6L6GC三結シングル広帯域 アンプ






  前章の16A8 ULシングルでもPP

 アンプ並の低音を得る事には成功したの

 ですが、出力に寄与しない打消し回路側

 の消費電力が増幅側と同じだけ必要だっ

 たので、出力の割にPPアンプ並の電力

 を消費してしまうアンプでした。

  そこで前回同様に直流磁化を打ち消し

 ながら、消費電力を出来るだけ抑えるよ

 うな回路を考えてみました。


 といっても昔からあるクラーフ結合のチョーク負荷や抵抗の替りを定電流回路としたもので、真空管

アンプの場合は高電圧なので従来は半導体での定電流回路が難しかったのですが、今は高電圧用の半導

体も廉価に入手可能なので、費用とスペースの都合で半導体による定電流負荷を採用しました。

 事前にバラックセットで試作して大体の特性は掴んでいたので、これなら実用性があると思い、冒頭

写真にある昔使っていたシャーシを再活用させて常用機として組んでみる事にしました。電源トランス

も古いものですが、OPTも同時代のものなので雰囲気としては合っているように思います。

 また、このOPTは打消しの有無で顕著な違いが出るようにPP用のOPTを使いました。シングル

用は直流磁化に対処する為にコア組みがバットジョイントで、さらにギャップを設けてあるのですが、

この為に直流を流さない状態でも低域特性を左右するインダクタンスはさほど大きくありません。しか

しPP用は巻線に流れる直流はPP上下で打消し合いますし、バランスが崩れたとしても、通常の動作

ではシングル方式のような大電流が流れる事はありませんから、総じてPP用OPTのインダクタンス

は大きな値になるように設計されています。ですから本機のように低域特性を向上させる為に打消しを

掛ける使い方なら、PP用OPTの方が有利になります。

 という訳で、本機は以前に作ったシングルアンプをOPTを載せ替えたりして改造したもので、それ

に打消し用の定電流回路を追加したものです。さらに低域特性が有利になるように内部抵抗が低くなる

三結としました。一方で、PP用のOPTをシングル用として使うと、前章のアンプのように高域特性

にアバレが出る恐れがあったので、カソードフォロワで出力管をドライブする事により、前段(正確に

はドライブ段と出力段の間)の高域特性を伸ばすようにしました。このようにしておけばOPTで高域

のアバレが発生しても、同じ終段に補正を入れて抑えれば、最終的にNFを掛けた状態での特性は広帯

域特性を維持出来ると思ったからです。

 また出力動作の説明はあまり必要ないと思いますが、ごく普通のカソードフォロア直結の三結アンプ

となっています。そして6L6GCの規格表の三結動作例では2.4Wの出力となっているのですが、本

機では最大定格を守っているのに3W近い出力を得る事に成功しています。ドライブ段にもっと電流を

流して強力にドライブすれば3Wオーバーも可能ですが、今回は打消し効果の方がメインテーマなので

本機の出力としてはこれで十分と考えました。

 という事で最終的に以下のような回路になりました。



 この電源回路ですが、使用したメイントランスは過去に作ったアンプの流用で現在は廃番ですから、

今なら野口のPMC−100Mを使うのが良いでしょう。となると以下のような電源回路が合理的だと

思います。なお、トータルで600Vを超える高電圧を扱う事になるので、くれぐれも感電しないよう

に注意して作業して下さい。



 さらに定電流回路についても説明しておきますと、基本の回路は下の図の左側で定電流値はRs抵抗

の値で決まります。ベース電流は一定になるように別の変動のない電源から流すようにして、hfeの

バラツキ等の影響を受けないように計算値よりも多めに流すようにします。



 この基本回路はNch素子で示しましたが、本機の回路ではPch素子を使うので全体の極性を反転

させています。それでも定数の求め方は基本回路と同じですが、Q2の素子は常時6Wを消費するので

コレクタ損失の大きな石を使わなくてはなりません。しかし入手可能なPchの高耐圧バイポーラ素子

のコレクタ損失はせいぜい10W程度なので、高電圧を掛けて常時6Wを消費させる使い方には不安が

残ります。しかしNchの石なら高耐圧で尚且つコレクタ損失30W級の石が何種類かあるので、これ

をダーリントン接続として極性を反転させて使う事にしました。また定電流回路はカットオフ電圧から

クリップポイントまで振幅するので(A2級の場合はさらにプラスの領域まで)図のQ2の石の耐圧は

定電流回路の電源電圧の倍程度必要となります。本機は回路的には直結ドライブで強力なA2級動作も

可能ですが、今回使用した素子は耐圧がギリギリなので、ごく軽いA2級としています。

 ちなみに何故Pch素子で定電流回路を組むのか? それは安定したベース電流を得る為で、Nch

素子で回路を組むと左右別々の独立したベース電源を用意しなければなりません。しかしPch素子で

組めば、上の図の「本機の回路」のようにベース抵抗が負荷を跨ぐ事で安定したベース電流が得られま

す。一石多くなりますが他の部品は必要なく結果的に回路を簡略に出来ます。なおQ1のCE間に100

μF10Vが入っているのは、電源投入時に「ボコッ」という異音が発生するのを抑える為です。

 という事で定電流回路の説明が長くなりましたが、次に気になる諸特性を見て頂きたいと思います。


    諸 特 性

 クリップポイントは2.8Wで、

ここまでは打消しが有効に働い

ているようですが、定電流回路

が飽和すると各周波数とも波形

の頭が切れて歪率が急増してい

ます。またシングル方式にも拘

らず1W付近では低域の特性が

一番低歪となっています。


無歪出力2.8W THD1.5%

NFB 4.6dB

DF=8 on-off法1kHz 1V

利得 12.9dB(4.4倍)1kHz

残留ノイズ 0.40mV




 次に周波数特性ですが、超高域の100kHzを超えた所で大きな山谷が出来ていました。左右とも似たよ

うな特性だったので、案の定PP用のOPTをシングル動作で使った為のようです。しかし今回は高域

端でのアバレなので、これなら補正で対処できると思い色々試してみたところ微分補正330PFでピーク

が下がったので、これで最終特性としました。




 前章の打消しアンプではチョロQトランスを使ったのですが、高域でも割と低いところで大アバレを

していたので、これを補正で潰そうと思うと可聴帯域まで影響を受けてしまいそうでした。そこで専用

の特製OPTの使用を余儀なくされたのですが、今回は一転して簡単な補正で対処出来る程度のアバレ

だったので、OPTによっての相性があるのかも知れません。


 雑  感

 本機は3W程度のシングルアンプにしては部品数が多くなってしまいましたが、低域についてはPP

アンプにも全く引けを取りませんし中高域はシングル方式らしく素直ですから、製作の手間にも充分報

いるセットになったと思います。

 さらに古典管などの希少管で、どうしてもPPにするだけの本数が揃わない場合に、シングル方式で

もPPに負けない広帯域で鳴らす事が出来るので、希少球のパフォーマンスを最大限に引き出せる回路

ではないかと思います。もっともタムラの数万円の大型トランスを購入すれば手軽に実現できますが、

そんな資金はないという方には朗報ではないかと思います。




本機を省エネ打消し式と称する理由

 今回の打消し回路は、差動電源式SEPPアンプの出力にマッチングトランスを繋いだ時と同じよう

な様式の回路で、接地ポイントが違いますが、電源の中点とPP回路の中点が同電位ならOPTにDC

が流れる事はありません。という意味で打消し式と称しました。

 これを図に示すと右のようになり 

ます。増幅回路に流す電流と定電流 

回路に流す電流が等しければ、図の 

P点と電源の中点電位は等しくなり 

DCループは二つの電源を繋ぐよう 

に大回りで流れます。 

 一方、電圧を上げて単電源式とし 

出力コンデンサーでDCを遮断して 

トランスを繋いでも回路は成立しま 

すので、本機では簡潔にする為に単 

電源としています。 

 この上の図で注目して頂きたいのは、増幅回路の電源電圧360Vに対して上側の定電流回路の電源

電圧が260Vと大幅に低くなっている事です。この事が「前章の打消し方式よりも省エネ」と謳って

いる理由で、今回の方式では増幅部の電圧と同じ電圧でなくても打消し動作が可能となっています。な

らば、もっと下げても打消しは可能と思うかも知れませんが、確かにプレート電圧が一定ならば20V

もあればトランスにDCが流れなくなりますが、実際には信号が入る度にプレートが振幅し電位が変動

するので、そのプレート電位の変動に追従出来るだけの電圧が必要になります。

 では打消しに必要な電圧はどのように求めるのか、以下の特性図を見るとプレート電位P点は負荷線

のA点とB点の間を移動しますが、カットオフ側のB点まで移動するとプレート電圧は500V付近ま

で達する事になります。当然、定電流回路の動作もこの電圧変化に追従しなければならないので、静止

時の電圧330V(360V−カソード電位30V)からカットオフに達する電圧までの「差の電圧」

約200Vを余裕を持って上回る電圧が定電流回路の電源電圧として必要になります。



 またロードラインが6kΩと7kΩの2本引いてあるのは、1次インンピーダンス6kΩという規格

のOPTを使用したのですが打消し側の電源電圧が180Vでは不足だったので、動作点はグラフの通

りに設定しているのでOPTのインピーダンスが7k近くあるのかも知れないと思い、ロードラインを

引き直したものです。もっとも実際はそれでも不足だったので、電圧変化の大きい定電流回路では2、

3割は余裕を見て設計した方が良さそうです。

 という事で、参考までに当初の回路は以下のような回路でした。



 本機のようにインバーテッドダーリントン方式の定電流回路で単電源方式にすると、測定などの連続

信号でクリップ状態になると定電流回路が気絶してしまって、クリップ出力以上の測定が出来なくなる

ので、当初はこの二段電源方式で組んで諸特性を測定してから、冒頭に提示している単電源方式とした

ものです。それに、この電源回路ではあまりにゴチャゴチャで実験機のようですから、簡潔化の為にも

単電源方式に改造したという訳です。