ノルマンディー歴史紀行

いざ行かん、早春のノルマンディーへ




激安チラシに釣られ

 2001年3月5日から9日までの5日間、早春のパリ自由旅行”*****円”
ただし航空会社・乗換地未定という、おそろしくいい加減そうな某著名
旅行社の、期近激安投げ込みチラシに釣られて、家人三名でノコノコ
と出かけることにした。

 目的は世界遺産モンサンミッシェルや、征服王ウィリアム公やジャン
ヌ・ダルクゆかりのルーアン・カーン・バイユーを訪れたいと思ったから
である。

 出発前に、図書館から2冊の本を借りて読んだ。

L・リッチ著、C・スタンフィールド画、幸田礼雅訳
「ノルマンディー歴史紀行1833年スケッチ集」
(新評論)

秋山満著
「フランス鉄道の旅」
(光文社)

 前書は約170年も前の出版である。筆者は英国人のジャーナリスト
である。彼はドーバーからカレーに渡り、海岸沿いに南下、ノルマン
ディーの果てサン・モロまで旅した。
 スケッチ画家による当時の風景と、訳者が訪れ写した比較写真で
時代の推移が分かり、また観光案内書にはない歴史伝承が詳しく面
白い。

 後書は、1931年生まれの著者であるが、若向きの案内書にはない
高年齢向きの鉄道割引や、博物館の入館割引あるいは地図など記
載されており、憶良夫妻には大変参考になった。

 ジャンヌ・ド・アークについては手許の劇画を読み直した。

安彦良和画、大谷暢順原著
「ジャンヌ」
NHK出版

 最新版(2001-2002)の「地球の歩き方・フランス」を購入持参した。


いい日旅立ちハプニング

 出発日直前に、「フライトはルフトハンザのフランクフルト乗換」との
連絡があった。欧州系でもいろいろあるから、まずは安心。

 旅にはハプニングがつきものであるが、成田に行くとエコノミーがオ
ーバーブッキングでビジネスに格上げという。もうこれだけで「ラッキ
ー」な気分である。

 最近TVでエコノミークラス症候群の報道があったので、六甲の水を
買い持参していたが、おかげで快適な機内サービスを受け、ペットボ
トルを空けずに済んだ。

 



郷愁のノルマンディー地方

 フランスの超特急TJBを利用した旅も考えたが、ガイドの説明を聞
いてみたいとマイバス社のバスツアーを使った。(いささか安易に利用
したと反省している)



 早朝7時半、バスはオペラ座に近い同社を出発。ルーブルやオルセ
ー美術館、コンコルド広場、エッフェル塔など眺めながらパリの市街を
出ると、すぐに田園地帯となる。

 一路ノルマンディーへと高速道路を走る。芽生え前の落葉した樹林
と緑の農牧地が延々と広がる。ガイドがノルマンディーがフランスの中
でも肥沃な小麦や酪農生産地帯であることを解説する。



 憶良氏にとっては、中世の騎士が馬を馳せ、ドイツの戦車が走り回
ったであろう戦場跡に見える。
 カーンに近づくと、ガイドが1944年6月6日のDデイ「第2次大戦のノ
ルマンディー上陸作戦」を説明するが、乗客の殆どは若い男女。興味
ないのかぐうぐう寝ている。
 当時の激戦を描いた映画「史上最大の作戦」は、多くの観客を魅了
したが、第2次大戦を知らない現在の若い日本人には遥か所の昔の
物語になったようである。

 「モン・サン・ミッシェル大修道院へ行った」という実績が大事で、ノル
マンディーという風景や歴史背景には興味がないのであろうか。

 しかし歴史好きの若い方々のご参考までに、「第2次大戦のノルマン
ディー上陸作戦」を描いた図書や映画を紹介しよう。

C・ライアン著、近藤 等訳
「いちばん長い日」(世界ノンフィクション全集)
筑摩書房

アメリカの報道班員コーネリアス・ライアンが、従軍の体験と、作戦に
関係した連合軍、ドイツ軍、フランスのレジスタンスなどの生存者や遺
族など、1千人以上に面接して、できるだけ客観的に、まとめたもの。
いわゆる個人の体験談だけでないので、ノンフィクションとして、評価
は高い。アメリカだけでなく、フランス訳、ドイツ訳も当時のベストセラー
だった。

映画「The Longest Day」(邦画名「史上最大の作戦」)
上記の著書にもとずき制作されたものである。
映画「Saving Private Ryann」(邦画名「プライベート・ライアン」)
ノルマンディー作戦に従軍していた「ライアン一等兵の救出作戦」で
ある。なぜライアン一等兵を救出せねばならなかったのか?それは
映画をごらんください。



モン・サン・ミッシェル大修道院(1)

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