「見よ、あの彗星を」
ノルマン征服記

第11章 呪いの嵐

(その2)


ウィリアム公には、ある遠大な計画があった。
ハロルド伯をどのように処遇するか、すでに側臣ウォルターや重臣た
ちと内密に作戦が練られていた。

「ハロルド伯一行を国賓待遇で丁重にもてなすように」
との指示が出された。ルーアン城では連日のように派手な夜会が開
催された。
美しく装った公妃マチルダをはじめ、乙女らしい清純さに溢れた息女
アガサ姫などが、ハロルド伯を歓待した。
イングランドに比べ垢抜けしたノルマンディの姫君たちと、本場のワイ
ンにハロルド伯の家臣たちは、たちまち酔いしいれた。

伯や一行の夜伽をする美女たちは、側臣ウォルターの指示を受けた女
牒者であった。イングランドの男たちは、貴重な情報を寝物語に喋った。



ウィリアム公はハロルド伯の技を試すため狩に誘った。
音に聞くハロルド伯の武芸に、公は内心舌を巻いた。
ハロルド伯もまた、疾走する愛馬の上から強弓をいとも軽々と引くウィ
リアム公の腕前に、恐怖すら覚えた。
公は、ハロルド伯を近隣諸国との小競り合いにも同道した。

その頃、ウィリアム公に根強く抵抗していたのは、ノルマンディの西隣
ブルターニュ地方の領主コーナン伯であった。

「森の中で鹿を射るより、城攻めの方が我々には向いていそうだな」
と、ウィリアム公はハロルド伯と、轡を並べて西へと進軍した。

「ハロルド伯殿、ご覧あれ。あれが、わが曾祖父リチャード一世が建
立したモン・サン・ミッシェル大寺院だ」
ウィリアム公の指差す彼方には、花崗岩の小島に、修道院の尖塔
がそそり立っていた。

「噂には聞いていましたが、実に雄大な眺めに感服しています」
「今夜はこの寺院に泊まろう。島全体が城塞となるから安全だ。それ
にコーナン伯の立て篭もるドル城までは、僅か10マイルだ」
ウィリアム公にとって、ブルターニュ攻略は、負ける懸念のない作戦
だった。



ブルターニュの名は、大ブリテン(イングランド・ウェールズ・スコットラ
ンド)に対する、小ブリテンの意である。

古代、アングロサクソン人が大ブリテン島を侵略した時、一部のケルト
人が海を渡って、この地に住み着いていた。
ケルト民族の一派であるブルターニュ人の気性は、ヴァイキングの子
孫、ノルマン人とは相容れないものがあった。

コーナン伯がウィリアム公に抵抗したのは、業とでもいえる血の沸りに
よるものであった。



一行がキュスノン川を渡っている時、ちょっとした事件が起こった。
ウィリアム公の従者2名が激流に足を取られ、溺れかかった。
これを見たハロルド伯は、着衣のまま飛び込み、双手に一人づつ兵
を掴み、危ないところを助けた。
ウィリアム公も兵士たちも、ハロルド伯の義侠心に、惜しみない拍手
をし、伯の腕力の強さに驚嘆した。




こうしてキュスノン川を渡ったウィリアム軍は、コーナン伯のドル城を
激しく攻めた。コーナン伯は城の裏窓から逃走し、ディナン城に篭城
した。
だが、戦上手で知られたウィリアム公とハロルド伯の攻撃に、さしもの
コーナン伯も遂に降参し、城の鍵を差し出した。
城と引き換えに、一命を保障するという中世のルールである。

「ハロルド伯殿、面白かったな。それにしても貴殿のお手並みには惚
れ惚れした。まさに騎士の鑑だ。皆の者も、伯の武勇を見習うがよい」
と、ハロルド伯の武勲を称えた。



ある日、ウィリアム公はハロルド伯に真剣な顔をして尋ねた。
「エドワード懺悔王と余は1051年に密約を交わしている。王が没した
後は王の母エマ皇太后の甥の子になる余が、イングランド王位を継承
することになっているが、宰相たる貴殿に異存はあるまいな」
「異存はござらぬ」
と、答えざるをえなかった。

亡父ゴッドウィン伯と起こした反乱が、皮肉にもこうした形で13年後に
言質を取られようとは、夢にも思わなかった。

「それでは早速、余の家臣や聖職者たちを集めよう。貴殿は王冠を譲
り受ける意志がないことを、神にかけて宣誓してもらいたい」
ハロルド伯は、バイユー城内の教会で、神殿に手を置き宣誓した。

「ハロルド伯殿、これを縁にわが娘アガサと婚約してはどうか」
「承知仕った」
ハロルド伯には愛妾がいることを承知の申し出だった。
もし断れば命が危なかった。




数日後、ハロルド伯は無事イングランドに帰国したが、伯にとって、い
くら悔やんでも悔やみきれない舟遊びであった。

どこかで、ウェールズ王グリューフィドの哄笑がしたように思った。



第12章 兄弟不和

「見よ、あの彗星を」Do You Know NORMAN?へ戻る

いざないと目次へ戻る

ホームページへ戻る