「見果てぬ夢」創作ノート4

2012年11月

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11/01/木
大学。3コマを終えて帰ろうと思ったら2年生2人が現れて相談があるというので、飲みながら話すことにした。2年生は20歳になっているか微妙なところだが、飲ませてみるとがんがん飲むので、飲み慣れている感じがした。最終電車の1つ前で帰る。それほど酔っていなかったので、明け方までプリントチェック。2章もあとわずからで終わる。染殿での歌会の場面はこの作品でも1つの山場になっているが、政治闘争が続く物語の中で、ここだけ浮いている感じもする。しかし在原業平の出番の最大のシーンで、この男の存在は作品全体の要になっているので、はずすわけにはいかない。面白いところもあるので、読者は楽しんでくれるだろう。夜中に急に思い出してテレビのデータ放送で野球の結果を見ると巨人は大勝していた。土曜日はのんびり野球を見たい。

11/02/金
本日は休み。ひたすら休む。

11/03/土
妻と神田淡路町のあたりを散歩。帰って学生の宿題を見る。日本シリーズで巨人優勝。めでたい。この勢いでアメリカンフットボールのジャイアンツにがんばってほしい。

11/04/日
日曜だが大学。妻に車で送ってもらう。面接。顔を合わせて話をした生徒を、何人か落とさなければならないというのはつらい。弁当が出るので食べてから自宅に帰る。3章までのチェックが終わった。3章の終わりは思いがけず盛り上がっている。女二人のユニークな人生があり、政治があり、経済がある。すごい小説になっている。菅原道真は奮闘しているが、どんどん孤独になっていく。気の毒な人だ。そう思いながら、何となく自分を書いているような気がしてくる。小説を書くというのは結局は自分を語る行為なのだ。

11/05/月
月曜と火曜は1限の授業で早起きする。今週は日曜も早起きだったので、妻が大学まで車で送ってくれることになっている。昨日は休日で道路がすいていたのだが、今日は混んでいる。それでも時間前に大学に到着。1コマの授業を終え、研究室で自分の仕事。学科会があるのだが、本日は文藝家協会の理事会があるので休ませてもらっている。常務理事会と理事会を終え、知的所有権委員会副委員長の岳真也さんと軽く打ち合わせてして自宅へ。明日も1限があるので早めに寝る。ハードな日々が続く。それでもプリントのチェックは4章に入っている。ゴールが見えている。

11/06/火
大学。2年生のゼミでは作品がドッと出た。いつも同じ時期に出て疲れるので2年生の締切を早めに設定した。3年ゼミは人数が減るのでセレクトのために早めに評価をしないといけない。W大のころの教え子が来る。電子書籍関係の仕事をしているとのこと。雑談。夜中にやっと自分の仕事。日曜から3日連続で早起きしたので疲れがたまっている。

11/07/水
本日は休み。近くのクリニックに行って薬をもらう。血圧の薬と鼻アレルギーの薬。両方とも悪化はしていないが念のために薬を飲み続けている。もう老人だからこのまま永遠に薬づけになっていくのだろう。学生の宿題をもって帰っているので半分見る。あとは自分の仕事。朝、寝ている時にアイデアが閃いた。文章がうかんできたのだ。作品の追い込みにかかるとこういう状態になる。作品の世界が頭の中にしみついていて、三田誠広であることを忘れ、菅原道真になりきっている。そのうち神さまになってしまいそうだ。突然、原稿の注文が2件きた。3枚と2枚だから大したことはない。すぐに書いて送ると相手は驚いていた。わたしは多忙なので雑文の注文は受けないのだが、その日のうちに書いてしまえるものなら書く。翌日以降の約束をすると縛られる。とりあえずいますぐに書けそうなら引き受ける。他にも雑用がメールで入ってきて何だか忙しかった。

11/08/木
大学3コマの日。本日は3コマとも学生たちにある程度、プレゼンテーションをしてもらったので、少し楽だった。3コマひとりでしゃべり続けると疲れてしまうのだが、本日はエネルギーが残っている。『見果てぬ夢』はゴールが見えている。プリントのチェックが終わりそうだということだが、かなり赤字を入れたので入力に時間がかかるだろう。それでもあと1週間もあれば片付くのではないか。その次に何をするか厳密には考えていない。ドストエフスキーを読むとか、宇宙論とか、やらなければならないことのメニューはあるので、まったくの空白になるわけではないが、当面、何を優先すべきかということについては、まだ決めていないということだ。学生たちの宿題が出るシーズンでもあるので、体調を維持しながら無理をしないように、少しのんびりしたい。

11/09/金
休み。妻と下北沢のユニクロに行く。中華料理屋で祝杯をあげる。『見果てぬ夢』のチェックが完了。まだ入力しないと完成ではないが、プリントに赤字を入れた状態で完成原稿ができた。かなり真っ赤になっているので入力作業には時間がかかる。でもとにかく完成した。系図も修正しないといけない。

11/10/土
休みだがマッサージに行く。帰って少し入力してみるが、新しいパソコンなので少し勝手が違う。パソコンではなくワードが新しいのだ。まあ、慣れの問題だろう。使い勝手が違うということで少し気分的に不安になっている。序章の入力終わる。この作品は4章に序章と終章がつく。序章は虚を衝いて在原業平の物語。終章は主人公が亡くなったあとの駆け足のその後の展開を年表ふうに記述したもの。双方とも本文の前後についた、少しトーンの違う文章で、これが効果をあげているのかどうか。よくないということになっても、もはや全体を書き直すことはできないのだが。序章が終わったところでパソコンを閉じて、学生の宿題を見る。完了。これで明日の日曜は作業に集中できる。小説家には休日はない。わたしのようにウィークデーに仕事をもっている作家はなおさら週末は休めない。しかしこの入力作業が終われば、少し休んでもいいかなと考えている。

11/11/日
日曜日か。今週はハードだった。先週の日曜日から3日連続で早朝に起きた。3日とも車で送ってもらったので何とかもちこたえた。文藝家協会の理事会が月曜日にあった。そういう中でプリントのチェックが終わったので、次のステップに進める。本日は1章の入力を終えた。赤字が多く入力が大変かと思ったが、1日で1章というのはいいペースだ。明日は大学の仕事があってそれほど進まないだろうが、火曜、水曜は時間がとれるので、そのあたりで作業を完了させたい。

11/12/月
大学。1限のあと夕方の学科会まで何もないが、武蔵野文学賞の候補作を読む作業でつぶれた。自分の仕事はもってこなかったのだが、1時間ほど時間があいたので、メモリーに入っていた『宇宙論』の序章を読み返してみる。わずかな修正を入れる。こうして少しずつ修正していけば、やがてパーフェクトなものになる。自宅に帰って『見果てぬ夢』の入力。会話が出てくると修正箇所が多くなる。ものものしいしゃべり方をしていたところを、ですます調に変えた。入力しながら、やりすぎてやわらかくなったところを少し元に戻したりもする。根気の要る作業だ。疲れて、わずかしか進まず。月曜の夜の作業はあまりがんばれない。火曜も朝1限があるからだ。早めに作業を中止する。さて。月曜日はフットボールの日。何とジャイアンツが2連敗。マニング弟は2試合連続タッチダウンなしだ。マニング兄のブロンコスは順調に連勝している。ここへ来て明暗が分かれた。毎年、ぎりぎりでプレーオフに臨むジャイアンツだから、これから調子を上げるだろう。ブロンコスがどこまで連勝を続けるかを注目したい。49ナーズは引き分け。え、引き分けだって! サッカーと違って、アメリカン・フットボールの試合で引き分けは珍しい。15分の延長では点が入るのがふつうだからだ。どうやら49ナーズのQBスミスが脳しんとうで退場したらしい。ニューオリンズ・セインツが復活を始めた。プレーオフ直前の進出争いが今年は例年よりも厳しいものになりそうだ。

11/13/火
大学。あとはひたすら仕事。『菅原道真の見果てぬ夢』4章に突入。あとがきもできた。

11/14/水
昨日から妻がいない。実家の義父母をつれて仕事場にいるはず。昨日は大学の1限のあとはひたすら仕事をしていたので一日が長かった。本日はその続き。ひたすら仕事。プリントした原稿に赤字が入っているのを入力するだけの機械的な作業だが、入力しながらさらに書き換えることもある。直しの少ないページだとどんどん作業が進む。ページ全体が真っ赤になっているところもある。どうやって入力すればいいのか考え込むこともある。夜はサッカー。じっと見ているひまはないので音だけ聞きつつ作業を進める。そういえば首相が明後日解散と言ったらしい。どうでもいいことだ。サッカーの方が重要。勝ってよかった。ワールドカップに出ないと面白くない。きわどいところで勝てるようになったのはチーム力が上がったのだろう。午前2時、ついに完了。あとがきもコピペして、600枚の大作がついに完成した。去年は2000枚の作品を書いたので(完成は今年の正月)、600枚というのは長篇とも感じられないし、実際に8月から書き始めたので、3ヵ月半の作業だった。しかし菅原道真という人が好きになった。真面目なところがわたしと似ている。実は、明日は大学で講演会があり、明後日は大阪へ日帰り、土曜日は著作権のレクチャーと、連日の行事があるので、本日、どうしても完成させておきたかった。締切があると、やるしかない。久々にハードな作業をした。全身が疲れている。老人にはきつい労働だ。しかし明日はのんびりと、親しい編集者と壇上で雑談すればいいだけだし、あとで飲み会もやりたい。作品が一つ完成する。祝う価値のあることだ。年に3冊から5冊くらい本を出すので、完成! という喜びの瞬間も、3〜5回あるわけだが、今回の作品は気に入っているので、喜びも大きい。次の仕事は、しばらく考えたくないが、「宇宙論」と、「カラマーゾフ」はつねに考えている。その前に緊急に書くべきテーマがあるか、のんびりと考えてみたい。

11/15/木
大学。本日は講演会。元『海燕』編集中の根本昌夫さんを招いて、文学についての雑談。まあ、雰囲気は伝わったと思う。自分が学生だったころは、学生は天下国家を論じるとともに、文学についてもそれなりの見識をもっていた。そういうムードがいまは失われている。それでも根本さんの話を聞いていて、昔のことを思い出した。学生にも伝わったと思う。吉祥寺が軽く飲んで帰る。昨日、仕事を片づけているので、本日はのんびりできる。

11/16/金
大阪へ日帰り。教育NPOの説明会。新大阪から徒歩のホテル。講演時間45分、大阪での滞在時間2時間。ところで新大阪の新幹線改札口の左手、以前、待合室のあったところが長く工事で封鎖されていたが、裏側に新しいビルができていたのだった。本日は裏の方にあるホテルだったので、大変に便利だったし、帰りの新幹線に乗るまでの30分くらい、その新しいビルにあるカフェで休んだ。新大阪の駅ビルの下にはろくな店がなかったので、この新ビルはありがたい。大阪は生まれ故郷であるが、実家がなくなったので縁もないのだが、それでも何かと大阪へ行く機会がある。大阪から京都方面に向かうと左右から山が迫ってくる。この感じが好きだ。

11/17/土
土曜だが早稲田の法学部の公開授業に参加。著作権についての恒例の催しで、これまでも何度か参加したことがある。今回のテーマは「キャラクター」。キャラクターは漫画が実写の画像があるとキャラとして認められるのだが、文字情報だけのキャラクターは立場が苦しいところだが、それでは広い意味の「原作」あるいは「翻案」といった概念で、ある程度は支えられている。一方、二次創作という立場からは、あまりがちがちに縛ってほしくないという要望もあるだろう。法律では細かく規定されていないのだが、業界では慣例で対応している。ただゲーム業者や配信業者など、これまでの慣例や常識をわきまえない新規参入の業者が増えているので、今後は混乱が予想される。まあ、はっきりしないところがあるから弁護士が頑張れる余地があるので、法学部の学生諸君には刺激になっただろうと思う。すごい雨が降っている。早めに帰宅できたのでよかったが、実家に行っていた妻がこれから帰ってくる。今週はずっと妻がいなかった。M大学での講演、大阪での勉強会、今日の法学部と、催しが3日続いたのだが、無事に終わることができた。こういう催しは、とにかく自分の体を現場に運んでいくのが仕事というようなところがある。催しが始まってしまえば雑談みたいなもので間をもたせればいいので、仕事というほどのこともない。来週は『読書人』の鼎談と、大学での講演がある。この講演は一人でしゃべるもので、体調をベストにしておきたい。

11/18/日
日曜日。ようやく休みになった。3日連続の講演のあとだけに、疲れを癒したい。ということで、あまり仕事はしなかったが、何もしないわけにもいかないので、『宇宙論』を書き始めた。1章の終わりまで書いて編集者に届ける。もう1つ、プランがある。困難な時代に対応する新たな哲学書のようなもの。これだけでは抽象的で、編集者に説明するのも難しいので、レジメの代わりにプロローグを書いてみようと思う。頭の中にプランはあるのだが、実際に書いてみないと、書けるかどうかわからない。文体が確立できれば、先に進めると思うのだが、とにかく書けそうだと思うところまで書いてみたい。出版不況の時代だから、魅力的な出だしでスタートしないと読者を獲得できないだろうし、逆に言えば、魅力的な出だしがあれば、先を読みたくなる。その意味で、小説と同様に、エッセーや評論にも、物語性が必要だ。そういうことを念頭において、試行錯誤を重ねたい。

11/19/月
本日は1限のあと、夕方の教授会までの時間、たっぷりと自分の仕事ができた。『宇宙論』も進んだし、『哲学』(タイトルがまだないのでこう読んでおく)も少し書いた。前者は数式のない哲学としての宇宙論、後者は新しい時代の新しい生き方といった内容だ。教授会が長びいたので、自宅に帰ってからはあまり仕事ができなかった。明日も1限の授業があるので、フットボールも録画設定をして早く寝る。そのフットボールだが、ロスリスバーガーが欠場したスティーラーズは負け、マニング弟のジャイアンツはお休み、マニング兄のブロンコスは快勝。49ナーズは明日の試合。マニング兄が抜けたコルツも応援しているのだが、ペイトリオッツに惨敗した。そろそろ年末が近づいてくる。レギュラーシーズンも終盤だ。

11/20/火
本日も1限。火曜日はそれだけなので帰ってもいいのだが、研究室で仕事。宇宙論を少し進める。夕方、文藝家協会で出版社の人などと協議。出版社が提案している隣接権について、わたしは必要な提案だと認識しているのだが、わたしの独断だけでは対応できないので、電子書籍委員長の永江さん、知的所有権副委員長の岳さんにも同席してもらった。これまでこの問題については、文化庁の会議や、政治家を集めた勉強会など、ずいぶん協力してきたつもりだが、なかなか先に進まない。わたし自身はやや疲れてきたので、今後は永江さんや岳さんに任せたいかな、という気分になっている。その後、夜は『読書人』の鼎談。ドストエフスキー翻訳の第一人者、亀山郁夫さんと、ドストエフスキー評論の第一人者、清水正さんという、ドストエフスキーのことばかり考えている人に混じって、3人で話をする。こちらはドストエフスキーに関する本を3冊出しているとはいえ、書いている時だけドストエフスキーの霊が降りてくるという書き方をしているので、ふだんのわたしはドストエフスキーが抜けている。とくにいまはまだ菅原道真の霊が憑いている状態なので、話ができるかと心配したのだが、ドストエフスキー亡者のごときお二人に刺激されて、とにかく何か話すことはできた。『カラマーゾフ』を書けと励まされたりもして、まだ文庫本を読み返している段階のわたしとしては、申し訳ないような気分であったが、やらねばならぬという気持にもなった。それにしても、『新釈悪霊』2200枚5000円の本を出して、誰が読むのか、と考えていたのだが、担当編集者、校正担当者の2人の他に、亀山さん、清水さん、それに『読書人』の女性編集者と、本日お目にかかった3人に読んでいただけたということがわかって、とても幸福な気分だった。ドストエフスキーについて語り合える人がいるというのは、ありがたいことだ。団塊の世代は、ドストエフスキーの最後の読者だとわたしは考えている。とはいえ、団塊の世代はまだ生きているので、あと10年くらいは、ドストエフスキーについて語ることが許されるのではないかと思う。幸福な気分で自宅に帰ると、河出の担当編集者からのメールが届いていて、『菅原道真の見果てぬ夢』の原稿を読み終えたとのこと。よかったと言っていただけて、ただちに入稿との知らせであった。1限の授業から始まった長い一日であったが、幸福な一日であった。

11/21/水
本日は休み。先週後半から昨日の鼎談まで行事がつらなっていたので疲れがたまっている。のんびりとすごす。当面の課題は『宇宙論』なので担当者にメールを送る。『夢』のゲラは12月半ばということなので、それまでは『宇宙論』を進行させたい。

11/22/木
大学3コマ。軽く飲み会。まだ一昨日の疲れが残っている。明後日も講演がある。これが終わってから態勢を立て直して、集中力を高めよう。

11/23/金
もともと金曜日は休みの日なので祝日でも関係はないが、世の中が休んでいるとメールも来ないので気は安まる。『宇宙論』をまた最初から読み返している。文体が少しゆるいか。これは大事なことなのでじっくり考えたい。小説はもちろんだが評論やエッセーの類でも文体が確立するまでには何度も試行錯誤を重ねることになる。いったん文体が定まると一気に書けるはずだ。

11/24/土
土曜日だが大学で講演会。西行と清盛について。今年はこのテーマで2回ほど講演したことがあるので、慣れてはいるのだが、講演は時間との勝負なので、毎回が一回きりのパフォーマンスだ。ただ自分の大学なので場所に慣れているし、多少は時間をオーバーしてもいいということだったので、気分よく話ができた。帰りは大学がタクシーを呼んでくれた。学生と飲んだあとタクシーで帰ったことはあるが、昼間タクシーに乗ることはないので、何か変な感じ。

11/25/日
日曜日は休み。今週は鼎談と講演があった。少し疲れたかな。来週もけっこうスケジュールがつまっている。

11/26/月
大学1限。夕方の会議まで時間はあるのだが、事務関係の人が来たりして、自分の仕事は進まず。ネットでフットボールの試合経過を見ていたせいもある。ジャイアンツ快勝。毎年、冬はニューヨーク・ジャイアンツとともに生きている。栄光のQBペイトン・マニングの弟として、注目を浴びながら、駄目な弟というイメージを背負っていたイーライ・マニングが2度のスーパーボウル制覇を達成した過程は、感動的なドラマであったが、日本でそのドラマを共感できる仲間に恵まれていない。去年のリーグ戦で、これで負ければ終わりという試合でダラス・カーボーイズに奇蹟の逆転勝ちをした時は、教え子の学生とネットの画面をにらんでいたのだが、画像のない文字情報だけの画面を見つめながら、ルールのわからない学生に状況を説明しながら、わたし一人が興奮していた。今シーズンのジャイアンツは、まったく不振だったのだが、本日、突然、脱皮したように元気になった。毎年、そういうチームだ。リーグ戦ではぎりぎりの状態になっているのに、プレーオフのトーナメントに出ると接戦に勝ってスーパーボウルに進出する。瀬戸際に強いチームだ。

11/27/火
大学。1限のあと、学生が来たので必要なことを話す。研究室に一人で来る学生は意欲的だ。意欲があれば何ごとも達成できる。わたしはそう思っている。わたしは意欲だけで生きてきた。こういうことをやりたいと思って、そのやりたいことを実現してきた。すでに60年を過ぎた自分の人生を振り返ってみると、多くの人々の支援によって今日の自分がある。自分の一人の力で何ごとかをなしたわけではない。しかし支援があっても本人の意欲がなければ何もなせないのだし、意欲があるという気配を発散することで、支援をしてくれる人が現れるのだから、意欲があれば何とかなるというわたしの判断は正しいのだろうと思う。夕刻、作品社の担当者と、友人の作家、岳真也さんと飲み会。岳さんの『幕末の外交官』の出版の祝いでもあるのだが、担当編集者の古稀の祝いでもある。わたしの人生は、年上の編集者に支えられてきた。新進の作家であったころは、年輩の編集者のアドバイスによって、何とか作家として認められめられるようになったのだが、気がつくと年上の編集者の多くは亡くなっている。作品社の担当者は唯一といっていい年上の編集者で、学ぶことも多いし、励まされることも多い。で、古稀になっても編集者をやめないでほしいという、願いをこめた飲み会である。その後、いろいろとおもしろいこともあったのだが、ここには書かない。飲み屋で懐かしい人に会ったりして、自分の人生を振り返ることになった。わたしは運のいい人間だと思っている。つねにいい編集者がそばにいて、励ましてくれる。そういうことがなければいまの自分はない。しかし考えてみれば、いまの自分というものには、もっとさまざまな人がかかわっている。文藝家協会で責任を押しつけられたいまは亡き江藤淳さんや、大学で教える機会をのもたらしてくれた、いまは亡き江中直紀さんや、さまざまな人との出会いがあった。100冊以上の本を出しているのだが、すべては編集者との出会いによって成立したものだ。人と出会うというのは、運なのかもしれないし、そうではない何かの力なのかとも考える。わたしが意欲をもって、命をかけて文学に取り組んでいるという姿勢が、人を招き寄せるのだと、わたしは自分勝手に考えている。というようなことはどうでもいいのであって、本日は5時から飲み始めて、いい飲み会であった。

11/28/水
文藝家協会で打ち合わせ。あとは宇宙論を少し。ところでアメリカンフットボールの話。リーグ戦も終盤に入って、各地区の優勝チームが見えてきた。AFCは東はペイトリオッツ、北はレイブンズ、南はテキサンズ、西はブロンコス。すべてほぼ決定だ。プレイオフはコルツが一歩リードし、あと1枠はスティーラーズとベンガルズの争いになる。ベンガルズの方が流れに乗っている。NFCは東はジャイアンツ、北はベアーズ、南はファルコンズ、西は49ナーズだろう。プレーオフはパッカーズが一歩優位、もう1枠はバイキングス、バッカニアーズ、シーホークスが並んでいる。1枠に3チームがひしめいている。混戦だが好きなチームが1つもないのでどうでもいい。ジャイアンツと49ナーズがトーナメントに進出できればそれでいい。

11/29/木
先々週、先週からの疲れがまだ残っていて、昨日は早めに寝た。で、本日は早めに起きたのだが、前にから気にかかっていた著作権がせらみの声明のようなものを執筆。原稿料の入らない文書。こういうものを書いている時、一種の快感がある。世のため人のために何かしているということ。これは淫靡な快感である。ヘンタイ的な快感といってもいい。世のため人のためになる仕事というのは誰にでもできるものではない。原稿料のない文章を書くことは誰にでもできるけれども、本当に必要とされる文章を無償で書くというのは誰にでもできることではない。そういう機会が与えられるというのは特権的な立場にいるということで、特権的という言葉には『異邦人』の主人公ムルソーが言ったような、殺人犯を裁く特権が検事や裁判官にあるのだとしても、そういう権威を否定する特権が誰にでもあるのだというような、そういう意味での特権だと考えるべきだろう。世の中の人は金のために仕事をしている。自分は金など要らないというスタンスで、もっと意味のある文章を書いている。そこが他の作家と違うところなのだよと、自分を慰めて、さて、本日も大学に出かける。木曜日は3コマあるのだが、最初の3年生の授業が、OBの就職体験を聞く会で休講になったので、研究室で学生の宿題などを見る。事務の人が研究室に来て、武蔵野文学賞の高校生部門の表彰式の時にわたしの著書を飾りたいというので、研究室にあった本を渡す。高校生部門のコンクールを始めたのは、大学の宣伝のためだが、この大学で創作指導をしているということを、世の中に宣伝して、才能のある若者に出会いたいというわたしの願望でもある。わたしがこの大学で教え始めて4年目だが、最初の2年は客員だったので、あまり宣伝できなかった。去年、専任になったので、大学のホームページでも告知をしてもらった。いまの2年生のレベルも高いのだが、1年生はもっと好さそうな予感がする。で、今年から高校生のコンクールを始めた。できれば才能のある若者に出会いたいというこちらの思いがあるのだが、べつにこの大学に入ってほしいということではない。いまの段階では、大学の宣伝の一貫としてコンクールを実施するというくらいのスタンスだ。武蔵野文学賞の他、優秀賞を3編選んだのだが、4人とも授賞式に来ていただけるということなので、出会いを楽しみにしている。4年生のゼミは卒論小説の提出が迫っている。すでに完成させた学生もいるし、途中までを提出する学生もいる。内定の決まった学生もいれば、まだ就活中の学生もいる。わたしはバブルの余韻が残っていた時期から大学の先生をしていた。その当時はアルバイトの賃金が高く、就職するとかえって収入がダウンするという時代だったから、小説家志望の学生は就職率は高くはなかった。W大学というブランドがあったからか、学生たちは妙な自信をもっていて、就職なんかしないぞという、そういうスタンスだった。しかし考えてみれば、このわたしだってちゃんと就職したのだ。就活はしなかったけれど、卒業してからふらっと就職しにいって、4年も働いていた。学生作家としてデビューしてそのまま作家になった人もいるけれども、空疎な作品しか書いていない。労働体験というものは必要なのだ。わたしのような観念的な人間でも労働した経験をもっていて、それが著作権の仕事でも役に立っている。世の中と関わり、少しでも世の人々のために尽くすというような感覚は、労働体験がないと出てこないものだろう。夜は大学院。大学院の授業は大サービスで語ることにしている。いつもより声がでかい。強い意志をもって大学院に入った若者たちだから、こちらもベストを尽くしたいと思っている。

11/30/金
文藝家協会で打ち合わせ。一昨日も文藝家協会で打ち合わせがあった。昨日は協会の仕事で原稿を書いた。こういう仕事はわたしにとっては雑用みたいなものだが、まあ、何とかこなしている。あとは宇宙論。とにかく第1章だけ書くということを目標に作業を進めている。


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