「パンクロックはロンドンの怪人二十面相だった」
(歴史なんか信じない)より寺山修司はなんとダムドを見ていた、このことはダムドマニア、あるいは寺山が好きな人にとっては「なにそれ」って感じかも知れない。このこの両方に属する人には、もちろん私はそうだが、「へーぇ」と驚いてしまう。この文章を初めて目にしたときは、やるな寺山、と思わず笑ってしまったのを覚えている。ダムドの解散ライブに行っていたようだが、一度解散してしまったバンドがまた現われて、解散をしらせるために再度演奏した、ということなので1978年の春だと思われる。(時期についてはこのサイトのダムドページを参考 ダムドの1度目の解散)この文章の前半部ではパンクについてその熱い雰囲気を描写しているが、後半では体制による封じ込めでパンクが終焉してゆく、敗北なのだと結論づけ、パリの5月革命の落書きを引用している。
5月革命を引っぱり出してくるところが寺山らしいが、なんとなく寺山の歴史観のもっている寂寞とした印象がまた顔を覗かせている。またダムドにたいしての質問が最後に付されているのも詩人らしいところだ。
ちなみにこの文章の初出はどこからだかわからない。「大人狩り」シナリオや不良少年入門とかサザエさんの老後のためにとか、他ですでに収録されたものが集められているので、きっとこのダムド記もどこかにすでに収められていると思われる。また解説を大槻ケンジが書いておりちょっと熱すぎるが、こんな文章をのせている。
出会った人は幸福であり、知らずに二十代に達してしまった人は運のない人なのだ。
「解説・何も信じるな」(歴史なんか信じない 飛鳥新社)より
「幸福ってなによ」って詩人の声が聞こえてきそうだけけれど、私も大槻と変わらない感想をもっている。
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