われ国を建つ


第1部 凱歌

第1章 眞白き塔




 降っているのか、舞い上がっているのか分からないほどの、細やか
な雪が、朝とはいえまだほの暗い空を覆っていた。雪は、羽毛のよう
にふんわりと空中を漂っていた。

 クリスマスの一夜が明けると、壮麗なウェストミンスター大寺院と道
を隔てて並び立つ宮殿の周辺は、昨日の大儀式と火事場の喧騒が
まるで嘘ごとのように、ひっそりと静もりかえっていた。群集の足で泥
田のようにぬかるんでいた街路や広場は、粉雪で見事なまでに化粧
直しをされていた。

 宮殿の周囲に張られた幾つかの幕舎の辺りから立ち上がる煙のほ
かに、動くものはなかった。



 天幕の外では、万一の場合に備えて、親衛隊の兵士達が寝ずの番
をしていた。太陽の光はまだ射さないが、白々と明けた朝を迎えて、
彼らはホッと一息をつき、小さくなった焚火に薪を投げ入れて、暖をと
っていた。

「ブルブルッ、何という底冷えじゃあ。海峡一つ渡るだけでイングラン
ドはこんなに寒いもんかのう」
「まったくじゃ。寒いというより痛いちゅうたほうがいいような冷たさじゃ
もんな」
「大きな声ではいえんが、秋口に大戦が済んでよかったのう。この寒
さと雪の中じゃあ戦いなどとてもとても難しいわい」
「いやいや、この冬にまだまだあるかもしれぬぞ。きのうの戴冠式で
のアングロサクソン人達の顔付きを見てみろ。あの喚き声を思い出し
てみろ。火付け騒動を考えてみろ。少しでも油断すると、こちらがブス
ッと殺られるぞ」

 と、頬に傷跡のある古参の小隊長が、説教めいた口調で、若い部下
達の気を引き締めていた。

 占領地の警備がどんなに大変か、どれほど怖いかを知っている歴
戦の隊長の言葉だけに、新参の兵は身震いしながら大きく肯いた。
寒さだけの震えではなかった。

 彼らが警備しているウェストミンスター宮殿は、現在「ビッグ・ベン」と
呼ばれる有名な時計台のある英国国会議事堂の場所にあった。

 宮殿の三階の窓辺に、人影が現れた。



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