種はむろん、北米の"石灰岩地サボテン"の大半も、pH6〜7の弱(微)酸性〜中性の間でもっとも順調に生育します。"石灰岩"のイメージから、サボテンならなんでも高pH(アルカリ性)の用土を使えば良い、と言うのは間違いです。自生地では石灰岩に埋もれて育つ牡丹類や太平丸が、なぜ弱酸性の赤玉用土でよく育つのか、その理由を考えてみて下さい。
 多くの植物は、pH6〜7(弱酸性〜中性)の範囲であれば、土壌の化学的バランスについての"許容の幅"が大きくなるのです。たとえアルカリ性に強いサボテンであっても、高pHの栽培環境ではこの"許容の幅"が極端に狭くなるため、コンマ1単位でpH調整が必要になってきます。pH7.5で順調に育っているサボテンも、そこから僅かにアルカリ側に振れただけで成長が止まってしまうことがあります。一方、pH7.5を7.0に変えても、そうした問題はまず起こりません。その理由は、弱酸性〜中性のとき、サボテンの根は大半の必須肥料・微量要素などを満遍なく吸収しますが、アルカリ性(高pH)が強まるほどこれらを吸収しにくくなる傾向があるからです(逆にpH5以下と言った強い酸性でも類似の問題が起きます)。そうした理由で、大半のサボテン類はpH6〜7の環境、すなわち標準的な赤玉土用土で育てるのがベターなのです。また栽培用土に目分量で石灰、石灰石などを加えると、すぐに許容をこえた高pHになってしまうので、酸度調整を行う際もじゅうぶんな注意が必要です。


<植物の種類と用土づくりの実際>

 さて、ここまで書いたように、土をメインにしたpH6〜7の用土が基本ですが、植物によっては若干の例外があります。そのあたりもふまえ、私は3種類の用土を作っています。これにさらに若干の仕様変更を加えることで、ほとんどサボテン、多肉植物を育てています。以下にそのおおまかな配分などを記します。

A『一般サボテン用土』…pH6〜7
小粒赤玉…3 小粒鹿沼…1 微粒軽石…1 Y園ペレット…0.5 
苦土石灰+微粒要素…僅か マグアンプK…僅か  

B『成長旺盛なサボテン・多肉用土』…pH6〜6.5
小粒赤玉…3 小粒鹿沼…1 バーク堆肥(コンポスト)…1  
微粒要素とマグアンプ…僅か  

C『難物サボテン用土』…pH7.5前後 
小粒赤玉…2 小粒軽石…1 セラミック用土(イソライト)…1 微粒砕石…0.5
Y園ペレット…0.3 苦土石灰+微量要素肥料…僅か(標準用土よりアルカリ分強化)
マグアンプK…僅か

(参考)赤玉土…pH6〜7 鹿沼土…pH5.5〜6.5 
    ピートモス(無調整)…pH3.5〜4.5 


   
  『一般サボテン用土』               『難物サボテン用土』  


 上述のA『一般サボテン用土』は、球形サボテン全般に適用できます。多肉植物もおおむねこれで大丈夫です。材料としては、土をやや酸性に振るために鹿沼土(pH6前後)を混ぜていますが、赤玉単用または桐生砂などを代用にすることもあります。遅効生化学肥料のマグアンプKを加えるのは、赤玉土がリン酸を吸着しやすい性質を持っているため、これを補う意味があります。また南米サボテン、コノフィツムの一部などで酸性土壌を好むものについては、さらにピートモス(無調整)などを加えるようにしています。
 B『成長旺盛なサボテン・多肉用土』は、サボテンでは接ぎ台となる柱モノや、リプサリス、ディソカクタスなどの森林原産種に。ユーベルマニアなど強い酸性土壌に産する植物には、この土にピートモスなどを足して使用。多肉でもパキポディウム、ユーフォなどの成長旺盛な塊茎塊根モノや球根、またユリ科全般、ブロメリア等にも使います。こちらも場合によって、バーク、腐葉土などの有機質をさらに増やしたり、pHをさらに下げる場合もあります。
 C『難物サボテン用土』は、主にペディオ・スクレロなどの腐死しやすい難物サボテンのために作っている用土です。北米高山種は、月華玉などをのぞけばみな強アルカリの土壌に自生していて、測定ではpH8を超える場所もあります。そして彼らの栽培が難しい理由は、有機質の多い用土、pH7以下の用土ではすぐに根先が赤くなり、腐ってしまうという点にあります。こうしたことから高pH用土を使いはじめたのです。
 ここでひとつ難しいのが、pH7以上の環境では、多くの必須要素で欠乏障害が起こりやすくなることです。なかでも、ホウ素欠乏(成長点障害)マンガン欠乏(淡緑化)はサボテンでしばしば起こるものです。このため、微妙なpH調整と微量要素の補給が難物栽培には不可欠となります。北米難物種に関しては、幸いこの用土でうまく育てることが出来ているのですが、これを南米産の気むずかしいサボテンに応用したところ、失敗しました。以下述べるのは、その体験から学んだことでもあります。
 
 南米サボテンのうち、アンデス西岸のサボテンは比較的アルカリ質の土壌に生育するとされています。エリオシケ各種や、コピアポアなどですが、これらに上記Cの用土を使ったところ、うまく育ってくれないのです。最近になって、これがホウ素、マンガンなどの微量要素の欠乏によるものであることがわかってきました。いっとき激しく悩まされた「南米病」です。エリオシケ、コピのみならず、ロビビア、ギムノ、テフロ類や柱ものでも発生します。その正体は、pHコントロールの失敗が主因と考えられる微量要素の欠乏でした。欠乏障害は、一般に高いpHの乾燥した用土状態で起こりやすいもので、ホウ素欠乏では成長点の障害(芯止まり、褐変など)、マンガン欠乏では淡緑化などが起こります。ホウ素欠乏については、障害が発生した植物に「ホウ酸の0.3%溶液」を鉢から流れるほど灌水する、という方法でかなりの改善をみました(下写真)。また、これら微量要素を補給する肥料等を施すことも有効ですが、過剰による障害も起こりうるので、適量を測るのが難しいところ。けれどそもそも、基本の栽培用土中にほとんどの微量要素は必要量含まれていますから、pHを6〜6.5程度におさえて欠乏障害が起きにくい環境をつくるのが最善かと思われます。結局、南米サボテンに北米難物と同じ高pH用土を使用したことは失敗だったわけで、今ではエリオシケ・コピなどには上記Bの用土で栽培しています。
 実際に南米サボテンは酸性土壌を好むものが多く、アルカリ土質はアンデス西側のアタカマ沙漠一帯などに限られていると言われます。中米・南米北部の森林地帯に産する着生サボテンなどはもちろん、ブラジル・ディアマンティナ台地のユーベルマニア、ディスコカクタス等はpH3〜4という、強い酸性土壌に生えています。彼らは低pHの用土に植えてやると目に見えて元気です。ペルー、ボリビア、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイなどの草原地帯でも、北米のような高pH土壌は少なく、たいがいの南米サボテンは北米種と違ってアルカリ性の土壌を好まないようです。昔のサボテン本は北米種の自生地研究をもとに書かれていたため、南米サボテンの生理が見逃されていた、と言うことなのでしょうか。
 
 そんなわけで、サボテンの故郷は砂漠、石灰の山だから、どれもアルカリ性の荒砂に植えれば良く育つ…というのは大間違いだということがおわかり頂けたかと思います。かく言う私じしん、微量要素の欠乏を原因不明の「南米病」だと言って悩んでいたわけで、難しいサボテンは無機質のアルカリ用土に植えておけば、腐りにくく安心という思いこみがありました。植物の自生環境を知らぬがゆえ、イメージだけで栽培していたようなものです。「南米病」のおかげで弱酸性用土の効用を知ることになりましたが、実際、障害が出ないだけでなく成長も良いように思います。
 また、石、砂主体より赤玉メインのほうがうまくゆくのは、北米難物でも実感しています。自生地を歩き、彼らの故郷がほとんど粘土質土壌であるのを目の当たりにしたことが、「土」主体用土を選んだ理由でもあります。最近は海外でも"ローム"(赤玉などに近い土)をメインにするのがサボテン用土の基本のようです。また、サボテンにとくべつな肥料はいらぬなどと言いますが、それはその種に適したpHバランスの用土に植えられていることが前提です。前述の「南米病」の例もあるように、pHバランスを欠いた用土では、微量要素のわずかな不足で成長が完全ストップ、枯死することもあるのです。
 サボテン栽培をはじめて三十年近くになりますが、ようやっと用土の基本がわかってきたという感じで、実に恥ずかしい限りです。先入観を排して、野生の生理をまっすぐ見つめていれば、もっと早くに改善できた問題だったなあ、という気がします。
 
 
    ホウ素欠乏で成長点障害が起きたエリオシケ    ホウ酸0.3%%液散布で回復したネオウェルデルマンニア実生苗




★(追記 '08/02)

サボテンとpH.についての考え方。


 私がこんなことをネットに書いていることも少しは影響してか、栽培にあたって用土のpH.環境を論ずる機運が以前より高まっている気がします。そもそも、私がこの稿を書こうと思った動機は、過去の多くのサボテン本が「サボテンは石灰岩に生えているから、土をアルカリ性にするのが良い」と説いていることに疑問を感じたからでした。実際、石灰岩に生えている多くのメキシコ産サボテンが、<蠣殻をたっぷり混ぜた川砂>といった旧来の培養土よりも、赤玉土や鹿沼土を主体とした弱酸性の用土で、より元気に育っているのです。過剰に厳密なpH管理よりも、用土の化学的・物理的なキャパシティの広さのほうが、植物にとってより大切なファクターであることは、ここまで述べてきたとおりです。
 最近、この「サボテンは石灰岩に生えているからアルカリ性」を覆す、もうひとつの考え方に触れました。あるアメリカの栽培・研究家からきいた大変興味深い話です。彼は、自分の栽培場の井戸水が石灰岩からしみ出てくる水pH7を超える高いアルカリ性であることに悩んでいました。南米サボテンの大半、北米産でもかなりのものが成長障碍に悩まされていました。そこで彼が、思いあまって水に食酢をまぜてpH.を4-5まで下げて灌水したところ、めざましい成果があがったというのです。北米サボテン、とくに難物類の自生地は石灰岩系の地質が多く、土壌のpHを計測すると中性〜アルカリ性を示すことが多いのはご承知の通り。ではなぜ、そんな低pHが好結果を生んだのか・・・。そう、地質がアルカリ質であっても、実際にサボテンたちが生育・発芽する降雨の際にはそれがどうなるか、ということなのです。これまで野生のサボテンたちを潤す雨の質まで、私もふくめてあまり深く考えられてこなかったように思うのですが、如何でしょうか。
 たとえば、アメリカ南西部の砂漠地帯は春先〜夏にかけて雷雲の発生に伴う一時的な豪雨に度々見舞われます。彼らが”サンダーストーム”と呼ぶスコールのような雨です。多くの沙漠地帯では日本のようなシトシト雨は降らないため、こうした一時的にザーっと降る雷雨がサボテンたちの成長や発芽を促すのですが、この地域の春〜夏の雷雨は強い酸性(pH.3-4.5)であることが観測結果により示されています。雨やスコールが酸性雨となるのは日本やほかの国でも概ね同じですが、アメリカの場合、より高標高の地域ほど雷雨の酸性の度合いが高いそうで、だいたいのペディオ・スクレロカクタスの産地では、地質はアルカリ質でも、降雨は上記のようにpH.3-4.5という強い酸性になると言うわけです。おそらく、同じようなことが、メキシコ中央高地やアンデス東西斜面でも言えるのではないかと推察されます。
 先に述べたアメリカの栽培家の成功例は、こうした観測に基づいて考えればとても頷けます。実際、私も木酢液などを用いて昨年から少しずつ試してきましたが、月華玉や彩虹山などで、良い感触を得ました。いわゆる難物系のサボテンは、腐植土などが多い低pH.の用土に植えると根痛みなどを起こして不調を来しますが、石灰石を多く混ぜた用土などでは水やりが少ないためpH.がなかなか下がらず、ときに高pH.になり過ぎてホウ素欠乏などの生育障碍を起こします。しかしこれまで述べてきたような難物仕様のpH.7前後の用土に植えつつも、灌水時に低pH.の水を与える方法ならば、うまいバランスがとれるかも知れません。
 同じように、この結果を実生に援用して考えてみると、発芽時には水浸しになるほど雨水に浸かるわけですから、たとえアルカリ地質であっても、種子が浸される環境は酸性になるはずで、こうした条件が発芽を促す可能性は高いと考えられます。実際、私のこれまで行っていた「屋外雨ざらし実生」では、梅雨明け後の激しい夕立などの豪雨のあとに一斉に発芽することが多く、上記の条件と重なる部分が多いのです。「酸性の水で腰水実生」はまだ試したことがありませんが、おそらく良い結果をもたらすのではないかと予測しています。

 この雨水のpHについての見解と「酢混ぜウォーター」での栽培法は、彼のビックリするような成功体験とともに、凄い勢いでアメリカの愛好家のあいだに広まっているといいます。なんと、あのメサ・ガーデンのS.ブラック氏さえ、この方法を試して「私はビネガーマニアになってしまった」などと述べています。まさに、これまでの栽培についての考え方をかなり修正するものとも言えそうです。今後、栽培研究の成果を報告させて戴きたいと思っています。








                   

        
              

             BACK         NEXT