小説の概要:
1880年、17歳の川江環は、日本人で初めて画学生として留学をゆるされ、ペテルブルグに渡る。 欲望と情熱が渦巻く革命前夜の露西亜…。「死の泉」から5年、待望の大河歴史ロマン大作。
読後感:
ロシアの大河歴史ロマンの大作ということで先にドストエフスキーの「カラマゾフの兄弟」を読んだ時からロシアの正教会のことや歴史を知らないと、との思いそして絵画を学ぶ主人公に興味を覚え、読み始めた。
どういうところが魅かれるのかよく分からないけれど、何故か引きつけられる物語で、外国にいる雰囲気、広大なロシアの中を異動する様子、貧しい人間と豊かな人間の差、聖像画の意味合い、修道院での生活、画学生の生活模様など興味深い。
17歳の時に画学留学生として露西亜にきてから24年間この国(露西亜)で生活し、清国の内乱を契機に、日露が同時に宣戦を布告、旅券もとうに切れ、帰国せずにこの国にとどまるとしたのに、間諜の疑いをかけられて自分が誰かの証明を求められ、なすすべなく、投獄、放置されてしまう。いままでの数奇な生涯にやっと安住の希望が見えてきたのに、自分がいったい何者なのかを突きつけられる。祖国を離れるということがこういうことなのかと思い知らされる心境がなんとももの悲しい。
この作品、著者の年齢からいくと70歳を超えての出版ということに、こんなエネルギーあふれる作品を書けることに感服する。ロシアのロマノフ王朝崩壊の歴史をかいま見たようで、フィクションが絡められているとはいえ、ロシアという国の首都と地方の風土、貧困層の生活の模様などを知り、さらにロシア文学を読んでみたくなった。
それにしても、画家を職業にしようとするヴォロージャに対し、絵を描くことに興味を持ち、何を描くか、どのように描くかが時によって次第に変化してくる様は多少絵に興味を持つものとしての納得も、この作品を面白く読ませてくれた。
また、若くして性を破戒されてしまった経験から精神と肉体が伴わないあたりの表現は控えめで嫌みは感じられず、むしろ理解できる風であった。
神を信ずる迄には至らない主人公が、フェージャをみて幸せを感じ、最後は皇太子アレクセイを何とか助けたいと思うに至る。ラストの場面は異様というか、それまで夢か幻想の場面が次第になくなりつつあったのが、ここにきて現実の行為になって実行されてしまうところは狂気迫るものがあった。
|