サボテン本、決定版・・・「ザ・ニュー・カクタス・レキシコン」

2010年12月

サボテンのサイトなんぞをやってると、これは何という種類ですか?というお訊ねがしばしばあります。
たしかに、サボテン科は園芸種も含めれば数千種に及ぶ科ですから、いちいちを全部覚えるなんてことは
容易じゃないけど、数多あるサボテンたちの顔と名前を識っていくことは、この道楽の尽きない面白さの
ひとつではありますよね。

しかし、多種を網羅した手応えのある日本語のサボテン図鑑は、最近ではあまり見あたりません。
インターネットで代用できるせいもあるでしょうが、分厚い図鑑を膝にのせて、写真満載のページを
繰る楽しみは、なかなか捨てがたいものがあります。

で、きょう紹介するのは、現在サボテン図鑑の最終決定版、といえるこの本「The New Cactus Lexicon」。
建前としては、人工交配種等を除くサボテン科の全種を写真もあわせて記載している、というものです。


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カクタスレキシコン、と言えば、その昔のバッケベルグの大著「CACTUS LEXICON/CURT BACKEBERG」が有名で、むかしの日本のサボテン本などにも「バッケベルグによれば・・・」とか「バッケ流の分類だと・・・」なんていう表現がよくみられたように、当時のサボテン分類の世界標準、基準書でした。
今、その同じ表題を名乗るということからして、この時代のサボテン分類のオーソリティたらんとして、
出版された本ということでしょう。


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著者は英国のDavit Hunt氏で、「CITES Check List Cactaceae(キュー王立植物園刊)」を編纂した人物。
現時点での、サボテン分類の世界最高の権威といってよく、栽培家には評判のよくない、なんでもまとめて
しまう昨今の統合分類の推進者であり、どのサボテンを種として認め、どのサボテンを認めないかなど、
世界標準を決めている人物。ワシントン条約で、なにを保護対象とするかなどなど、国際条約にも決定的
影響を与えています。世界をまたにかけ、ありとあらゆるモノを集めまくった、いにしえの大英帝国の
栄華の名残りが、植物分類の世界にはまだ色濃く残っているわけですな。


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で、この人のもとに、世界の植物研究者、愛好家が結集して、写真や資料などなど提供した結果できあがったのがこの本というわけ。ちなみに、共著者として名前のあげられているGraham Charles氏は、英国のアマチュア愛好家ですが、南米サボテンなどに深い識見があって、本を何冊も書いている人。この人以外にも、世界各国の愛好家から、写真提供などがあるのですが、日本人の名前がひとりもないのは残念なところです。

とまあ、かように、かなり権威主義的な本ではあるのですが、胸はって威張るだけあって中身も凄く濃厚です。英語だし、相応に高価な本ですが、最上級の園芸カブト1鉢の値段で、世界の全サボテンを手元に置けるのだから、安いもんだと考えられなくもない。


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本は二分冊になっていて、種記載のテキストと、その植物の写真図鑑の2冊。あわせて900ページにも及ぶ大書です。このなかにおよそ120属1800種が写真こみで、記載されています。分冊のテキストの方は、
文字通り種を区別するための特徴など学術記載がえんえん続き、上の写真のように文字だけ。
眠りにくい夜に最適です。沙漠をスキップする楽しい夢がみられることうけ合い。
対する図鑑のほうは、自生地での生態がわかる写真や、開花時の様子を中心に写真が選ばれています。この写真の質の高さは特筆すべきもので、実生数年の栽培品の写真が並んでいてもまるで見えてこない、その種の本来の姿が描き出されています。テーブルブックとしても、数年は楽しめる奥行きあり。

というわけで、以下は図鑑篇の写真がどんな感じか、参考まで数葉をご紹介。


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ページを見開いていくとこんな感じです。ひたすら写真。先にも書いたように、大半が自生地での様子を
写したもので、しかも開花しています。開花時期の短いサボテンを相手に、野生で花の写真を撮るのは
なかなか努力のいることで、そんな写真をこれだけ集めるだけでも頭が下がります。
どの写真にも簡潔なキャプションがついていて、それで最低限、用が足ります。
たとえば、このコピアポア・ソラリスの写真の下には、チリ産であること(CLの表記)、自生地が、チリの
アントファガスタの標高105mで、2001年の5月27日に写された写真であることなどなどが記されています。


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上は、“スクレロカクタス(Sclerocactus)”のページ。英冠と月想曲が並んで写っています。私たちには
英冠はまだエキノマスタス(Echinomastus johnsonii)のほうがしっくりきますが、Hunt氏の分類では、
エキノマスタス属はスクレロカクタス属に統合されています。なので、月想曲(Sclerocactus mesae-verdae)と一緒に載っている訳ですね。
もう一枚は、塊根もバッチリ学術資料として抜きあげ撮影されたクラバリオイデス(Maihueniopsis clavarioides)。これも最近までプナ属(Puna)として記載されていましたが、この本ではマイウエニオプシス属(Maihueniopsis)。ちなみにプナ属は消滅し、有名なボニアエ(Puna bonnieae)はテフロカクタス属(Tephrocactus)に編入されてます。
とまあ、南米ウチワ類の分類は、この本でだいぶ変更されていて、ややこしいですが、これからはこれが標準になっていくんでしょう。


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日本では馴染みがない、森林性カクタスや、木の葉サボテン、柱ものなども、玉サボテンとまったく
平等に扱われています。このあたりが、いわゆる園芸本とは決定的に違うところで、ほかにない魅力。
サボテン科の植物の、まさに千変万化の適応放散ぶりがまざまざと伝わってきます。
たとえばこのストロフォカクタス(Strophocactus)、有名なアマゾン熱帯雨林の着生サボテンで、
ながねん欲しい欲しい手元で育ててみたい、と思って来たけど、今なお手に入らない種。
でも、きっと温室で育てても、この動物的な着生感とか表現できないだろうし、やっぱり図鑑でこそ
楽しめる植物かなあ、とも。


その昔、私がサボ道に迷い込んだきっかけは、少年時代、祖父に植木市で買ってもらったひと鉢の寄せ植えでした。植わっていたのは、エビの宇宙殿の交配、ノト・青王丸、接ぎ緋牡丹、なにかの玉型メセン(おそらく魔玉)と、クラッスラの青鎖竜だったと思います。
30年以上もむかしのことを、なんでこんなによく覚えているかと言うと、当時、必死で調べたからです。
持ち帰った寄せ植え鉢には、「サボテン」と書かれた札が立ってましたが、こんなに全然違う形のものが
同じ種類である筈はないし、ちゃんとした名前を識ったうえで、育て方もわかっておきたいと思ったのでした。

なので、寄せ植え鉢を手にした数日後には、本屋さんの棚のまえで、サボテン本を漁っていたわけです。
で、最初に買ったのが「サボテンと多肉植物(誠文堂新光社)」という本。全体の1/3くらいが栽培法等で、後が品種解説的な内容でした。ところが、この本では、自分の手元にある植物がなんなのか判らない。
紹介されている種類が代表種だけだからです。で、それから先は、サボテンと名の付く本は見つける端から買っていく日々。龍胆寺翁のドラマチックな表現にあふれた本や、図鑑では伊藤芳夫さんの図鑑など、
繰り返し繰り返し眺めたものです。今では、本棚一架ぶんが、サボテン多肉はじめ、植物本で埋まって
います。

しかしこの「ニュー・カクタスレキシコン」は、今はまだその本棚には収まっておりません。
買って随分経ちますが、テーブルの上、ベッドサイド、と移動しながら、ヒマがあればめくって見・・・
という状態。まだまだ、その深みを見極めていないと思うからなのです。



                            
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