物語の展開:
パキスタンのフンザであった老人に、「あなたの瞳のなかには、三つの星がある」と言われその意味を考えながら過ごす憲太郎。(三つの星とは潔癖、淫蕩、そして使命) 取引先の富樫という苦労人の社長と親友の契りを結び、人生で起こるさまざまな問題をお互いの協力で切り抜けながら二人プラス一人の女性と5歳の子供と友に、死の砂漠といわれるタクラマカン砂漠に立ち、桃源郷のフンザに旅する計画を立てる。
読後感:
著者独特ともいえる大人の小説の感じ。宮本輝の作品は今までも読んできたが、人生を立ち止まって考えさせるに丁度いい作品である。子供に対する親の責任、今様の日本人の変わりよう、風潮、すぐ切れてしまう若者、夫婦の間のこと、50歳を迎える時期に、ふと生きてきた過去を振り返って何のために生きてきたのかと思い直す。それとは別に素敵な女性との関係ととまどい。いろんな事柄が盛り込まれていて、ついにタクラマカン砂漠に立ち、桃源郷のフンザに旅をする決心をする。
はたして自分の人生はどうだったんだろうかと。思い当たったり、こんなことに出くわしていなかったことに安堵したり、孫たちのことを考えてしまったり。読書の醍醐味を味わった。
静寂って音が聞こえてきそうな「生きて帰らざる海」タクラマカン砂漠をまえに、さらに砂漠の奥へと歩いていきたい衝動にかられ、新しい砂のうねりを越え、風紋の崩れとともに別のうねりを滑り降りて、進めば進むほどに人間を誘いかけるような静寂へと向かう。
砂の海の中で迷ってしまうことを想像する、そんなことを想像させる描写に、ふと自分も死ぬ時はそんな風にして死にたいなあと・・・。そんな風景を味わってみたいものである。
でもこれからも迎える死のことを横目で見ながら、読書を続けて得ることの多からんことを願いつつ読了。
印象に残る言葉、場面:
◇弥生が家庭のある男と付き合っていると思いこみ、憲太郎が娘に言う言葉:
「深い関係になってないってのが本当だったら、お父さんは何物かに心から感謝したい気持ちだね。でも、関係がどうであれ、お前、その人を好きになったことで楽しいか?
幸福か? うしろめたさは、まったくないか?
どうせ恋愛するなら、どうどうたる恋愛をしろよ。お前、まだ二十二なんだぞ。道ならぬ恋で何かを学ぶには、少々若すぎるね」
◇弥生は、喜多川圭輔が丹波半島の峰山から明日戻ってきて、父親の喜多川が居ないとわかった時のことを考え、これからどうすればいいのか悩んでいる。それなのに憲太郎は少しもその気配を感じさせないのに対して弥生が言う言葉:
「女に、あしたのことを心配させちゃあいけないのよ。女には、それが一番よくないことなのよ。あしたのことを心配する生活がつづくと、女の精神は狂っちゃう。女って、そういうふうに出来てるのね。男は少し違う」
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