晴耕庵の談話室

NO.35


ESSAY

99/12/29
標題:この国のなまえ


ロンドン憶良様


BOJロンドン事務所に勤務するYと申します。偶然このホームページに
アクセスし、大変興味深かったので、以前小生がある雑誌に投稿した
拙文を添付します。
生意気なことを書いていますが未だロンドン生活2年に足らない新参者
故貴HPで色々勉強させていただきたく思っております。


この国のなまえ


ロンドンの金融街シティーに、「英国閣」という日本レストランがあって、
そこに英国人を連れていった時、何故この国をaykokuと呼ぶのかと問
われた。

「そもそもは、England、正確にはそのポルトガル語読みのInglezを、英
吉利(という字を書いてみせ)と表わし最初の字にnationを意味する言
葉を付け加えたもので、英雄の国という意味です。
なお、2番目の字だと、「吉国」、何と私の名前と同じになり目出度い国
という意味になります。
最後の字を使うと「利国」で金利、利益の国という、これはシティーに最
も相応しい名前です。実によく出来た名称ではないでしょうか」…
口から出任せを言いながら冷汗が出て来た。日本語の融通無碍な表記
も考え物である。

これが英国だからいいが、本来意味のない当て字だから説明に窮する
ケースもありうる。米の輸入問題が騒しかった頃、日本はアメリカを「米の
国」と呼びながら何故輸入に反対するのかと皮肉を言われた向きも多い
のではないか。
ベルギー(白耳義)やペルー(秘露)となるともっと苦しい。尤も「晩香坡」
(バンクーバー)のように字面と実体が見事に一致した例もあるが。

さて、「英国」に話を戻すと、英国人にとっても自らの国をどう呼ぶかは
必ずしも簡単でないようだ。
正式名称は「大ブリテン・北アイルランド連合王国」、英国の語源England
は、大ブリテン3地域の1つに過ぎない。
日本国外務省の正式文書でも略称は「連合王国」だ(自らの恥を曝すと、
学生時代父親の知人の外交官から届いた、「連合王国駐在を命じられ」
という挨拶状をみてアフリカの地図を開いたことがあった)。

実際の呼び方としては、United Kingdom(U.K.)、Britain、Englandの3種類
がある。
イングランドは狭すぎるし、ブリテンでも北アイルランド関係者は不満だろう。
それでは、U.K.が「政治的に正しい」かというと、王制廃止論者はkingdom
に、北アイルランドは固よりスコットランド、ウエールズでも台頭している独立
あるいは自治権拡大論者はunitedに抵抗がありそうだ。

これではこの国(としか呼びようがない)の人と交際する側も神経を使うこと
になる。
筆者の場合、相手に合わせるという無節操だが無難な方法をとっている。
ところで中央銀行の名称は「イングランド」銀行だ。そもそも同行の設立は
1694年でイングランドとスコットランドの統一よりも古い。
ものの本によれば国立でなくシティーの民間銀行として設立され、本来
Bank of London なり、City Bankとでも呼ばれるべきだったのが何故かイン
グランド銀行となったそうだ。日本語訳も「英国銀行」でなく、「英蘭銀行」で
ある。

スコットランド出身者に「イングランド銀行という名前に抵抗はないですか」
と聞いたところ、何とも洒脱な答が返ってきた。
「スコットランドには中央銀行が3つもありますから」。

確かに彼の地では今でも地元の民間銀行が銀行券を発行している(外貨
との交換が難しい等厳密な意味の法定貨幣ではないようだ)。その裏には
イングランドとスコットランドの歴史的な因縁を踏まえた政治的配慮がある
のだろう。因みに北アイルランドでも独自通貨が流通しているそうだ

こうした地域主義は通貨統合の議論にも当然関わってくる。
かつてのフランス王室との繋がりを通じて大陸欧州への親近感があるスコ
ットランドではユーロ導入支持論がイングランドより強い。
一方仮にユーロが導入されると北アイルランドとアイルランドが同じ通貨を
持つことになる。
それらが「連合王国」のidentityに如何なる影響を及ぼすのか、そもそも
欧州「連合」の中で「連合」王国とはどういうことか…
などと考えを巡らしていたら、手元にあった雑誌の記事が目に止った。
その記事の名は、Can the United Kingdom stay united?

                              Y in London
              
イギリスという国はない

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