ロンググッドバイ

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血があつい鉄道ならば

走りぬけてゆく汽車はいつかは心臓を通るだろう

同じ時代の誰かが

地を穿つさびしいひぴきを後にして

私はクリフォード・ブラウンの旅行案内の最後のペーシをめくる男だ

合言棄は A列車で行こう だ

そうだ A列車で行こう

ぞれがだめなら走って行こう

時速一○○キロのスピードてホーマーの「オデッセー」を読みとばしてゆく爽快さ!

想像力の冒険王! テーブルの上のアメリカ大陸を一日二往復目 目で走破しても

息切れしない私は 魂の車輪の直径を

メートル法ではかりながらがかすめる

「癌の谷」をいくつも越え捨ててきた

血があつい鉄道ならば

汽車の通らぬ裏通りもあるだろう

声の無人地域でハーモニカを吹いている孤独な老人たち! 木の箱をたたくとどこからともなく這い出してくる無数のカメたち

数少ないやさしいことばを預金通帳から出したり入れたりし 過去の職業安定所 噂のホームドラマを探しながら

年々、鉄路から離れてゆく

おっ母さんが狂った

汽笛狂いだ

水道の蛇口をひねるといきなり発車の合図のポーがとどろいた! どこもかしこもポーの時限装置をしかけられたのだ! せっかちさと響き! 「革命の理論」と駅伝マラソン、おっ母さんゆずりの時刻表にさきたてられ私はきく! 噴出する歴史の汽笛を! 

年少労働者たちのダンス教室から テレビジョンのなかで洪笑したミック・ジャガーの喉笛まで ボクシング・ジムのサンドバックから 自殺志願者のガスレンジまで

退屈はカメ それを追い越すウサギは想像力 急げや急げ! 汽笛がポー!

ポー! はオーネット・コールマンの旋律を手に入れた! ポー! はミュートも手に入れた 停年サラリーマンが階段をおりてゆく靴音よりもしみじみと地を這った! ポーは血の中の水雷だ! 暗い海峡の空駆ける見えない大陸横断列車の発車だ! 私はあわただしく書物を閉じる ポー! 私は髪を切る 鵙がかすめる ポー! 一日は一撃だ クビと雇用 愛と裏切り 二日酔いと生命保険 鬼ばばと一人息子の駅から駅へ! ポー!ポー!ポー! ポー! ポー! 

ウエスターン式の便器に腰かけて

水洗のノブを引っばると長い長い汽笛がポーが水をしぶき出す わが家は親父もおっ母さんもローカル線で 草深いトンネルの中に家具什器から仏壇まで 閉じこめてある ポーはトンネルを抜けて一泣き 国も畑もない一所不住の汽車一家!

むき出しのニクロム線の中を走ってゆく熱い主題の電流よ! 私のアパートから刑務所の炊事場まで地中をばく進してゆくガスよ!

ほとばしる水道の地下水! そしてまた、告発し、断罪する一○○の詩語のひしめきの響きょ! それらが一斉に告げる綱領なき革命の時のポーよ! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! ポー! 

3

タンスの冬着の下から

ナフタリンの匂いのしみついたシューリッヒ星図が出てきた

一九二八年十月月発見と共に突然失踪したグロメリン彗星の軌跡が

冬着の下にかくされてあったとは ガウスの天体力学も刑事も見落していたホシだ

新聞の科学概の十一段目の少年池谷薫は

クロメリン彗星の軌跡を推理し 算数し

捜索するために

屋根から夜空へかけて 一万マイルの

追跡をはじめる

さびしい天体望遠鏡のおとうとよ

暗い天球に新しい彗星を一つ発見するたぴきみが地上て喪失するものは何か?

4

走るこどは思想なのだ

ロンジュモーの駅馬車からマラソンのランナーまであらゆる者は走りながら生まれ 走りながら死んだ

休息するのには駅が必要だ だが どこにも駅はなかった

「つまりあなたは こう訊きたいのですね 駅はどこだ、と」

どこだ どこだ 新しい駅はどこだ、と。

後楽園のブルペン たそがれの名投手金田正一の沈むシンカーのどこだ、と 自殺した株式仲買人の中古ズポンのどこだ、と とぺなかった工業大学の人力飛行機のエンジンのどこだ、と

撞球台の荒野に追いつめられた赤球のどこだ、と 髭を剃り残したポクサー藤猛の表情のどこだ、と ヤマハオルガンの製造工場の年少労働者にとどく現金書留のどこだ、と 山本富士子が洗いはじめる全裸のどこだ、と

駅こそは第二の「癌の谷」! 親父の敵! おっ母さんの敵! 私の敵! 政敵!

走る者すべての敵だ、と

貰った一万語は

ぜんぶ「さよなら」に使い果したい

どうか悪く思わないでくれ!

速く走るためには負担重量ハンデを捨てねぱならぬ たとえ文法の撃鉄で

おっ母さんの二人や三人殺したとしても

ともかくく急げ! 汽管がなりひびくからりには時は今なのだ! ポーは遥かなる同志への連帯の合図 血と麦! そそり立つ肩ごしにふりむけば 見えるのだ一望のボーの車庫! そうだ! いまこそ約束の時と場所にむかって 血があつい鉄道となる朝だ! 

さあA列車て行こう

それがだめなら走って行こう

一にぎりの灰の地平

かがやける世界の滅亡にむかって!