■美鈴編■
5日目【7月25日】


 
 
Marine Blue Serenade
5日目

【 朝 /  /  /  】


◆7月25日<朝>◆
『波打ち際のメモリー』




 今の時間は朝の6時。

 久しぶりに早起きをしたので、朝の散歩に天乃白浜へ向かって砂浜を歩く。
 誰もいない朝の海岸って気持ちいい。
 今日もまた暑くなりそうだ。今のうちに涼しさを満喫しておかなくては。

「あっ、宇佐美…」

 別荘地へ続く遊歩道から出てきたのは美鈴だった。

「なんだ美鈴、お前も散歩か?」
「うん…たまには一人で散歩するのもいいと思って」

 俺の前に駆け足でやってくる美鈴。ゆったりとした白のワンピースが朝の景色にとけ込んで、一瞬目を奪われそうになる。

「一緒に歩くか?」
「…うん」

 素直に頷く美鈴。昨日の事もあったせいか、今日の美鈴はなんだかしおらしい。

 波打ち際を美鈴と肩を並べてゆっくり歩く。潮風になびく髪を押さえながら彼女はすがすがしい表情をしていた。

「今日は”あたしン所の私有地から出て行きなさいよ!”なんて言わないんだね」
「なっ…ふぅ。いいのよ。せっかくこんなに気持ちのいい朝なんだからいがみ合うのなんて悲しいだけでしょ」
「無理してない?」
「な、なによ! あたしが文句言わないことがそんなに嫌なの?」

 怒って俺を睨む美鈴。

「ははは! いつもの美鈴らしくなった」
「まったくもうっ! …あら?」

 気がつくと美鈴の足元に茶色い仔犬がしっぽを振ってじゃれついていた。美鈴はしゃがんでその仔犬を抱き上げる。

「どうしたのお前? 迷子にでもなっちゃたの? ん?」

 美鈴が仔犬の顔に顔を近づけて話しかけた。その鼻先を子犬が舐める。

「きゃっ。あはは、か〜わいい」

 なんか、美鈴がこんなに楽しそうにしているのって珍しいよな。
 あれ? そういえば昔…

「美鈴、お前、昔から犬が好きだったな」
「え? …どうして知ってるの?」
「小学校の時、学校の裏山で犬を飼ってただろ?」
「なんだ、知られてたの。あれはあたしだけの秘密だったと思っていたのに」

 美鈴は仔犬を砂浜に降ろしと頭をなでてやっている。

「俺、あのとき漢字の書取りだったか、九九だったか忘れたけど、やってこなくて、放課後、罰当番をやらされていたんだ。その時、たまたま裏庭の掃除してて、お前が裏山に入って行くのを見かけたんだよ」
「そうだったの。ポリーは…あ、その犬の名前ね…子犬の時、公園に捨てられてたの。家に拾って帰ったのはいいけど、お父様、犬が苦手だから駄目だって言われて。仕方なく捨ててくるふりをしたけど、誰にも内緒で私が裏山で飼うことにしたの」
「給食のパンなんかやっていたよな。俺も何度かパンとかお菓子とかやってたんだぜ」
「え? 宇佐美が? 知らなかった」

 俺の方を見上げて嬉しそうに言う彼女。

「その犬、いつの間にかいなくなってたけど」
「ポリーはね…殺されたの」
「え?」
「ある時、上級生に見つかって、噛みついたらしいの。そのあと上級生達数人に蹴られてたわ。それを見つけたあたしはポリーに覆いかぶさって、あの子を庇ったんだ。皮肉ね…あたしがあの”綾部美鈴”だって知った上級生たちは逃げるように去っていった。でも、その傷が元で…」
「そうか…」
「ポリーはあたしの唯一の友達だった。放課後、裏庭に行くと山の入り口まで迎えに来ていて、よく一緒に遊んだわ。ポリーが死にそうになった時、あたし家に連れて帰ったの。でも、家の人間はポリーを見殺しにした…。家の倉庫で朝まで看病していたあたしが起きたときにはポリーは冷たくなってたわ」
「美鈴…」

 彼女の淡々とした口調が逆に痛々しさを感じさせる。俺はどう答えて良いかしばらく迷ってしまった。