「悪霊」創作ノート11

2012年01月

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01/01/日
正月。孫たちとともに過ごしている。次男一家は朝から買い物に出かけた。これ幸いと仕事に集中する。昼前に戻ってきたので、ネットで買ったおせちを出し、ワインで新年を祝う。あとはいつものように散歩を一時間。孫たちが遊んでいる喧騒の中でもメモをとる。プリントのチェックも進む。ロシアの文壇人が出てくるところ、少しかったるい。ネクラーソフとか、ピーサレフとか、ロシア文学に詳しい人にとってはおなじみの有名人なのだが、一般の読者にとっては退屈かもしれない。まあ、それでいいと思っている。この作品の第一のターゲットはロシア文学に詳しい人を想定している。ドストエフスキーの原典を読んでいる読者に新しい視点を提供するというのがこの作品の狙いだからだ。ただ原典を読んでいない人でも読めるようになっている。必要な説明はしているので、ネクラーソフという名前を知らなくてもかなり有名な詩人なのだなということはわかるようになっている。ネクラーソフは評論家のベリンスキーとともにドストエフスキーのデビューに立ち合った文壇人だ。これはとても重要なことだ。この文壇人の中にドストエフスキー自身は登場しないのだが、スイスのジュネーブの場面ではちらっとドストエフスキー本人が通過しているところが描かれている。ちょっとした作者(三田)のいたずらである。原典にはツルゲーネフをモデルとしてカルマジーロフという文豪が出てくるのだが、わたしの作品ではツルゲーネフという本名で出てくる。後半の舞台はトゥーラ県に設定してあるので、同県在住のトルストイも出てくる。ロシア三大文豪が登場する作品。ロシア文学愛好家に対するわたしのサービス精神みたいなものだ。

01/02/月
孫たちが出かけた隙にメモをとる。何だかエンディングの文章が書けたかなという気がする。まだ完全ではないし、パソコンに入力する時に書き換えることになるだろうが、とにかく草稿のメモは完了した。屋根裏部屋に隠してあったパソコンを取り出して入力作業を始める。あと数日で入力が終わる。プリントのチェックも始まっているので、月末とはいわず、月の半ばに完成するのではないかと思われる。編集者には月末と言ってあるので少し余裕ができてきた。
さて、今日は月曜日だ。フットボールの結果がわかる。わたしが支援しているジャイアンツとベンガルズが、勝てばプレイオフ進出という状態になっていたが、ジャイアンツは勝ち、ベンガルズは負けた。しかしベンガルズはライバルチームが負けたので、結果としてはプレイオフ進出が決まった。ということで、プレイオフのトーナメントが決まった。パッカーズのゾーンは49ナーズが第2シード、予選の1回戦はライオンズ対セインツ、ファルコンズ対ジャイアンツとなる。わたしが応援しているのはセインツとジャイアンツ、この両チームが勝つとすると、次はパッカーズ対ジャイアンツ、49ナーズ対セインツとなる。わたしはパッカーズ以外の3チームを応援しているので、ジャイアンツには頑張ってほしい。もう1つのペイトリオッツのゾーンは、レイブンズが第2シード。予選はベンガルズ対テキサンズ、スティーラーズ対ブロンコスとなる。わたしが応援しているベンガルズとスティーラーズが勝つとすると、次の対戦は、ペイトリオッツ対スティーラーズ、ベンガルズ対レイブンズとなる。当然ながらスティーラーズとベンガルズを応援することになる。今回のトーナメントは、応援するチームが適度にばらけているので最後まで楽しめそうだ。はっきり言って、パッカーズとペイトリオッツは圧倒的に強い。だからこそ番狂わせをジャイアンツとスティーラーズに期待したい。

01/03/火
ひたすら入力を続けてついにエンディングまでの入力を終わる。あとがきも草稿メモは書いた。これで草稿は完全に終了した。長かったが、ついに終わりが来た。しばらくの間は、これほど長いものには挑戦しない。とりあえずほっとしているが、まだプリントのチェックがある。しかしとにかく終わった。一人で祝杯を挙げるところだが、いまは正月なので次男がいる。次男と祝杯を挙げる。

01/04/水
次男一家が帰る。急に寂しくなるが、ほっとする。しばらくは休息したい。とりあえず「あとがき」を入力する。プリントのチェックも進める。第5章くらいのところを見ている。全体は3部18章になる。

01/05/木
プリントのチェック。第2部中篇に入っている。ここはスイスが舞台。バクーニン、ヴェーラ・フィグネル、オガリョフなど歴史上の人物が登場する。ネチャーエフは出てこない。この人物はピョートルにあまりにも近いので、出すわけにはいかない。この時期のジュネーヴにはドストエフスキーもいるので、ちらっと通り過ぎることになっている。作者のちょっとしたサービス。ニコライがシャートフを説得するシーンの宗教議論のレベルが驚くほど高い。いったい誰が書いたのだろう。自分でキーを打ったからそこに文字列があるわけだが、ドストエフスキーの霊が乗り移って書かせたのか、何か本を見て書いたのか、いまとなったはわからない。もう一度書けと言われても書けない。わたしは大学で小説の書き方を教えているのだが、こういうノウハウは教えられない。命がけのような気分で書いていると、時に何かの霊が乗り移って書けてしまう、というようなことではノウハウとはいえない。

01/06/金
世の中は始動しているようだ。こちらは正月の働き続けているのだが、世の中と交流する公用は正月期間はストップしている。まだ進行中の『新釈悪霊』の担当編集者に草稿完了の報告をした。折り返しメールが届いて、いまカントの仕上げに入っているので、こちらの原稿を読むのは一月末になるとのこと。それでプリントチェツクの作業はのんびりすることにした。時間を置くことによって、「気づく」こともある。ということで、ゆっくり作業を進めながら、あいまに今年の仕事について考えることにした。まずは「自分史」についての本を出すので、出だしの文章を考えた。昼に妻と近所のレストランに行き、それからスーパーに行った。そのアキ時間にメモをとる。スーパーの本屋で宇宙論関係の本3冊購入。ついでにお絵かきパズルの本も。イラストロジックとも呼ばれるこのパズルは赤インクでやるのだが、仕事場にある赤の液体インクのボールペンがインク切れになりそうなので、スーパーで探したのだが見つからない。それでペン先が万年筆タイプのものを購入。補充インクもたっぷり買った。これでお絵かきパズルができる。正月は終わった感じがしているが、これからまた三連休がある。幸いなことに大学は月曜日は休み。祭日のすべてを休みにすると月曜の授業数が減るので、月曜の祝日は休まないことが多いのだが成人の日は大学生に関係しているので休むことにしてあるのだろう。ちなみに年末の26日の月曜は開講だった。

01/07/土
土曜日。今年から日記に曜日を入れることにしたので、わざわざことわることはないのだが。いよいよフットボールのプレイオフが始まる。といっても結果がわかるのは明日だが。わたしは応援しているチームが5つある。本当はもう1つ、コルツを応援しているのだが、コルツはQBのマニングが今期は故障でほとんど勝てなかった。しかし残り5チームがプレイオフに臨む。そのうち予選免除になっているのは49ナーズだけ。残り4チームが直接対決なしにきれてにバラけた。従ってプレイオフ4戦は実にわかりやすい。応援するチームが最初から決まっている。プレイオフ出場全12チームのうち、下馬評が高いのは前回優勝のパッカーズだろう。このチームには弱点がない。ただプレイオフには流れがある。どんな強いチームでも負けることがある。順当に行くとジャイアンツがパッカーズに当たる。ジャイアンツはレギュラーシーズンでパッカーズに1点差負けのゲームがあった。勝つチャンスは充分にある。もう1つの準決勝はセインツと49ナーズになるだろう。これは双方を応援しているわたしとしては困った試合になる。圧倒的なオフェンスのパワーをもつセインツが圧勝するか、ディフェンスとランの力だけで第2シードになって49ナーズがもちこたえるか。このどちらもパッカーズに勝てる力はもっている。結局このゾーンは、パッカーズが負けるところを見たいという興味で見ることになる。それくらいにいまのパッカーズは強い。もう1つのゾーンはペイトリオッツにどのチームが勝つかということになる。順当に行けばベンガルズが当たる。ペンガルズはリーグ最終戦、勝てばプレイオフ出場という大事な試合に負けたが、運が味方して出場が決まったラッキーなチーム。しかも対戦相手が正QB不在のテキサンズなので勝つチャンスはある。ここでペンガルズが勝たないと、もう1つの期待はスティーラーズなのだが、負傷者が多くあまり期待できない。このゾーンは、運を味方にしたベンガルズに奇蹟のスーパーボウル出場を期待するしかないだろう。わたしはペイトリオッツが嫌いなのだが、昔は好きだった。スーパーボウルがパッカーズ対ペイトリオッツになったら、ペイトリオッツを応援する。実は監督のベリチックという暗い人物が好きだ。昔のジャイアンツ(日本の野球)の川上哲治みたいないやな奴なのだが、そこがいい。

01/08/日
日曜日。プレーオフの生中継があるので早起きをしてベンガルズを応援していたのだが惨敗。テキサンズはQBが控えの新人なのでダメだろうと思っていたのだが、フォスターのラン攻撃が冴えた。ベンガルズはラン・ディフェンスがまったくできていなかった。これでスティーラーズがペイトリオッツと当たることになる。そこで負けるとこのゾーンでは応援するチームがなくなってしまう。もう1つの試合はネットの速報を見ながら仕事をする。こちらはセインツの快勝。ただしセインツは49ナーズと次の試合で当たることになる。どちらを応援するか迷うが、まあ、どちらかが勝つので、カンファレンツの決勝戦が楽しみだ。このゾーンは明日の試合でジャイアンツが勝ってパッカーズと当たるはず。ジャイアンツに勝ってほしいが、結局、決勝はパッカーズ対セインツになるのではないか。もう1つのゾーンはスティーラーズに期待するしかなくなった。近くのイチゴ農園にイチゴを買いに行き、帰りに食堂に寄って生ビールを2杯。帰ってテレビの『清盛』を見る。わたしが原作というわけではないが、これのおかげで10年前の本が文庫になった。清盛は偉大な人物だしドラマチックな生き方をした人だ。何よりも出生の秘密をかかえているところがいい。ただ単純に元気いっぱいの人物として描かれそうなので、まあ、大した作品にはならないだろうと思う。わたしの小説では清盛はやや暗い人物として描かれている。わたしの小説はすべてがそうなのだが。やや暗い人物というのは、繊細で理知的な人物なのだ。

01/09/月
月曜日だが祝日。プレーオフ2日目。ジャイアンツは勝ったがスティーラーズは延長線で負けた。これでこちらのカンファレンスは応援するチームがなくなった。もう1つのゾーンは応援している3チームと宿敵パッカーズの対決になる。とにかくカンファレンスの決勝戦までは応援するチームは1つは残る。さて、明日は三宿に戻るので、仕事場のガレージの草刈りをする。かなり疲れた。それから近くの温泉に行って生ビールを一杯。これで仕事場での年末年始が終わる。孫たちとつきあえたし、『悪霊』の草稿も完成した。よい正月だった。木曜日から大学が始まり、金曜日には著作権関連の会議もある。日常が戻ってくる。

01/10/火
年末年始を仕事場で過ごした。大晦日と正月三が日は孫がいた。今年は大学のスタートが遅いので、2週間近く仕事場にいた。本日、三宿に移動。郵便物がドサッとある。年賀状も例年のごとし。月初めなので文芸誌なども郵便受けに入っている。特注の巨大な郵便受けなのでそっくり入っている。郵便物の整理だけで夜までかかってしまった。大学の宣伝ポスターが中央線に掲示されていて、そこにわたしの顔写真が出ているらしい。年賀状に目撃情報散見。さて、現在の仕事は『悪霊』のプリントを読むこと。後篇に入っている。ということは半分は終わったということ。これからの一週間でチェックが終わる。入力に一週間かかるとすると、月末の少し前に完成ということになるだろう。

01/11/水
久しぶりに北沢川散歩。三宿での日常が戻ってきた。仕事場で書いたぶんをプリントする。これでプリントが最後まで揃った。700ページ以上になる。紙が残り少なくなった。以前、というのはネット環境というものがなかった頃は、専用ワープロで打ったものは紙にプリントして編集者に手渡すか郵送していた。大量の紙とインクが必要だった。昔の専用ワープロはインクリボンを使っていたので、こういうランニングコストが大変だったし、通信販売みたいなものもなかったので、どこかに買いに行かなければならなかった。ネットの時代になると、短いものならワープロ内で完成すればすぐにメールに添付して送る。消耗品がなくなった。だから紙の買い置きみたいなものも、めったに補充しなくてよくなった。久しぶりに紙を買わなければならない。これは妻に頼む。たぶんアマゾンか何かで買うのだろう。

01/12/木
今年初めてのM大学出講日。3コマある日だが、もう仕上げの段階なので、ゆっくりとクールダウンしながら今年度を終わりに向かっているという段階。必要なことはすべて話てあるので、あとは学生諸君が創作したりレポートを書いたりしてくれるのを待つだけということだ。2週間も休みがあったので少し体がナマッているか。月曜日 に草刈りをした疲れがまだ残っているのか。本日はのんびりとフットボールでも(スティーラーズが延長で負けた試合なのだが)見ながらのんびりしたいと思う。

そのフットボール、12勝4敗のスティーラーズがなぜ8勝8敗のブロンコスに負けたのかと不思議だったが、実際に試合を見てわかった。QBのティーボーというのがすごい。神業のようなパスを投げる。以前にちらってこの選手を見た時は、ラン攻撃が中心で時々自分で持って走るところが特徴だが、パスは下手という印象があった。短い期間にパスの精度が高まっている。数年前、ジャイアンツが第6シードからスーパーボウル制覇をした時を思い出した。ペイント・マニングの弟というだけで注目されていたイーライ・マニングが、プレイオフの間に急成長して頂点に駆け上がった。あのスーパーボウルは対戦相手がペイトリオッツだった。そのペイトリオッツは次の試合でティーボーのブロンコスと対戦する。知将のベリチックがどのような対策を立てるかが注目される。わたしは突然、ブロンコスのファンになった。

01/13/金
図書館との定期協議。この協議の会場は書協と図書館側とが交互に会場を用意することになっているのだが、図書館側の時は図書館会館が使えない時はさまざまな場所で開かれる。東大、慶応など、大学図書館が使用されることもある。今回は早稲田。わたしは18年に渡って早稲田の先生をしていたが、図書館を利用したことはない。併設された会議場でシンポジウムのパネリストになったことはあるのだが。きれいな会議室があった。ここは昔、野球場だった。道の反対側は大学生協で、そこの本屋はよく利用した。研究費で本が買えたからだ。何か、久しぶりで懐かしかった。

01/14/土
終末は休み。来週はハードな一週間となるので休めるのはこの終末だけなのだが、わたしには休みというものはない。ひたすらプリントをチェックしようかと思っていたのだが、来週は外出が多く、パソコンでの作業ができない。プリントをチェックするだけなら出先でもできるので、入力作業を先に進めることにした。ここまで、前篇、中篇、後篇と三つのパートに分けるつもりでいた。最初がペテルブルグの前史、次がジュネーヴとパリ、最後が原典の書き換え、という構成なのだが、原典を圧縮することができなかったので、前篇+中篇と後篇とがほぼ同じ分量になった。ということで、後篇を二つに分けて、全体を四部にすることとした。いまプリントのチェックは第三部が終わったところ。そこでとりあえず第一部のチェックを入力することにした。この第一部は、何度もパソコン上で読み返してきたのでタイプミスはほとんどなく、赤字はほとんど入っていない。ということで、本日中に第一部の入力完了。ただし赤字の入力作業は集中力が必要なので、とても疲れた。明日は第二部を入力してみるか。実は第三部に入ってから、紙が真っ赤になるくらいチェックが入っている。これを入力するのは大変な作業になる。それと、700ページ以上のワード文書に新たな書き込みを入れると、そのぶんを後ろに送り込んでいくので、パソコン内部では大変な作業をやっているようで、ファンがものすごい音を立てる。何だかパソコンが気の毒になってくるのだが、文字遣いの統一などで検索をかけることがあり、どんなに長くでも1文書でやっていくしかない。とにかく第一部の入力は完了した。明日、第二部の入力が終われば、半分できたということで安心できる。

01/15/日
本日は早朝からフットボールの中継がある。わたしの自宅はケーブルとつながっているのだが(東の方にマンションが建った時にそういうことになった)、契約はしていない。ケーブルテレビだとリアルタイムでフットボールが見られるのだが、そんなことをすると仕事ができなくなる。しかしNHKで中継する時は見るしかない。しかし朝の4時まで仕事をしていたので、6時半に起きるのはつらい。7時半から見ることにした。テレビをつけると17対0でセインツのリード。わたしは一昨年のセインツのスーパーボウル制覇に狂喜乱舞したのだが、今年は49ナーズを密かに応援していた。実は前年度からのファンだ。前年度は負けっぱなしだったのだが、守備は強かった。ただ司令塔のスミスが下手だった。監督がディフェンス出身のシングレタリーだったからかもしれない。今年は監督が元QBのハーボーになった。レギュラーシーズンは連戦連勝だったが、守備が目立つだけでタッチダウンが少なかった。攻め込むのだが責めきれず、結局キックの3点しか入らない。そのためキッカーが新記録を作るというある意味で不名誉な結果になっていた。ところがわたしが見ていなかった1クォーターに2回もタッチダウンを挙げたらしい。スミスが別人になったのかと思ったが、本当に別人になっていた。その後、じりじりとセインツに迫られて、終了4分前に逆転された時は、健闘もここまでかと思われたのだが、そこからスミスが自分で走り込んで逆転し、さらに残り1分30秒で再逆転されたあとも、ものすごいパスを通して3秒前に奇蹟の逆転勝ちをしたい。こういう想定外のことが起こるからフットボールは面白い。野球と同じでフットボールも待ち時間があるから中継を見ていても仕事はできる。第二部の入力完了。これで半分だ。引き続き第三部の入力に取りかかる。

01/16/月
大学。2限だけの授業だが、5限に教授会がある。少し自分の仕事をした。ネットで確認すると、ジャイアンツがパッカーズに快勝していた。これはすごいことだ。しかしすごいことが起こったという驚きを共有する人がどこにもいない。自分一人で喜びと感動を胸に秘めている。教授会のあと、吉祥寺で新年会。自宅に帰って少し仕事。昨日、プリントのチェックをしている時に、突然、何かがわかった気がした。ドストエフスキー書き換えのシリーズはいま第3弾をやっているのだが、なぜこれをやっているのかわからなくなっていた。作業を始めてしまうと、なぜこれを始めたのかは忘れてしまう。しかし昨日、わかった。今回の主人公はキリーロフだ。埴谷さんが愛したキリーロフなのだが、結局、わたしはキリーロフに自分を投影しているのだ。そう考えてみると、『新釈罪と罰』のザミョートフも、『新釈白痴』のイッポリートも、書き手の思いが投影されている。それでいいのだと思う。書きたいから書いているのであり、それは自分の思いをそこに表現できるからだ。その意味で、このシリーズはつながっている。これはロシア文学の書き換えではない。現代の日本の文学なのだと自分では考えている。こういう形の自己表現ということがあってもいいはずだ。

01/17/火
銀行へ行く。今日の用はそれだけ。あとはプリントのチェック。大詰めに差しかかっている。ネチャーエフをモデルにしたといわれるピョートルの邪悪な計画が着々と進行する。主人公のニコライは気力が衰えた状態になっている。リーザやダーシャなど女性たちの動きも的確にとらえられている。語り手となるキリーロフはいよいよ神の領域に近づいている。ものすごい作品だと思う。ドストエフスキーの原作がすごいのだが、わたしが付加した部分も効果を挙げている。いい作品になっている。

01/18/水
初台の著作権情報センターで委員会。これは日当の出る会議。大久保の喫茶店で一時間ほど仕事。ニコライの告白のシーンをチェック。世界のすべての文学の中でも最も衝撃的で重い部分がここにある。しかしここに突然、モノローグのごとき文章が入るのは、やはり唐突で違和感がある。仕方がない。原典がそうなっているのだ。いや、原典ではすでに用意された印刷された文章が挿入されているのだが、わたしの書き換えでは生の声で告白することになる。違和感は拭えないのだが、これしかないと熟考して決断したので、このスタイルで押し切るしかない。教え子と「くろがね」に行く。昔からある小料理屋。早稲田文学の流れで行くことが多い。いま書いているこの作品の打ち合わせを一年前にここでやった。それ以来、一年ぶりにこの店に来てみたが、落ち着いた感じで話ができる。実にいい。いつまでこの店があるのか。心配だが、もう少し頻繁に来るべきだと感じた。

01/19/木
大学。2限はひたすらしゃべるコマ。本日は4年生が提出した卒論の展示会。3年ゼミの学生たちを連れていく。最後のコマは作品の提出日。あまり期待していなかったのだが皆、がんばって作品を提出してくれた。心をこめて読みたいと思う。自宅に帰ってプリントをチェックした部分を入力。ゴールに近づいている。夜中、ジャイアンツがパッカーズに勝った試合を見る。圧勝といっていい。レギュラーシーズンを9勝7敗で、ぎりぎりとプレーオフにすべりこんだチームとは思えない。突然強くなる。それがイーライ・マニングとジャイアンツの特徴だ。数年前のスーパーボウル制覇の時もこんな感じだった。さて、月曜日にはジャイアンツの49ナーズが対戦する。ジャイアンツが有利だろう。しかし49ナーズが勝って、スーパーボウルの相手がレイブンスだと、兄弟監督の対決となる。これはすごいことだ。マニング兄弟の対決という夢の実現の前に、ハーボー兄弟の対決というすごい試合が見られるのか楽しみだ。一方、ジャイアンツとペイトリオッツの対決になれば、ジャイアンツが勝ったスーパーボウルの再現になる。どちらも楽しい。月曜日にNHKは2試合をリアルタイムで中継するのだが、残念ながら大学の出講日だ。休んでしまいたい誘惑にかられるのだが、2年生のクラスの作品提出の日なので、はずすわけにはいかない。

01/20/金
文藝家協会。出版関係の人々と会う。出版デジタル機構という新しい組織を作って電子書籍の作成とアーカイブに取り組むという。文藝家協会も協力することを約束した。夜は文藝家協会の会議室で講演。電子書籍について。軽く飲みながらのサロン的な催し。終わって協会幹部の人々と打ち上げ。親しい人々と飲むのは楽しい。講演の前のアキ時間にプリントチェック。ついにチェックが終わった。まだパソコンへの入力が残っているが、ゴール寸前だ。

01/21/土
昨日、チェックを終えた部分の入力。ついに完了。完成だ。作業を終えると放心状態になるかと思っていたのだが、すぐに最初から読み返したくなった。主な登場人物の配置を少し変えた。第二部のタイトルを思いきって変える。「疾走する豚どもの群」としていたのを、「湖に集う革命家たち」に変えた。湖に落ち込む悪霊に取り憑かれた豚という新約聖書の一節が基本になっている。タイトルもそこから来ている。豚どもというのは革命家のことなのだろう。わたしの第二部にはゲルツェン、バクーニン、オガリョフ、ヴェーラ・フィグネルなど歴史上の革命家が登場する。夜はNHKラジオに出演する。生番組なので夜中にNHKに行かなければならない。

01/22/日
この終末は昨日がラジオ出演、今日がコーラスの練習で休みがない。まあ、今日は20年以上のつきあいの仲間との飲み会なので休みのようなもの。楽しく飲んだリラックスした。『悪霊』の読み直しも続けていく。読んでいくと直したくなるところがあるので、最後まで読んでみたい。

01/23/月
大学。朝からNHKがフットボールの中継をやっていたのだが、残念ながら出講日。朝、ペイトリオッツの勝利を確認してから家を出る。もしレイブンズが勝っていれば、監督の兄弟対決の可能性があるので49ナーズも支援したいと思っていたのだが、これでもう1試合はジャイアンツを応援しようと心を決める。大学に着いてネットで確認すると前半を終わってジャイアンツが3点リード。ところが1コマの授業を終えて研究室に戻ると同点になっていて、延長戦に突入した。じっと動かないネットの画面を見つめるうちに学生一人来室。以前、対カウボーイズ戦の奇蹟の逆転をともに見守った仲間である。するとジャイアンツが3点を入れて勝利。すごい。スーパーボウルはペイトリオッツ戦になるが、これは4年前と同じ組み合わせ。その時はジャイアンツが勝った。今年も勝つことを祈りたい。
『清盛』増刷決定。ありがたいこと。読者とNHKに感謝。

01/24/火
久しぶりの休み。先週は終末も外出の用があったので休みがなかった。いまは『悪霊』の最後の見直しの作業を進めている。主人公アリョーシャが少女を相手にロシアの民話を話す場面。この民話を何だろうと不思議に思った。トルストイの民話ではない。もちろん原典にこんなシーンはない。どうやら三田誠広のオリジナルのようだが、なぜこんな民話を思いついたのか記憶がない。仏教の影響が感じられるので、やはり自分で考えたのだろう。このところ自分の書いたものに記憶が欠落していることが多い。これは名人の域に近づきつつあるのだろうと自分では考えている。何も考えなくてもいつの間にか文章が書けていて、書いた途端に忘れてしまっている。読み返すと心の底から感動して涙が流れることもある。いったい誰がこんなすごいことを書いたのだと思う。もちろんドストエフスキーの書き換えだから、原典がすごいのだが、今回は前半部分はほとんどオリジナルなので、かなりの部分は自分が書いているのだ。

01/25/水
本日も休み。ただし自宅でインタビュー。「日刊ゲンダイ」で『男が泣ける歌』を紹介していただける。ありがたいこと。『悪霊』の見直しは第1部が終わる。担当編集者から飲み屋で受け取りたいという連絡。受け取りたいといってもいまはメールに貼り付けて送るので現物を持っていくわけではない。来週の初めに約束したが、それまでに見直しが完了するとは思えないのだが、編集者も読み始めないといけないだろうから、第1部だけプリントして持っていくことにした。ということで、本日はがんばって第1部の見直しを終える。ひまな時にプリントしておけばいい。

01/26/木
大学。2限、いつもと違う教室。教室が変わるとマイクのスイッチがどこにあるか、戸惑うこともあるのだが、この教室はわかりやすかった。4限、ここはゼミなのでインチメートな雰囲気。早めに切り上げて研究室で仕事。5限、ここは小説創作の指導。提出された作品の返却。みんなよくがんばって書いている。本日は文藝家協会の理事会だが、出講日なので欠席。あとで新年会をやるというので、飲み会だけ参加。ちょうどまだ挨拶をやっているところに合流できたので飲み会はフルに参加できた。自宅に帰って少し仕事。明日から終末にかけては公用がないので『悪霊』に集中できる。

01/27/金
本日は公用なし。終末まで三連休。嬉しい。とりあえず来週の火曜日に原稿を渡すことにしているので、第1部だけプリント。全体は4部なので4分の1にすぎないのだが、これだけでも600枚ある。去年書いた『道鏡』1冊ぶんだ。中身もずっしりしている。これだけでも1つの作品だといっていいくらいの展開がある。『悪霊』の原典を読み込んだ読者に対しては、これだけでも充分に面白いものになっていると思う。おなじみのキャラクターの青春時代が語られる。ニコライの姿に初々しさがある。4人の個性が浮き彫りになる。第1部を読むだけでも1週間くらいかかるだろうから、その間にチェックを終えてメールでデータを送ればいいだろう。読み直しの作業は第2部の真ん中くらい。ここにはバクーニンが登場する。ニコライはバクーニンをモデルにしたと言われているのだが、わたしの作品ではバクーニンとニコライが対決する。その間に挟まっているのが、ヴェーラ・フィグネル。実在の女性革命家だ。ちょっとした勘みたいなもので、この女性革命家を間に挟んで二人の英雄が対決すれば面白くなるかなと思っていた。実はその時点ではヴェーラの年齢を確認していなかった。十六歳くらいだといいないと思っていたら、残念ながら十二歳くらいだ。これでは話にならないと思ったのだが、強引に十二歳の少女を登場させた。それがうまくいっている。このあと、この作品の最大の山場が続く。ニコライが3人の友人を次々と回って、思想を吹き込む場面が、わたしの《前史》の山場となる。

01/28/土
今週の終末は休み。『悪霊』の最終チェック。まだ第2部の半ば。ここではピョートルとニコライの出会いが語られる。ネチャーエフをモデルにしたというこの人物も、作品の核を担っている。書いていてピョートルという人物はとらえにくいキャラクターだと思っていたのだが、読み返してみるとこの部分できわめて人間的な側面が語られている。自分でちゃんと書いているのに忘れてしまっている。夕方、女優の姉が来る。今年初めて。姉は70歳くらいだが、いまだに地方公演に出向いている。よく働いている。姉とは6歳違いだ。自分もよく働いていると思うが、姉には負ける。

01/29/日
休日。何事もなし。『悪霊』の最終チェック。第2部の後半、ここで視点が女性のダーシャになる。視点がくるくる変わるというわけではなく、基本的にはキリーロフが視点となる人物なのだが、キリーロフが登場しないところでも物語は進行するので、第2部からは状況に応じて視点となる人物がそのつど変わることになる。大長篇なのでこういうことがあってもいいだろう。

01/30/月
大学。月曜日の最終回。最終回に作品を提出する学生が何人か。返せないので指導はできない。昼休みにすべて読んでしまう。これで作業は完了。午後の3限、一年生のクラスのテスト。記述式。みんなよくがんばって書いている。この大学の学生は皆、真面目で好感がもてるのだが、少し心配になる。真面目なだけでは生きていけないのがいまの世の中だ。学科会がないので明るいうちに帰る。あとはひたすら『悪霊』のチェック。明日、担当者と会うのだが、第1部のプリントは用意してある。いま読み返しているのは第2部の後半。本日はデータをもってきていなかったが、2限は作品の受け取りだけだったので、1時間ほど自分の仕事ができそうだった。草稿の第1チェックが終わった段階のデータが研究室のパソコンに残っていたので、やりかけのところから第2部の終わりまでをプリントして作業することにした。自宅に帰って赤字を入力すればいい。研究室のプリンターはレーザーなのであっという間にプリントできた。明日は文藝家協会で打ち合わせをしてから担当者に会う。少しアキ時間があるのでこのプリントで作業をしようと思う。というところで、本日の深夜の作業は第3部にとりかかることにする。

01/31/火
文藝家協会で打ち合わせのあと、淡路町で作品社の担当者と呑む。第一部を渡す。これだけで600枚くらいある。全体で第四部まである。2000枚を越える大作。これを9ヵ月ほどで書いたことになる。よく書いたものだ。今月はこれでおしまい。『悪霊』の読み返しの作業がまだ続いているが、これは校正の作業に近い。実際の校正ゲラが出るのはずっと先で、その頃には憑依していたドストエフスキーの霊が立ち去っているだろうから、いまのうちに仕上げをしておきたい。データで入稿するので、パソコン内で詰めをしておけば校正作業はほとんど手間がかからないはずだ。


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