「400円ミステリー」創作ノート3

2002年9月

9月

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09/02
締め切りが今月の半ばになったので少し気が緩んだかもしれないが、いまは最初から読み返している。第一の殺人が起こるところまで読んだが、うまくいっている。かなり修正しながら読み進んできたが、修正が必要だとしても、基本的な部分は成功しているし、読み始めがうまくいっている。あとは後半のスピードアップとエンディングだが、とにかく先を続けて書きたいという意欲がわいてきたのはありがたい。
なお、今月は並行して「老犬介護日記」みたいなものを書きたいと思っている。長期化する場合はこの部分だけ独立させるかもしれないが、とりあえずこれまでの経過を書いておく。8/16に孫がスペインに帰ったので、翌日、動物病院に犬を引き取りに行った。完全に寝たきり状態になっている。入院する前は、自分で起きることはできなかったが、立たせてやれば数秒間は立っていられた。よろよろと前進することもできて、そのまま自分で倒れるのだが、伏せの状態になる。ところがいまは横倒しのままでまったく動けない。床ずれで毛皮の一部が破れていて痛々しい。
病院では点滴をしていたのだが、自宅に帰って注射器のようなもので水を与えた。ミルクも飲むようになった。いまはベビーカステラを食べる。はんぺんも食べる。元気になった感じがする。ただし寝たきりであることにはかわりはない。このままどういうことになるのか、様子を見守るしかない。

09/04
昨日、今日、明日と、三日続けて文化庁。とくに今日は午前の会議なので早起きをした。疲れる。少し二日酔いが残っている。昨夜は新潮社の編集者と三宿で飲んだ。団塊老人について何か書いてくれとのこと。すでに「中年って何」という恥ずかしいタイトルの本を光文社から出しているのだが、別の切り口で何か書けるか。来年のスケジュールはまだ空白だが、小説以外の仕事も確保しておきたい。

09/09
三日連続文化庁のあと、ペンクラブのシンポジウムと、忙しい一週間が終わり、今週はほぼ仕事に集中できる。というか、今週で完成させないといけない。現在、40ページが少し過ぎたところ。ワープロの1ページを原稿用紙3枚に設定しているので、120枚を越えている。注文は180〜200枚。70ページだと少しオーバーするが、目標をそのあたりにおいている。これからは毎日4ページが目標。ところで、全体の半分を過ぎたのに、まだ2人しか死んでいない。登場人物は6人なので、あと4人生き残っている。計画では、あと2人は死なないといけない。どんどん殺さないといけない。人を殺すというのは難しい。「新アスカ伝説」ではどんどん人が死ぬが、これは神話の世界だ。リアルな世界で人を死ぬというのは大変なことだ。しかし限られた枚数と時間の中でミステリーを書くためにはここを突破しないといけない。

09/12
どうもミステリーの創作ノートというのは書きづらい。犯人がここでわかってしまっては、読者に対して失礼だし、本が売れなくなるというおそれもある。で、進行中のミステリーについては、何も書かないことにする。
一昨日発売の「週刊朝日」のカラーグラビアに、わたしのエレーナの写真が出た。「縁あって父娘」というコーナーで、これは以前は「うちの嫁さん」というタイトルだったように思うのだが、まさか自分がここに登場するとは思わなかったが、しかしもし自分が出るとしたら、どんな嫁さんなのだろうと考えたことはあった。むろんずっと以前のことで、息子はまだ子供だったから、現実感はなかった。こうして実際にエレーナと一緒に写真に写って、しかもついでに孫まで写っているという現実が、何やら信じられない。
人生というものは、何が起こるかわからないということだろう。そういえば犬が寝たきりなるというのも想像外で、だいだい知人に話を聞いた限りでは、犬というものは突然ポックリ死ぬものと決まっている。寝たきり犬などというものは、話にも聞いたことがない。しかし実際にリュウノスケは寝たきりで、いまこうしてワープロを打っている時にも、視界の隅に眠っているリュウノスケの顔がちらちらしている。
さて、今月に入ってから、新潮社、佼成出版の編集者と、来年の仕事について話し合う機会があった。作家は、仕事と収入が保証されたサラリーマンと違って。自分で仕事を見つけないといけない、リストラされた失業者みたいな立場だ。といっても、年間に書ける本は、頑張って4冊、チョー頑張っても5冊ということだろう。小説2〜3冊、エッセー2冊で限界だ。その範囲内で、来年のスケジュールを調整しないといけない。
小説は今年中に「新アスカ伝説C」を書く。来年も少なくともDは書きたい。できればEも書きたい。それで2冊。限度だ。「頼朝」に続く「後白河」もやりたいが、「頼朝」の売れ行きを見てから判断すぺきだろう。ということで、エッセーを3冊書きたいという気がしている。あと1冊、前から約束しているものが2種あるのだが、出版事情が変化しているので、昔の口約束は、書く方も出す方も、そのままというわけにはいかないだろう。それとなく確認して、そろそろ来年のスケジュールを決めてしまいたい。

09/20
このところこのノートをあまり書かなくなった。まだミステリーは完成していないが、もはや犯人が判明する部分を書いているので、細かいことを書くわけにはいかない。この作品はミステリーではあるが謎解きやトリックに重点は置いていない。登場人物の存在感に重点を置いてなるべくリアルに書くように努めている。このところ神さまの出る話ばかり書いていたので、リアリティーというのは少し疲れる。主人公が空を飛ばない話はつまらない。それでもリアルな感覚を養うためには、時々この種の作品を書こうとは思っている。
何日か前に岳真也から電話があって、まだ完成していないという話を聞いた。笹倉は香港に取材に行くなど張り切っているようだ。まあ雰囲気として今月末まで締切は伸びるだろうと思っている。このミステリーは7月から取りかかっているので、わずか二百枚の作品にずいぶん時間がかかっているが、夏休みだったと思うしかない。実際に孫とずいぶん遊んだ。今月は文化庁や文芸家協会の会議も多かった。来週も文化庁3回にペンクラブの会議があって、休みはない。いよいよ犯人が登場したので、あと数ページで終わると思う。来月は「息長姫」に取りかかるので、どうしても今月中に片を付けたい。
前から約束していた「維摩経」をやるかどうか作品社に問い合わせたら、打ち合わせをしたいというので、どうもやる方向で進むようだ。ということで、来年は「団塊世代論」「十牛図」「維摩経」とエッセーが三つ揃ったので、スケジュールは満杯になった。あと小説を2冊、ということで、限度だ。小説はアスカ伝説シリーズの5巻、6巻、源平シリーズの後白河法皇、現代小説、の中から2冊ということだろう。
愛犬リュウノスケの近況。孫が来ていた間に預けていた病院から引き取ったのが8月16日だった。それから1カ月以上になるが、元気である。ますます元気になっていくようだ。病院では点滴だった。いまでも立ち上がれはしないが、食欲旺盛で、肉はばくばく食べるし、おなかがすくとワオーンと吠える。元気な頃はまったく吠えない犬だったので、生涯でいちばん吠えているのではないか。犬は横倒しになることに慣れていないので、床ずれがひどい。しかし痛みはないようだ。
寝たきりの犬を見ると胸が痛むが、どうしようもない。人に聞くと犬というものはポックリ逝くか、病んでもせいぜい数日、という話が多いのだが、うちの犬はこの元気では来年までもちそうだ。病院に入れる前は、自力では立てなかったが、少し支えてやると自分で立てた。一歩歩むとバタッと倒れた。その少し前は、一度立たせてやると、敷物のあるゾーンは自由に歩けて、どこかですべって倒れるまでは思うところに移動できた。それで、起きたい時にはクーンと鳴いて、起こしてくれとせがんでいた。それが1時間おきにあるので、仕事に集中できなかった。いまは完全横倒しなので、そういうことはないが、水が飲みたいとか何とか、けっこう呼びつけられる。針のない注射器のようなもので水をやる。手がかかる。犬はミルクが好きで、水をやると一口飲んで、「何だ水か」という顔つきになって、ゲゲッなどと音を立てる。ミルクだと赤ん坊のようにチュチュッと音を立てて飲み続ける。老いると赤ん坊に還るというけれども、まさにそのとおりだ。

09/22
連休に次男が帰ってきた。といっても、東京で飲み会があるので宿を借りに来ただけだ。老夫婦二人きりの生活に慣れているので、自分に息子がいることをふだんは忘れている。メールを送ったりはするのだが、それは一種の概念としての息子である。実体としての息子の存在感みたいなものは、目の前に実物がいないと希薄になってしまう。そして、長男はスペインにいて、次男は茨城県の土浦にいる。その距離感をふだんは意識しない。二人とも、とにかく家の中にいないということは同等である。しかしスペインは確かに遠い。土浦は、車に乗れば二時間くらいの距離だから、気が向けばすぐに帰ってこれる。で、次男が家の中にいるということが、何かしら、おっ、という感じだ。何年か前は、次男がいつも家にいて、わたしのパソコンを勝手に使っていたなとか、テレビのチャンネル権も息子に奪われていたなとか、そういったことをいまさらのように想い出す。子供が家の中にいる年月としてのは、自分の一生の中の一部にすぎない。けっこう大変な日々だったなと思う。
さて本日、400円ミステリーの草稿が完成した。これは第一次草稿で、要するに書いている文章が結びのところに到達したということだ。だがまだ完成したとはいえない。歴史小説だと時間軸に沿って物語が展開するので、エンディングと到達すればそれでほぼ完成だが、ミステリーの場合は伏せられたカードを一枚ずつめくっていくようなプロセスになる。ただストーリーを完成させておいてからカードをめくっていくと読者に先を読まれてしまうので、伏せられたカードの中身は作者もまだ知らない、というか、細部を決めていない、という状況でカードをめくっていく。読者の反応を見て、伏せられたカードの中身を変えてしまうことも、小説の場合は可能だ。
ということで、最初に予定した内容と、ガラッと変わってしまう場合もあるだろう。今回は大幅な変更はなかったが、細かいところで設定を変えたところもある。それからカードをめくっていく順番も変えるべきだと気づいた箇所がある。最後にめくったカードが切り札であるべきところを、少し前のところで真相をばらしてしまっている部分がある。また伏線がなく唐突に思いがけない事実が判明しているところもある。こういうところを、最初から読み返して、修正していかないといけない。修正しつつ最後まで進むと、また最初から修正する必要が出てくるかもしれない。これでは無限に作品が完成しないことになるが、タイムリミットがある。書き下ろしの場合、タイムリミットはないも同然だが、それでは効率がわるくなる。次の作品に取りかかるタイムリミットを自分で設定している。今月末には片をつけたい。

09/29
前日、愛犬リュウノスケが死去した。もう1月半にわたって寝たきりの状態だったので覚悟はしていた。やつれることもなく、苦しむこともなく、静かに息を引き取った。本日は葬儀。成城の近くの妙法寺というところで葬儀。ちゃんと「お上人さま」の読経があり、お焼香をあげる。お骨も立派な箱に入っている。気持ちの切り替えとしては必要な儀式だろう。リュウの不在はまだ実感がない。昨夜は遺体があって、静かに眠っている感じだった。今夜はまさにリュウの不在を実感することになるが、こういうものはじわじわと効いてくるのではないかと思う。
400円ミステリーの草稿チェック、本日で完了。つまり完成だ。タイトルはいちおう「リベンジ」ということになっている。同時発売のはずの岳、笹倉の状況がわからないので、発売の見通しは立っていない。それなりにいい作品が書けたと思っているのだが。
10月は「新アスカ伝説C/息長姫」を書く予定だったが、つごうでこの企画はペンディングになった。そこで仏教関連の2冊に取り組むことにする。まだ頭の切り替えができていないが、愛犬を失った悲しみを宗教で癒したいという気持ちもある。




          


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