国 済 寺

深谷市国済寺 



 室町初期、北関東の諸豪族への抑えとしてこの地に庁鼻和城を築いた上杉憲英は、康応2年

(1390)俊翁令山禅師を招いて城内に国済寺を建立しました。上杉氏の居城は後に唐沢川

に面した深谷城に移りましたが、国済寺は法灯を守りつづけ江戸時代には徳川家より30石の

朱印地を拝領しています。現在の城址は国道によって分断され、大半は市街地になってしまい

ましたが、唯一境内には今でも濠や土塁の跡が残されています。



     黒  門


 四脚門形式の門で国済寺の

総門にあたります。三門正面

より右に寄っているので後世

になって少々ずらされたよう

です。建立は江戸中期(17

00〜33)頃とみられ、深

谷市の文化財にも指定されて

います。





     三  門


 やや小ぶりな楼門形式の門

で、こちらは本来の伽藍配置

に倣って本堂の正面に建って

います。建立は江戸初期と見

られていますが木肌が新しく

よく見ると近年全面修復され

たようで一部に古材が残され

ています。





     本  堂


 文化財指定にはなっていな

いので、明治以降の再建にな

る建物のようですが、今は古

色を帯びていて名刹に相応し

く落ち着いた佇まいです。





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