第3部 薊(あざみ)の国

第10章 ダンカン、マクベス、マルコムの血戦(2)

前頁より




 マクベス王の帰国を手薬煉(てぐすね)引いて待っていたのは、国
境を接するノーザンブリアの領主シワード候である。マクベス王がロ
ーマ巡礼中、シワード候はひそかに兵を鍛えていた。
シワード候は24歳に成人した甥のマルコムをロンドンから呼び戻す
べく、書状を書いた。

 マルコムは12年の歳月を過ごしたウェストミンスター宮殿に参内し、
懺悔王に別れを告げた。懺悔王はマルコムに手厚い軍資金を餞別
として与え、援助の兵をつけ、仇討ちの成功を祈った。

 宮殿を去る青年マルコムの胸中には、スコットランド侵攻の日が来
た喜びと、住み慣れたロンドンを去る寂しさが複雑に交錯していた。

 辺境から亡命してきた孤独な少年の日々、無学文盲に近いマルコ
ムは、宮廷で嘲笑の的になっていた。ことに権勢の中枢にいたゴッド
ウィン家の一族は、あからさまに蔑視した。その一族の中で、変わり
者のトスティ卿だけがマルコムに親しかった。

 トスティ卿は、その兄であるゴッドウィン家の家長ハロルド伯と兄弟
仲が悪かった。宮廷でマルコムを庇護したのは政治的には傀儡の王、
エドワード懺悔王とひねくれ者のトスティ卿の二人だけであった。楽し
い思い出よりも嫌な経験の多かった亡命生活ではあったが、去るとな
れば感慨無量のものがあった。

「マルコム、マクベスめがローマから帰って来たとな。仇討ちの成功を
祈るよ。そのうち俺も何処かの領主になるだろうから、その時は仲よく
やろうぜ」
「有難う、必ず父親の無念を晴らすよ」
 華やかな宮廷生活には馴染めない偏屈者の二人は、固い握手をし
た。



第10章 ダンカン、マクベス、マルコムの血戦(3)


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