Cultivation of Sclero&Pedio
   'from seed'


   ・・・難物を種から育てる。
                      (一部補足、2008/02)




    

     天狼、飛鳥、白紅山などの実生。発芽して5か月。


  

白紅山・実生6年。10本近い発芽苗の大半は死滅したが・・・。  飛鳥’マイア’実生2年生。そろそろ特徴が出始める。



種の入手と実生
 
 スクレロ、ペディオなどの種は海外のいくつかの業者、たとえばメサ・ガーデンやナバホカントリーなどから通信販売で入手することができます。出来るだけフィールドデータ(SB**、のように種名のあとに記されるナンバーで、種もしくは種親の採取者、採取地点と参照される)がある種子を入手します。というのも、サボテン類は分類に不確定な部分も多く、また業者が同定を誤っているケースが多々あるからです。つまり「原産地」に対照されるフィールドデータは植物にとって究極の戸籍のようなもので、これさえあればその植物のふるさとさえ訪ねることが可能です。
  さて、種が手元に届けばあとは蒔くだけですが、北米難物種が難物と言われるひとつの理由はその発芽率の低さ、そろって芽を出してくれないと云うことが挙げられます。なんの工夫もなくほかのサボテンと同様の実生を行った場合は均して20%も出れば大成功です。種子の寿命は5年以上あり、よほど古い種子でなければ発芽するものですが、種が新しくても発芽ゼロとなることが珍しくありません。厳しい自生環境では、いちどの雨で一斉に発芽するよりも、時間をあけて間歇的に発芽するほうが、多くの子孫を残せる可能性が高いと云うことなのでしょうか。種子に何らかの発芽を阻害する化学物質が含まれているのではないかと推察され、様々な栽培家がいくつかの発芽促進法を試みています。それについても後で紹介しますが、ここでは私がとっている手順を説明します。

播種の方法

種をまく時期は5月初旬か、7月の梅雨明け間近の蒸し暑い時期。時期により方法は異なります。ほかのサボテンと同様、十分な水分と30度程度の高温が必要です。5月に蒔く場合は温室内でバットに水を張り、鉢を並べて腰水にします。種が大きいので3寸鉢で20粒程度をバラ蒔きし、ビニールをかぶせて温度を保ちます。種皮が十分濡れるようにたっぷりの水分が必要です。またベンレート等での消毒は播種後も数日おきには行うようにします。発芽は2週間前後から始まり、バラバラと揃わずに発芽することが多い。なかなか発芽しない鉢も出ますが、一定期間(1〜2か月)過ぎたら鉢を乾かし、捨てずにとっておきます。翌年同じ環境におくと発芽することがあります。前年まったくダメだったものが、翌年たくさん発芽することも珍しくありません。
 問題はこの発芽後の管理で、たっぷりの水がないと芽を出さないくせに、いったん発芽した苗は腰水の過湿な状態に置かれるとすぐに根腐れします。しかも、発芽が揃わないため、発芽したものから別の鉢に移植することになります。このときは、根先を切らないように、爪楊枝の先であけた穴にそっと植えてやる感じ。移植した実生苗は、鉢土の表面が乾いたら即灌水するくらいの管理。根先は乾かさない方が良いが、根際(球体)は湿らせっぱなしにはしない、と云うことです。
 
 もうひとつ、7月に蒔く方法は少々変わっていますが、私は最近もっぱらこちらのやり方。これは屋外での雨ざらしの実生になります。同じようにバットに鉢を並べますが、バットには中程に穴をあけて水があふれないようにします。また遮光と激しい雨で種が流されないためにネットを被せます。遮光率30%くらいのネットをたるみが出ないように。たるむとそこから雨水が激しく鉢にこぼれて種が流されます。準備が出来たら実生バットを温室の外、雨がそのままあたる日向に置きます。この方法は、流水に長い時間種をさらすことで発芽を促すもので、スクレロ・ペディオの種皮に含まれると云う発芽阻害物質を雨水で洗い流そうと云う試みです。これまで3年ほどの経験では効果は顕著でした。発芽率が上がるだけでなく、発芽が揃うことが多くなりました。ポイントは、梅雨明け頃の激しい雨に打たせること。鉢を流水が通過するような状態に置かれたあと、急に晴れて蒸し暑くなったりしたときに、一斉発芽が起こります。発芽した鉢は過湿を避けるために温室に取り込みます。出るときは一斉に出ることが多いので、根が土に入らず這ってしまったもの以外植え替えはしないですみます。しかし、雨水につかりすぎて種が腐ることもあるようで、この方法で出なかった種は翌年に持ち越してもほとんど発芽しません。

実生の用土

播種に用いる用土は、赤玉・軽石の1〜3ミリ大のものを混ぜ、若干のペレット状肥料、珪酸白土などを加えたものをベースにしています。腐葉土、ピートなどは使わない方が良いようです。PHは極端に低くない限り発芽しますが、発芽後に根痛みしにくいのは7以上の土でした。自生環境にほぼ同じくすれば無難ということでしょう。蒔き鉢は3寸程度(角鉢だとスペース的に都合が良い)を使っています。6分目まで先の培養土をいれ、表面には蒔き土を1〜2センチ程度の厚みに敷きます。この蒔き土には、赤玉の小〜中粒のものを使う場合と、イソライトと呼ばれるセラミック土を使う場合があります。下の写真左がセラミック土に蒔いたスクレロ・プビスピナ(Sclero.pubispinus)の1年生。右側は赤玉に蒔いた同じくスクレロ黒虹山(Scleo.spinosior)の1年生です。
両者には一長一短があり、セラミック土は無菌なので病害の発生が少ないのですが、根が土の上を這い回ってしまうことが多い。そうなると爪楊枝などで土表面に穴をあけ、発芽したての植物の根を導いてやる必要があります。上左の写真の植物も、過半数は発芽後すぐの植え直しをしています。一方、赤玉土はあえて粒の大きなものを選び、隙間に種が落ちるような感じで蒔きます。発芽後大半は根が下に伸びるため植え替えせずにすみますが、向きがおかしかったり場所が悪かったりすると、顔が出せずに腐ったり反対に干からびたり、となります。つまり自生地スタイル。上右の写真の苗は発芽したそのままですが、残った苗の成長にもバラツキが出ます。加えて赤玉はカビなどの病害の発生が多くなるため、消毒の回数を増やしています。

その後の栽培

 上の写真の苗はどちらも発芽後ひと冬越した2年目の夏で径0.7センチくらい。最初の冬は完全断水すると萎びて立ち直らない場合があるので、月1〜2回程度軽く灌水します。そして、この写真くらいまで育てば夏の断水にも耐えます。植え替えは鉢にぎっしりは蒔かないので、2年くらいはしないで育てています。なので、最初の植え替え以降は親株とほぼ同じ管理、つまり成長期以外水をやらない栽培になっていきます。その後も、過灌水による根腐れや、成長障害(ウイルス性?)などでポツポツ間引かれていきますが、3年目くらいになると親株の持つ難しさをそのまま反映する感じとなり、白紅山・天狼などは栽培が難しくなる気がします。しかし、この頃には顔もそれらしくなり、月の童子・ノウルトニーなどでは開花も可能です。下に、2年生以上の実生苗の状態を紹介します。
 上左の写真は実生後3年の黒虹山(Sclero.spinosior)。右は4年の飛鳥(Pedio.peeblesianus).。このくらいまで育てば、親株と管理は一緒です。黒虹山などはここまでは順調に育ってくれますが、だんだんと成長期が短くなり湿度にも敏感になります。写真の大きい個体が径2.5センチほど。同じ鉢に小さい個体も見えますが同じときの実生です。こうした成長のバラツキが多いのもスクレロ・ペディオの特徴です。飛鳥のほうは、もう少し小さいときは夏の完全断水などで弱りやすく、このくらいに育ってからの方が丈夫です。ちなみにこれは断水中で縮んでいるところですが、径1.5センチくらい。4年あまりでこのサイズですから気の長い栽培です。スクレロより小型のペディオは、成長がより遅い。同属のウインクレリ・パラディネイなども成長速度は緩慢です。
 上左は、スクレロ・パルビフロラス(S.parviflorus)グラウカス(S.glaucus)で、どちらもスクレロのなかでは育てやすいものですが、ともに実生6年目です。じゅうぶんな風格が出てきています。径は3.5〜4.5センチくらい。グラウカスはすでに開花株です。2年間植え替えていませんが、まだいけます。移植は根を傷つけ根腐れの原因になるので、根ジラミの心配や球体どうしがぶつからない限り、3、4年同じ鉢で育てています。上右はペディオのブラディ(P.bradyi)で、こちらは6年生ですが、径はまだ1センチちょっと。地中にもぐっている球体の長さは3,4センチありますが、なんとも成長が遅い。しかし、自生地と同じ扁平な姿に育ってくれています。開花まであと3年、と云ったところでしょうか。こんな具合にスクレロ・ペディオは栽培に気を使う上に成長も遅く、私のところでも、たくさん発芽しても長い時間を経て親株まで生き残るのはわずか、というのが現状です。それだけに、大きく美しく育ってくれた植物に対する愛着もひとしおですが。

発芽促進法あれこれ

先にも述べたように、スクレロ・ペディオは種皮になんらかの発芽阻止物質を含むか、あるいは発芽を促進する物質の合成になんらかの環境要因が必要とされるために、発芽が遅れたり不揃いだったりすると考えられています。そこで、つぎのような方法が試みられています。
●種を冷凍する。
自生地では種はひと冬を経て巡り来た春に発芽すると考えられますが、かの地の冬は氷点下摂氏20度という厳しさ。そこで、乾燥した寒冷地では冬季に屋外で蒔いて、ひと冬霜にあてて、翌春に発芽させる方法。しかし日本のように雨が多すぎると腐ってしまうし、関東地方のような寒さの緩い環境では自生地なみにはいかない。そこで、かわりに冷凍庫で凍らせることで処理します。私も行っていますが、効果は実感するに至っていません。しかし、理にはかなっている気がします。
●種皮に傷をつける。
大きく硬い種皮に包まれたものが多いので、これに人工的に傷をつけます。針先などで、種の顎状に突出した部位から臍にかけて、種皮を1ミリくらい剥いてやります。効果は大きく、すぐに芽を出してきますが、突くべき場所が植物種によって違うようで、中身を傷つけてしまうと、芽が顔を出しても伸びてこずにダメになります。また、発芽し損なった種はすぐに腐ります。以前はこの方法を行っていたのですが、いかんせんあまりに煩雑なのと、案外難しいので、いまはやっていません。種皮に傷をつけるやりかたはソテツ類の実生などでは不可欠とされており、有効な方法であるのは間違いないので、研究の余地はじゅうぶんあります。このバリエーションとして、砂と一緒に袋に入れて振る、希硫酸に浸す、などの方法も文献にはありますが、ポイントを針でつつくやり方が最も良いように思われます。
●種皮を流水に浸す
先に説明した「雨ざらしの実生」もこのバリエーションです。腰水のような停留水ではなく、つねに新しい水が種を洗っている状態にすることで発芽を促そうというものです。メサ・ガーデンのガイダンスには、冬季凍らせたのち雨ざらしで実生せよと書かれているので、この方法になります。屋内で流水で実生している人も海外にはいるようですが、設備が大変ですね。日本だと梅雨明け前後が雨量、気温とも丁度良い時期だと思います。ただ、取り込むのを忘れると腐らせることになるので注意が必要。スクレロ・ペディオに限らず、大龍冠や太平丸などにも有効です。ことにテフロカクタスやオプンチアなどの大きく硬い種子にはすごく効果があります。
●化学物質を用いる
発芽を促進させるためにジベレリン溶液につけこんでから実生する方法が、いくつかの専門書に紹介されています。試みたことがありますが、適量が不明なためか、確かな効果は得られませんでした。また、メネデールと呼ばれる増血剤を溶かしたような鉄製剤があります。これは、発芽直後の苗の活力剤(とくに、最初の冬季休眠での衰弱からの回復)としては確かな効果があると思われますが、発芽については不確かです。それでも、気は心で使うこともありますが。
・・・難発芽種子、と呼ばれるだけに、様々な工夫があります。今後も試行を続けようと思っています。みなさんのなかで良い方法をご存じの方がいらっしゃったら、是非お知らせ下さい。

★(追記 '08/02)
 最近、アメリカの研究家からきいた大変興味深い話を紹介します。北米サボテン、とくに難物類の自生地は石灰岩系の地質が多く、土壌のpHを計測すると中性〜アルカリ性を示すことが多いのはご承知の通り。しかし、実際にサボテンたちが発芽する降雨の際にはそれがどうなるか。
 アメリカ南西部の砂漠地帯を春先〜夏にかけて見舞うのは雷雲の発生に伴う一時的な豪雨・・・サンダーストームです。日本のようなシトシト雨は降らないため、こうした一時的にザーっと降る雷雨がサボテンたちの成長や発芽を促すのですが、これまで野生のサボテンたちを潤す雨の質まで深く考えてきませんでした。そう、よく知られている通り、雷雨は強い酸性なのです(pH3-4.5)。雷雨やスコールが酸性雨となるのは日本やほかの国でも概ね同じですが、アメリカの場合、より高標高の地域ほど雷雨の酸性の度合いが高いそうで、だいたいのペディオ・スクレロカクタスの産地では、地質はアルカリ質でも、降雨は上記のようにpH3-4.5という強い酸性になると言います。
 この観測に基づき、灌水時に食酢などを加え、pH4程度の水を与えると北米産サボテンの大半は好成績だそうで、実際、私も試してみましたが、月華玉や彩虹山で、良い感触を得ました。この結果を実生に援用して考えてみると、発芽時には水浸しになるほど雨水に浸かるわけですから、たとえアルカリ地質であっても、種子が浸される環境は酸性になるはずで、こうした条件が発芽を促す可能性は高いと考えられます。
 実際、私のこれまで行っていた、「屋外雨ざらし実生」では、梅雨明け後の激しい夕立などの豪雨のあとに一斉に発芽することが多く、上記の条件と重なる部分が多いのです。「酸性の水で腰水実生」はまだ試したことがありませんが、おそらく良い結果をもたらすのではないかと予測しています。

 この雨水のpHについての見解は、これまでの栽培についての考え方をかなり修正するものとも言えます。今後、栽培研究の成果を報告させて戴きたいと思っています。






それでは、難物実生にぜひトライしてください・・・・・good luck!






          

           標本ページにも紹介した 月想曲(Sclerocactus mesa-verdae)の4年生。
              径3センチ弱での処女花です。













                            

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