宮本輝著 『青が散る』






                  2011-06-25


  (作品は、宮本輝著 『青が散る』     文春文庫による。)

           
 

 

 この文庫は1985年に文春文庫から刊行された「青が散る」の新装版。
 本書 2007年5月刊行

宮本輝:

 1947年神戸生まれ。 追手門学院大学文学部卒。 1977年、「泥の河」で太宰治賞を受賞し文壇デビュー。 翌年、「螢川」で芥川賞受賞。1987年、「優駿」で吉川英治文学賞受賞。 純文学、大衆小説の枠組みを超える作品を著す日本を代表する小説家。

 主な登場人物:
椎名燎平 茨木市の新設大学に一年浪人して入学。金子の執拗な誘いにテニス部に籍を置く。入学手続きの時美人の佐野夏子に出会うことから惚れてしまうが、今の自分ではとても見向きもされないと・・・。
金子慎一 1メートル90センチの巨漢。テニス部創設に奔走。薬局の息子で6人の姉妹の男一人。しつこさが売り。燎平に「夏子みたいな女をものにするには、大きな心で押しの一手や」と説く。
佐野夏子 同じ大学に入学、神戸の洋菓子屋の一人娘。どこまでも華やかで美人。燎平が惚れている女性。夏子の行動に翻弄される燎平。
星野祐子 同じ大学に入学、夏子とは対照的に何もかもがひっそりと清楚、しかしどこかにひそむ烈しいひたむきなものを持つ。
一年間の約束でテニス部に入る。貝谷、安斎、金子が惚れているかに見えたが・・・。夏子は祐子が苦手という。
安斎克己 高校二年の時テニスで関西の覇者に。新設大学に入学してきたが、テニスは出来ないと。祖父から兄貴までの狂死の血におびえる。
貝谷朝海 小学4年の時星野祐子と共に子供テニス教室に。「王道」でなく「覇道」のテニスを燎平にみせる。
柳田憲二(ポンク) 高校時代関西ジュニアのベスト16にまで入った選手。剽軽んで上級生の機嫌を取るどこか油断のならない、燎平より1年下の学生。腕は燎平より上。
ガリバー 歌を作って歌を歌うと野球部を辞める。両親は安い料金でうまい中華の善良亭を営む。亭主がヤクザの女を好きになり燎平に助けを求める。
ペール・バスチーユ 佐野夏子の父清とともにフランスから日本に渡ってきて菓子作りをしている。
燎平に「人間は、自分の命がいちばん大切よ」の言葉を残して帰国する。
辰巳圭之介教授 謹厳な老学者。燎平に「若者は自由でなくてはいけないが、もうひとつ、潔癖でなくてはいけない。 自由と潔癖こそ青春の特権ではないか」と。
 

読後感

 不朽の青春小説と謳われるこの作品、青春群像を見ているようでこんなに直向きに生き、悩み、苦悩する学生の姿に、自分の青春時代がこんなであったかといささか寂しい限りである。

 夏子と祐子の二人の好対照な女性の生き方、かたや華やかで誰もをとりこにしてしまう危なさも持ち合わせる一方、どうしようもなく婚約者のいる男の恋に惚れ、傷つく夏子。反対に誰からも愛され、ひっそりと清楚さを持つ中に、烈しいものを持ち合わせる祐子の対比が将来どのような運命をたどるのか色んなことを考えさせる。

 かたや燎平たちの友達で言うと、キャプテンの金子慎一、巨漢で粘っこい頑迷さを持ち、テニス部の面々を引っ張っていくが、夏子のことをじっと心の中に秘めている金子、そして自分の血に流れる一族の病を怖れて入退院を繰り返す安斎克己の生きざまも心にしみる。
やはりこの年になると老教授の死とか安斎の死は切なくて涙ぐんでしまう。

 燎平の人物像は、宮本輝のライフワークの作品「流転の海」の作品に出てくる松坂伸仁が大学生になっている時の姿ではないかと思えてくる。真摯でいてズバリと鋭いことを言いつつも、優しさがすぐに表れる。ユーモアもあり、誰からも気になる人物と思われ、憎めない。

 後書きに著者が自伝ではなく、青春という舞台の上に思いつくままに私が創りあげた虚構の世界で、ただ単純に、自分の心に刻まれた陽光の中の青春というものを、何かの物語に託して残しておきたいと思ったと語られているそのことに自分の中にもこのような青春がくっきりと刻み込まれたようである。



印象に残る言葉:

・ 夏子に対して:

人の不幸の上に、自分の幸福など築けるものではない。


余談:

・舞台の茨城の新設大学、燎平が住む阪神野田駅、夏子の住む六甲、そして香櫨園の名前が出てくると、学生時代まで住んでいた西宮の時代が思い出され懐かしくてしょうがない。
・テニスを題材にしてこのような物語が出来るなんて、ちょうど陸上競技のリレーを題材にした佐藤多佳子著の「一瞬の風になれ」もそうだなあと。
・井上靖著の「あすなろ物語」や「しろばんば」「夏草冬濤」「北の海」が思い出された。

 背景画は作品の内容に似せてテニス部の風景。 

                    

                          

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