宮城道雄(1894-1956)は
生後1年にも満たず眼病を患い弱視となり8歳頃には完全に失明。
生田流2代目中島検校に弟子入りし箏を習い11歳で免許皆伝。 14歳で処女作「水の変態」を作曲、 昭和4年(1929)に「春の海」を発表する。 宮城道雄は西洋音楽の要素を邦楽に導入することによって、邦楽の活性化をはかり、新しい音楽世界を開拓し続けた。 古典の箏曲をこよなく愛した宮城は、その強弱法を巧みに使い分けた繊細、緻密かつ推進力のある卓越した名演奏で、古典を現代に蘇らせることに成功し、天才箏曲家とうたわれるに至る。 |