Marine Blue Serenade
■5日目■
【 朝 / 昼 / 夕 / 夜 】
◆7月25日<朝>◆
『木漏れ日の中へ』
今日は朝から雨が降っていた。
二階の借りている部屋で、俺は窓から外を見る。
網戸越しの空はどんよりと曇り、雨が屋根に当たる音だけが辺りを支配していた。
姉貴は「これで少し涼しくなるな」なんて、雨を歓迎していたけど、俺は何処にも出かけられず暇を持て余していた。
まぁ、今日は特に約束なんてないし、たまにはゆっくりするのもいいな。
そう自分に言い聞かせてごろんと横になる。
その時、一階のリビングに置いてある電話が鳴った。
しばらくして階段を昇る足音がしたかと思うと姉貴がひょこり顔を覗かせた。
「まこと。岸田からだ」
姉貴がコードレスフォンをこちらに差し出して言う。俺は少し驚いてそれを受け取った。
よくあいつ、ここの電話番号、分かったな。
そんなことを思いながら電話に出る。
「もしもし、俺だけど」
「よう、元気か? そっちも降ってンだろ? 雨」
あっけらかんとした相変わらずの声が受話器越しに聞こえた。
「ああ。けっこう土砂降りだよ。それでどうしたんだ。わざわざ電話かけてきたりして…」
「ああ。ちょっとな。あのさぁ、お前の所に美和の奴、来てないか?」
「小野寺さん? いいや。彼女、どうかしたのか?」
「あいつ、昨日から家に帰ってないらしいんだ。携帯のほうも連絡つかないし…」
「え?」
昨日はちょっと遅かったからなぁ、彼女。
帰りに何かあったのか?
「なんでも昨日の夜、親と喧嘩して家を飛び出したままなんだそうだ。彼女の母親に頼まれて心当たりを当たってるのだが…そうか。お前の所だと思ったんだがな」
なんだ、一度、家に帰っていたのか。
俺は少しほっとしながら話を続ける。
「な、なんでだよ」
「お前、昨日も会ってるだろ? 美和と」
「そ、そんなわけないじゃないか。わざわざ連チャンでこんな遠いところまで来るわけないだろう?」
と、とっさに嘘を付く。
「なんだよ隠すことないじゃん、水臭い。俺の女性に関する情報網を甘くみるなよ。それにあいつは俺の幼なじみだ。俺が知らない訳ないんだぞ」
「……」
「ま、その事に対してとやかく言うつもりはない。ただ居場所を知っていたら隠さずに教えてくれ」
弘の奴、めずらしく声が焦ってる。
「俺も昨日の夕方別れたきり、会っていない」
「そうか。じゃぁ、もしお前の所にあいつが来たら俺の携帯に連絡くれ」
「ああ」
「頼んだぞ。…それとな、お前には話していなかったけど、実はあいつ、昔は体の弱かったんだ」
「え?」
「今は全然、大丈夫なんだけどな。中学の時に大手術をして、それが成功してからは健康人そのものだよ。だけど、それ以前は入退院を繰り返していたんだ。大丈夫とは分かっていてもやっぱりその辺りも心配なんだ」
「そうだったのか。全然知らなかったな…」
「まあ、こっちも見つかったら連絡するからよろしくな」
「わかった。それじゃあな」
俺はコードレスフォンを耳から離して”切”のボタンを押す。
昨日の夜から行方不明か…。
それに彼女、体が弱かったなんて初耳だ。今は大丈夫とか言っていたけど…。
いつも元気いっぱいの彼女からは想像がつかないな。
ん…ちょっと待てよ。友達の家とかに泊まったならいいが、もしそうじゃなかったら危ないんじゃないのか? 若い女の子が(しかも可愛い)深夜徘徊していたら、いくら治安のいい日本とはいえ、ちょっと心配だぞ。それにこの雨。昨日の夜半頃から降り続いてるからなぁ。もし、その雨に打たれていたら…。
俺はだんだんと心配になってきて、いても立ってもいられなくなった。
まさかとは思うが、今日もこっちに来てるかもしれない。
なんとなくそう思った俺は、探してみる事にした。
いなければいない方がいい。でも、もしこっちに来ていたら、どんな事をしても連れて帰らなきゃ…。
俺は姉貴に出かけるとだけ告げると玄関を出て、雨の町へと出かけた。
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