「見よ、あの彗星を」
ノルマン征服記

第14章 北海の巨王(その3)



だが、世界を股にかけて戦を続けてきた武人ハラルド・ハードラダ王
にとって、平和は退屈そのものであった。
これまで緊張感に溢れた戦場に明け暮れていたので、単調な日々に
イライラしていた。
部下たちも、ヴァイキングとしての略奪征服の日々から、農作業や漁
仕事に戻ってもその単純さに倦厭(けんえん)しはじめていた。

イングランドからフランダースに亡命していたトスティ卿が、デンマーク
王スウェインとの同盟に失敗し、ノルウェー王ハラルド・ハードラダに、
イングランド侵攻の話を持ち込んだのは、この退屈さに身を持て余し
ていた時であった。

ノルウェー王の館では、美しい民族衣装をまとったエリザベス王妃、マ
グナス王子、オラフ王子、マリヤ姫、イングリッド姫らが遠来のトスティ
卿を出迎えた。

ヴァイキング達は、イングランドやフランスの海岸地帯から略奪してき
た財宝や衣装をもとに、荒々しさと優雅さを渾然と融和させた独自の
文明を築きつつあった。
オスロ郊外の宮殿は、トスティ卿一行が驚嘆したほど立派な建築であ
った。


ハードラダ苛烈王と対面したトスティ卿は、兄ハロルド王の非を訴え熱
弁をふるった。
しかし、ハードラダ苛烈王は、
「トスティ卿、話は良く分かった。しかしあんたら兄弟喧嘩の助太刀に、
わざわざイングランドまで出掛けることはねえと思うがのう。気が進ま
ん」
と、表面は冷ややかな答えをした。

トスティ卿は、必死になって続けた。
「いやいや、この話は私憤のためではありません。エドワード懺悔王
なきあとの王位には、王にふさわしい方が必要です。懺悔王の前の
王であったハースカヌート王は、
イングランド王位についてマグナス王と盟を結ばれていましたから、
マグナス王の跡目を継がれたハードラダ王にこそ、イングランド王位
継承権があります。
王位をわが兄が継いだのは不遜です。ハードラダ王を戴くために私
は遥々参上したのです。」
具体的なイングランド王位の話に、ハードラダ王とその幕下の将は顔
を見合わせた。



「だがのうトスティ卿、ハロルド新王の兵は、すこぶる強いとの噂じゃ。
この国を遠く離れての出陣が、万一不首尾に終われば、元も子もな
いからのう」
「ご懸念には及びません。兄ハロルドは陰険で国民に人気がありま
せん。私が帰れば多くの郷士が決起します。ハードラダ王を主と仰ぎ、
王の下にその宰相として国土を統治したいと考えています。スコット
ランド王マルコム三世とも昔から親しいので、彼も協力してくれると思
います」
と、トスティ卿は弁舌さわやかに語り続けた。

ハードラダ王は左右の重臣たちを見廻した。
久しぶりの戦話に、ヴァイキング達の血が沸きはじめていた。彼らは
ハードラダ王にうなづき返した。
ハードラダ王は、太腿ほどもあろうかと思われる腕を伸ばして、トステ
ィ卿と握手をした。


「よかろうトスティ卿。この話に乗ったぜ。よう、皆の者、歓迎の宴だ!
酒を注げ!」
「オウッ!」
「スコール(乾杯)!」
ハードラダ王は、酒の雫を顎鬚から滴らせながら、
「マグナスは豪の者だったが早死しやがった。惜しい奴だったがなあ、
お陰でロシア
帰りのこのおれがマグナスを継いだから、理屈からすりゃ成る程俺に
もイングランド王位継承権とやらがあるな」
「そうですともハードラダ王、やりましょう!スコール!」
たかがヴァイキングの王と見くびって来たところが、ハードラダ王の粗
暴さの奥に隠されているスケールの大きさが分かってきた。
遥々ノルウェーまで来た甲斐があったと、涙さえこぼれた。
同床異夢の盟約は、たちどころに成立した。


ハードラダ王は、後顧の憂いのないように長子のマグナス王子を摂政
皇太子に任じた。
国内の兵を二分し、半数を皇太子につけ、在郷軍とした。
あとの半数をイングランド侵攻軍とし、次男のオラフ王子を副司令官に
任命した。
北海、バルチック海、黒海、地中海を荒らし回った苛烈王ハードラダで
ある。
現代流に表現すれば、国際経験豊かな大海軍提督とでも言えよう。
唯のヴァイキング王ではなかった。


第15章大彗星出現(その1)

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