少女はグラマー・スクールに

(前頁より)



先輩の話を聞こう。

「英国では11歳で小学校を卒業すると次は中学と高校を一緒にした
ような5年制の学校に進学する。これが3種類ある。厳密にはもっとあ
るが、まあざっと3種類と理解していいだろう」

私立  インディペンデント・スクール  大学・専門学校進学が主
    (パブリック)             学力は高い。 入試あり
                         学費が高い

公立  グラマー・スクール        進学と就職(中堅幹部)
                         学力は高い。 入試あり

公立  コンプレヘンシブ・スクール   就職が主(ブルーカラー)
    (共学制の総合中学高校)    実業・進学・技芸など 
                         無試験

「インディペンデントは独立、つまり政府から財政支援を仰がないで、
確固たる信念を持って学校運営にあたる私学だ。通称パブリック。
アメリカではパブリックと言えば、公立を意味するが、英国では私立
の学校というのはご存知の通りだ。その昔、教会や貴族が個人的に
生徒を公衆から集めたところから、パブリックと呼ぶようになったらし
いね。代表格はイートン校だろう」

「公立はパブリックと言わずステート・スクールというそうですね」
「そうだよ。グラマー・スクールは、もともとラテン語の文法(グラマー)
をしっかり勉強するところからネーミングされたようだね。学費の安い
公立の『勉強学校』だ。『勉強学校』と言ったのは、必ずしも大学への
進学をする学校ではないからだ。
もちろんオックス・ブリッジやロンドン大学を目指す進学希望者もいる
が、きちんと勉学に親しみ就職し、社会の中堅層としてこの国の中流
階級を形成している。大学が少ないこの国では、グラマー・スクール
出身者は実社会のエリートなんだ」

古葉先輩の解説は明快で冴える。
「そういえば、シティのミドル・マネジメント・クラスには、大学出よりも
グラマー出が多いですね。日本でも戦前旧制の中等学校が必ずしも
高専大学の受験予備校ではなく、旧制中学女学校卒業生として、プ
ライドを持って中堅社会層を形成していたのに似ていますね」

「コンプレヘンシブ・スクールはモダン・スクールとも言われる新しい
公立の中学高校だ。進学も就職コースもすべて含むという総合学校
だよ。だが、どちらかというと就職、それもブルー・カラーが多い。
戦後政権を取った労働党内閣は、英国の階級制度打破のためには、
まず教育制度改革からと、インディペンデント(パブリック)やグラマー・
スクールを解体し、コンプレヘンシブにしようと努力した。しかし、理想
と現実はうまく噛み合わないものだ。
一般論としては総合中学高校からでは大学進学はとても難しいとわ
かった。でも中にはグラマー・スクール並の優秀な総合学校もあるか
ら面白い」

「何だか日本の新制中学が出来た時に似てますね。私は国民学校
六年生の時、旧制中学を受験しようと思っていたら、学制変更となっ
て、全員無試験で中学生となるというので驚きましたよ。正直なところ、
公立の新制中学は、勉強好きも勉強嫌いも一緒にしてますから、無
理がありましたね」
憶良氏は終戦翌年(昭和21年)の混乱期を思い出していた。

「そうなんだ。このまま労働党内閣が続けば、英国の教育は駄目に
なると危惧されたことも、保守党が選ばれた理由のひとつだろう。
その結果、パブリック・スクールもグラマー・スクールの制度も残り、
英国の子供は中学になるとき複線の教育制度を選択出来ることと
なった」

「日本の公立中高校も、昔のように中学段階から農林水産中高とか
商工業中高、あるいは芸術技能中高、普通科中高などがあっても
いいのではないかと思いますね。
今の日本は、経済的に恵まれないが勉強好きという子供が公立新
制中学では苛められたり、個性ある子が伸びにくい環境になって
いないかと気になりますね。勉強は苦手だが実業は得意という子
もイライラしているかもしれませんね」

「平等にと思ったことが、かえって悪平等になることもあるからね」



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