難物サボテンを
やさしく育てる方法


Easy way to cultivate 'difficult species'

 <難物栽培の基本テク>


 



「難物」と呼ばれるサボテン多肉もいろいろ。ここで取り上げるのは古くからその代表格のように云われてきた「北米高山性サボテン」・・・正確には高山性とは云い難いものも多く含まれていますが・・・ぺディオカクタス(月華玉・天狼・飛鳥など)、スクレロカクタス(白紅山・月想曲など)、エキノマスタス(英冠)などです。私の経験ではサボテン類のなかでこれらに匹敵する難物は南米の極めて標高の高い寒冷地に自生するサボテン類(白毛系テフロなど)くらいではないかと思います。元気に育っている個体も、ある日突然腐る。あるいは、春がやってきても冬の休眠から目覚めることなく枯れてしまう。実生してようやく数本が発芽しても、少しずつ消えていき、開花株まで育つのは三分の一くらい・・。ですが、狭い場所で少ない植物を丹精するひとにはうってつけです。デリケートな分だけ、植物との「対話」もゆっくり時間をかけて。私は彼らとつきあうなかで、沙漠の植物たちの生理をより深く理解するようになりました。そしてほかの多くのサボテンたちの栽培技術も格段に向上したのではなかと思います。
 現在、国内で流通しているこれら「難物」サボテンは大半が接ぎ木で増やされてきたもの。しかし幾度も栄養繁殖を繰り返されたクローンは、ウイルスに感染していたり代謝能力が衰えていたりしがちです。そうした意味ではたとえ接ぎ木で育てるのであっても、綺麗な刺や花が見たければ自分で実生から育てるのがベストです。彼ら共通の栽培上の難点は、・・・・・@種子の発芽率が低い A生長期間が短くなかなか大きくならない B高温多湿に極めて弱い C病菌に対する抵抗性が乏しくBのような状況では簡単に根が腐る・・・と云う点だと思います。サボテン育ての失敗はだいたいが潅水をめぐって起こりますが、北米難物の場合、注意すべきは過潅水。つい鉢土が乾く前に水をやってしまったり、天気を読み違えて潅水のあと雨が続いたり、ちょっとしたミスが命取りになります。やはり成長は犠牲にしても危険な潅水は避けること。私はスクレロ・ぺディオの実根成株には年間5〜6回しか潅水しません。自生地では3〜6月まで開花成長し、雨に恵まれれば9月から10月も育っていますが、湿度が高い日本の5〜6月には腐敗菌が繁殖しやすいし秋口も鉢土の渇きが悪い。なので、私が潅水するのは2月中旬から5月初旬(関東)だけ。鉢土がじゅうぶん乾くだけの間隔をあけ、晴れが続きそうな日を選ぶと3〜4回しか潅水できない年もあります。そこでついムリをして水をやってしまうのですが、必ずあとでいくつかが腐ります。とにかくガマン。当然成長ははかばかしくありませんが、たとえ一回の潅水でも、植物の生長サイクルと噛みあえば、一気に吸水して膨らみ、花も咲き鮮やかな新刺も伸ばします。ちなみに冬季は寒ければ寒いほど良い。もちろん完全断水ですが、多くのペディオ・スクレロは短時間なら最大で氷点下20度くらいまで耐えますし、なかでもっとも温暖な場所に生える英冠・白紅山でもマイナス10度くらいは平気です。そして2月中旬くらいに、(温室などで)日中最高温度が25度を超えるようになれば潅水をはじめます。
 
 さて、上述のように抑制的な潅水で大事に育てた植物はどのくらい成長するのか。開花の早い月の童子でも実生から開花まで3年、月華玉や大型のスクレロでは10年以上かかります。かと云って、柱サボに接ぎ木された苗はカッコ悪い上に刺がスカスカ、丈も伸びてしまい別の植物のようになるし、花つきも案外悪い。なにより、真冬真夏にぺたんこになって土にもぐるぺディオの魅力的な生態などは楽しむことが出来ません。なので、私も出来る限りは実生正木で、その遅々とした生育ぶりも含めて、気長に楽しんでいます。しかし、やっぱり一方では早く大きくしたいのも本音。難物サボを早く成株にして種をとる、あるいは確実な個体保存を行うもっとも有効な方法はやはり接木なのです。そして、接ぎ木を利用して早く開花株に育てる方法接木苗でありながら、自生地のような風貌を持つ標本株に育てる方法をここでは述べたいと思います。私じしん本格的に難物栽培に取り組んでまだ10年足らず、これらも開発途上のノウハウではありますが、皆さんの栽培の参考になれば幸いです。

<その1・接ぎ下ろしで実根苗に>

 北米難物は、組織の脆い柔らかな根を持つものが多く、それが栽培の難しさでもあるのですが、意外に知られていないのは一方で大変に発根が良く、根の伸長も早いと言うことです。これは、接ぎおろしがしやすいと云うことなのです。
 よく白紅山や英冠は根が出ないという話を聞きます。ですがよくよく聞いてみると、それは何度も栄養繁殖(接ぎ木で増やす)を繰り返されてきた個体を発根させようとしたケースが大半。一般に、幾度も接ぎ木を繰り返して保存されてきた個体は、発根や開花の能力を失っている場合が多く、とくに北米難物には顕著です。しかし実生した苗を、ウイルスフリーの台木に接いだ場合、発根に問題が起こることはごく稀です。
 そこで私は、実生して6〜10か月くらいの幼苗を、実生育成された三角柱に接ぎ木します。これは一般の実生接ぎとおなじ糸かけなしの方法なので不器用な私でも楽々です。活着すればみるみる大きくなり特徴も出てきます(写真@)。
 一年もすれば、直径3〜5センチくらいになり、間延びはしているものの、刺姿などで、蒔いた種が間違ったものでなかったこともわかります。この段階で、私は成長点から1〜2センチのところで、頭を切り落とします。断面が腐敗しやすいので手術は晴天の日を選び、殺菌剤を塗っておきます。ふた月もすれば、いくつかの子を吹いてきます(写真A)。この子を掻いて、さし木するわけです。大きく育った本体を台から外すことも出来ますが、台木を完全に外すのが難しく(三角柱の根が出てしまうと耐寒性など本来のスクレロ類の特徴が損なわれ、原因不明の「根枯れ」が起きたこともあった)、また若い部位の方が発根が良いこともあって、私は掻き子をさすようにしています。写真Bは、子吹き後1年くらい育ててから掻いたもので、私はイソライトと云うセラミック系の用土にさしていますが、有機質を含まない清浄なもので、目の細かい土であれば何でも良いでしょう。時期は発根が良いのは夏場で、写真はさし木からふた月くらい。もちろんこの間、さし木をしている用土には水分を与えません。そして、このくらい根が出てきたところで培養土を入れた鉢に植えてやり、1回だけ潅水します。だいたいはこの潅水で根毛が生じ、根は一気に伸びていきます。かき子した切り口の組織は柔らかく、ここから腐りが入りやすいので通常以上に乾かし気味に管理する必要があります。夏場にさし木したものを秋口に鉢あげした場合、私は1(〜2)回の潅水のあと翌春まで水をやりません。それでも鉢一杯に根がまわります。もとが接ぎ苗なので、最初はやや間伸びした感じが残りますが、次第に正木で育てた苗とかわらない風貌になってきます。下の写真CDは、Bのスクレロ・ブライネイとエキノマスタスの英冠の1年後です。刺落ちもなく、実生正木の苗とほぼ遜色ない標本になります。もちろん、この方法は「北米高山種」以外の様々な栽培困難なサボテンにも応用できます。
   

     

上記写真、左から @ 黒虹山実生接ぎから3か月  A S.ハバスパイエンシス接木後約1年半、成長部を切り落として子吹きさせる B スクレロ・ブライネイ(左右)と英冠(中)かき子をさし木して2か月で根が出てきた。



 
            

CSclerocactus blainei(接ぎおろし実根) DEchinomastus johnsonii 英冠(接ぎおろし実根)



<その2・球形耐寒サボテンに接ぐ>


 さて今度は、難物サボテンを接木のまま育てる方法です。これまで白紅山・天狼・飛鳥など大半のぺディオ・スクレロカクタスは接ぎ木で栽培されることが普通でした。しかし、竜神木や袖ヶ浦のような耐久性のある台木に接いだとしても、個体の保存こそ可能ですが、自生地の個体のような密な刺や扁平で半ば地面にもぐる生態の面白さなどは表現できません。もちろん、ぺディオ・スクレロを美しく引き締まった球体にする冬の厳しい寒さには台木が耐えられませんでした。
 そこで登場するのが耐寒性のある、球形のサボテンです。これらは接ぎ木のあと数年して球体に馴染むと、ごく小さくなるので、鉢土のなかに自然に隠れるようになります。自生地がペディオ・スクレロと一緒なので、正木の株とおなじ環境で栽培でき、見た目も正木苗と区別できないほどです(右の写真@、A)。
 耐寒性台木としてはオプンチア・フラギリスという北アメリカ産の小型ウチワを使う方法もありますが、入手が難しいのと、経験では耐久性がいまひとつという気がしました。そこで私が用いるのはアメリカ北部産の寒冷地に生える小型の蝦サボテンです。種類として麗晃丸(E.reichenbachii)、青花エビ(E.viridiflorus)などが種の入手も容易で育成も楽です。私は主に麗晃丸の変種で刺の少ないperbellus(写真B)またはbaileyiと云う種類を使っています。台木には実生3年生くらいの径2センチ、高さ4センチくらいのものを使います。成長点から1センチくらいのところを切断し、実生1〜2年の径1センチくらいのスクレロ・ペディオをのせ、テープなどで固定するか糸を巻きます。置き接ぎは隙間が出来て失敗することが多い。実生接ぎも可能ですが、やはり歩留まりが悪いです。成功すれば2週間くらいで動き出します。成長の度合いは柱サボテン接ぎほど顕著ではありませんが、正木苗の倍くらいのペースでは育ちます。潅水も正木苗の倍くらいの頻度で与えますが、なるべく抑制的に育てた方が正木苗に負けない風貌になります。また、最初のうちは接続部分から腐りが入りやすいので注意。2〜3年は台木が子吹きしてくるので除去する必要がありますが、古くなると台木は縮んでほとんど根だけのようになります。本体の根が出て正木のようになる場合もあります。こうして育てた個体は、休眠期に地中にもぐる品種では正木苗同様に特徴的な生態を見せてくれ(写真C)、接ぎ木株だということを忘れてしまいます。
 
 蝦サボテンのほかに、もうひとつ良い台木がフェロカクタスです。これはより大型のスクレロカクタス(白紅山など)に向きます。鯱頭(F.cylindraceus)、金赤竜(F.wislizeni)などの氷点下の気温に耐えるものが相性がよく、径3〜4センチくらいのものを刺を切り落として台木とします。方法は竜神接ぎなどと同じでやはり固定します。台木が大きいので地中に潜るぺディオなどには向きませんが、大きく育つ白紅山などでは蝦サボテンより好成績です(写真D)。

 上記ふたつの台木、いずれの場合も実生から育成されたものが最良です。また接ぎ穂も実生苗、もしくは三角柱などに実生接ぎしたものからのフレッシュなカキ子が望ましいところです。 この「接ぎ木」なら、蝦サボテンやフェロカクタスなみの栽培で、白紅山や飛鳥が野生株のように育てられる(写真E)こと請け合いです。難しいのは勘弁・・・と考えていた方も、ぜひ挑戦してみて下さい。



     

上の写真左から @蝦サボテン(青花エビ)に接ぎ木して5年以上たつPedio.paradinei台木は縮んで地中に埋没。 A同じく青花エビに接がれて5年のPedio.sileri(天狼)。接ぎ木でもこれだけの成長の遅さ・・。 B理想の「難物用台木」のひとつ、麗晃丸ペルベルス(E.reichenbachii ssp.perbellus) これは実生5〜6年苗。 



   

C 休眠期、見事に地中に埋没したPedio.winkleri 台木(baileyi)は地中5センチくらいの深さにある。 D フェロ・鯱頭に接ぎ木されて3年たったSclero.nyensis(白紅山に近い稀種)。やや丈が伸びる傾向があるが、良い刺が出る。



   

E 難物の王様、白紅山。鯱頭接ぎで正木同様の姿です。柱接ぎと違って台木が痛むこともなく、標本として育てられる。 F 麗晃丸baileyiに接がれて5年以上たった飛鳥メンツェリ(peeblesianus 'menzelii' 左側)右の実生正木苗とかわらない姿。











                            

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@  黒虹山
実生接ぎから3か月
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実生接ぎから3か月