この歌を聴くと、母を常磐津の師匠に、伯父を俳諧の宗匠に特つ中学生長吉の、いまは芸妓になった幼馴染お糸への恋心を、詩情豊かに描いた永井荷風の『すみだ川』が思い出される。荷風が「すみだ川」を「新小説」に発表したのが明治42年(1919)。この唄の情景描写などは、まさに荷風の世界そのもののように私には思える。
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作詞 佐藤惣之助 作曲 山田 栄一 唄 東海林太郎 台詞 田中 絹代 |
1.銀杏返し(いちょうがえし)に 黒襦子(くろじゅす)かけて 泣いて別れた すみだ川 思い出します 観音さまの 秋の日暮れの 鐘の声 (台詞1) ああそうだったわね。あなたが二十歳(はたち)、 わたしが17の時よ。いつも清元のお稽古から 帰って来ると、あなたは竹谷の渡し場で待っていて くれたわね。そして2人の姿が水に映るのを眺め ながらニッコリ笑って淋しく別れた、本当に はかない恋だったわね。・・・・・・・・ | 2.娘心の 仲見世歩く 春を待つ夜の 歳の市 更けりゃ泣けます 今戸の空に 幼馴染の お月様 (台詞2) あれからあたしは芸者に出たものだから、あなたは 逢ってくれないし、いつも観音様へお参りする度に、 まわり道して懐かしい隅田のほとりを歩きながら、 一人で泣いてたの。でも、もう泣きますまい、恋しい、 恋しいと思っていた初恋のあなたに逢えたんですもの。 今年はきっと、きっと嬉しい春を迎えますわ。・・・・ 3.都鳥さえ 一羽じゃ飛ばぬ 昔恋しい 水の面(おも) 逢えば溶けます 涙の胸に 河岸の柳も 春の雪 |
1937年(昭和12年) |