第1部 凱 歌

第1章 眞白き塔(3)




 その間にウォルターは、ノルマンディーから連れてきた老練な城大工
を棟梁として、雑兵軍夫水夫を総動員して築城に従事させた。石材や
木材はかねてよりノルマンディーから運搬してくる手筈をつけていた。

 古代ローマ軍団の砦跡は、テームズ河に面した丘にあったから、輸
送の便はすこぶるよく、資材は次々と到着した。
 経験豊富な棟梁は、砦の周囲に幅広く深い空堀を掘り、土塁を高く
盛り上げる典型的なノルマン様式の砦の縄張を頭に描いていた。

 砦の中央部は更に一段と高く土盛りして、急拵えの物見櫓を築いた。
僅か二カ月の突貫工事であった。棟梁は、砦の完成をウォルター卿に
報告した。

「本来ならば、王様のご希望どうり格好のよい『真白き塔』(ホワイト・
タワー)をキープ(天守閣)として築きてえのでごぜえますが、暫くは急
場しのぎの櫓でご勘弁くだせえまし。しかし、できるだけ早く資材を調
えて、必ず『真白き塔』を築きまする」

「ウム、ホワイト・タワーは、余がこの国の制覇を実現した暁の夢とし
よう。それまでによく設計を考えておいてくれ。ご苦労であった。これ
を褒美に遣わそう」



 ウィリアム王は、多額の金貨を棟梁に与えた。
 王は、物見櫓に立って、市内を一望の下に収めていた。聖ポール
大寺院や聖トリニティ教会など、シティの中心地に古くからそそり立
つ大屋根が、すぐそばに見えた。

 ロンドン橋の下を通過する船はもとより、遠く河口付近の帆船の動
きも、手に取るように眺められた。
「ウォルター。この砦を『ロンドン塔』(タワー・オブ・ロンドン)と命名し
よう。ロンドン城とかロンドン砦というよりずっとよい。ハハハッ、余も
結構文学的ではないか。この櫓もそのうち石造りの『真白き塔』に作
り替えるからな、それまでは余は命を落とさぬぞ」
 ウィリアム王は、ロンドン塔の完成に、すこぶる満足であった。
「これで兵士達も熟睡出来るな」
 出来上がってみると、この小さな砦は想像以上にロンドン大商人・
市民達に脅威を与えた。

 

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