■優紀編■
6日目【7月26日】


 
 
Marine Blue Serenade
6日目

【 朝 /  /  / 夜 】


◆7月26日<朝>◆
『美鈴とのさよなら』


 


 俺は優紀さんに会いたくて、綾部家の別荘の前まで来る。

 まだ朝早い時間だし、仕事で住み込んでいるわけだから、遠慮したほうがいいとも思ったのだけど、どうしても今日会って、話をしたい。

 明日には自分の街に帰るんだから、今日を逃せばしばらく会えないだろう。
 昨日の別れ際の彼女の様子も気になったし…。

 でもなぁ、インターフォン押して美鈴とかが出て来ちゃったら、やっかいな事になるなぁ。

 う〜ん。

 俺はインターフォンのボタンに手を伸ばしたり引っ込めたりする。

 ええい、ままよ!

 俺は思いきってボタンを押そうと人差し指を大げさに構え、目をつぶって押そうとした。

「あんた、こんな所でなにしてんの!?」

 驚いて目を開けると、玄関のドアを開けて、美鈴が不信そうに俺を見ていた。

「あ…え〜っと」

 俺はボタンを押そうとした手のやり場に困って固まってしまった。

「私に会いに来た…って訳ではなさそうね。深川でしょう?」


 美鈴にはお見通しみたいだ。
 俺はなんとか言い訳をしようと、あたふたやってると、美鈴は手に持っていた大きなバックを俺に投げてよこした。見ると美鈴の左手にはキャスター付の大きなトランクが握られている。

 なんだ。美鈴達、今日で家に帰るのか…。

「深川はもういないわ。ついでだから荷物を運ぶの手伝ってよ」
「ちょっと…何で俺が」
「レディがこんなに荷物持ってるのに、手伝わないなんて非常識よ」
「誰がレディなんだ?」
「うるさいわね。がたがた言ってないで運びなさいよ。深川が何処に行ったか聞きたくないの」
「分かったよ…でも、なんだよこの荷物は? たかが別荘に来るだけなのに大げさじゃないのか」
「…違うわよ」

 美鈴は立ち止まって俺の方を振り向く。

「私は今からフランスへ発つの。そしてもう帰って来ないつもり」
「フランスへ…え?もう帰って来ないて…」

 俺の驚きを無視して美鈴は歩き始める。俺はあわてて後を追って美鈴の顔を窺った。

「そ。あんたの間抜け顔を見るのはこれが最後ね。私はお婆様の所で暮らすことにしたの。もうこの国はたくさん」

 寂しげに笑う美鈴。

「美鈴…」
「なによ。同情ならいらないからね。私は清々してるんだから。あんたも私がいなくなって嬉しいでしょ」

 少し投げやりな言い方で言う美鈴。そんな彼女に俺は寂しさを覚える。

「俺さ、本気に美鈴の事嫌っていたと思うか? 俺、最後だから言うけどお前がいなくなると寂くなるぜと思うぜ。口喧嘩する相手もいなくなるしさ」

 美鈴は少し驚いて俺を見つめたが、次の瞬間には俺から目を反らした。

「…分かってた。私だって本当は同じ気持ち。でも、お互い嫌われてるふりをしたまま別れましょう。そのほうが私たちらしいし…辛くないでしょ」
「美鈴…」

 伏せ目がちに言う美鈴。

「それで、深川の事は聞かない訳?」
「あ…ああ。優紀さんはどうしたんだ? 先に家の方に帰したのか?」
「いいえ、深川は昨日の夜、私がクビにしたの」
「なんだって!?」
「私がいなくなればあいつは失業だもの。それに最近のあいつの態度、気にくわなかったからね」

 嘘だ。美鈴は親とかにも黙って逃げる気でいるんだ。その証拠に見送りの車も人もいない。その黙っていなくなった責任を、優紀さんに押しつけたくないから発つ前日にクビにしたんだ。きっと。